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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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更に下では…… 2

続きです。

前話もありますので、読んでいない人はそちらから

 ぐるぐる、ぐるぐるとバターになるんじゃないかと言うほどフィリアスの周りを三姉妹が回り続けた頃。


「ほら、3人ともそろそろ終わりにしようか。みんなも休憩は終わりにして捜査を再開――――っ!?」

「うわっ~?」

「ちょー揺れてる?」

「団長!大丈夫ですか!?」


 そろそろ休憩も終わりにして捜査を再開すべしとフィリアスが三姉妹を仲裁して、団員全員に声を掛けようとした瞬間。

 ドクン、と波打つような地震が訪れたのだ。


「くっ!?皆、倒れないように地面に伏せて周囲を警戒!倒木にも気を付けるんだよ!」

「「「了解!」」」


 気の抜ける声を出しながらも、たたらを踏むシリとシノを支え・地面に伏せさせ、傍らに刺していた重槍の柄を掴み指示を出すフィリアス。

 流石最大軍勢の一角と謳われるだけあり、錬度は見事なモノだ。団員たちはすぐさま指示通り地面に伏せると、その姿勢のままフィリアスを囲うように円陣を組み、各々が武器を手にしながら警戒にあたる。


「すごい揺れですね……もしかして、これを引き起こしているのが?」

「ああ、恐らくスイの想像通りじゃないかな?」

「そうすると、早く地上と連絡を取らないと不味いのでは?」


 唯一、フィリアスと同じように横で佇みながら揺れを耐えるスイ。

 もしこれが彼女自身が口にした予想通りなら非常に不味い。そう思い、すぐさま地上と連絡を取るように提案したのだが、フィリアスは厳しい表情のまま動こうとしない。


「……団長?」

「恐らくこの揺れはここだけの限定的なモノではないと思うんだ。だから他の調査隊が焦って連絡しているに違い。だったら僕たちはより詳しい情報を得た後に連絡すべきだ。それに何か分かれば地上から連絡が来るはずだし」


 そう言いながらベストの懐から取り出したのは、ちょうど携帯電話ほどの大きさをした緑のクリスタルだ。

 フィリアスはそこに魔力を少しだけ籠めると、ここにいないはずの二人の老兵の名を呼んだ。


「ゾディス、アスタリス。そっちはどんな状況だい?」

『ぬっ、フィリアスか?どんなも何も、阿呆みたいに揺れとるわ!』

『こちらもゾディスと同じような境遇だ。状況から察するに貴公も同じだろう?』

「まさにその通りだね」


 コレは《共鳴結晶(クリスタル)》と呼ばれる魔法道具だ。

 原理としては非常に簡単で、魔力によって起動させると波長の合う結晶に声を伝えることができるのだ。

 ただ問題点として波長の合う結晶が見つかることが稀有で、逆に波長が合ってしまえば誰にでも傍受が可能になってしまうということが挙げられる。

 しかし今回のような合同の大規模調査には有用であることは確かなので、フィリアスたちの使用しているのは彼らの軍勢が所有している物だが、他にもギルド側から貸し出しがされている。


「怪我人は大丈夫?」

『こっちは問題ないぞい』

『私のほうも出ていない』

「そっか、良かった。それじゃあコレからの指示を出すけど、とりあえずは揺れが収まるまでは待機。下手に動いても怪我人が出るだけだ」

『『了解した』』


 そこでフィリアスはそっと誰にも聞こえないように息を吐く。

 やはり団長として、態度には見せなかったものの団員たちの安否が気になっていたようだ。

 しかしその憂いが解消されて、ようやくとばかりに肩の荷が一つだけ降り、表情も幾ばくか緩んでいる。

 だがそれも数瞬のことで、すぐさま表情を引き締めると周囲を警戒するように視線を向ける。


「……今のところ、揺れているくらいですかね?」

「うん。ただ、僕の髪の毛が逆立ってるのが気になるな」


 普段はサラサラとした金色の髪には寝癖どころか乱れすら無いほど整っているのだが、何か危険を察知するとアホ毛のようにピョコンと一房逆立つことがあるのだ。

 コレこそが彼の能力スキルの一つである《直感》。

 何が起こるのかは決して分からないが、何かが迫っていることを教えてくれるのだ。もちろん危険かもしれないし、逆に幸運の可能性もある。

 ただ今回の場合は十中八九危険だと推測され、逆立つ髪を触る彼の表情は非常に硬い。


「どうしましょうか、団長?」

「当分は僕たちも待機だ。普段よりも機動力が落ちてしまうし、何よりもこの状態の仲間を置いていけないからね」


 ドクン、ドクンと波打つ度に木々がざわめくように鳴る。何か地下迷宮全体が叫び声をあげているようにも感じられるその音を耳にしながら、フィリアスはそっと地面に伏せる団員たちを見る。

