狂宴
遅くなりました。
8月中に終わらせるためにもしかしたら、もう一度更新するかもしれません。
頑張ります
ゆっくりと巨躯を持ち上げる化物。
のそり、のそりと腕を伸ばし口から瘴気を吐き出す様子は地獄から這い出る悪魔の化身を彷彿させる。
「……どうやら回復力も化け物級か。厄介だな」
起伏が一切ない地面を駆ける隼翔は、立ち上がり耳劈くな咆哮を上げるソレを見上げながらぼそりと呟く。
状況確認などの意を込めて会話に興じていた時間は数分にも満たないが、それだけの時間で吹き飛ばしたはずの腕はすっかり再生しており、今一度邪魔者ともども捕まえんとばかりに伸ばしている。
その速度は先ほどよりも確実に上昇していると分かるほどで、ようやく身体が馴染み始めているのだろうと隼翔は推測する。
(……器だか何だか知らないけど、鑑定眼ですら情報が処理できないほど多くの生物を掛け合せているんだ。基礎が何なのかは分からんが、まともに動くまでに時間がかかるのは自明の理だな)
右側から差し迫ってくる巨大な白骨化した掌を愛刀で強引に跳ね上げる。
いくら骨だけの存在だからと言ってその重量は普通に考えれば人間に持ち上げることなど不可能なのだが、あろうことか片手でそれを抑えきれるだけの力がある常識外れの存在には出来てしまう。
「なっ……んだと!?」
普段からその常識外れさに慣れている隼翔の仲間たちからすれば、まだ驚くレベルではないのだが生憎とこの場には慣れた人物がただ一人としていない。
現にひさめは驚きのあまりに言葉を失い、ヴォラクは信じられないとばかりに茫然と立ち尽くしている。
この中で唯一、感情とでも言うべきものを壊された化け物だけは動きを止めずに、あろうことか跳ね上げられた腕を強引に動かして隼翔を潰そうと画策している。
だが、もうすでにそこに潰すべき存在はいるはずもない。
「まだまだ動きが遅いな。だが、生憎とまともに動けるようになるまで待ってやる道理もこちらには……ないっ!」
いつの間にか肘関節の下にまで潜り込んでいた隼翔は、ザンッと天を斬るが如く刀を振りぬく。
一拍置いて巨大な肘に一本の太刀筋が刻まれ――――ゆっくりとズレ落ちる。
「さて、先ほどの再生速度から考えても1分ほどの猶予はあるだろう。悪いがそれまでには終わらせるから覚悟しろ」
「くっ、なんだっ!?なんなのだ、あの男はっ!?」
ズンッ、と鈍い音を立てながら落ちる巨大な腕骨。その切断面は鏡面のように美しく、空恐ろしいほどの技量を切断者が持っていることをありありと示している。
この空間における圧倒的な存在感はまさしく化け物が放っているはずだ。それなのにソレを前にして尚恐怖した様子もなく、あろうことか一方的に斬りかかっている男は果たして人間なのか。
そんな突飛もない考えにヴォラクは、ただただ癇癪したようにわめき散らすことしか出来ていない。
「次は反対の腕。そして上半身を斬り倒し、その首を落とす」
だが隼翔はそんな愚物に毛ほども興味はないかのように、化け物を見据えながら言の葉を発する。
それはさながら死刑宣告でもしているかのよう。
普通なら腕を斬り落とした相手がそのようなことを宣言すれば、戦慄に身を固めるに違いないが、残念ながらこの化物にソレを理解できるだけの知性も理性もない。
あるのはただ一つの命令――――目の前にある供物を喰らい、啜り、溜め込むというシンプルなモノだけだ。
それゆえに、あろうことか斬り落とすと宣言された反対の腕を隼翔に向かって伸ばしてしまう。
それは隼翔からすれば"飛んで火に入る夏の虫"と同義でしかない。
瑞紅牙を握る右腕が一瞬ブレたかと思うと、次の瞬間には掴むようにして伸ばされていたはずの腕はまるで隼翔を避けるようにして綺麗に縦半分に割れた。
