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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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慈しみと憤怒

書きあがったので投稿します!

もう少しで終わる予定だ~!

「ったく、ハヤトの奴。相変わらず速いなっ」


 ズンッ、と鋭さと言うよりは力強さを感じさせる振りでクロードはオークに切りかかる。その一撃はやはり鋭さには欠いていたようで、魔導銃剣の剣身が豚顔の半分ほどに埋まったところで止まる。

 だが流石に魔物とて生物であることには変わらず、悲鳴も上げる暇なくオークは絶命し、少しすれば身体も黒煙へと姿を変えるだろう。

 しかし、クロードはその時間も惜しいとばかりに無理やり剣身を引き抜き、振り向きと同時に飛びかかってきたゴブリンを切り伏せる。


「仕方ないよぉ、若様は私たちとは比べモノにならないほどの実力者。それこそ、この都市最強の一角に認められるほどの器だよ?比べるだけ無駄だって」

「別にはなから張り合おうとは思ってねーって。ただ、流石に本気のあいつを見ると改めて驚くというか……な?」


 トンっとがら空きになった背中に衝撃が伝わる。だがソレはとても暖かく、頼りがいのある背中だ。

 クロードの背中を守り、そして支えるように陣取ったアイリスは長大な三日月斧を両手で構えると、渾身の力で横に薙いだ。

 ぶわっと旋風が起こり、二人を取り囲むようにしていたオークやゴブリン、それに巨大な蟻が体液をまき散らしながら吹き飛んだ。

 間延びする独特の口調とは裏腹にその一撃は剛力と言う言葉が良く似合う。ただソレを流石上級冒険者と褒めるべきか、馬鹿力と呆れればいいか非常に悩むところではあるが、結局一人の男の行動すべてを前にしてしまえば霞んでしまう。

 それ故に思わずクロードは言葉を濁す。


「あ、はははぁ~。まあでも、さ。今回も少しだけ過保護だけど、それでもちゃんと私たちを認めてくれて、こうして背中を預けてくれてるでしょ?」

「……まあ、なっ!」


 同意するように空笑いを浮かべるアイリスだが、それでも言葉通り隼翔は彼らの力量を認めた上でこの超危険な状況へと変遷した地下迷宮ダンジョン内で別行動をして、ひいてはこの場所で魔物の侵攻を抑えてくれと背中を預けているのだ。

 ただ、やはり過保護と言う名の身内への甘さは相変わらずで、彼らのいる部屋ルーム近辺を含めここら一帯にいるCランク指定以上の魔物は全て間引いているという状況ではあるのだが。

 それでも彼らの護る通路の先で待ち受ける、想像もつかないであろう化け物との戦いに集中するためにこの場を任せてもらったというのは仲間としても親友としても嬉しく、クロードは小さく笑みを浮かべながら張り切って魔物を切り伏せていく。

 

「しっかし、あの二人の気迫には勝てそうにないな……」

「それは仕方ないよぉ~。だってフィオナちゃんもフィオネちゃんも若様のお役に立てるの嬉しくて仕方ないんだからぁ~」


 クロードも十二分以上に張り切っている自覚はあるが、それでもこの場における最大の活躍を見せる双子姉妹には叶わないと言葉を漏らす。



 視線の先では金狐の双子姉妹が一寸の狂いも見せない全く同じ(シンクロした)動作で魔物を屠っていく。

 フィオナがオークを消せば、フィオネもまた別のオークを同じように、同じ太刀筋で黒煙に変える。

 その光景は同じモノ見せられているのでは錯覚してしまいそうなほどで、二人は本当は同一の人物なのではと勘ぐってしまうほどだ。


「ほぉ~、見事なもんだ、なっ!!」

「アレが若様が教えたって言う固有魔法なのかなぁ~?」


 だが共に闘うクロードとアイリスが何よりも感嘆するのは姉妹が時折見せる見事な連携において、一切のアイコンタクトも言葉のやり取りも無いということ。それは完全に同じ視界を共有していないとまず不可能と断言できるほど緻密で一部の隙も無い連携だ。

 ソレを可能にしているのがまさにアイリスの口にした通り、隼翔が能力スキルを駆使して創った3種類の固有魔法の内の一つ《感覚同調シンクロ》。

 これは名前の通り、五感を誰かと共有するという魔法なのだが誰とでも共有できるという訳ではなく、より自分と近い存在と一緒に魔法発動した際に初めて五感を共有できるという、中々にシビアな魔法。しかも共有できる感覚深度は練度によって大きく左右され、単純に一つの感覚を共有するのではなく互いの感覚を互いに共有し合うという、言ってみれば2台監視カメラを同時に無理やり見せられている状態だ。

