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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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少女は――――抗う

超ギリギリ間に合った。

誤字とか多いかもしれないけど……許してください

「だ、大丈夫なのでしょうか?」


 ひさめはおどおどしながら、まるで喜びを最大に表す犬の尻尾のように左右に揺れる金色の三つ編みを必死に追う。

 あの縦に揺れる地震以降、地下迷宮ダンジョン内で彼女を取り巻く環境が一変してしまった。

 静寂に等しかったはずの岩壁の通路は耳を塞ぎたくなるほどの魔物の大合唱へと移ろい、うっすらと感じていた他の冒険者たちの気配は完全に消失した。

 今も人間と思しき悲鳴と魔物の歓喜の歌が反響して聞こえてきてしまう度に身体がビクッと委縮してしまい、足を止めたくなる。それでも止めないのは、一言で表現すれば生き残るためだ。仮にひさめ一人ここに取り残されてしまえば、どう足掻いても生き残れる可能性など無い。

 なにせ、ここは岩窟層の第17層。Dランクの冒険者が単身で挑むような場所ではなく、ましてや生き残れるほど優しい世界ではない。

 だからこそ、必死に追うのだ。唯一生き残る可能性を示してくれる金色の尻尾を。そして何よりも――――逃げてしまう弱い自分を変えたいため。


(……自分を変えないと……あの人の前にもう一度立つことは叶わないし、許されない)


 自分を変えたいという想いを糧に足を進める。すべては生きて、少しでも変わった自分をあの人に見せるために。


「大丈夫だよ。あの地震も魔物たちの活性化も、気にする必要も恐れる必要も、何もありはしないさ。だから僕に付いて来ると良い」

「わ、分かりました……ヴォラク殿」


 一番変わったと言えば、この前を歩く男の様子だ。

 一見すれば普段通りの自信家でキザな態度。だが、どうにもあの地震が起こって以降普段以上に陽気で嬉しそうなのだ。そして時折、ぶつくさと聞き取れないほどの声量で独り言を漏らしており、流石のひさめも少しばかり違和感を抱いている。

 それでも話しかければ変わらぬ態度と言葉を返すし、どちらにしたって付いて行くという選択肢以外は無い。


 仕方なしに追従するひさめ。雨

 だが、いくら付いて行っても地上に向かってる様子はどうしても感じられない。もちろん階段を下ったり、竪穴を落ちたりとはしていないのだが、何となく冒険者として培った経験が階段から離れているように思えるのだ。


「あ、あの……何度も申し訳ないのですが、ここは地図のどのあたりなのでしょうか?」


 ヴォラクになるべく不快さを与えないように配慮しつつ、自分の経験カンが正しいかどうかを確かめるためにひさめは地図を広げながら現在位置を聞く。

 だがヴォラクは地図を一瞥すると、あろうことか微笑みながら初球の炎魔法で焼き尽くしたのだ。


「な、何をするのですかっ、ヴォラク殿!?これはギルドから借り受けたモノですし、何よりも帰りの道が分からなくなってしまいますっ!!?」

「ふふっ、問題ないさ。だってもう目的地には着いたし、しっかりと帰る場所に帰れるよ――――そう、邪神様の御心に、供物として……ね」

「えっ、邪神?」


 狼狽する彼女をよそに、辿りついたのは広大な部屋ルームだ。

 広さは階層門番が鎮座する闘技場にも匹敵するするのではと思うほど拓けている。

 天井にはこれまた似たような水晶の剣山見えるが、その色が深い邪さを醸し出す闇色をしている。地面・壁面ともに滑らかで、岩窟層スーテランから抜け出してしまったのではと錯覚してしまいそうだ。

 その部屋ルームの最奥にはよく目を凝らすと祭壇のようなモノが創られており、ユラユラと蝋燭の陽炎が怪しく揺れているのが確認できる。


「さて、ここが僕たちの目指していた場所――――名を儀式の間と仲間内では呼んでいる」


 茫然自失として立ち尽くすひさめを置いて、その空間の中心にまで躍り出たヴォラクはくるりと踵を返すと、おぞましい笑みを浮かべ脚光を一手に浴びているかのような大仰な動きでそう告げた。