 現状動けるのは彼と横に立つスイしかいないのだ。それはやはり二人が選りすぐりの上級冒険者であることに起因しているに違いない。

 そんな状態で仲間を置いて二人だけで捜査するのは危険だし、二人もこの揺れでは普段の動きは出来ない。

 だからこそ、揺れが収まるその時をじっと待つ。


 そして――――。


「……どうやら収まったようですね」

「みたいだね。皆、大丈夫?」


 脈動のような揺れはどんどんと弱まり、そしていつしかようやく止まった。

 揺れが収まってから少しして、ようやく本当に収まったと実感すると、フィリアスはまず伏せていた団員達に声をかけた。


 すると団員たちは各々が自分らしい方法で無事をアピールする。それを見て、そっと息を出しながら、フィリアスは手に握る結晶を起動させた。


「そっちも収まったかな?」

『ああ、そんでもって全員無事じゃ』

『こちらも問題ない。それでフィリアス。これからどうする?』

「そうだね……一応は調査再開だけど、そろそろ地上から連絡が……あっ。丁度きたみたいだよ」


 今まで握っていた緑のクリスタルを隣のスイに預け、フィリアスは次に左の懐から青いクリスタルを取り出す。

 バイブレーションのように少しばかり震えるクリスタル。それに魔力を少しだけ流すと、震えは収まり、同時に幼い声を必死に厳格にしようとする声が聞こえてきた。


勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)、聞こえますか?』

「ええ、本部長。聞こえますよ。それで状況は?」


 彼の話し相手は地上で統括している、今回の作戦の総指揮担当のサーシャだ。

 この青いクリスタルはギルド側から主だった冒険者達に支給させている物で、相手は当然地上にいるギルド職員。


『あなた方も経験したと思いますが、地下迷宮全体がかつてない地震に見舞われました。我々はその原因こそが相手の行動一環だと推測しています。何が原因について分かったことはありますか?』

「残念ながらこちらからお伝えできる情報はありません。ですので引き続き調査を続行しようと思いますが?」

『……分かりました。こちらも現状他の情報は入っておりませんので、何かあればまた連絡を――――』


 そこでお互い連絡を切ろうとしたのだが、それを止めるようにフィリアスの左右から掴むように手が延びてきた。


「――――団長、なんかヤバいヨっ!!?」

「――――そうだよ、団長。なんかちょーヤバい!!?」

「……シリ、シノ。どういうことだい?」


 普段は気の抜けるような声色と口調なのだが、今はその声に余裕がない。現に二人の手が微かにだが震えている。 

 その二人の異変を感じたフィリアスが優しく聞き出すが、二人は同じように答えるだけで、具体的なことがわからない。

 仕方無し彼は長女であるスイに通訳をお願いするように視線を向けた。


「あんた達、何が分かったの?」

「何て言うんだろ?何か凄い蠢いてるんだヨ」

「そうなんだ、スイ姉。ちょー蠢いてる」


 震える指でシリとシノが指したのは――――魔樹がある方角。

 果たして何があるのか、フィリアスとスイが感覚を研ぎ澄ませようとしたまさにその瞬間だった――――周囲の巨木が突然巨大な花を咲かせ始めたのだ。


「な、なんだ!?」

「何が起こってるのっ!?」

「――――総員、武器を以て厳戒態勢を取れっ」


 蕾すら無かったのに咲き始めた巨大な花々。ソレはあろうことか枝先だけでなく、太い幹からも咲き誇り、辺り一面花畑と化す。

 赤に青、紫に黄色と普通ではあり得ない組み合わせの毒々しい花まで様々が花弁が綻び、団員たちは困惑を隠せずにいるが、そんな中フィリアスが珍しく怒号とでも言うべき声で指示を飛ばした。


「だ、団長?」

「アレは危険だ――――魔物が湧くからね」

「えっ!?」


 スイにしては珍しい疑うような驚きよう。だが無理もあるまい。この層での魔物が湧くパターンは巨木が裂けるか、もしくは魔樹から這い出てくるかのどちらかしかないと言われており、今までもどちらかしか経験したこと無いのだ。


「僕も文献で読んだ程度しか知らなかったけど、初めて実物を見るよ……。かつてこのような現象がここで起きて、そして魔物が大量に湧いたそうだよ。しかもどれもがCランク指定以上(・・・・・・・・)ばかりだったらしい」

「そ、そんなっ!?それじゃあ……」

「ああ、最悪の事態に陥ったみたいだ。そっちも似たような状況かな?」


 驚きを隠せずにいるスイ。フィリアスは彼女に言葉を返しつつ、彼女の握るクリスタルに問いかける。


『ああ、奇遇にも同じ状況らしいわい』

『こちらもだ……』

「そっか……どうやらお互いに救援も望めないみたいだし、とりあえず無理しないで頑張ってね」


 聞こえてくる炭鉱族の声もエルフの声も心なしか硬さを孕んでいる。フィリアスとしてもこの場を団員達全員を護って潜り抜けないといけない以上、他に指示らしい指示は出さず、簡単な言葉だけを送る。しかし、ソレは見捨てたという意味ではない。各地にいる幹部たちを信頼している証なのだ。

 ソレをしっかりと理解しているのか、スイの持つクリスタルからはそれっきり言葉が返ってくることは無く、フィリアスも目の前の状況を気に抜けることだけに神経を注ぐこととした。