「脅威度程の力はやはりまだないみたいだな」
タンッ、と地を蹴り大木よりも太い上腕骨の上に着地。同時にその上を曲芸師さながらの動きで奔り、化け物の懐に入り込む。
戦いが始まる前――――丁度ひさめを助けに入ったときに隼翔は一度鑑定眼を発動させ、化け物のことを視ていた。
もちろん、得られた情報は読むことが出来ないほど字と字が複雑に重なりあっており、どれだけの魔物や人間を実験に使ったのか分からないほどだった。
その中で唯一解読できたのが、この化物が隼翔の生命にどれ程の危機を与えるかという指標である脅威度。
EやFと言った文字が幾重にも重複する中で、一つだけ形の違う流線型を持つ文字を確認することができた。それは――――C。
今まで多くの魔物と戦ってきたが、これほどの脅威度を示す魔物との遭遇は初めて。
唯一脅威度Aという、それこそ戦えば死ぬ可能性が高いと示したヴァルシングがいたが、あれは魔物に分類していいのかも不明だし、成長した今の隼翔なら脅威度Aから下がっているだろう。
そういう意味では目の前の化物もかなりの強さを誇るはずなのだが、いかんせん何度も言うが動きが遅いのだ。
(……哀れな結末だな。普段ならこれほど相手にお目に掛かれないから待ってしまうかもしれんが、今はその時間がないからな)
この魔物が今の形で生まれたのは数分前のこと。
どんな生物でも本能的に身体の動かし方と言うのを知っているのだが、この異形の存在は身体の動かし方が異なる様々な魔物や人間を無理矢理融合させたような存在だ。
本能で動かそうとしてももちろん、動くはずもなく、むしろ互いが互いを阻害すらしてしまう。恐らく時間が経過すれば俊敏になるに違いないが、少なくとも今の隼翔は待つことなどしない。
「助けるって約束したからな。だったら、迅速に安心を与えるうちに助けないと……なっ!」
「や、やめろぉぉぉおおおおっ!?私たちの至高の作品であり、悲願となる器を、邪なる柩を壊すなぁぁぁあああ!?」
背後で座り込む少女を暗闇の淵から救い出すと決めたのだ。
だったら安心をさせるためにもギリギリの勝利は許されない。圧倒的に、少女を闇へと引き摺りこむ存在を消し去る必要がある。
それを成し遂げるために、隼翔はその巨大な上半身を支える背骨を斬り倒すべく、力強く跳んだ。
奥ではその様子を見てヴォラクが無様にも叫び散らしているが、そんなものに止まるはずもなく、空中で瑞紅牙を一閃。
「邪なる柩、か。何やら物騒な名前だな。だが首を落とし、最後に胸の奥にある巨大な魔石を破壊すれば終わるだろう」
スッと音も立てずに静かに着地を決める。そのまま隼翔が一歩後ろに下がると、待っていたかのように骸骨の上半身が地に落ちた。
横たわるソレはどこか芋虫のようにモゾモゾと動き、肋骨から生える腕などは未だに気持ち悪く蠢く。よくもまあここまで気色の悪いモノを創れたものだと内心で皮肉を浮かべながら、隼翔は首を落とすべく、ゆっくりと足を進める。
手足蠢く肋骨に守られるようにして、その奥には数日前に出くわした異形の魔物と同じように極彩色の、魔石と呼ぶには明らかに大きすぎるモノが視界に映る。
それは球形をしておらず、一言で表現するなら確かに人が入れるほどの大きさをした柩のようにも見え、中では何かが流れるように動いている。それはどこか人のような印象も与えるがずっと視ていると、何かに魅入られてしまいそうな危うさがある。
(たとえ何であろうと、もう終わりなんだけどな)
普通なら吐き気を催しても可笑しくないその光景なのだが、隼翔は一切気にした様子も無く邪なる柩と呼ばれた化け物の首を力強い踏み込みで斬りおとした。