「いやぁー、実に……実に長かった。しかしこれでようやくこれまでの苦労が報われるというものだよ」


 一切の理解が追い付かないひさめ。

 邪神・供物・祭壇・苦労、まったくもって予想外の状況に断片的にそれらの単語だけが頭の中でグルグルと壊れたように繰り返される。

 果たして何を言っているのだろう、目の前にいるのは自分の知っているヴォラクではないのか。混乱が混乱を呼び、やがてそれらが蓄積して思考を遅らせる。その悪循環に陥ったひさめを見て、ヴォラクはあろうことか嘲笑を浮かべた。


「まだ、分からないのかい?どうして僕がお前なんかに優しくしたのか?どうしてお前なんかに近づいたのか?どうしてお前なんかと組んだのか?――――答えは簡単さ、すべては邪神様復活のための供物として、利用価値があったからさ!!じゃなければお前なんかに近づくはずないじゃないかっ!!」


 あのキザで自信家。しかし誰にでも平等でまさに物語の主人公と言うべき人間性は完全になりを潜め、ギャハハッハッと悪逆非道な笑い声をあげる。

 人が変わったかのような態度。まさしく豹変と言う言葉はこのことを言うのだと体現している。

 

「……うそ、ですよね?」


 それでも心根から優しい少女は、縋るように問いかける。

 きっと何かの冗談だ。もしくは何か悪魔にでも取りつかれたに違いない。そうでなければ、あの太陽のような人が変わるはずがない。

 だが、世界はどこまでも残酷だ。どこまでも優しい少女に厳しくあたり、深く深く地獄へと叩き落す。


「おいおい、こりゃあとんだお笑い草だなっ!僕がお前を庇ったのも、僕がお前と行動していたのも――――全部、全部、この日この時この場所にお前を連れ出すためだよっ!そのために僕はずっと我慢してお前に笑顔を向け、信頼させ、庇っていたのさ!」


 バサッと前髪をかき揚げるその動作こそ以前と変わらないが、その印象はまるで違う。

 どこまでも見下し、どこまでも蔑む。それは完全に少女を人として見ていない。

 

 少女の瞳に映っていた儚い幻想は終わりを告げたのだ。すべては白昼夢で、現実は何も変わっていなかった。だが、それに気が付いたのがあまりにも遅すぎた。


「きゃぁっ!?」

「僕どんな気持ちで庇っていたか分かるか?どんな気持ちで笑顔を向けていたか分かるか?どんな気持ちで一緒にいたか分かるか?――――ずっと内心では、馬鹿な供物だとしか思っていなかったよ!もう、お前のあの表情、あの態度を思い出すたびに笑いが込み上げて来ちまうよっ」


 ヴォラクはいつの間にか部屋ルームの中央から姿を消し、少女の真横で長剣を振りかぶっていた。

 ひさめがソレに気が付いたのは振り下ろされた後だった。激痛が頭部を襲い、滑らかながらも硬い地面に叩きつけられる。だが、出血は不思議と少ない。

 それもそのはずで、刃で斬られたのではなく剣の腹で思いっきり殴打されたのだ。

 恐らく、それは先の言葉から推測できるように少女を供物の一つして利用するためなのだろう。ここで殺すことはできないのだ。しかし言い換えるなら、死にさえしなけらば良いということで、うっ憤を晴らすかのように横たわる少女に蹴りと罵声がぶつけられる。


「あ”-、すっきりした。さて、死んでしまう前に儀式でもやるかな」


 ゴホゴホッ、と血を吐き出すひさめを足蹴にしながら、長剣を背負いなおす。そして少女をまるで汚物のように掴むと、引き摺りながら部屋の中央まで運び、投げ捨てた。

 恐らく今のこの状態こそが、ヴォラクという男の素なのだろう。気持ちよさそうに前髪をかき揚げ、悦に浸ったように声を漏らし、口調も態度も乱雑になっている。


 しかし、今更それを知ったところでひさめに何が出来るわけでもない。痛めつけられた全身は動かくもの辛く、そもそも心がもう動くことをやめたいと願っている。


(……やっぱり自分は変われない、のですね。これが……自分に相応しい恰好なのですから)


