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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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置いて行くのか?

「甚だお前たちの持つ、俺と言う人間の印象が気になるものだな」


 ふん、と憤慨を露わにして鼻を鳴らす。

 視線の先ではフィオナとフィオネが申し訳なさそうに顔を伏せ、クロードは悪い悪いと頭を掻き、アイリスはそっと気まずそうに視線を逸らしている。

 確かに隼翔自身、あのへりくだった態度には堅苦しさを覚えるし似合わないという自覚はある。しかし、だからと言って意外感どころか茫然とされたり、驚愕されたりすれば軽く傷つくのだ。

 だがいつまでも子供のように拗ねていても仕方のないこと。溜飲を下げるように一つ息を吐き出して、雰囲気を和らげる。


「全く……まあ、日頃の俺の態度も原因だからな。これ以上は時間の無駄だし、これからの話をしよう」


 今いる場所こそ静かになったが、通路からは相変わらず魔物の歓喜と狂喜の雄たけびが反響し、耳を汚す。

 恐らく先ほど救援に現れた冒険者たちのように勇猛果敢に戦い、必死に状況をひっくり返そうとしている者たちも多くいるのだろうが、どう足掻いても現状ひっくり返ることは無いだろう。

 現に隼翔の金色の瞳が視せる地図では赤い光点が加速度的に勢力を伸ばし、全てを飲み込まんと侵攻を速めている。それに対して、対抗勢力である緑の光点はと言えば散発的に衝突・殲滅している部分もあるが、大部分が方々に地上へと撤退している。

 その盤上遊戯ボードゲームのような光景を少しばかり眺めていると、ふと面白いことに気が付く。


「まず現状だが、どうやら魔物は行き止まりの部屋ルームからしか湧いていないらしい。恐らく先ほど見つけた杯が同じように隠してあるんだろうな」

「なるほど……ですがどうして行き止まりだけなんでしょうか?」

「確かにそうですよね……他のところに仕掛けても良いと思うんですが?」


 浮かんだ疑問をそのまま口にする姉妹。現状考えてもあまり仕方のないようなことに思えるが、隼翔は推測しか語れないと前置きした上で応える。


「あの魔法道具に何らかの制約があったのかもな。それと通路だと隠蔽がしにくいんだろうな、向こうからすれば魔物が勝手に壁にもなってくれるし」

「「なるほど……すいません、関係ないことを口にしてしまって」」

「いや、気にするな。それに関係ないと思っていることを考えてみると、何か思いつく可能性もあるからな。だからクロードとアイリスも何か些細なことでも気が付けば言ってくれ」


 少しばかり異なるかもしれないが、実際世界的な大発見と言われるものは小さな疑問や全く関係ないと思われた視点から見つかることが多いのだ。だからこそ、現状不明な部分が多いため隼翔も自分の凝り固まった視点だけでなく、誰かの何気ない疑問や一言に期待している。

 と言ってもそう簡単に何か疑問が湧くはずもきっかけが生まれるはずも無く、少しの静寂が訪れる。


「もちろん無理に、とは言わないさ。詰まるところ俺も何も分からないんだし……それよりもこれからの行動指針を決めよう」

 

 その静寂をある程度予想していたのか、隼翔は全員の様子を一通り見た後、すぐさま気にするなとばかりにかぶりを振ってみせる。そして、話を切り上げるように今後のことについて改めて話し合う。


「ああ。だがどうするんだ?実際お前の話だと、どこも魔物だらけなんだろ?」

「恐らく今の速度が維持されるなら一時間もしないうちに魔物で溢れるだろうな。もちろん、あの魔法道具が永続的ならという前提の下だが」


 最悪の予想に4人が体を少しばかり固める中、そう口にしながらも恐らくその予測は現実には起こらないと隼翔は半ば確信していた。

 何せ、見つけた杯はすでに効力を失っていたのだ。その形状と説明文からして何かしらの液体を杯に満たしておかないといけないようだし、それを補充する人員がいない以上有限には変わりない。


(……まあ今回の調査を担当している冒険者たちにも裏切り者はいるだろうが、補充はできないだろうな)


 裏切り者がどう足掻いても魔法道具に何かをするのは不可能だというのは部屋ルームの惨状を目の当たりにすれば明々白々。結局のところ、魔物の増加はあと少しすれば止まるだろうというのが本音だ。

 だが隼翔はそれを口にして仲間たちを安心させるようなことはせず、話を続ける。


「現状で俺たちの取れる選択肢は二つ。脱出を目指し地上へ向かうか、ここに留まって魔物を倒し続けるかだ。俺たちには情報が致命的に無い以上、今回の元凶を探すという選択ができないからな」