 どちらが自分の本物の感覚で得ている状況で、どちらがもう片割れが得ている別の状況なのかを常に意識しなければまず自分を見失ってしまうほどの危険性を孕んでいる。

 だからこそ、隼翔は今まで姉妹に決して実戦では使用させず鍛錬の時にだけ使わせていたので、実戦での披露は今が初めて。しかも――――。


「「我が炎よ、集い来たりて、敵を射貫け――――炎射矢フレイムアロー」」


 静かに紡がれるのは熱を帯びる聖句の二重奏デュエット

 その言の葉を一語一語口にするたびに、身体の中では魔力が形を成そうと熱を帯び、暴れる。その感覚が二倍・・で、しかも駆け周りながらの並行詠唱。初級の魔法とはいえかなり困難極めるのだが、姉妹はあろうことか同じ魔法を見事に同じタイミングで発動させ、ゴブリンを炎の矢で貫き焼いていく。

 

 実践初の魔法を発動させながら、手に握る小太刀で魔物を屠り、更には並行詠唱。これだけのことをしていて張り切っていないなど言えるはずもなく、むしろ過剰とも言えなくもない。


「流石にフィオナちゃんもフィオネちゃんも張り切り好きじゃないかなぁ~?少しペースを落としても……」

「大丈夫です、アイリスちゃん!」

「全く問題ありませんよ、アイリスちゃんっ!」


 後で倒れないかを危ぶんだアイリスが姉妹に優しく声をかけたのだが、同時に帰ってきたのは力強い言葉だ。

 さしもアイリスも思わず気圧されたように、すぐさま引き下がってしまうほどの力強さ。


「初めて戦いでハヤト様のお役に立てるのですっ!」

「だから、中途半端などできませんし、やるからには完璧にお役に立ちたいんですっ」

「「何よりも――――ご褒美として尻尾の毛繕いをハヤト様がやってくれるとおっしゃってくれたのですっ!!頑張らないはずがありませんっ!!」」


 キリッ、と普段は可愛らしい目元を吊り上げ、次々と並行詠唱と愛刀を駆使して魔物を殲滅していく姉妹。

 その光景を目の当たりにして、アイリスはただ純粋に思った――――愛は偉大だと、そして二人のやる気を焚きつけ過ぎだ、と。









 背後の通路のずっと先にある部屋ルームでそんな戦いが繰り広げられているとは露知らず、男はただひたすらに慈しみの心とそれ以上の憤怒を抱えていた。

 慈しみを向けるのは左腕に抱く傷だらけの少女にだ。

 濡れ羽色をしていた長い髪の毛は乱れ、すっかりと艶を失っており、前髪に隠された顔は痛々しいほどにはれ上がっている。

 身体にしても同様だ。病的なまでに白かった肌は見る影も無く、赤黒い血と蒼い痣で覆われている。

 初めて会った時も、数日前に見た時も傷だらけだったが、今の状態はその比ではない。


「本当によく頑張ったな……」


 その言葉は正しく隼翔の本心。

 数日前はただ一方的に悪意を受け入れ、死ぬことに恐怖しながらも抗うことをしなかった少女が、今は必死に絶望に抗っていたのだ。

 もちろんその全てを見ていたわけじゃなく、むしろ知っているのは本当に最後の方だけ。少女が打ちのめされながらも、必死に刀に手を伸ばし掴もうとしている、その瞬間だけだった。

 だが、その小さな動作だけでも隼翔には分かる。少女が必死だったのだと。そして――――その手が助けを求めてもがいていたのだと。


 だからこそ、訂正したのだ。もう決して弱い少女じゃない。確かに戦う力はまだ無いかもしれないが、決して誰かを傷つけない強い決意を持ち、必死にその道を探求し続ける少女に変わったのだと。