 霞む思考の外で、カツカツと遠ざかる足音が聞こえる。恐らくヴォラクはひさめを放置して祭壇へと向かったのだろう。

 拘束もされていない状態だが、もはや逃げようと思う気力もない。これこそが少女にとって相応しいと諦めてしまっている。


 

 思えばずっとそうだった。

 幼少の頃、初めて家の外に出て――――そして、隠そうともしない悪意の視線を大人たちからぶつけられた。

 それまでは、両親はともにひたすらに愛情を注ぎ、ことある事に「ごめんね」と心の底から謝ってきた。なぜ謝られているのか、当時のひさめには分からなかったが、外の世界で会ったことも無い大人たちから侮蔑され、ようやく両親の言葉と自分の容姿が禁忌だと言うことを理解した。

 それでもひさめは決して恨まなかった。だって両親はひたすらに愛情を注ぎ、育ててくれたのだ。周囲から嫌な顔をされると分かっていても、それでも捨てず殺さず育ててくれたのだ。それをどうして恨めるというのか。

 

 それから大人たちの視線は同世代たちにも伝播し、ひさめは外を歩くたびに石や泥を暴言とともに投げつけられた。

 そんな中、菜花と歌竹の二人だけは近所で、幼子の頃より仲良くしていたために決してそのようなことをせずに、仲良くしてくれた。だからこそ、ひさめはやはり他の子どもたちを恨まなかった。だって自分こそがいけないのだと、周りの大人たちが口を揃えて言っていたし、何よりも恨むことなどしたくなかった。

 だから、どんなに汚れて怪我をしても恨むことをしなかった。


 そして時は流れて、幼馴染二人とこの都市へと訪れた。愛情をひたすらに注いでくれた両親のために恩返しをしたかったから。

 最初こそ、ひさめを見て誰もが眉を顰めたが――――それだけで何も言ってこなかったのだ。

 冒険者にとって必要なのは見た目ではなく、自分たちにとって有益か不益かだけ。だからこそ、誰も必要以上に干渉することはなかった。そして益にさえなれれば居場所が出来て両親への恩返しができるのだと、少女は頑張った。

 戦うのは嫌だし、ましてや魔物でも殺すことはしたくなった。それでもそうするしか自分が誰かの役に立つことは出来ない。だからこそ、意を決して戦いへと身を投じた。

 もちろんすぐさま頭角を現すことなど出来ず、何度も怪我をして、何度も逃げたくなった。だけど、すべては両親のため――――少女は幼馴染たちとともにゆっくりと冒険者としての階段を登った。

 そしてDランクへとなった頃、ほかの冒険者たちから誘われるようになり――――ようやく少女にも居場所が出来たかに思えた。

 だが、現実は理不尽だった。最初こそ順調に見えたが、いつからか他の冒険者と組む度に魔物の大群に襲われ――――彼女と彼女の幼馴染以外全滅、もしくは半壊と言う結果が続いた。

 決して彼女が悪いわけじゃない。それなのに、冒険者の間では遠ざけられる風潮が生まれ、いつしかそれは故郷と同じ状況になった。

 嫌われ、卑下され、嫌悪される。それでも決して誰かを恨まない――――自分がすべて悪いのだから。だから決して少女は抗うこと、手を伸ばすこと、声を出すことを止めたのだ。

 

――――すべては誰かを傷つけないために。それが自分に出来る最善だと、そう思っていたから。


 そんな自分には、血まみれで、無様に横たわるのが相応しい。無様に逃げようと足掻いても、もう仕方ないのだ。


「さて、聞こえているだろうか?まあ聞こえていなくてもいいんだが……これより儀式を始める――――さあ、今こそ我らが御身・御心を貴方様の復活の一歩として捧げます」


 祭壇の中央に掲げられるのは巨大な盃。

 のたうつような赤い筋が覆い、今か今かと満たされることを待ち望んでいる。

 ヴォラクはその盃に、どこからか取り出した赤と黒が入り混じる不気味な液体を溢れるまで注ぐ。そして盃が満たされると同時に、盃を覆うようにしてのたうっていた赤い筋が一気に伸び、根を張るようにして部屋ルーム全体へと伸長する。