「いいかい?今は花の状態で、コレが枯れて、実が付いたら魔物が湧く。それが戦闘開始の合図だ。それと決して魔物が出るまで攻撃しちゃだめだよ?なんでも猛毒を噴くらしいからね」

「ソレはゾッとしませんね……」


 陣頭に立ち、重槍を両手で構えるフィリアス。彼の横にはスイがトンファーを構え、言葉とは裏腹に戦意を滾らせている。

 その彼の説明をなぞるようにして、様々な花はどんどんと枯れて、やがて大きな実をつけていく。そしてそのうちの一つが割れたと同時に――――フィリアスは風となった。


「戦闘、開始だっ!!」


 霞蛟が蕾から頭を出した瞬間に重槍が頭部を貫き、一撃で黒煙へと変えた。

 それが契機となったように、実はどんどんと割れ始め魔物がうようよと這い出す。そのどれもが、言葉通りCランク以上。おぞましい上、この上ない状況だが、フィリアスが先頭に立ったおかげか、団員たちは恐怖に身を固めることなく戦端を切っていく。


「そこを、どきなさいっ!!」


 その中でやはり一番に活躍しているのがスイだ。

 決して切断能力があるはずがないトンファーを手に戦っているのに、彼女の小麦色の身体は鮮血で真っ赤に染まり、通った後には千切られた魔物たちが次々と黒煙へと変わっている。

 他の団員達も基本的に複数人で魔物を囲いながら戦っており、主だった怪我をした者は現状いない。それは喜ばしいことのはずなのに、どうしてか高ランクの魔物を単騎で率先して狩っているフィリアスの表情が浮かばない。


(……確かに団員たちの練度は高いし、スイやシノ、シリもいるから不自然ではない。けど、数の割には襲ってくる魔物が少ない?)


 重槍でウツボカズラのような魔物が伸ばす触手を何本も斬り飛ばしながら、フィリアスは状況を冷静に見る。

 そう、確かに均衡が取れるのは不思議なことではないのだが、いかんせんなのだ。もちろんソレはフィリアスやスイほどしか感じていないだろうが、あのおびただしいほどの花の数のわりに襲ってくる魔物は少なく、違和感がある。

 その理由が何なのかを見極めるべき、魔物の動きに注視してみると――――襲わずにどこかに向かう魔物がいるのを見つけた。


(……どういうことだ?普通は人を見つければ襲うというのに。まるで引き寄せられている?何に?……あっちは、魔樹の方角?)


 それは奇しくもシリとシノが嫌な感じがすると言っていた方角とかぶっているのだ。コレがとてもではないが偶然とは思えず、どうにか魔樹へと近づけないか考えていると、懐から切迫した声が聞こえてきた。


勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)、聞こえますかっ!?』

「どうしました、本部長?生憎と僕もあまり余裕はないのですが……」

『ソレは理解できていますっ!ですが、事態は急を要するのです』

「……何がありましたか?」

『上層域に下層域の魔物が湧き始めているとのことですっ。このままでは上層が全滅、下手すれば地上まで侵攻される危険すらあります』


 思わず耳を疑いたくなる内容。いくら地下迷宮は何が起こるか分からないと言われてるとは言え、そんな話聞いた事も文献で読んだことすらない。

 だが、そんなことを今考えても議論しても無駄だとフィリアスは割り切る。そして現状の打開策を必死に考える。


「残念ながら僕たちも当分は向かえませんし、そもそも遠すぎる。ですので、地上に待機している彼ら(・・)に救援を要請してください。僕はこちらで原因を探ってみますっ」

『原因が分かったのですかっ!?』

「今のところ、はっきりとはしませんが恐らく何かがあるとは睨んでいます。ですので、それが分かり次第連絡、および原因の根絶をしますので」


 フィリアスはそこで青いクリスタルをしまい込むと、再び緑のクリスタルを取り出し、指示を飛ばした。


「ゾディス、アスタリス。聞いていたね?」

『ああ』

『もちろんじゃわい!』

「これから僕たちは根元を絶つことに専念するよ。向かうは魔樹だ!そこに何か原因となるモノがあるに違いない。大変だろうけど、僕たちならやり切れるよね?」

『当たり前じゃな』

『ああ、任せておけっ』

「頼もしくて何よりだ。それじゃあ原因が解明出来たら再び連絡しよう、以上」


 そういって、重槍を再び両手で構えると、小さい体のどこにその突破力があるのかと思えるほどの突撃で、魔樹へと進む道を阻む魔物を一掃する。


「さあ、みんなっ!目指すは魔樹だ、僕に続けっ」


 その掛け声に、団員たちは己を鼓舞するように大声で応える。

 フィリアスとしても上層のことは心配だ。だが今の自分たちは一番遠く、出来ることは原因の根絶だけなのだ。

 それに、みんな腐っても冒険者。自分の命は自分で守り、そこに誰かの介入も責任も無い。どうにもならないアホの集まりなのだ。


(それに地上から彼ら(・・)が救援に向かってくれるように頼んだし……何よりも上層にはハヤトがいるからね)


 やはり君が上にいてくれてよかったよ、そう心の中で呟きながらフィリアスはひたすらに重槍をふるい続けるのだった。

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