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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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更に下では…… 1

長くなったので分割しました。

続きは22時にでも更新しようかな

 隼翔たちが戦端を切るより前――――時間軸としては地下迷宮ダンジョンが脈打つ少し前、彼らのいる岩窟層スーテランよりも遥か下層でのこと。


「シリ、シノっ!あんた達ちょっと出過ぎよっ」


 見渡す限り、どこまでも広がっている緑の海。

 地面は隙間が無いほど真緑の苔で覆われ、巨大な根が奇天烈なオブジェのように隆起している。

 空を望もうと見上げるが、広がるのはやはり新緑生い茂る葉と枝の天井だけだ。道を塞ぐように生えている木々は全て巨大で、細いモノでも幹回りが2mは超えているだろう。高さに至っては空すらも覆うほどなのだから、ちっぽけな人間に分かるはずもない。

 緑の海のどこからか聞いた事も無いような鳴き声が絶え間なく響き、時折枝葉の間をガサゴソと影が泳ぎ回っている。


 ここは失われた二つの海(ロスト・オアシス)の一つ。

 かつてこの層に初めて降り立った冒険者は眼前に広がる光景を目の当たりにして、こう表現した。


 まるで木の海――――樹海層ヴァルトメーアと。


 この樹海層ヴァルトメーアは31層~40層まで続いているのだが、構造としては至って簡単シンプルで、下層に降りるには中央に聳えるように生える超巨大樹――――魔樹の中を通過すればいいのだ。この魔樹はあろうことか、31層~40層を貫通するように生えているという恐ろしい樹木であり、内部は蟻の巣のように様々な通路が入り組んでいる。つまりこの通路を必死に降れば下層には行けるのだが、まともに探索しようとすれば恐ろしいほどの労力を要求される。

 何せ魔樹内部だけでなく、魔樹の外にも当たり前だが地下迷宮は存在しているのだから。


 その39階層。

 この場所を担当しているのは夜明けの大鐘楼(グランド・ベル)・団長のフィリアスなのだが、響き渡るのは彼の可愛らしい声ではなく、勇猛果敢でハリのある女性の怒号だ。


「だいじょぶ、だいじょぶ~」

「そそ。ここは私たちにまかせなさ~い」

「あんた達に勝手に暴れられたら困るのよっ!!私は今、団長に指揮を任されてるんだからねっ」


 シュロロロロッ、と真っ赤な二股舌を小刻みに揺らす大蛇。

 全長は10m近くあり、その模様は樹海に紛れるためなのか迷彩模様をしている。巨躯のわりには動きがものすごく機敏で、樹木の間を器用にスルスルっと動き回る様は本当に海中を泳いでいるかのようだ。


 だが、小さい狩人ハンターたちはその獲物を逃がすことなどせず、まるで後方で叫ぶ長女が煩わしいとばかりに一気に加速した。

 次女のシリは炭鉱族ドワーフの戦士が持っていても違和感を感じないであろう武骨な槌を肩に背負いながら幹から幹へ軽業師のように飛び移り、三女のシノはやはり巨大な斧を担ぎながら、こちらは栗鼠リスを彷彿させる動きで枝葉の間を駆けまわり、獲物を追い詰める。


「シノ~、そっちにいったゾ~」

「おっけ~、足止めは任せなさ~い!……ていっ」


 気合の入らない掛け声とともに投げられた巨大な斧はグルグルと恐ろしい速度で回転して、大蛇の尾を木の幹へと縫い付けた。

 飛び散る鮮血とともに苦悶の咆哮を上げる大蛇。だが、その鳴き声もすぐさま飛来した小さい影によって塞がれ、断末魔へと変わった。


「いっちょ、上がり~!」

「いえーい」


 少女たちは顔中を血で真っ赤に染め上げながら嬉しそうにパーンとハイタッチを決め、戦果を眺める。

 まるで煩わしいとばかりに口を塞ぐように振り下ろされたシリの槌は大蛇の口を閉じるに収まらず頭部を見事に破壊しているし、シノの大斧は大蛇の尻尾を楔のようにしっかりと木の幹へ縫い付けている。

 彼女たちの階級ランクはB。対してたった今狩られた大蛇――――名を霞蛟カスミズチと言うのだが、階級指定はこちらもBで本来なら二人だけで狩るのは非常に困難を極める。

 だが、少女たちはその戦闘能力だけで言えば既にAランクにも届くほどなのだ。これくらい訳がないと言えばその通りなのである。


「あんた達……私の指揮を無視するとはいい度胸、ねっ!!」

「「あぐっ!?」」


 しかしあくまでもAランクなのは戦闘能力だけ。索敵や隠密などはそのレベルに達しておらず、今も怒り狂う長女スイに背後を取られても全く気が付かず、鉄拳制裁を頂くまでハイタッチをしていたほどだ。


「全く……あんた達は本当に言うことを聞かないんだから」


 黒煙へと変わる大蛇を背にしながらやれやれと肩を竦めて見せるスイだが、妹達にその声も態度も届いてはいないだろう。何せ足元で真っ赤に腫れ上がったタンコブを両手で押さえながら、ごろごろと悶絶しているのだから。


「ああっ!?もう、あんた達のせいで団長から大分離れちゃったじゃないのっ!?」


 しかし、足元で悶絶する妹たちなど気にもかけないかのようにスイは二人の襟首を掴み上げると、そそのまま恐ろしい速度で樹海を駆け出した。

 もちろん、無造作に猫のように掴まれる妹たちの気の抜けた悲鳴が残響したのは言うまでもないだろう。





「……とりあえず、ここまでは異常ないと。この先も何も起こらないか、それとも僕たち以外の場所で何か起こるのか」


 苔生こけむす地面や根の上に座る10数名ほどの集団。みなが思い思いに水や携帯食料を口に運んでおり、かなり僅かながら表情には疲労の色が浮かんでいる。

 その中心で一切の疲れも見せず佇むのはこの集団のリーダーであるフィリアスだ。彼は相棒の武骨さ溢れる重槍を傍らに刺し、いつでも抜けるようにしながら洋紙を広げ、片手に持つ羽ペンでここまでの軌跡を書き込んでいく。

