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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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少女の英雄

終わらせたかったのに、終わらなかった……。

でも早めにこの章を終わらせられるように頑張ります。

 肌がヒリつく。

 空気が何かを嫌がるかのようにして、ビリビリと揺れている。


「……なるほど。コレは流石脅威度が高いだけあるな」


 ツーっと顎先を伝い冷たい汗が地面に流れ落ちる。

 背後からは乱れる呼吸音が聞こえてくる。恐らくDランク程度の冒険者ではまず耐えることは不可能だろうし、上級冒険者でもかなりの手練れではない限り指先を動かすことすらままならないだろう。

 それほどの殺気が、空間を包む。


「ふむ。やはり未完の一言に尽きるな。本来の邪なる柩(マレコフィクス)ならばこの程度の出来ではないのだがな……」


 だが何も気にもしない様子で聞こえてくるのは陰の割れた声。

 決して感情が読み取れず、そもそも男女すらも良く分からないのだが、それでも文言的には嘆いているように感じられる。

 そんな陰の横には殺気を矢鱈滅多らに振り撒く存在。

 

 曇天のような昏い蒼の鎧下地。それを覆い被さるように白亜色をした骸骨が浮かび上がり、呻くように鎧甲冑全体を震わせる。

 また背中にはボロボロになった4翼2対の羽が生えており、鎧の全体的なデザインとしては猛禽類を連想させる。

 その格好は先ほどの化け物そのモノだ。しかしながら感じる圧力や殺気はその比ではない。いや、もしかしたらコレが本来の潜在能力全てを発揮した状態なのかもしれないが、そんな仮定の話をしても仕方ないと、隼翔は意識を切り替える。


「てめぇ……何が目的だ?」

「先ほど申したはずだぞ?狂宴の始まりだと。我々の目的はこの地を壊すための"狂宴"、ただそれだけだよ」

「なるほど……随分と頭の可笑しい集団だと言うのは伝わったよ」


 話が通じないなら仕方ないとばかりに隼翔は吐き捨てる。

 だが陰としてはその言葉が気に入らなかったのか、初めて割れた声に感情を乗せた。


「可笑しい、だと?それは心外だな……何も知らぬ貴様らがその言葉でわれらを愚弄するとはな」


 グルルルルル、と狂ったように叫ぶ髑髏鎧。

 陰は少し黙れと告げると、急に髑髏鎧は見えない何かに縛られたかのように変な格好で動きを止める。それを確認すると陰は言葉を続けた。


「そも、貴様らは知らぬだろう?この世界を誰が創造したのかも、誰が治めていたのかも、なっ」

「…………」


 確かに隼翔はこの世界の成り立ちや歴史に詳しくはない。もちろん空いている時間には勉強をしているのだが、やはり生活に必要な知恵を先に得ている分、魔物の事や薬草なんかについてはまともなほど知恵はついたのだが、常識と言う部分には欠いている。

 それでも邪神というほどの存在が関わっているとは到底思えない。それなのに隼翔はそのことを口にせず、黙って陰の言葉に耳を貸した。


「今でこそ女神セイレーンが治めているが、奴らが介入する前はこの世界は創造主たる我らが神が治めていたのだっ!全くもって嘆かわしい……」


 嘆かわしい、嘆かわしい……とその言葉をひたすらに続ける。それはまるで呪詛のようで聞いているだけで頭がおかしくなりそう。


「……だから取り戻したいとでも言いたいのか?」

「いやっ、それは我らが神が決断することっ!我らはただ、あのお方を今一度地上へと導くためだけにいるのだからなっ。その後のことはあのお方次第だっ」

「随分と熱心な信徒だな……俺には考えれらない」


 軽く言葉を返しながらも隼翔はいつでも戦えるようにと瑞紅牙の柄を強く握り、一方で身体にはほとんど力を入れない。ゆったりとした自然体を保ちながら、視界は広く陰と骸骨鎧を捉える。

 正直隼翔としてはすぐにでも勝負を決めてしまいたい。だが背後には今にも気を失ってしまいそうなひさめを庇っているだけに、下手に飛び出して陰にひさめを襲われるのだけは避けたい。

 どちらもひさめのためを思ってなのだが、その分動けなくなってしまっている。


「そうさ、我らは偉大なる信徒!だからこそ、あのお方は邪なる柩(マレコフィクス)を授けてくれたのだっ」

「授かった?創ったじゃなくて?」

「そう!邪なる柩(マレコフィクス)は我らが神の偉大なる叡智!すべては我らが信徒を導くために偉大なる神が4つ創りあげ、授けてくれたのだ」


 歓喜に震える陰。心なしか見えない鎖のようなもので押さえつけている髑髏鎧も嬉しそうにしているように思える。


(いるのかも分からない邪神。だが邪なる柩(マレコフィクス)とやらはこうして目の前に存在している……厄介この上ないな)