 一転して盃からは背筋がぞっとするような瘴気が溢れ、赤い根は養分を求めるように天井にある邪な水晶群を覆う。


「ああ……これで儀式は始まりだぁ!あとは、大量の血肉という供物を喰らえば――――邪神様は顕現するっ!!」


 ヴォラクは感極まったように声を出しながら、跪き盃に祈りを捧げている。

 そしてその願いを聞き入れたかのようにして――――水晶群が割れて、ソレ《・・》が顕現した。


「……あ、あれは……なんなのでしょうか?」


 視線だけを必死に天井へと向けたひさめは、かつて見たことも無いような悍ましいモノを目の当たりにした。

 パラパラと水晶の欠片が降り注ぎ、闇色を反射するその中心にいるソレ。

 2対4翼の怪鳥の翼を羽ばたかせる姿は天使とも言えなく無いが、恰好をまるで異形。頭部は巨大な偏角を生やした骸骨。瞳は憤怒に燃える炎を揺らすかのように赤く、顎からは瘴気を漏らす。

 体躯はこちらも白亜色をした骨だが、肋骨は不自然なほど多く、よく見ると何かが表面を蠢いているのだ。


「……アレは人の腕、ですか?」


 思わず戦慄が走る。

 肋骨の表面を動いているのは、人の骨なのだ。しかも腕だけでなく、足や下手すれば上半身すら生えている。それらは呼び寄せるように、或いはもがく様に蠢く。不気味以外の何もでもない。

 更には下半身。強靭な獣のような体躯からは4本の猛禽類の足が生え、尾からは蛇が下を伸ばしている。

 もう、この世の物とは思えないほどの物体に、ひさめは吐き気を覚える。


「さあ、器よ。まずはその供物を喰らえよ。そして次に地上へと向かい、都市全土の人を喰らうのだっ!!そうすれば、晴れて邪神様の復活だっ!!」


 ヴォラクの歓喜に満ちる声に従ったのかは不明だが、その物体はゆっくりと翼をはためかせながら降り立った。

 改めてソレが近くに来ることで分かる、気持ち悪さとそれ以上の生命の危機。

 その瞳に見られていると思うだけで精神が崩壊しそうだし、口から洩れる瘴気が肌に触れると心と体が凍り付いたように怯える。


 恐ろしい、怖すぎる。それでも心が諦めているせいなのか、逃げたいと思えないし、受け入れてしまおうとしている。

 このまま運命を受け入れるとどうなるのだろう――――そう考えて、身体の奥を何かが電流のようなモノが走った気がした。


(……自分は生きたいのですか?どうして……辛いだけ、なのに……)


 自問したところで、辛いという言葉しか返ってこない。それなのに、奥底で何かが訴えている気がする。だけどそれが分からない。


「さて、これは始まりだっ!!さあ、殺れっ!!」


 異形の物体の上半身に生える、これも異形としか言えない腕伸ばされ、まさに少女を掴もうとしたところで――――その掌には少女はいなかった。

 間一髪のところで、動かないはずのひさめの身体は動いたのだ。しかし、それは少女の意思ではなかったようで表情には困惑が映っている。


「どうして……どうして避けたのですか?」


 そう問い続ける間にも、少女の身体はゆっくりと立ち上がり、抗おうとしている。決して抗っても無意味、どうにもなるはずがないのに――――それでも身体が何かに突き動かされるように抗おうとしているのだ。

 

「なぜだっ、なぜ避けるっ!?貴様のような卑しい存在でも役に立てるのだっ、喜んで受け入れろっ!それが貴様の価値なんだっ!!」


 喚くヴォラクの言葉は、しかし少女には聞こえない。

 少女はなぜにも、こんなに絶望に抗おうとするのか――――それだけを問い続けている。

 怪物も未だにその体に馴染んでいないのか、緩慢な動きでひさめを捉えようとするが、無様に転がり這いつくばる少女を掴めない。


(生きたい……どうして?恨んでいないけど……辛いだけの人生なのに)


