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とある殺人犯の話

作者: 中田田中


 惨めだった。持つべきものも持たず、服もそこそこに家から飛び出た。

 持ってるものといえば金と、その他には、

 「運転手さん……東京に向かってくんねぇか」

 タクシー運転手を脅すための包丁のみだった。




 男は、今日くたくたになって四畳半の自室に戻っていた。男らしく小汚いベッドに倒れると、目を瞑ったままリモコンを手繰り寄せ、テレビをつける。

 たまたまつけたチャンネルは面白くもなさそうなニュースで、男は気にも留めず別のチャンネルに切り替えようとした。

 が。

 「本日未明、広島県木野子市の倉庫で10代から20代ほどの男性7人が遺体となって死亡しているのが見つかりました。

 死体はいずれも撲殺されており、警察では7人の関係を調べるとともに近くのコンビニエンスストアに殺害された7人以外に写っていた、ただ一人の青年が事件に何らかの関係性を持っていると踏み、現在追跡中とのことです」

 そういってその青年の映像が映し出される。顔はモザイクがかかっているが、くすんだ青色の服はよく分かった。

 男は、すこしばかり気なるニュースを発見したのでしばし見入る。

 木野子市ならこの近くだからだ。

 映像からして、その倉庫とは第二地区のものだろう。その倉庫に入るには、テレビでいっていたコンビニに写らなければ、誰も入ることは出来ない。なぜならその入り口以外に出入り口など何一つないからだ。

 その男も馬鹿なものだ、男は嘲笑する。十中八九写っていた男が犯人だ。

 撲殺とは恐ろしい、恐ろしいと思いつつ、冷蔵庫からキンキンに冷えた発泡酒をとりだしてカラカラに乾いていたのどに流し込んだ。

 ……だがのどの渇きは潤わされなかった。

 なぜならば。

 彼は、ニュースに写っていた青年こそ、今 現在、狭い自室で発泡酒を流し込んでいる男本人だと気がついたからだ。




 2036年。

 世界は第三次世界大戦と経て、またつかの間の安息期に入った。

 第三次ともなると、被害は大きく、このような醜いことを防ぐ為、政府は警察を改造した。

 否、革命を起こした。

 警察を、秘密警察へと。




 それにより犯罪は激減した。

 なぜなら裁判など待たずとも秘密警察が始末をつけてくれるからだ。だが、そのことに国民が秘密警察に異を唱えることはない。

 べつに洗脳などではなく、秘密警察がきちんとした実績を作り上げているからだ。悪いことをしなければ、秘密警察はなにもしない。

 それどころか人々に幸せをもたらしてくれる。

 だが、これはあくまで悪いことをしなければ、の話だ。

 誰かを不幸にさせたとき。

 やつらは鋭い牙を剥く。




 「お、お客さん……お願いだから落ち着いてくださいよ……」

 「御託は後だ。悪いが全速力でぶっとばして欲しい。余計なことはしないで、こちらのいうことを聞いてもらえれば手荒なまねはしねえ。金も払う。人質にはするかもしれないが」

 「は、はい!!ええと、車の流れや途中でガソリンスタンドによることも考えて9時間強はかかるかと思われますが……」

 「俺の行き先は……東京の、裏乃」

 「でしたら、9時間半ぐらいです」

 びくびくと怯えつつ脂汗をかく運転手をみて、逆に男は幾分か心を落ち着かせた。




 男には分からなかった。

 なぜ自分が犯人となっているのか。

 しかしただ一つ分かっているのはもう時間がないということだけだった。

 秘密警察はよく鼻が利く。男の家にむかっている事は男にもよく想像ができた。

 男は家にあるありったけの金を財布につっこみ、タクシーを捕まえ、今に至る。

 携帯はわざと家に置いてきた。GPSなどで捕まえられるほど、愚かではないようだ。




 ピピピと間抜けな音がした。


ちょうど仕事の休憩時間だった男はその届いたメールを確認し、目を見開き、そして店長に急いで許可をもらい、かけだした。

 わきめもふらずに、ただひたすらに。

 それが運命の歯車を狂わせたなど男には知る由もなかったのだが。

 『仕事中だったらゴメンね。えっと実は、あなたに黙って広島に来ちゃいました!!狭苦しい東京にいても全然面白くないなって。だから今、あの第二倉庫にいるね!待ってます。