「そうですね……手がかりが無ければ探しようが無いですからね」

「うん……それにどちらにしても魔物を倒すってことだしね」


 ただ口にしないのは意地悪をしているわけでなく、結局のところフィオネの言葉通り彼らに許された選択肢では魔物と戦わないといけない以上、意味が無いのだ。なぜなら相手が無限だろうと、一つの階層丸ごと埋め尽くすほどの数だろうと、どちらにしたって殲滅するのはほぼほぼ不可能なのだから。

 さて皆がどちらを選ぶだろうか?と内心で考える隼翔だったが、そんな思索を遮るようにアイリスが口を開いた。


「若様、よろしいでしょうか?」

「ん、どうした?」

「実は先ほど、地震の前に伝えたかったことをまだ伝えられていないと思いまして……」


 その言葉を聴いて、そういえばと思い出す。

 あの地震がちょうど起こる寸前に確かにアイリスは耳打ちしようと近づき、その表情は何かを憂うような雰囲気を醸し出していた。そんなことを思い出す隼翔をよそに、アイリスは申し訳なさそうに言葉を続ける。


「ひさめちゃんを覚えていますか?」

「……ああ」


 急に出てきたその名前。

 決して毛嫌いしているわけではないし、あの優し過ぎる性格には冒険者に適していないながらも好ましさを覚える。

 だが、それでも胸の奥に靄がつのってしまう。隼翔はその不快感をひた隠しにするように、短く首肯する。

 一見すれば普段の隼翔らしい、ぶっきらぼうな態度に変わりない。だが女性陣はどこかその態度と声色に違和感を覚えたが結局それが何なのか分からないようで、指摘しない。

 唯一事情を知っているクロードはどこか納得した表情のまま、やはり話の骨を折らないために黙り込んでいる。


「実は彼女のことで少々気になることがありまして……」

「気になること?」

「ええ、何でも彼女も今回の作戦に参加している層なのですが……どうにも、その相手が腑に落ちなくて……」

「……どういう風に腑に落ちないのか、言葉で説明できるか?」


 アイリスにしては珍しく抽象的な話し方をしている。

 普段のしゃべりこそ、おっとり系の間延びした独特の口調をしているが、その内容は基本しっかりとまとまっており伝えたいことをしっかりと伝えることができる。しかし今の彼女はどこか自信なさ気で、彼女自身その違和感の正体が掴めていない様子だ。


「名前はヴォラクと言うそうで、階級ランクはC。最近この都市に来て、冒険者としての活動を始めたそうです。恐らくどこか別の国で冒険者として名を上げて、上級へと登り詰めたのだと思います。それでもやはり私はヴォラクと言う名に聞き覚えがないんです……」

「……その表情だとそれだけ、って感じがしないが?ほかにあるのか?」


 冒険者たちの情報網とは意外にも広く、ほかの国や都市の上級冒険者の名前なんかもすぐに広まってしまうもの。特にアイリスは隼翔たちの中で特に情報通で、小さなうわさ程度でもかなり知っている。それなのに聞き覚えがないと言うのは確かに不自然。

 だが、それでも偶然と言う可能性も棄てきれない。恐らく彼女により不自然さを抱かせた何かがあるに違いない、そう確信を持って閉口したアイリスに再度問う。


「……私たちはひさめちゃんを差別的に扱わず、友達として接しています。しかし残念なことに彼女は見た目のことで差別を受けており、冒険者たちの間でもあまり良い扱いは受けておりません」


 とても、とても沈痛な面持ちで、申し訳なさそうに説明するアイリス。彼女は何も悪いことをしていないはずなのに、すごく心苦しそうに拳を硬く握り締めている。

 その横ではクロードも胸糞悪さを表情にありありと浮かべているし、フィオナとフィオネはものすごく悲しそうな表情とともに尻尾をシュンと下げている。


 可能性としては隼翔やヴィオラの活躍のおかげで彼女に対する偏見が無くなり、結果として友好的な人間が増えたとも考えられる。

 だがそんな楽観的に考えられるような状況ではない。何せ、彼女の偏見はかなり昔からあり、公開諸兄の寸前にまで発展するほどなのだ。それが例え力のある者による正論の弾圧にあったところで覆るとは到底思えない。それこそ触らぬ神に祟りなし、と誰も近寄らなくなるのが普通の反応だ。

 それなのに近づく輩が出現したとすれば、あの事件を煽動した一派の可能性が高く――――今回の首謀者と通じている可能性も出てくる。


「……なるほど。確かに嫌われ者にわざわざ近づこうとするとはよほどの物好きが、世間知らずくらいだな」


 そんな雰囲気でなお気にした様子もなく、あっけらかんとストレートに嫌われていると言える隼翔は流石としか言いようがない。

 だがよくよく観察してみると下唇をうっすらと噛んでいるし、何よりも腕組みする手がぎゅっと食い込んで、うっ血している。


「……若様、どう思いますか?」

「その違和感は間違いなく正しい。そのヴォラクという男は、何かを知っている可能性がある」

「な、ならっ!?もしかして……」

「ひさめちゃんが危険な目に遭っている可能性がっ!?」


 友達が危険にさらされている可能性があると聞き、目に見えて狼狽する姉妹。

 アイリスももっと早く伝えられていれば、と後悔したように力無く俯いている。


「あくまでも可能性だ。推測の域を出ないし、そもそもこの状況でどこにいるかも分からない相手を探すなんて不可能とは言わないが大変すぎるな。それよりは一旦地上に帰還して、伝えられることを伝えて、情報を得た上で捜索するほうが俺は言いと思うが……」


