戦慄
広い、岩と石でできた部屋。
そこに通じる道は一つしか無く、出る道もまた一つしか無いいわば行き止まりの場所。
そこを闊歩するのは砂の尖兵に、砂の骸。
煩わしいほど喚くのは苔を纏う巨大蟻に、目が痒くなるような胞子を飛ばすのは手足の生えた茸だ。
「さて、時間を稼がないといけないわけだが……とりあえず一掃しちまった方が早いか?」
「確かにそうするのが最良と言えるが……クロード。使うのか?」
「だってその方が早ぇーだろ?」
「まあ、そうだけど……一応この後の事も考えて取っといた方が良くないか?」
唯一の出入り口を封鎖するように並ぶ隼翔とクロード。
だが別に突っ立っているわけじゃなく、クロードは魔物の山に突っ込みながら必死に魔導銃剣を振るい懸命に砂の尖兵を減らし、隼翔は動かないながらも厄介そうな気配がする魔物を黙々と消し飛ばしている。
と言っても現状積極的に動けないがどのように近づいて来ない魔物を倒しているのかと言えば、左手に構えた短剣を魔鋼線で飛ばして、と言う魔法が使える人間からすれば少々、いやかなり非効率的な倒し方をしている。
そんな隼翔の少しばかり気怠そうな戦いを見て、クロードはそっと魔導銃剣の引き金に指をかけながら、問う。
確かにクロードの魔導銃剣の一撃が上級の魔法にも引けを取らない強力無比なものだとは隼翔も認めており、それを用いれば全滅は無理でもかなり減らすことは出来る。
しかし、反面で1発程度しか使えない諸刃の剣ということが素直に頼めない原因になっている。
現状、たとえこの場所の魔物を全て制圧したとしてもそれで終わりとはいかないのだ。
何せ、他の場所からも悲鳴や戦闘音は未だに聞こえてくるし、それ以上の魔物の足音や呻き声が鼓膜を揺らしている状態なのだ。そんな状態で切り札を切るにはまだ早すぎる、というのが隼翔の正直な感想。
「だが、ハヤトだってかなり魔力消耗してんだろ?顔色が少しばかり悪い、ぞっ!」
しかし、考えていることは同じようなもので、クロードもまた魔力消費で気だるげにする隼翔を心配している。
恐らく隼翔を知らない人が見れば、どこも疲れてる様子も分からないし、気だるげにしている表情も見分けられないだろう。
それくらい戦いはじめと何も変わっていないのだが、ある程度の付き合いがあるクロードのすれば魔力消費で辛そうにしているのがわかってしまうのだ。
普通は魔力を使い果たすと、耐性が低い者だと気を失ってしまうし、耐性があったとしても魔力枯渇により全身が針金で縛られたのではと錯覚するほどの倦怠感に襲われ、立っていることすら出来なくなって当然戦うことなど不可能になってしまう。
つまり隼翔が仮にこのまま慣れない戦い方をして、魔力枯渇もしくはそれに準じる状態になってしまうと切り札以上の物を失うと言うことと同義になるのだ。
だったら、魔導銃剣の一撃を解放して隼翔の余力を残す方が圧倒的に利があると考えるのが普通だし、クロードとしても辛そうな親友を見たくないのだ。
そのような意味合いもあって、魔物を倒しながら必死に提案しているのだが、隼翔は短剣を投げ、巨大蟻を死に至らしめながら――――かぶりを振った。
「確かに魔力はかなり消耗したが、まだ魔力の蓄えがあるし……底を尽きても戦えるさ。最悪、俺には奥の手もあるからな」
そう言って見せると同時に、羽織っている暗赤色の該当に光の波紋が広がった。
それは優しく隼翔を包み込むように広がり、身体に溶けるようにして消えた。その光景はどこか巨大な鳥が両翼を広げて身体を護るように包み込んだとも錯覚させるほど幻想的だ。
そのまま、な?とクロードに視線を向ける隼翔の表情からは確実に気だるさが消えている。
コレこそが日頃から外套を羽織っている最たる理由だ。
元々この"鴇夜叉の外套"には様々な効果が備わっているのだが、隼翔が一番に欲した理由と言うのが自分の欠点の一つである魔力量の少なさを補う効果を持っていた。それが今披露してみせた契約者に魔力を補填してくれる能力。
「それならいいが……本当に奥の手は使うなよ?」