            理沙 』




 ……男には恋人がいた。男が全てを投げ出してもいいと思うほどの人が。

 男には彼女がなぜ突然来たのか、なぜ倉庫などで待っているのかなど全くわからなかった。

 だが彼女に電話をしてもつながらず、メールも返ってこない。

 その小さなことになぜかとてつもなく不安にさいなまれた男は、倉庫に急いだ。

 ―倉庫は空だった。ほこりの舞う室内に男のハァハァという息遣いが静かに響いていた。




 男は、その帰り際にあの7人に会ったのだ。派手なファッションと頭の悪そうな会話をし、髪は金髪色に輝いている。

 不愉快な奴らにあった、と男はさっさと出て行ったのだが……。

 まさか本当にやっかいなやつらだったとはな、と今更だが男は自嘲する。

 あの時、彼女がなぜあのようなメールをおくったのかは男にはわからなかったが、ひとまず間違えたのだろう、と思っていた。

 だが実際は、裏で何かがあった、ということはもはや疑いようがなかった。

 だがまあ。

 今頃、彼女が厄介ごとに巻き込まれていないのならばそれでいい。そして、どうせいつか捕まる。秘密警察とはそういうものだ。

ならば彼女にもう一度会いたい。会えなくなって、この世から消えてしまう前に。

 それが男の胸のうちだった。



 「……さん、お客さんっ!!!」

 運転手の切羽詰ったような声に男は驚いたように目を開く。いつの間にか眠りこけてしまっていたようだ。

 「後ろから3台……警察でしょう、追いかけられてますよ」

 バッと後ろを振り向く。確かに黒塗りの車が猛スピードで追跡しているようだ、と男はふむ。まだ遠いが、近くに来たらなにをしでかされるか分かったものではない。それが秘密警察だ。

 「そのまま全速力で突っ走って欲しい……それよりも」

 「?はい?」

 「なんで俺に警察が来てるっつうのを教えてくれんだ?そのまま寝ていることを利用して自分だけ助かることも出来たはずだ」

 「だってお客さん……。お客さんをあっちに渡してもこっちには一円の徳にもならないしねぇ?お客さんを東京に送り届けてきちんとお金もらうほうがいいんですよ」

 と男に、ちゃめっけたっぷりの笑顔で微笑む。先ほどまでとえらい違いだ。

 「それに……聞いてしまったのですけど、リサっていう子、家族か恋人か分かりませんが大切な人なんですよね?……はい。ハンカチ、どうぞ」

 どうやら、眠っていた時に涙を流してしまっていたらしい。

 ハンカチを渡した運転手の顔は、同情でもなく偽善でもなく、ただ深い愛に包まれている、と男は思った。

 「さあお客さんつかまって!!」

 こうして真夜中の高速で、逃走犯を乗せた車たちがカーチェイスをはじめた。




 キュルルルッ!キュ、キュッ。

 黒塗りの車たちは、爆走する男たちからぴたりと離れない。

 タクシーはそのたびにギュイン、ギュルンギュルン!!と尻をはげしく振りながら逃げていく。

 だがその差はやはり刻一刻と縮まっていく。男は焦ったように頭をがしがしと掻いた。

 と、その時。

 いつの間にいたのか、大型トラックがタクシーの目の前に現れた。当然よける暇など、ない。

 これで終わりか、と男が諦めかける。

 秘密警察には捕まらなかったが、トラックに正面衝突し死亡。笑えねぇ話だ、と男は思う。

 大きなダンパーと、トラックの運転手の驚き、慌てふためいた顔がゆっくり、ゆっくりと男に近づいていき、そして。

 ギュギュギュッッッ!!!

 タイヤが地面と強くこすり合わせる嫌な音が男たちの体を包み、激しいG がのしかかる。

 激しい圧力にふらふらになりながらも、男は無事な自分の手足を見た。

 幸いにも、事故は免れたようだ。

 「た、助かった」

 「ええ……!ああ、ほらしかも!」

 運転手が後ろに合図を送る。

 見ると、あの車達がトラックに巻き込まれていた。事前にタクシーのためにスピードは落としていただろうから、たいしたけがにはなっていないはずだ、と幾分安心した声で運転手が言った。

 しかし。

 「おい!!前!!」

 「なっ?!まさか高速を逆走してまで追いかけてくるとは」

 秘密警察は、とても用意がよかった。後方からだけではなく前方にも人員を配置していたのだ。

 「でも、大丈夫ですよ」

 「はっ?んなわけねぇだろ。これ以外に道なんてねえし」

 あきらめた顔で男がつぶやいた。

 「安心してくださいって」

 男に詳しい説明をしないまま、タクシーは動き出した。

 そして近くの草陰にタクシーをつっこませた。

 「なっ、おい!!」

 「ここから抜け道があるんですよ……っ!ほら!」

 そういって大きな一般道に出る。これならいける、そう男が思ったとき。

 突然、強い衝撃が車内を襲った。

 秘密警察も後を追い、車ごとつっこんできたのだ。

 上から降り注いでくるガラス片に体中を襲われながら、男は思った。

 (理沙……また会おうって、約束守れなくてごめん)

