5話 出立
納屋の軒先は寝心地が悪かった。ワマウは身を起こし、こわばった背中を伸ばした。昨夜は日が昇るまで歩き続け、無事に山道を抜けることができた。イファーラの街に程近い小さな村で休息をとったのだが、目をつぶるとどっと疲れが押し寄せ、気が付いたら日も暮れようとしていた。外で寝るのは、曇っているせいもありとても寒かった。ワマウは白い息を吐いて辺りを見回した。
目の前に見える景色は幻のようだった。手のひらで地面を撫でるとさらさらとした細かい砂が指の間をすべった。空は白い雲におおわれ、村の家の影をより黒く見せていた。
デンは既に起きていたらしく、ワマウが目を覚ましたのを見てすぐに出立の準備を始めた。
「今日はこのままイファーラまで歩きます。短い時間とはいえ、お疲れでしょうから無理をなさらないでくださいね。言ってくださればおぶるくらいなら致します」
「ありがとう」
「それと、心苦しいのですがひとつお許しいただかなければいけないことがあります」
上掛けを畳みながらデンが言った。
「御身がカンザの王女であることは敵にはもちろん、誰にも知られるわけにはまいりません。無礼とはわかっておりますが……」
言いにくそうにどもるデンにワマウはうなずいた。
「つまり、私は王女としてではなくそのあたりにいる町娘として振舞ってほしいし、あなたも私にそう接するというわけね。構いません。私もそうあれるように尽力します」
「はっ、ご理解いただき感謝いたします」
ワマウは街に下りたことはないが、だからといってデンの申し出を断れるような立場にいないことは分かっていた。
「さあ、行くか」
持ち物はほとんどない。歩き出したデンのすぐ後ろをワマウは歩いていく。十七年住み慣れた王城からどんどん遠ざかっていく実感は、まだ無かった。