 正直、邪神なんていう存在を信じる気にはならない。

 確かに冥界の女神の使徒と言う扱いになる隼翔だが、だからと言って神様を片っ端から信じるほど何かに縋ったり、頼りたいなどと思えないからだ。

 それでも目の前にある邪なる柩(マレコフィクス)と言うモノが出てしまった以上、それだけは信じる。そして信じた以上は厄介だと認めざるを得ない。何せこれだけの威圧感を放っているのだ、ましてやそれが他にも3つある。厄介だと言わざるを得ない。


「すべては地上を滅ぼし、封緘を解くための鍵――――そのための力が4つの邪なる柩(マレコフィクス)にそれぞれ黙示の死騎しきとして封じられ、その一つこそがこの"蒼白鷲の鎧"だ」


 そう陰は言い放つと同時にその場から鎮火するように消え、鎧を抑え込んでいたであろう見えない何かも無くなった。

 そしてその時を待ち望んでいたかのように、狂喜の雄たけびを上げながら"蒼城鷲の鎧"と呼ばれたそれが動き出した。


「やれやれ……まあ、俺も心のどこかで望んでいなかったと言えば虚偽になるか」

「……え?」


 鎧が持つ、死と髑髏を模った長剣。

 それはかつてヴォラクが持っていたモノに違いないのだろうが、今ではその面影は欠片ほども残っていないほど禍々しく変わり果てている。

 また鎧からは全てを覆いつくさんばかりに瘴気が溢れだし、生命を奪うが如く世界を侵していく。それは地上を滅ぼさんとする黙示録の第四騎士を連想させる光景だ。

 

 そんな絶望しか抱くことが赦されない状況下なのに、少女の憧憬は不敵にも笑みを浮かべたのだ。

 

 思わずひさめは声を漏らしてしまう。

 どうしたのだろう、と。どうしてこんな状況下で笑えるのだろう、と。

 少なくとも少女にはそんな真似出来ない。絶望に屈しないように抗うことはできても、そんな状況で笑うなんてとてもではないが不可能。


(……それなのにどうして、あんなにも笑えるのでしょうか?)


 正義の味方とは、どんな相手を前にしても人々を絶望させないために笑うことが出来る。あるいはそんな人間性を持つからこそ、人々は惹かれるのかもしれない。


 もちろん隼翔は正義の味方でもないし、誰かを安心させようとする意図があったわけでもない。

 ただ、結果として隼翔のその無垢な笑みは知らず知らずの内に少女に安心を与えていた。


「全く俺はどうにもならない戦闘好きのようだな……困ったものだ。だからこそ、安心して見ていろ。さっきも言ったが……」


 その姿・その力強い言葉はまさしく英雄そのもの。


「――――必ず救い出す。だから任せろ」

「はい…………」


 だからこそ少女は憧れた。別に英雄になりたかったわけじゃないし、もちろん美しさにも憧れを抱いていた。

 だけれども一番の理由はきっと人々を安心させられる、誰かを救うことのできる、今の自分とは反対の誰かになりたかったのだ。そしてその誰かと言うのが、隼翔という男なのだ。

 それをおぼろげに悟ったひさめは、安心したように粛々と頷き、今は(・・)助けられるその瞬間をただ待つのだった。







「さあ、殺ろうか」


 ヒュン、と子気味良く刀を振る。その動作と音こそが、開戦の狼煙となり、対峙していた二つの影が同時に消え――――そして丁度中間地点でぶつかり合う。

 隼翔の初手は斬り下ろし。それに対して髑髏鎧は斬り上げ。同じ軌道を逆方向から狙い合う形となり、両者の刃は甲高い金属音を響かせながら火花を散らす。

 普通なら上から体重をかけることが出来る隼翔が一気に押し切れるはずなのだが、むしろ禍々しい剣が弾き飛ばさん勢いで押し上げる。


(まさか純粋な膂力でこうも押されることがあろうとはな……世界は広しと言うことか)


 ジワジワと押し上げ、気を抜けば一瞬で跳ね上げられかねない状況。

 現状右手一本で刀を握っているとはいえ、それでもこうも押し込まれそうになるとは思わなかったのか内心で隼翔は驚きを見せる。

 だからと言って、驚いたまま指を咥えて斬られるほど軟でも潔い男でも隼翔は無い。


 ふっ、と瞬間的に隼翔は手首から力を抜く。

 その影響で均衡は容易に崩れ、禍々しい刃が斬り裂かんとばかりに斜め下から差し迫る。もちろんここで終われば隼翔は無様にも斬られるだけなのだが、愛刀の刃が禍々しい剣の腹を捉える刹那を見切ると、一気にその側面を優しくなぞり斬撃の軌跡を柔らかく逸らす。