 どうしたい?と全員に問いかけた隼翔だが、すぐさま首をかしげることになった。なぜなら全員が全員、決意を瞳に込めて視線を返し――――力強く頷いたからだ。


「「ハヤト様、もしかして私たちの言いたいこと分かりませんか?」」

「若様、察してください」

「おいおい、本当にわからねーのか?それとも俺たちを置いて行くつもり(・・・・・・・)、か?」


 未だに首を傾げる隼翔に、クロードが獰猛な笑みとともに逆に聞き返す。

 それが決定打となったのか、ようやく理解が追いつき、それともに呆れ顔を浮かべてしまう。

 何度でも言うが隼翔という男は途轍もなく身内にだけは甘い男だ。それこそ平気で仲間を安全圏に逃がして単身で危険に乗り込むくらいに。

 それが何に起因しているのかを本人も分からないところなのだが、少なくとも誰か親しい人をもう失いたくないという気持ちが強いのかもしれない。だからこそ、隼翔としては仲間たちには帰還の道を選択して欲しかった。


「いや……お前ら正気か?戻らないで探すって大変だと言っただろう。そんなの馬鹿がやることだ」

「だが、お前は地上に戻れば俺たちを置いて単身で探しに行くつもりだろ?それとも何か?お前は単身で乗り込もうとする馬鹿・・を見捨てられるのか?大切な、助けてくれた、恩人という名の馬鹿を」


 悪いことは言わないから戻るぞ、と言外に説得する隼翔だが、クロードが立ちふさがるように一歩前に踏み出すと、力強く言ってのけた。

 そう、全員分かっているのだ。隼翔がたった一人で危険に飛び込もうとしているのを――――自分たちを助けたように、たった一人の少女を助け出すために。

 果たしてそれが個人としての理由なのか、あるいは姉妹やアイリスの友人を失わせないためなのかは分からない。だが、それでも一人で無茶をしようとしているのは様子を見れば分かる。だからこそ、クロードは言葉を続けた。


「確かに俺たちはお前のお荷物にしか今はなれん。だが、だからと言って大切な親友で恩人のお前が一人で戦うのを良しとできるはず無いだろ?同じ場所で戦えなくてもいい、だが同じ土俵では戦いたいんだ――――俺たちは仲間、だろ?」


 ここにいる仲間たちは、皆が隼翔に助けられ、彼を支えたいとする者たちだ。

 隼翔としては単なる偶然、あるいは気まぐれで助けた程度の出会いとしか感じていないかもしれない。だが、救われた側からすればその恩は一生ものであって、彼が地獄へと進むならともに進む覚悟がある者しかいないのだ。もちろん背中合わせに戦うことが叶わないのは理解している。だがせめて彼の戦いをどこかで手助けしたい。

 それが恐らく絆で結ばれた本当の仲間というものであり、一方的に護られているだけの存在ではない。


「……つくづくここには救いようのない馬鹿しかいないようだな」

「おうっ、馬鹿だらけだよ!」

 

 呆れた文言とともに漏れるのはため息――――ではなく笑みだ。それも純粋な。

 死ぬかもしれない、自分(隼翔)が護りきれないかもしれない――――そんなこと欠片も思っていないようで、信頼と命を丸ごと預けてくる。だからその分、少しでもいいから背負っている荷物を、信頼を預け返せと――――彼らはそう言っているのだ。

 とんでもない馬鹿だとしか言いようが無い。

 だが一番の馬鹿はまさしく自分自身。仲間というのを本当の意味で理解していなかった。ただ一緒にいて、心地よく、楽しく、暖かいだけの存在だと思っていた。それらを壊されないように護ることこそ、幸せの一歩だと勘違いしていた。


(俺の幸せな人生って言うのは、果てしなく遠いんだな)


 ニカッ、と笑ってみせるクロードを見ながらそんなことを思う。

 これからもきっと間違えるだろうし、穿き違えることもあるだろう。だがきっと仲間とともに模索し、歩み、学びながら幸せを探していけばいい。


「仕方ない。馬鹿しかいないなら、しっかりとついて来いよ」


 隼翔はやれやれと首を振りつつ、全身を今までに無い暖かい力で満たしながら、身を翻す。

 進む先は混沌極めた人外魔窟の領域。そこで何かしらの思惑に巻き込まれたたった一人の少女を救うため、彼らは駆け出した。

8月中には今章を終わらせたいと思います。がんばろー

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