溌剌とした隼翔の表情を見て安堵して見せるクロードだが、釘を刺すように言葉を付け足す。
別に隼翔の言う奥の手と言うのが何なのかは知らない。ただ、隼翔という男は平気で無理をするような人間だ。その彼が言うからには必ず何かしらのリスク――――主に隼翔の身体に負担のかかるような技を隠しているに違いないとクロードはあたりを付けている。
(……中々に鋭いな)
もちろんと隼翔はどこか曖昧さを残した頷きを返しながら、内心でそんなことを思う。
クロードの読みは正に的中しており、隼翔の言う奥の手とは現状肉体的にも寿命を縮めるような危険な技だ。
もちろん、本人としてもソレは開発段階で積極的に使いたいとは思わない。しかし、同時に必要ならば使うことを躊躇うつもりは毛頭ない――――そういう意味で曖昧さが残ってしまったのだ。
(だが、少なくとも今じゃないな……)
何せ今はまだ逆境とは程遠く、むしろ追い風が吹き始めている。
何せ後方から駆ける足音が聞こえてくる。
そして、この空間から傷付いた冒険者たちはきれいさっぱりいなくなった。それはつまり隼翔を縛り付けていた制約がなくなったと言うことを意味している。
「若様、大変お待たせしました!生存者は全員通路の向こうに運びフィオナちゃんとフィオネちゃんに手当てしてもらっています。ですから、とりあえず誰かに見られることはありません!」
「助かった。クロード、俺が前に出るから、お前は下がってアイリスと通路側を守ってろ!」
「おうっ、任せな!」
部屋に飛び込んできたアイリスの声を聞くと同時に左手に握る魔短剣を革鞘に納め、右で握っていた瑞紅牙を両手に構え、翔ぶように駆けて最前線へと躍り出た。
そのまま今まで溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように、魔物の懐に踏み込んでは斬り伏せる。
「やはり殺し合いは、こうじゃないとな」
右から飛んでくる粘液を躱し、頭上から飛来する蜘蛛の糸を一刀両断。そして地を蹴って、魔物の弱点を正確に一突きにする。切っ先からは魔石片の硬い感触が伝わり、それを抉るように切っ先で跳ねだせば、魔物は黒煙と姿を変える。
敵陣中央に切り込み、判断を誤ることは決して許されない状況なのに――――その口元はニヤけてしまう。
結局、隼翔と言う男は闘争に悦を感じてしまうのだ。いや、人斬りであった頃に覚えてしまっていたのかもしれない。だが決して殺しが楽しいんじゃない、生きていることを感じられることが嬉しいのだ。
「……全く、困難な状況に喜んでしまうとは自分でもどうしようもない病気を患ってしまったようだな」
この世界で新たな正を受けてからと言うもの、様々なことに楽しさや喜びを得た。それは男女の愛情もだし、男同士の友情、仲間との親愛――――様々あるがそれでも根源にある、初めて隼翔と言う男が得た悦が闘争だったのだと、今更ながらに実感した。
そのせいなのか、どんどんと白刃は加速していき、魔物の数は場当たり的に減少していく。
そのことは肌や視覚だけでなく、隼翔の持つ第三の視覚――――衛星眼でも確認できるほど、赤い光点が消えていく。
「二人とも、今更だと思うがCランクの魔物もかなり混じってるから気をつけろよっ」
「一応気がついてはいたが、確かに今更な警告じゃないか?」
「うん……それに仮にこの空間にいても、私たちのところにまでは来ないからねぇ」
思いっきり刀を握って戦えるようになり、少しばかりタカが外れてしまっていた隼翔だが、ふと深呼吸とともに冷静に戻り、先ほど感じた疑問を解消すべく、衛星眼から鑑定眼へと変えて魔物たちを観察し始める。
すると、やはりここに出現している魔物は明らかに種類が可笑しい。何せ、この岩窟層にはいないはずの魔物がかなり多く含まれ、中にはBランク指定の魔物まで混じっているのだ。
当然、隼翔の鑑定眼では見た限りでは脅威度は相も変わらず低いが、もちろん知識としてはある程度魔物のランクを把握している。
