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第4話

屋敷から帰る道すがら、龍峨は一人考えてみる。

「(せっかくのお酒だったのになぁ。お爺さん、きっともう、待ちくたびれて帰っちゃっただろうな。だいたい、“儂の家”とか言っておきながら、全然違う家だったし。また適当な事を言っておいらの事からかったんだな、きっと。)」

そう思うと、必死になってお酒を守ろうとした自分が、何だか馬鹿馬鹿しくも思えた。

「(そうだよ!もともとお酒だって偶然手に入った物なんだから、持って帰れなかったからっておいらの所為じゃないよね。もう遅いし、帰ろうかな。)」

そして、家に帰る方向へと歩き出すのだが、2・3歩行ったところで、立ち止まる。

「(・・・でも、ひょっとしたらまだ、おいらの帰りを待っているかもなぁ。口は悪いけど何か憎めないんだよね、あの爺さん。)」

そう思い直し、老人が待っている一本橋の川の畔に向かうのだった。


龍峨が一本橋に差し掛かったところ、川の畔には出発前と変わらぬ老人の姿があった。

「よう、小僧!随分と遅かったな。どこまでお酒を取りに行っておったのだ。あんまり帰りが遅いから心配しておったぞ。せっかくの鯉もすっかり傷んでしまったわい。まだ食べられると思うが、どうする?」

「もう鯉はいいよ。それより、お酒は手に入らなかったんだ。待たせて御免よ。」

それだけ言うと、龍峨は頭を下げて老人の元から去ろうとした。

「なんじゃ、元気が無いな。何かあったのか?儂でよければ話してみ。」

そう言って、自分の隣を指差す老人。龍峨は言われるがまま老人と並んで座ると、ここで分かれてからの経緯を話し始めるのだった。そして、竹筒を奪われて自分が土下座をして頼むところまで話が進んだところで老人が尋ねる。

「小僧、儂がお前さんに話した事は、全て出鱈目だったのはもう気付いておるな。」

「うん。“儂の家”とか言っていたのに、全然違うんだもん!困ったよ。」

「そうじゃ。それなのに、どうして土下座までしたのじゃ?酒が手に入ったのは偶然の結果なのじゃから、そこまでせんでも良かったとは思わんか?」

「おいら頭が悪いからさ、その時はそんなことまで思いつかなかったんだよ。ただ、お酒を持って帰ったら喜んでくれるかなって思ったんだ。結局、お酒は手に入らなかったけどね。(おいらがもっと強かったら、貧乏じゃなかったら、あんな奴等の言いなりになんかならなかったのに・・・。)」

そう言って、寂しそうに笑って見せるのだった。そんな龍峨の様子を、隣で黙って見ていた老人が口を開く。

「一つ聞いてよいか、龍峨。もしも儂がお前に“特別な力を授けてやる”と言ったら、どうする?」

「特別な力?どうせまた、おいらをからかっているんだろ。その手はもう食わないよ。もし本当にそんな事が出来るんだったら、おいらを世界一強い男にしてよ!あんな奴等の言いなりになんてならないくらい強い男にね。」

そう言う龍峨だった。


龍峨の願いを聞いた老人が改めて尋ねる。

「世界一強くなってどうする?お主を馬鹿にした奴らに仕返しをするのか?」

そう言って龍峨の眼を見つめる。

「もう少し見込みのあるヤツかと思ったんじゃが・・・所詮は小僧の思いつきそうな事じゃな。すまんが、さっきの話は忘れてくれんか。」

そう言うと、龍峨に背を向けて老人は何処かへと立ち去ろうとした。

「じゃあ、どうすればいいんだよ。おいらは強くないし、頭も悪い。おまけに家は貧乏ときている。何の取り柄もないんだ。それくらい望んだって、別に構わないじゃないか!」

立ち去る老人の背中に向かって龍峨が叫ぶ。立ち止まった老人は振り返ってこう告げる。

「つまらん言い訳をしおってからに。強くなりたければ体を鍛えれば良いではないか。頭が悪いと思うなら勉強すれば良いではないか。家が貧乏なら働いて稼げば良いではないか。どうしてそうしない?龍峨よ、お主には何より“自分自身がこれから先どういう風に生きて行きたいのか”その辺のところをしっかりと考えてみる時間が必要なようじゃ。」

そう言い残して、老人は龍峨を残して何処かへと去っていくのだった。


「(ちぇっ、何だよ。おいらの味方になってくれるのかと思ったのに、偉そうに説教なんかしちゃってさ。)」

家へ帰る道すがら、龍峨はそんな事を思うのだった。やがてしばらく行くと、物陰に張が立っているのが眼に入った。張は龍峨を見つけると、しきりに自分の方へと手招きするのだった。

「やあ、張さん。そんな所で何をやっているのさ?」

「ようやく帰ってきやがったな、龍峨。今まで何処をほっつき歩いていたんだ!お前がそうしている間に、大変な騒ぎが起きているんだぞ!」

そう言うと、人目のつかない場所へと龍峨を連れて行く張。

「何処に行こうと、そんな事おいらの勝手じゃないか!それより大変な騒ぎって一体何だい?」

「お前、袁の旦那の一人息子に喧嘩を仕掛けただろう?袁の旦那が“息子が怪我をした”っていうんで、お前の家に怒鳴り込んで来たのさ。よりにもよって厄介な相手に喧嘩を仕掛けたもんだな、お前も。」

張にそう言われて、竹筒から酒が零れる光景が眼に浮かび、再び悔しさが蘇る龍峨。

「あれは、あいつが悪いんだよ。約束を破ったのはあいつの方さ!」

「お前の事だ、何の理由も無く相手に喧嘩を仕掛けるような真似はしないって事くらい俺も知っている。でもな、龍峨。いくらお前が間違ってなくても、誰もお前を庇っちゃくれんぞ。袁の旦那に睨まれれば、それだけで街で商売が出来なくなっちまう。みんなそんな目に遭いたくないからな。」

日頃から兄とも慕う張のこの言葉に、龍峨も無念を隠し切れない。

「おいらは間違っていない・・・。なのに、張さんもそんな事を言うんだね。」

「いやな、世の中なんてそういうものさ。力のある奴、狡賢い奴、そして金のある奴の思い通りに動いているのさ。そりゃ、俺だってそんなの間違っているって思うさ!でもな、俺に何が出来る?力も無ければ学も無い、ただの貧乏人だぜ?まぁ、こっちの方は俺も協力して上手い事やっておいてやる。ほとぼりがさめるまで家に帰らずに何処かに身を潜めていろよ。」

そう言って、晩飯の代わりにしろと懐から取り出した饅頭を龍峨に手渡してくれるのだった。

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