もう少し話すことあると思うけど、何も話していない
終電前に会社を出た。とにかく疲れた。あまりにもノルマがきつく終わりが見えない。毎年ながら年度末は酷すぎる。これが社畜というやつか。明日は帰宅できるだろうか。どうしてこんな気でも狂ったように働かなければならないのか。生きるって大変だなあ。今日は大きなため息を何十回もした。修三はスマホを鳴らした。
「はぁい♪」陽介の声は元気そうだ。
「やあ、ブラパ?(インドネシア語で幾ら?の意。この場合スロットで幾ら負けたの?)」
「行ってないよ、ジョギングしてゴロゴロしてた」
「ええ?休みだったんでしょ?」
「そうだな、どうせ勝てないしそんなに行きたいと思わんよ」
「って、昨日行ったくせに」
「はっは、そして負けたからな」
「じゃあ打ちに行くしかないでしょ」
「もういいよ、俺は馬鹿じゃないんだよ」
「馬鹿じゃない、男になろうぜえ」
「はっはっは、同じことだよ」
「はあ、いいなあー、暇そうで」
「はっは、暇じゃないよ」
「俺はもう疲れたよ」
「いつも思うけどあまりにも働き過ぎじゃない?異常だよ」
「まあね。いいなあー、悩みが無さそうで」
「はっはっは、ひどいな、悩みくらいあるよ」
「例えば?」
「仕事のこととかね」
「ほほう、それはつまり消防点検に来た女の子に見惚れて『やべ、あのバルブ閉め忘れちゃった、てへ♪』かな?」
「違うよカスが。また古い話を。いい加減に忘れてくれ」
「忘れませんよ。忘れられません(間違い青春ラブコメ)」
「?また何かのネタ?」
「君の大好きな『間違い青春ラブコメ』の第9巻ですよ。名作だな」
「はあ、読んでないからわからんけど」
「全く、アニメばかり見てないでちゃんと原作を読まないと駄目じゃないか」
「はっは」
「そういやあ、この前君の部屋にあったアレ。なんてタイトルだっけ?あのなんとか戦記物のラノベ。俺の知らない間に20巻以上も読んでいたアレ。全く俺に内緒で面白そうなやつ読むなんて信じられん、あっはっは」
「あっはっはっは、まあまあ」
「ああそうだ、あとアレ。今日の現場で一緒だった人が、またアニメの歌を鳴らしまくってたんだけど」
「はあ」
「二人きりになるとボリュームを上げるんだ」
「はっはっは、仲間だと思われたんじゃないの?だいたいどんなジャンルなの?」
「深夜アニメの美少女ものが多かったな。君と気が合いそうだなあ、と思ったよ」
「その人すごい堂々してるねえ」
「うん、趣味も近いし、君と気が合うんじゃないかなと思ったよ。何の歌か、俺は半分くらいしか判らんかったからな」
「あっは、半分もわかれば十分だよ。いつも俺をアニメエリートとか言うけど君も充分エリートだよ」
「てへ♪あとはあれだ、彼女とカニを食べに行くとか言ってたのはもう行ったの?」
「月曜日に行ってくるよ、日本海まで」
「ほほう、ところで美味しくて優雅なカニの食べ方教えてあげようか」
「はは、いいよ、どうせ悶えて叫ぶだけでしょ」
「違う、違うよ」
「、じゃあどんなの」
「えーとね、」
「今考えてるでしょ、カスが」
「じゃあ言うよ。とりあえず茹でる。それから素手で持つ!握りしめて殻のままかぶりつく!どう?バリッ!バキ!ベキベキベキ!」
「はっはっは、野獣としか思えないよ」
「じゃあ君ならどうするの」
「ケツに刺しとけ!カス野郎♪」
「はっはっは、殻のまま刺すの?血が出るよ。ネギじゃないんだから。本当に君はネギネタ好きだな」
「うりいいいいいい!(ザコ吸血鬼)」
「あはは、大丈夫、言わなくてもわかってるよ。君がゲスだということは。言わなくても充分伝わるよ」
「ぺっ!」
修三は、さらに十数分話してスマホを切った。小さく、そっと、一度だけ、ため息をついた。