そのことを警告の意味を込めて、通路側で戦っているクロードとアイリスに伝えたのだが、なぜか帰ってきた返事はどこか呆れ模様。
だが、それも仕方のないこと、クロードの言葉通り今更過ぎるし、加えるなら二人のところに辿りつく魔物はDランクだけなのだ。
「……将来、あいつは絶対に過保護な親ばかになるに違いないな」
「あ、あはははは……」
過保護極めり、といった感じの隼翔の戦い方に、クロードは砂の骸骨を蹴り飛ばしながらぼそりと呟く。そのつぶやきにアイリスも反論できず、空笑いしてしまう。
生憎と戦いに熱中しすぎた隼翔はそれを聞き逃してしまっていたのだが……聞いていたら確実に反論をしていたに違いない。
それから主に隼翔の奮戦?のおかげで、すっかり部屋からは魔物が一掃され、残ったのは大量の色取り取り魔石片と得体の知れない魔法道具だ。
その魔法道具は部屋の最奥に隠ぺいするように設置さており、一見すれば盃のような恰好している。
「コレにどんな効果があるのか不明だが、あの事態を引き起こしたのはこれだって言うのは分かるな」
クロードやアイリスが危険だという制止を掛けたにも拘らず、隼翔はソレをあろうことか無造作に持ち上げ、鑑定眼で視る。
道具名は《混沌の導き》と言う、中々に嫌な響きをしているが、実際の説明欄には"盃が満たされたとき効力を発揮"と以外何もないのだ。
「……どうして、お前はそう人の制止を聞かないんだよっ」
「そうですよ、若様っ!魔法道具は何が起きるか分からないんですからねっ」
「うーん……いっそのこと何か起これば、分かりやすいんだが」
しげしげと眺める隼翔に怒号を飛ばす二人。
だが、二人のそんな心配をよそに隼翔はそんなことを口走る者だから余計に二人は声を大にして、苛め、頭を搔き毟る。
しかし、隼翔とて何も起こらないだろうという予想があったからこその大胆な行動なのだ。けっして 日ごろから分の悪い賭けをして生きているわけではない。
「どうしたのですか、クロード様?アイリスちゃん?」
「何やら、叫んでいたようですが?」
盃を囲うようにしていた三人に近づきて来たのは、通路でけが人たちを診ていたフィオナとフィオネだ。
姉妹は、なんてことない顔をする隼翔の左右を固めると、げんなりとするクロードとアイリスを不思議そうに見つめる。
「ちょっと、聞いてよっ!フィオナちゃん、フィオネちゃんっ!!」
「そうなんだよっ!ハヤトの奴がよぉ」
「「ハヤト様がどうしたんですか?」」
まるで愚痴を溢すように、姉妹に言葉をぶつけるクロードとアイリス。
姉妹もハヤトのことだと分かると、興味津々と言うか、どうしたのだろうと心配そうに聞き耳を立てる。だが、隼翔がその会話を遮った。
「――――待って」
「ん?こいつらに言われるのがそんなに嫌なのかよ?」
確かに隼翔は姉妹に苛められる、と言うか心配そうな表情をされるのを物凄く苦手としており、そのような事態になると大抵はしゅんと子供のように落ち込んでしまうのだ。
クロードはそれが嫌で会話を止めたのかと思ったが、隼翔の厳しい表情を見て茶化すのをやめた。他の面々もそれにつられるように、一瞬で気を引き締めなおした。
「……誰か、来る」
「おい、救援に来たぞっ!」
「お前たち、大丈夫か!?」
隼翔の声が引き金になったかのように、ゾロゾロと遠くから早いテンポの足音が聞こえてきて、それはやがて通路の向こう側で止まり、代わりに声が聞こえてきた。
恐らく通路で寝かしてある冒険者一向に駆け寄り、必死に声をかけているところらしい。
「どうする、ハヤト?」
「まあ逃げる意味もないし、そもそも逃げるにも通路が一つしかないからな。それにほかの情報も聞きたい」
声を潜めて聞いてくるクロードに、隼翔はそっとかぶりを振る。
基本的に目立たないようにしている隼翔の行動指針から推測してクロードやほかの面々からはどうにかかち合わないようにするのかと思ったのだが、意外にも隼翔はかぶりを振ったのだ。
