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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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それが戦う、単純な理由

少し短いですが、区切り的に良かったので。

8月中に今章終わらせる予定だったのに……がんばれば間に合うかな?

 刀は誰にでも生物を殺めることを可能にする道具で、それを扱う技術は容易に命を奪うためのすべ――――これは隼翔の戒めだ。


 数え切れぬほどの命をその手に持つ刀と練磨の末に創り上げた無数の剣技によって殺めてきたからこそ、自分だけでなく武器を持つ相手もまた同様に命を軽々と奪えるということを嫌と言うほど理解している。


 だからこそ隼翔は刀を握ったときだけはいくら激情に駆られ、憤怒を抱き、殺気を迸らせても、自分の中にある"冷静さ"という最後の領土だけは決して踏み込ませないように努めていた。

 そこを憎しみや怒りに侵させれば(・・・・・)恐らく至極心地よく、潜在能力を超えて力を発揮できるに違いない。だが、その先にあるのは確実な死だ。そのことは経験がありありと告げている。


「ふー…………」


 喰らえ、ねじ伏せろ、殺せ――――そんな風に囁きながら最後の領土を侵略せんとする負の感情たちを封殺するように隼翔はゆっくりと息を吐き出す。


 もう二度とその感情に身を委ねてはいけない。

 自分が傷つけば悲しむ仲間がいるし、護りたい人たちがいる。何よりも背後で座り込む少女に任せろと言い切ったのだ。

 だったら無様な姿は見せられないし、安心させる戦いをしなくてはいけない――――すべては少女を暗闇の底から掴み上げるために。

 

 耳の奥では未だに自分の声で囁く感情たち。

 だが決意と同時に地面に突き刺さったままの愛刀を抜き放つと―――――その声はぴたりと止んだ。


「さて、やるか」

「な――――だ。……――――だ。――――なぜ、邪魔をするっ!?」


 全身から刃のように鋭い殺気を迸らせ、斬るべき化物を瞳に映し臨戦態勢を整える隼翔。

 その後ろ姿は悠然として、静寂。とても全身を切り刻むような殺気を放っているとは思えないほどだ。現に隼翔の後ろで見つめているひさめにはとても安心感を抱け、心に巣食っていた恐怖は消え去ってしまった。

 しかし、相対する者からすれば恐怖以外の何物でもない。ただ前提として理性を欠いていないか、恐怖することのできる感情を持っていないと意味がない。

 そしてその前提条件から残念なことに漏れてしまった男が戦意歳代まで高める隼翔に水を差すように怨嗟のごとく叫び散らす。


「なぜ、我らの崇高な計画を邪魔する!?なぜ、僕の前に立ちふさがるっ!?なぜ、そんなやつを助けるっ!?――――そもそも、貴様は何者だっ」


 朦々と立ち上っていた土煙りが落着きを見せ始め、ようやく見通しが良くなる。

 先ず目につくのは巨大な、数十mはあろうかという異形の影。未だに化物は地面に伏せたまま動きを見せないが、肋骨から生えた人間の腕や足、上半身が求めるように蠢いている様子を見るに生きているのは確実。

 それを視界の隅で捉えながら次に注意を向けるのは、更に奥ある人影。それは苛立ちを全身で表現するように身体をじらせており、身に着ける煌びやかな鎧がいっそ不憫にしか見えない。

 隼翔はギャアギャア、と癇癪起こした子供のように叫ぶヴォラクを侮蔑的な視線で見つめる。それがより男を逆なでしたのだろう、さらに喧しく吠え始め、もう人と呼んでいいのか分らなくなってしまうほどだ。


「答えろ、答えろ、コタエロ……コタエロォォォォオオオっ!!!」

「全く……俺が何者でも関係ないだろ。俺はただコイツに味合せた苦痛の落とし前をつけさせたいだけだ。そのためにお前たちの計画とやらを完全に潰し――――コイツを暗闇から助け、引っ張り上げる」


 愛刀の切っ先をヴォラクに突きつけて、力強く宣言する。

 たとえそこにどんな困難が待ち受けていようとも、仏や羅漢が立塞がろうともそれらを乗り越え、斬り伏せてでも助けてみせると――――隼翔はそれほどの覚悟をもってここに立っているのだ。


 思わず滴が頬を濡らす。どうして、どうしてそこまでしてくれるのかと。

 自分はとてつもなく弱い人間。憧れる人に諭されなければ悪意を簡単に受け入れ、決意することすらできないような、本当に弱い人間。

 隼翔が強いっということはよく理解している。だけど力があるからと言って誰かを助けないといけない義務はない。ましてや自分も彼も冒険者なのだから、それが当り前なのだ。なのに、どうしてと少女は静かにしゃくる。 