 結果として禍々しい刃が斬り裂いたのは、隼翔の濡れ羽色の髪の先端だけ。


「何も力だけで制することが出来るほど真の殺し合いは甘くないぞ」


 受け流しから即座に一歩間合いを踏み込むと、隼翔は挨拶代わりにがら空きの胴を横一閃。カーンと響く音を立てながら髑髏鎧を吹き飛ばした。

 ズザザザザッ、と地面を火花を散らしながら吹き飛ぶ鎧。だが意外にもその鎧にはうっすらと斬撃痕が残っているだけで、叫び声をあげるだけの元気もある。

 もちろん隼翔としてもそれはある程度予想していたことなのか、落ち込んだ様子も無く、追撃もせずにむしろ不思議そうにその様子を眺める。


「その響き方……中は空洞?だけど男を取り込んでなかったか?」


 首を傾げる理由は胴を薙いだ時に響いた音だ。本来なら中に人が入っていればある程度反響はしないはずなのに、なぜか鎧はかなり音を反響させている。

 だが男を取り込んでいたのに、どう考えても中身が無いというのは可笑しいことだ。果たしてそこには何かカラクリがあるのかと頭を悩ませる隼翔だが、そうはさせまいと鎧が見た目とは裏腹に機敏な動きで襲い掛かってくる。


「最初にも思ったがどう考えても鎧甲冑をそれだけ着込んで、その動きは少し反則だと思うんだが」


 傍目に見れば瞬間移動でもしたのではと疑いたくなるほどの速度で隼翔の目の前に姿を現した髑髏鎧。そのまま咆哮と怒りをぶつけるかのようにして無数の斬撃で襲い掛かる。

 一つの斬撃を防いだ瞬間には、すでに次の斬撃が他のどこかを斬り裂こうとするほど速度。普通ならば対応するどころか、見切ることすらできないに違いない。

 だが、隼翔は危なげない動作でしっかりとそれらを相殺するように愛刀を振るう。

 刃と刃がぶつかり合うたびに火花が散り、その時にはすでに他のところで刃がぶつかり合うという恐ろしい速度の攻防。


「殺気と剣圧は見事と称賛しよう……だが、お前には剣技が伴っていないな。そんな剣なら捌くのは容易いし……何よりも脆いっ」


 一方的に剣を防いでいた隼翔だが、ここで見切ったとばかりに動く。

 首を斬り落とそうとする刃が首に触れる直前に、隼翔は踏み込みと同時に鎧の剣を握る手首を左手で掴む。風圧が首筋を少しばかり切り裂くが、お構いなしに右手の刀の柄で鎧の頭部を叩き、更に大外刈りの要領で足を掛けて投げ飛ばす。

 グガッ、と人ではない獣の声を上げる鎧。それでも痛がっているという様子ではなく、どちらかと言えばさらに怒りが増したようにも思える声の上げ方だ。


 そんな鎧に対して、隼翔はさらに間髪入れずに追撃を重ねる。

 動きを封じるように左で抜き放った短刀を鎧の関節部分であり弱点にもなる右肘に刺し、更に同じ要領で左肘にも短刀の片割れを刺す。完全に磔状態にすると、その頭部を貫くように瑞紅牙の切っ先を向け――――。


「ちっ、なんだ!?」


 貫こうとした寸前で、無数の何かが隼翔を拒むように地面から飛び出し、思わず飛び退く。

 ツーッと頬や目の横から血が流れ落ちる。さらには全身にも同じような細々とした傷が刻まれており、チリチリと鬱陶しく痛みを訴える。


「アレは……骨か?」


 地面へと磔にしたはずの鎧は難なく立ち上がり、怒りの咆哮を上げる。

 だが、隼翔の目を奪ったのはその鎧を護るように地面から生える無数の白亜色をした物体だ。それは薔薇の蔓のようにどこか刺々しさがあるが、鋭さや形状から言って骨と言うのがしっくりくる。


「特殊能力と言う奴か。まあ大量の骨を使われていたようだし、使えても不自然ではないかもな」


 巨大な化物の姿をしていた時には確かに上半身から無数の人骨を生やし、蠢かせていたのだ。あの背筋がゾッとする光景から考えれば骨を自在に操れても不思議ではない。

 そんな分析を冷静にしながら、目端の血を拭っていると不意に嫌な感じが隼翔の背筋を襲う。その悪寒に突き動かされるまま、飛び退きながら愛刀を振るえば刃の先にゴリッと懐かしい硬い感触を感じた。

 そう、それは人斬りであった頃によく感じでいた骨を断つ感触。そして目の前にはまさに斬れた骨の残骸と、さらに地面から生えようとしてる無数の骨。


「近づくな、と言う警告か」


 荊道のようにどんどんとその骨は地面から無数に生えていく。まるで亡者たちが腕を伸ばしているようにも見えないくない恐ろしい光景に、思わず隼翔とも煩わしそうに舌を鳴らす。

 こうして局面は隼翔の不利な方向へと動き始めるのだった。

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