 そしてそんな少女だからこそ、隼翔は助けたいと思えたし――――美しいと感じた。


「少し衝撃が伝わってしまうかもしれないが許してくれ――――」

「……きゃっ!?」

「――――双天開来流 不知火ノ型――鳳尖華ホウセンカ


 憤怒を抱えるのは、右手で握る瑞紅牙で押さえる巨大な腕を持つ化け物とその奥であざ笑うように声を上げ続けている男に。


 隼翔は少女を抱く左腕に少しばかり力を込める。

 その動作に少女――――ひさめは驚いたようにどこか可愛らしい悲鳴を漏らすが、次の瞬間耳にした厳かな声と瞳に映った光景に言葉を失った。


 化け物の巨大な腕を片腕に握る刀だけで抑え込んでいる、それだけでも十二分に驚きなのだが、厳かな声とともに炎が爆ぜたかのような音がしたかと思うと化け物の掌が腕ごと弾け飛んだのだ。


 そもそも隼翔という青年には人斬りであった頃を含めてもこれほどの膂力は無かった。

 もちろん前世では様々な武術を嗜み、鍛えていたおかげで普通の人間よりは圧倒的に膂力があったが、それでも化け物を吹き飛ばすほどの力があるはずもないし、それは人斬りであった頃もまた然り。

 何よりも人斬りの頃の武器はどちらかと言えば速さと圧倒的な剣技で、力ではない。それで仕事をこなすことは可能だったのだが、どうしても中には怪力自慢と言う相手も少なからずいたし、逆に鎧甲冑を着こんだ防御重視の相手も同数存在した。

 そんな相手たちを手数ではなく、力で押し切るためにと試行の末に創り上げた剣技が――――不知火ノ型。

 それは火が爆ぜる如く、たった一撃に全てをかける、まさに比類なき剛剣なのだ。そして、この世界に生まれ変わった隼翔がそれを使えば――――化け物すらも地面に伏せさせることが出来てしまう。

 

「なっ、何が起きたんだっ!!?」


 思わず声を上げたのは悦に浸っていたヴォラクだ。

 彼としては、あとは器と呼んでいた化け物がひさめを供物として地上へと侵攻するだけの状態だと思っていたのに、なぜか急に化け物はグラリとその体躯を揺らし地面へと倒れた。

 いくら猛禽類の脚をしているとは言え、4つ脚で重心は人間よりもはるかに安定しているはず。それなのに――――倒れたのだ。


「大丈夫か?」

「…………へっ?自分、ですか?」


 化物が倒れ込んだことにより、ブワッと風が巻き起こり、隼翔とひさめの髪を無造作に揺らす。

 一体何が起きたのか、何が起こっているのか全くもってひさめには付いて行けない。ただ言えるのは自分は憧れの人に助けられ、あろうことか抱きしめられている。

 その状況がより少女を混乱に陥り、茫然と抱きしめられながら、その顔を見惚れてしまう。

 力強い目元に、自分と同じ漆黒の瞳。男性の顔をまじまじと見るのが初めての少女にとって、顔の造詣の善し悪しが判断できるはずも無かったが、一つ言えることは――――かっこ良すぎる。

 ひさめは身体の痛みも忘れ、ぼーっと見上げていると、不意にその夜空のように美しい瞳と視線が合った。

 あり得ないほど高鳴る鼓動。混迷していた思考は完全に止まってしまい、どうしていいかもわからない。


「この状況でお前以外に誰を心配するんだ?」


 そんなひさめの状態を見て、隼翔は厳しかった表情をいくばくか緩め、愛刀を地面に突き刺すと腰から試験管を取り出し、茫然とする少女に飲ませた。

 流石隼翔特製の回復薬なだけあってその効果はすぐさま現れ、全身を覆いつくすほどの痣は消え去り、出血も収まった。

 それでもやはり血で赤黒く染まった少女の服や汚れた肌を見てしまうと、隼翔は表情が硬くなるのが嫌でも分かった。

 再び右手を地面に刺さる愛刀の柄にかけてしまえば、一瞬にして殺気が全身から迸り、憤怒が抑えきれなくなる。


「……さて、と。ここから決して動くなよ。それとこれを握っておけ」

「わ、わかりました……」


 隼翔の腕から地面へと座らされたことによって、少しばかり残念そうな表情を浮かべるひさめ。

 だがそんな彼女を安心させるため、という訳かは不明だが、隼翔は腰に佩しているもう一振り――――矛盾刃を渡す。

 

「何があっても俺を信じてそこを動かず、その刀を握っていろ。そうすればお前を護ってやれる」


 くるりと身を翻し、そう告げた隼翔。

 もう、そこに先ほどのような優しい雰囲気は無い。瞳はただ斬るべき敵を捉え、全身はただ斬るために最適な動きをするための道具と化す。

 こうして異形の化け物の前に――――真の化け物が君臨した。

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