「は、ははっ……。そいつをタスケルだって?笑わせるなっ!?そいつは生きているべきじゃないっ、供物になるべきダっ!それがセカイのためだっ!!それとも何か?そいつに何かキタイでもしているのか?助けても百害あって一利もないソイツを助けてどうしたんだよっ!?」


 耳障りな嘲笑とともに、狂ったように隼翔の覚悟を踏みにじるヴォラク。

 その容赦のない言葉は"菊理ひさめ"という少女の存在自体を否定し、暴言という凶器で心を深く抉る。


 所詮はただの赤の他人の戯言。そう割り切れれば、少女はどれだけ救われただろう。どれほど傷つかずに済んだのだろう。しかし、それを他人の戯言と割り切れないのが"ひさめ"という心根優しい少女の良さなのかもしれない。


(……本当に、どうして?どうして何度も、何度も自分を助けてくれるのですか?)


 隼翔の強い覚悟とヴォラクの深い否定の間で心が強く揺さぶられる。

 はたして隼翔が何でこんなにも自分を助けようとしてくれるのか、ひさめも努々《ゆめゆめ》疑問には思っていた。

 害しかないと周囲から烙印を押され、いっそいない方が良いとまで言われる自分に何で手を差し伸べ、引き上げてくれようとするのか。

 ヴォラクの言うとおり自分に何かを期待しているのか。それとも強者の単なる気まぐれなのか。――――もしくは、と淡い期待を胸に抱きかけて、ひさめはそれを必死に押し込めた。

 それを想ってはいけない。それを想って、彼の口から真実を聞いた時――――必ず絶望してしまう。だったら抱かない方がいいし、いっその事聞かない方がいい。

 聞かなければ絶望しないで済むし、この胸から溢れてしまいそうな感情を捨てずにいられる。

 だが残酷にも隼翔はちらっと少女に視線を向け、そして理由を口にした。


「とある神物(じんぶつ)に頼まれたんだよ。彼女を気にかけて欲しい、と」

「――――――――」


 胸が握りつぶされたかと思うほどの衝撃に、ひさめは思わず手にしていた漆黒の刀の柄をギュッと掴んだ。

 わかっていた。分かっていたのだ。

 だって彼は物凄く強く、おそらくは恰好良い。そんな人物だから隣に立つ人物は選びたい放題だろうし、自分なんかが選んでもらえるはずがない。現に彼の両隣は美しく器量の良い姉妹で埋まっていたではないか。

 それなのにどうして自分は――――物語のような淡い幻想を抱いてしまったのか。

 傷つくとわかっていたではないか、なのにどうしてそんなことを抱いてしまったのか。


(……自分にとって、あの方はそれほどの憧れなのでしょうね)


 せめて抱いた感情を捨てる前にもう一度だけその憧憬の後姿を瞼に焼き付けようと伏せていた顔をあげると、なぜかもう一度あの瞳と視線が合った。

 なぜだろう、と落ち込む片隅で考えるひさめをよそに、隼翔は言葉を続けた。


「だが、そんなものはきっかけに過ぎない。俺は彼女の"誰も傷つけない覚悟"の先に何があるのか、気になったんだ。そしてそれを傍で見守っていたいと、そう思えたんだ」

「はっ、ははははははっ!!!!!コレハ、これはお笑い草だなっ!?傍にいたい、だァ?この女に惚れたとでも言いたいノカ?この忌み嫌われる容姿を持つ、これに!!?」

「そうだな。お前たちはコイツを忌み嫌うがそれは冥界の女神に似ているから、だろ?なら上等じゃないか。女神に似ているほどの美貌を持つ女だ、惚れないはずがない。何よりも俺は彼女の優しく美しい心に惹かれたんだ」


 そこで隼翔は一度言葉を区切り、スーッと息を吸い込む。

 その後ろ姿はどこまでも雄々しい。そしてそんな憧憬に、惚れたといわれたのだ。少女が驚きと嬉しさのあまりにすすり泣いてしまっても仕方のないことだ。

 その美しい旋律と穢れなき無垢な涙を守ると心に誓い――――


「だから……惚れた女を守るのに命を賭すのは何もおかしい話じゃない。そしてその女が傷つけられたんだ……怒らないはずも、ないっ」


 隼翔はまさに起き上がろうとうごめき始めた化け物に斬りかかった。

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