だが、確かに言葉通り何も悪いことはしていないし、ほかの情報が気にもなる。何よりもどうにでも誤魔化しようはある。それゆえに隼翔たちは救援に駆け付けたとされる冒険者たちが入ってくるのを静かに待った。そして――――。
「おい、こっちにも誰かいるぞ?」
「大丈夫か?」
「はい、我々は大丈夫です」
最初に入ってきたのは二人の男性冒険者。
どちらも歳は隼翔たちよりも上で、鎧が血糊で汚れているところを見るに魔物とかなり戦っていたらしい。
そんな彼らに対応したのはアイリス。唯一の上級冒険者だし、人と話すもの得意としてるためだ。
「そうか……外の彼らを治療したのはあんたらか?」
「ええ……それで、ここにいた魔物たちなんですが――――」
「それならすべて、そこのアイリスさんとクロードさんが倒しましたよ」
「「えっ!?」」
問いかけに淀みなく答えていたアイリスだが、片方のリーダー格と思しき冒険者にここの魔物はと視線で問われ、思わずどうすべきか逡巡してしまう。
そんな彼女から引き継いだのは、超が付くほど不自然な笑みと言葉遣いの隼翔だ。
いつものぶっきら棒で、冷たい態度は一切なく、あんた誰っ!?と問いたくなるほどの豹変ぶりに、フィオナとフィオネはきょとんと眼を見開き、クロードとアイリスはスッとんきょんな声を上げてしまう。
果たしてなぜ身内がこんなに驚いているんだろうと、男性冒険者たちは思ったに違いないが、隼翔はそれらを無視するように丁寧な態度で接する。
「いやぁ、激戦でしたが、流石アイリスさんは上級冒険者なだけありまして、助かりましたよ」
「なるほどな……確かに上級冒険者がいれば納得かもな」
「はい……運が良かったです。ところで他も同じような状況ですか?」
なんという豹変ぶり、なんという口八丁だろう。だが、現代で生きていた隼翔にはこれくらいの繕いは容易いのだ。何せ、高校・大学と名門中の名門ばかり受かり通う予定だったのだ。その試験に面接が無いはずもなく、人の好さそうな態度をするなど慣れっこで何度も潜り抜けてきた。
だが、今までは基本的に素を出して過ごしてきただけに周囲からすれば驚いてしまうだろう。
「ああ……どこも大変なことになってる。んで、俺たちはこの層の責任者だからこうして救援をしながら地上を目指してるってわけだ」
「なるほど、責任者の方でしたか。それでは地上への連絡手段もお持ちで?」
「ああ、持ってるぜ」
そういって男性が取り出したのは、携帯サイズのクリスタル。話には隼翔も聞いていたが、実物を見るのは初めてで、思わず観察してしまう。
「……地上からの指示は?」
「戦える奴は救援をしながら地上を目指せってことらしい。一応地上からも救援が来てるらしいな。だが
……残念ながらこの事態を引き起こしたのが何かは不明らしい」
「……じゃあ、これを地上に持ってってもらえますか?」
悔しそうに歯ぎしりする男性冒険者。
だが、現状損害がかなりでかい割には何も情報が見つかっていないのだ。悔しくも感じるし、敵への苛立ちも覚えるだろう。
そんな彼を不憫に思った――――と言うわけでは決してないのだが、隼翔は丁寧に手に持つ盃を渡す。
不思議そうにそれを見つめる男性だが、隼翔の説明に思わず声を出して、目を引ん剝く。
「――――なっ!?それは本当か?」
「ええ、恐らくですが魔物をせん滅した後ここで発見しましたので、何かしらの手掛かりにはなるかと」
「そうか、よくやった!だが、持って行けと言うことはお前さんたちは地上に向かわないのか?」
「いえ、向かいますよ。ただ、こちらにはアイリスさんがいますし、団体で戻るとその分動けなくなりますので」
「そうか、分かった!これは責任もって俺たちが届けようっ」
男は盃を背嚢に大切そうにしまい込むと、先ほどのクリスタルで地上へと連絡を入れ、仲間とさらには通路で寝かしてた冒険者を起こして、去っていった。
その後ろ姿が消え、足音が聞こえなくなった頃、隼翔は笑みを消して、くるりと身を翻した。そして――――。
「さて、その表情の意味を答えてもらおうか?」
戦慄に表情を固める仲間たちに、そう告げるのだった。