 ここは魔樹の内側と違って定まった通路が無く、また目立った目印も無いために最深到達地点フロントラインが68層にも関わらず地図のようなモノは無かった。そのためフィリアスが広げているのは今日ほぼほぼ即興で作った(書き上げた)代物なのだが、とてもそうは思えないほどの出来栄えである。それでも地図全体の様子から進捗状況としては7割程度と言った感じで、他の階層も調査しないといけないと考えると先はまだ長いのだが。

 果たしてこのまま何も起こらないのか、それともどこか別のところで何か陰謀が渦巻いているのか。フィリアスは思考を巡らせながら羽ペンと丸めた地図を腰のバッグにしまい込むと、ふと何かに気が付いたかのように視線を上に向けた。

 

「どうやら、戻ってきたみたいだね」

「お待たせしました、団長!ようやく妹たちを捕まえてきましたっ」

「やあ、スイ。お帰り、それとご苦労だったね……ところで本当に捕まえたみたいになってるけど、シリとシノは大丈夫なのかな?」


 すたん、と見事な一回転からフィリアスの目の前に着して見せたのはスイだ。彼女の両手には重量級の武器を背負った二人の妹が掴まれているのだが、心酔する団長の前にいるせいか、あるいは元の身体能力が高いのかは不明だが、一切重たそうな雰囲気を見せず、むしろ満面の笑みを浮かべている。

 フィリアスはそんな彼女を笑顔とともに迎え、労い、そして掴まれる妹たちを見て苦笑する。

 

「もちろん大丈夫ですよっ!!この子たちは元気だけが取り柄ですからね……ほら、あんた達さっさと団長に謝りなさいっ」

「へぅ……スイ姉、痛いゾ」

「そうだぞ、スイ姉。ちょー痛い」


 ぶらーん、と聞こえてきそうに吊るされていたシリとシノを無造作に投げ捨てるスイ。そのままお尻を摩る妹たちに追い打ちをかけるように再び鉄拳を振り下ろす。

 ゴチンッ、と頭部がカチ割れても可笑しくないような音が響き、周囲で休んでいた団員達も驚いたように目を瞬かせている。しかし当の二人はと言えば、痛そうに両手で頭を押さえ膨れっ面を作っているものの、気の抜ける声とともに半眼で睨む元気すらある。

 果たしてシリとシノの頭部は何でできているのか、そしてその頭を殴って腫れあがることすらないスイの拳は重金属グラビライトすらも上回ってしまうのではないかと軽い戦慄を覚える団員達。


「相変わらず姉妹仲が良いみたいで何よりだよ」

「もうっ!!本当に申し訳ありませんっ、団長」

「まあ、今回はお咎めなしでも仕方ないかな。実際霞蛟を倒してきたようだし……事前に脅威を取り除くって言うのも重要な仕事だからね」

「流石、団長!分かってるナ~」

「うんうん、ちょー分かってるよ団長は!スイ姉も見習ってほしいね」


 今回の行軍にて霞蛟と言う魔物は脅威になるのは事実。本来であればシリとシノが命令を無視して飛び出したというのは立派な規律違反であり、下手すれば仲間の命を危機に晒してしまう可能性もある、重いお咎めを受けても仕方のないようなこと。

 だが、彼女たちが違反してまで討伐した霞蛟という魔物は今回の調査行軍にて脅威になるのは事実。その功績と違反が相殺し合った上での不問という決定なのだが、シリとシノは腕組みして、どうだっ!と言わんばかりにスイを見上げる。


「……あんたたち、団長が寛容な判断を下してくれたからって調子に乗り過ぎよ……」

「シノ、コレは不味いゾ」

「うん。シリ、コレはちょー不味い」


 例え敬愛する人が許したとしても、その温情を理解できない奴を私は許さないとばかりにユラユラと昏い髪を生きているかのように揺らすスイ。その様子はまさにメデゥーサそのものであり、事実彼女に睨まれた者は顔面を蒼白させながら石像のように動きを止めてしまう。

 この状態になってしまった姉を落ち着かせるのは非常に困難だと妹二人は理解しており、やりすぎてしまったとばかりに互いに目を合わせる。

 だがその声には多少の余裕があるし、決して落ち着かせるのが不可能と言うわけでもない――――ましてや止める唯一の手立てが近くにいる(・・)

 二人は一瞬のうちに視線で会話し、合図のために頷き合うと――――サッとフィリアスの後ろに隠れた。


「ちょっと、二人とも!?なんで僕の後ろに隠れるのかな?」

「団長、大切な団員のピンチなんだヨ」

「そそ、だからちょー助けて、団長」


 自分たちより明らかに背の低く、ましてや上司であるはずのフィリアスを盾するという一見すれば非礼でしかない暴挙。

 だが、(VS)怒れるスイ対策としてはこれ以上望むことが出来ないほどの兵器だ。現にスイから発せられる恐ろしいほどの殺気は揺らぎを見せ、怒るに怒れなくなっている。


「あんた達っ!!団長を盾にするなんて失礼だし、卑怯よ!!」

「スイ姉、これは立派戦術なんだヨ」

「そそ、ちょー戦術ってやつだね」


 フィリアスを中心にして、いたちごっこを始める三姉妹。間に挟まれる不遇の男は、休憩が終わるまでもう苦笑いを浮かべるしかない。

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