「あぁぁぁ……あぁぁぁ……」
落ちた骸骨の瞳からは炎が消え去り、口から吐き出さていた瘴気は完全に止まる。
もう邪神教徒たちの企みも終焉の一歩手前、誰もがそう思い、ヴォラク自身も喪失したように膝を着き、言葉にもならない声をただひたすらに漏らし続ける。
「さて、あとはこいつを壊せば仕事は完了だな。うーん……ただ、あの男を地上に連行しないといけないわけだが、俺は功労者にはなりたくないし……フィリアス辺りにこの場所を伝えるか?」
極彩色の魔石柩とでも称するべきモノを前にしながら、フムとどこか抜けたように考え込む隼翔。
この魔石を切断し、ついでに男も殺せるなら一番隼翔としては手っ取り早いのだが、いかんせん他にも仲間がいるに違いなく、情報を得るためには殺せない。かと言ってもう自失した男にあれこれしたいとも思えない。それほどまでに今の男の姿は哀れなのだ。
仕方なく、次善策としてSランク冒険者の名前を当たり前のように上げてしまう。こんな風にSランクの冒険者を顎で使おうと思う人間など、厚顔無恥なアホ貴族か隼翔くらいしかいないだろう。
「まあ、どちらにしても壊すか」
地上というかフィリアスへの連絡手段は後程考えるとして、隼翔は今回の元凶を絶つべく、瑞紅牙を両手で握り上段へと構える。
そのまま短く息を吐き――――一閃した。
音も立てずに割れる魔石柩。その中からはドロッとした液体がとめどなく溢れ、生理的嫌悪感を抱かせる。
ドクドク、と流れ落ちる液体はいつしか、色が定まらない水たまりを形成していくが、見た目と反して臭いと言うモノはしない。
隼翔は少しの間それを眺めていたがすぐに興味を失ったのか、すぐに視線を別の場所に切り替える。その先にいるのは跪き、哀れにしか見えないヴォラクが映る。
隼翔は腰の魔法の袋から紐のようなものを取り出し、ヴォラクに近づいて縛り上げる。そして、念のためにと瑞紅牙の鋩子を首元に宛がい、底冷えする声で問いかける。
「答えろ。お前たちは今回の計画をいつ頃から画策していた?どれだけ暗躍し、あいつを陥れようとしていた?」
「あ”~…………アハハハハッ。流石惚れた男はチガウナ~」
「言え……さもなくば殺すぞ?」
ひさめには聞こえない声量で、殺気をぶつけながら尋問する。
普通に考えれば他に聞くことがあるかもしれないがそれは全て地上にいる人間に任せるし、何よりもそれはどうでもいい。それよりも隼翔にとって聞かなくてはいかないことがあるのだ。
何せ、いくらひさめが嫌われているとは言え不自然な点が色々と多すぎる。何度も地下迷宮で魔物の大群に襲われるはずもないし、ましてや数日前のような公開処刑が当たり前のように起きるはずもない。他にも考えれば色々とあるのだが、要するに今回の事件を起こす上で上手く出来すぎている。
「アハハハッ、まあ教えてヤルサ。あいつを陥れようとし始めたのは丁度アレがDランクへとなった頃だそうだ。なにせ、嫌われ者だ。今回の計画の首謀者へと仕立て上げるには十二分な素材ダロ?だからあいつが冒険者たちから煙たがられるように、魔物の大群を意図的にぶつけたり、魅了の魔法で周囲を先導したりと、色々とやってるのさ――――すべては邪神様のタメダっ!!!」
ケタケタ、ケタケタともうどうにもならないぜ、と言わんばかりにあざ笑うヴォラク。
確かにひさめという少女の悪評は冒険者たちに浸透してしまい、覆すのはかなり難しいような状況だ。そんな少女をいくら庇っても何も起きないし、何も変わらない。恐らくヴォラクは最後の足掻きとばかりに、隼翔の絶望する表情を見たくて教えたのだろう。
その死んだ魚のようだったヴォラクの目は、再び狂喜に満ち、さあさあと隼翔の表情が歪むその時を待っている。
