第2話
次の日の朝。いつものように山へと出掛ける龍峨が、通り道である村の一本橋を渡ろうとした時の事。見覚えのある老人の姿が目に留まった。白い着物に瓢箪を腰にぶら提げたその出で立ちは、まさしく昨日の老人だった。川の畔で釣りをしていた老人の方でも龍峨の事に気がつき、声をかけてくるのだった。
「よう、小僧!昨日は急にいなくなるから心配したぞ。どこまで薪を取りに行っておったのだ。おかげで色々と大変だったんじゃぞ。」
「おいらもよく分からないんだけど、薪を拾い集めているうちに、気がついたら村に辿り着いていたんだ。」
「ほぅ、それでは無事に村へ帰れたんじゃな。良かったじゃないか。さんざん“どうやったら村に戻れるかなぁ”と儂に尋ねておったからの。しかし、昨日の鯉は美味かったぞ!折角だから食べて帰れば良かったのに、惜しいことをしたな。」
そう言って、老人はニヤニヤ笑い出すのであった。
「“薪を拾って来い”なんて上手い事言って、本当は鯉を独り占めしたかったんだろ。おいらも一緒に釣り上げた鯉だったのに、自分一人で食べるなんて、そんなのずるいや!」
龍峨が老人に向かって怒鳴っても、老人は相変わらずニヤニヤ笑ったままだった。
「人聞きの悪い事を言う小僧じゃな。そんなに怒るな。今日もほれ、ここに一匹釣っておるから、これをお前に食べさせてやろう。」
そう言うと、老人は側の篭を指差しながら、腰にぶら提げていた瓢箪に口を付けて飲み始めるのだった。老人の指差す篭を龍峨が覗いてみると、中には昨日に劣らないくらい立派な鯉が入っていた。喜んで手を伸ばそうとする龍峨に向かって、再び老人がこう言うのであった。
「おっとその前に。ちょうど酒がなくなったようじゃ。すまんが、儂の家まで取りに行ってくれんか。」
老人にそう頼まれても、素直に引き受ける気になれない龍峨。
「そう言って、爺さん。昨日みたいにまた独り占めするつもりなんだろ!」
「懐の狭い小僧じゃの。たかが鯉の一匹、食べられたからって根に持ちおって。」
空になったらしい瓢箪をこれみよがしに振りながら、自分はいかにも咽喉が渇いて死んでしまいそうな素振りをする老人の姿に、何を言っても無駄だと諦めた龍峨。
「分かったよ。お爺さんの家って何処だよ。」
「この道をまっすぐ行った先に、分かれ道がある。そこを右に曲がった先の家じゃ。」
「取りに行くけど、おいらが戻るまで絶対にその鯉を食べないでよ。」
そう言って龍峨は老人の家を探すのであった。