 そして、そのまま真っ白な意識に飛び込んだ―。



 「―と、いうのがこの男のメモリーですのよっ!」

 広く、明るい会議室に若い女の声が響き渡る。

 その声の持ち主は、テーブル周りの50代、60代とは不釣合いすぎるほど若若しい。10代後半くらいだろうか。

 そして彼女の隣にも不釣合いなものがもう一つ。

 頭の中に電極を差し込まれ、意識を失っている青年だった。

 「今まで我々はこの立場のため、強引なところも多く冤罪も多かった。しかし冤罪があっていいのか?答えは否!!断じて否なのですわっ!」

 「ふむ……そこで君はこの過去の記憶、つまりメモリーを読み取る機械を作ったのだね?」

 一番奥に座っていた上品そうな初老の男性が口を挟む。

 「そう、その通りですのよ。今さっきの映像で分かっていただけたかしら?」

 今さっきの映像、というのはこの理沙という恋人がいる男、もとい今では電極につながれてしまっている男の脳内メモリー映像のことだ。

 「実に素晴らしい!!君への期待は相当なものだったがそれ以上の結果を出してもらえるとはね……!!すぐにその青年は釈放しよう。冤罪なのだから金ももちろんたっぷりやらないとな。君は、どうするつもりだい?」

 「私ですか?私はもちろん代金をちょうだいしましたらまた研究室にとじこもりますのよ」

 「うんうん、そうかそうか」

 彼女の語尾に違和感を感じてしまわないほど、その男性はほくほくの笑顔でいった。

 そして、その男の胸には秘密警察最高幹部である証拠のプラチナの徽章がそこだけいやらしくピカピカと光っていた。




 「っ、ふぁあ……」

 四畳半部屋に、男の大きなあくびの音がする。

 「あら、起きたんですの?」

 いつもとは違い、若い女性の声も。味噌汁の香りがふわり、と風にのって男の鼻腔をくすぐった。

 「ん。メシ」

 はいはい、と女のほうは慣れた手つきだ。そしてだれにとも言うでもなく呟く。

 「ねえ、あの男たち殺してくれてありがとう」

 「ん」

 男はその言葉に軽く頷く。

 「面倒くさいこと押し付けて、ごめんなさい」

 「いいって。捕まるどころか金もらえたし」

 「もう、真剣なんだから茶化さないで?」

 といいつつ女の顔は笑っている。そしてそのまま湯気の立っているほかほかのご飯と味噌汁、その他さまざまなおかずを持ってくる。その姿だけなら、よくできた彼女、もしくはお嫁さんとしか思えないだろう。

 「……なあ、あれどうやって作ったんだよ。メモリーを読むとかなんとか」

 「ああ、あれ?簡単ですわ。ちょっと脳に電極をさしてこちゃこちゃすればいいのよ」

 目を輝かせて話す女に、男は軽くひく。

 「いやそっちじゃなくて、その、俺の記憶はどう改ざんしたんだよ。人の脳内を読み取る機械だったんだろう?」

 「あれも簡単。読み取る部位を海馬体から脳全体にしむけてやって細かい情報を得るの。そして『思考』を読みとるようにすれば、その電極がぶっさされている本人の勝手な妄想、もとい物語を機械がまともな話に勝手に翻訳してくれるのよっ!ここまでかかるのは長かったけどね。でもこれで犯罪者はどんどんのさばる事が出来る。あ、この事は柄の悪い連中に噂として流しておいてね?用済みになったら消していいわ」

 最後の不穏な言葉も意に介さず、ふーん、と一つ呟いて男はまた食事に夢中になった。

 女も何も言わない。

 しばらく四畳半のなかは食器のかちゃかちゃという音しかしなかった。

 食事を男が食べ終わっても、どちらも一言も話さない。

 そして、ベッドのふちに行儀よく座り込んだ女がテレビをつける。

 やっていたのは昼にありがちなワイドショーだった。女は気にも留めず、他のチャンネルに変えようとする。

 が。

 『人の記憶を読み取る機械なんて本当に出来てるんですね~』

 『そうですね、さまざまなところに設置される予定らしいですよ?うわさでは秘密警察が使うというのもあります』

 『ああこの間の、青年が冤罪だった事件ですか』

 『そうです!では、その青年のインタビュー画像を見て見ましょう!!』

 そういって男と全く同じ顔をした青年が写る。

 と、いうより同一人物だ。

 「なあ」

 「ん?」

 「どうして、こんなもん作ったんだよ。俺のためだけか?んなわけねぇよな。それだけのためならこんな手間をお前はかけない」

 「あれ?バレてしまったらしかたないですわね。……そう、これは純粋に私の楽しみで作った面もありますわ」

 純粋な楽しみ、というところで男は小首をかしげる。

 「この世界……私はおかしいと思うのですわ。秘密警察がはばをきかせて、国民はそれに誰も異議をとなえない。こんな綺麗な国家があっていいと思います?みんなが同じ方向をみて、同じ事を目指している。そんなの私は、おもしろくないって思うのよ。規律を守っているだけなんてこりごり。だからあの機械を作ったのですわ。それ以上も以下もない」

 「ふーん、そっか」

 またしても男はよく答えない。そしてそのまま手を伸ばしてリモコンを操作し、別のチャンネルへと変えてしまった。女はなにも言わない。

 「なあ」

 「はいはい、こんどはなに?」

 そういってかがんできた女のほほに男が軽くキスをする。

 「……愛してるよ、理沙」

 「……知ってるわよ」

 私もだから、とでもいうように女も男のほほにキスを返した。

 優しい、優しい、愛あるキスを。



                [Fin.]

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