 ひさめと言う少女が生きるのは世界はどこでも辛い道のりが待っている。そのことは今までの軌跡の中で、良く学んだはずなのだ。

 それなのに――――どうしてこんなにも抗おうとするのか。

 問い続け、逃げ続ける中が、少女の手が何かに触れた。それは腰にある――――少女にとって大切な、大切な宝物。

 それに縋るように触れ、握りしめて――――ようやく、分かった。自分がどうして、こんなにも絶望に抗おうとするのかを。


 あの日々が温かいからだ。

 初めて対等に接してくれた姉妹、炭鉱族の女性。そのあとにあった猫のような少女。彼女たちは決して自分を邪険にせず、友達として優しく迎え入れていくれた。 

 幼馴染たちもだ。彼らは幼少から決して変わらない態度で、兄弟のように接してくれる。もちろん楽しいだけでないが、それでも同じ時間を過ごしたからこそ、温かい。

 両親も。愛情を惜しまず、辛くても育ててくれた。両親にその恩を返したい。


 そして何よりも――――初めて憧れた、たった一人の男性の存在だ。


 また会いたい、また話したい、また楽しい時間を過ごしたい――――そして許されるなら、隣に立っていたい。


"変わろうとしない限り、何も変わらない"


 その言葉を聞いて、何を変えようと決意したのではないか。だからこそ、身体はきっと変わろうとしているのだ。だったら、心も変わろうと努力をしないと。

 

 ひさめは掴んだ柄を強く、握りしめて――――抜き放った。


「……もう、逃げることはしたくありません。例え死ぬことになっても、もうあの人に顔向けできない態度をとることはしたく、ありませんっ」


 そこに、もう弱虫な少女はいない。

 とても優しい、だけど決して諦めようとしない強い少女へと変わったのだ。


「何を喚いているっ!!お前を助ける奴なんていないさっ、だから潔く供物となれっ!!」

「うぐっ!?」


 立ち向かう、そう決意したからにはとしっかりと相手を見つめる。

 掴もうと伸ばされる白骨化した掌は未だに襲いながらも、やはり力は絶大で、躱してもその風圧で少女の身体は簡単に揺らぐ。それでも、立ち上がる。倒されても、しりもちを付いても、転がっても――――何度でも何度でも立ち上がる。

 

 体はボロボロ。動けば痛みを訴え、転べば激痛が全身を襲う。

 それでも死中に活を求めるように、ひさめは必死に刀を振るい、避ける。

 

「きゃっ!?」


 だが、それをできたのも少しの間だけだった。

 突如として化け物の動きが機敏となり、かすっただけで少女は紙のように飛ばされた。

 そして、その痛みが彼女の抵抗を終わらせる一撃となってしまった。もともと体は動くような状態でもなかったのだ。そこに無理を重ね、動き、致命的なダメージを追ってしまえばもう動くことすらできなくなってしまう。

 それでも、あきらめないように必死に手放してしまった刀を掴もうと、手を伸ばす。

 霞む視界のたった数センチ先に落ちている、それは彼女の宝物で希望。だからもう一度握りたい……だけどその数センチが果てしなく今は遠い。


「ようやく抵抗も終わりかっ!残念だったな!所詮お前は死ぬだけの存在、誰も助けないし、誰もお前のその手を握りたい奴なんていないんだよっ」


  悪魔の一言とともに、化け物は腕を伸ばしてくる。

 それに掴まれてしまえば、終わり。もう二度とあの日常には戻れない。

 諦めたくないのに、それでももう動けない――――それがどうしようもなくもどかしい。


 少女の身体を巨大な影が覆い、すべてが終わりそうだった――――まさにその寸前の出来事だった。


「よくやった。お前は立派だった――――あの時の言葉を訂正する。そして、ゆっくり休んでろ、俺が助けてやる」


 聞きたかった、あの優しい声とともに身体が温もりに包まれたのだった。

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