「なるほどな……なら地上でもやることはあるか」
「……ハ?」
「生憎とその程度で絶望するほど俺は可愛げがあるとは思っていない。と言うか不愉快だ、寝てろ」
だが、隼翔の表情に浮かんだのは笑み。しかもそれは希望に満ちたかのようなものだ。
さしも驚いたようにヴォラクは言葉を漏らすが、隼翔はその表情をもう見たくないとばかりに瑞紅牙の峰で昏倒させた。
「評判なんてすぐ良くなるし、あいつには友達も幼馴染もいるんだ。それにあいつの心を救える手立ても見つけた。収穫は十分なんだよ」
そう、隼翔が危ぶんでいたのは少女の心。
多くの人が自分の責任で死んでしまったと常々自責の念に刈られていたが、実はそれは仕組まれたこと。もちろんそれで優しい少女がすぐに立ち直るなど無いとは思っているが、それは幼馴染やフィオナやフィオネと言った友人たちが支えてやればいつかは塞がる。
だからこそ、自分がすることはその証拠を地上で集めること。地上に戻っても相手の居場所も分からないし、やることも山積みだが、それでも少女を救えるということが本当にうれしいのだろう。ひさめの元に歩み寄る隼翔の口元には笑みが浮かんでいる。
「とりあえず事件は終息だ、地上に戻るか」
「は、はい……その、色々とありがとうございます」
「気にするな。単なる俺の気が向いただけさ」
優しく少女に手を伸ばし、立ち上がらせて、その身体を支えるように抱く隼翔。
そういう何気ない動作こそがタラシと呼ばれてしまう所以なのだろうが、生憎と誰も咎めてくれる人はいない。現に軽くでも隼翔と触れ合うことが嬉しいのだろう、ひさめの表情は真っ赤で多幸感に包まれている。
このままあとは地上に戻るだけ。それで少なくとも少女の苦難は終わりを迎える。そう信じ切った、まさにその時だった。
「全く……なんて邪魔をしてくれたのだ。おかげで中途半端な状態で産まれてしまったではないか」
「っ!?誰だっ」
突如背後から響く、割れた声。
先ほどまで誰もいなかったし、仮に隠れていたとしてもそれを察知できないはずがない。それなのに、いる。
思わず隼翔はひさめを強く抱きしめ、サッとその場から飛び退き、距離を取る。
振り返った先にいたのは陰だ。
「……全く、厄介なことだ。だが、まあいい。この状態でも地上を滅ぼすことは出来るだろう」
しかし陰は隼翔の問いには答えもせず、地面に転がる巨大な骸と喜色の悪い液体の水たまりを興味深そうに眺めている。
果たしてどこから湧いたのか、そもそもこいつは何をしようとしているのか。そんな疑問が湧くが全てを無視して、隼翔はひさめを背に護るようにしながら再び臨戦態勢を取る。
「そう、逸るな。お前の相手は私ではない。私に相対したいならば、コレを倒してからだな」
今にも踏み込もうとする隼翔を手で制するようにした陰。
その陰は一瞬きえ、再び姿を現すとその手には縄で縛ったはずのヴォラクが握られる。
何をするつもりなのかと、警戒する隼翔。そんな彼の前で陰はヴォラクに何かを無理やり飲ませ、水たまりの中心に投げ込んだ。
「――――アガガガガガガガガッ」
「っ、何してやがるっ!?」
「コレは器なのではない。そもそも、邪神様に器などいらぬ。あの方はこの地深くにいるのだからな」
そう当たり前のように言ってのける影をよそに、ヴォラクは白目を剥き、断末魔のような金切り声をあげ苦しみ続けている。
やがてヴォラクが静かになると、水たまりが男を包み、落ちていた巨大な骸がそれを覆うように集まる。
「さあ、狂宴はコレからが始まりだ。楽しく踊ってくれ」
そう感情の無い割れた声で告げる陰。
それが指し示す先には、人型をした異形の存在だけだった。




