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1話 国王崩御

カンザの王城の広間に、多くの人がいることは珍しくない。だがその日、滑らかな床には何百もの傷病兵が伏し、楽の代わりにうめき声やすすり泣きが高い壁に反響していた。顔に包帯代わりの布を巻きつけている者、腹部を赤く染めて肩で息を繰り返している者もいる。彼らが着ているのはほとんどが皮の鎧で、胸に王家を表す紋章は付けられていない。ここにいる傷病兵たちは正式な王国軍の兵士ではなく民兵だった。

広間にあるいくつかの扉が開き、王城に仕える侍女たちが盆を持って入ってきた。盆の上に温かい汁物の入った木碗と握り飯を見つけ、兵たちは喜びの声を上げた。

「焦らないでください、きちんと皆の分を用意しました」

最初に入ってきた侍女が通る声で言う。我先にと駆け寄ろうとしていた兵も安堵した様子で侍女に礼を言い、動けない仲間の分を先に受け取った。

「おい聞いたか、前線に出られてた王がウルジに捕らえられたっての」

「それじゃ俺たちゃどうなるんだよ!?何のためにここまで戦ったんだ!」

「終わりだよ。あぁ……せめてもう一回母ちゃんに顔見せたかったな」

足に怪我があるのか、座り込んだままで友人から握り飯と碗を受け取った男が囁く。その報せは死の迫る兵士たちにとっては追い打ちにしかならなかった。

そのとき、不意に正面の大きな扉が開いた。現れた人物にざわめきが広がる。

「ワマウ姫……!」

黒い髪の少女が2人の護衛士と、母子を伴って広間に足を踏み入れた。

カンザ王国の王女ワマウと、王子ラクラス、そしてその生母だ。国王が出陣している今、王城で家臣たちを取り仕切ることができるのはその実子たる2人であり、王子が幼いため事実上はワマウ姫がこの城の主だった。

「皆、食事の時間を邪魔してあいすみません。どうかそのまま、聞いてください」

澄んだ声はさほど大きくはないのに広間中に聞こえる。

「本日、国王たる我が父が戦場で崩御したとの報せが届きました。我らは進退を決しなければなりません。

わたくしは、このカンザの地を敵にやすやすと渡すつもりはありません。この王城を枕に討ち死にする覚悟です」

覚悟の色をにじませて話す王女に兵たちが返す。

「姫君、ここは我らに任せて逃げてください!」

「そうです、貴女までいなくなったらカンザはどうなるんですか!」

王女は、ふっと微笑みを浮かべた。

「わたくしは幸せ者ですね。ですが、生き延びようと待っているのは仇敵に捕らえられる未来だけです。……皆が正規兵で無いことは承知で言わせてもらいます。どうか、この城と、我ら王族と運命を共にしてはくれませんか。カンザの誇りを、蛮族に見せつけてはくれませんか」

王女の願いに傷病兵たちは声を張り上げて戦う意思を見せた。恐らく、明日の朝になれば敵兵は王都に入り、王城を攻め落とすだろう。そう分かっていても彼らは目の前の少女の願いに応えた。


扉の向こう側で様子を見ていた1人の護衛士が持ち場を離れて歩いて行った。廊下の角を何度か曲がり、辿り着いたのは国王の部屋だ。

「失礼いたします。カンザ王国第一王女付き護衛士、デンでございます」

入って、という声がして扉が開いた。中にいたのは少女とその乳母だった。

「デン……」

唇を震わせながら己の名を呼ぶ少女にデンは広間の様子を報告した。

「ワマウ姫君、広間の方はうまくいっております。抜け出すならば今のうちかと」

「そう、ありがとう。……やはり人を欺くのはいい心地がしませんわね」

「仕方ありませんよ。姫さまが敵に捕まってしまえば、良くて捕虜に、悪ければ処刑されてしまうのですから」

俯くワマウに乳母が答える。そう、広間にいたのは王女ワマウではない。彼女の侍女の1人だった。全てはカンザ王族の血を残すために家臣たちとワマウがが仕組んだことだ。ただ逃げるだけではすぐに捕らえられてしまう。替え玉を城内に残し、まだ戦える兵によってぎりぎりまで落城を防ぐ。ラクラス王子とワマウ姫はその隙に出来るだけ遠くへ逃げるつもりだ。

とはいえ、十七になったばかりの王女には敵国ウルジの捕虜となる恐れよりも民たちを騙してまで落ちのびることが心にかかっているらしい。逃げることを最後まで渋っていたのは他でもない彼女自身だった。

「これで士気も上がりましょう。少しは時間が稼げます」

デンは冷静にそう言った。彼にとってこれからやらなければならない仕事はこの王女の護衛だ。王族のみが知る抜け道を通って共に逃亡し、彼女を守る。秘めた想いを抱く相手を守る役目を、与えられた。

「ラクラス王子は?」

「もう行ったわ。この城に残っている王族は私だけ。……デン、どうか、どうか私を守ってください」

「はっ。必ずや」

蜂蜜色の瞳に、覚悟の火が灯る。必ず守ってみせるとも。命に代えても。


乳母が最後の別れを惜しみ、部屋を出て行った。ワマウは頭巾を被り、灯りを手に取った。

「行きましょう」

蒼白な顔でそう言い、彼女は国王の衣装部屋の扉を開けた。

「ここに、隠し通路が?」

デンの問いかけに軽く頷いてワマウは衣装部屋に入っていく。左手に持った槍と、腰の剣が豪奢な衣に引っかからないように気を付けながら、デンもそのあとを追った。

部屋の最奥の壁をワマウが押すと、壁が少し前に動いた。

「失礼」

追いついたデンが空いている手で手伝うと壁--隠し扉はいとも容易く開いた。

「ありがとう」

扉の向こうには暗い空間がどこまでも続いていた。目の前にあるのは幅の広い階段で、明かりに照らされるとびっしりと水滴がついていることがわかる。

「城の地下水脈に通じる階段です。ここから水脈に沿って外へ出られるの」

序章の方でとんでもない間違いをしてしまっていたので修正しました。

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