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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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始まりの音

土日はどうにも更新が出来ませんね。平日は頑張りたいと思っています。

 ドクンッ、と何度も胎動する地下迷宮ダンジョン。ソレは地下迷宮が何かを嫌がっているかのような、そんな痛ましさがある。

 だが実際地下迷宮に潜っている者たちにそのような感情の片鱗を感じ取る余裕も感性も無い。


「じ、地震っ!?」

「くそっ!?悲鳴も聞こえたし、なにが起こってんだよっ」

「「きゃっ!?」」

「悲鳴に続き地震とは……何が起こっているのか気になるところだが、今はそれどころじゃないか!」


 立っているのすら困難なほどの揺れ。しかもそれは普通の地震とは違う波打つかのような揺れ方なのだ。いくら踏ん張りを効かせようと努力しても身体自体が上下に振られ、耐えることもバランスを取ることも困難を極める。

 さらに追い打ちをかけるように頭上からはパラパラと小石が降り注ぐ。今でこそこの程度で済んでいるが、いつ巨石が降って来るか分からない。


「ちっ!この揺れの強さだ。最悪天井も崩れるかもしれないから、頭上にも注意を払えっ」


 最悪の事態を想定して支持を飛ばす隼翔。 

 だが危険なのは分かっているが、他の面々にそこまで注意する余裕があるはずも無く、クロードは揺れを堪えきれずアイリスを庇うようにしながら地面に伏してしまっているし、フィオナとフィオネも倒れ込む寸前の状態だ。

 唯一倒れずに両足で踏ん張っている隼翔は、とりあえず姉妹を力強く抱き寄せると二人をそのまま外套で覆い隠し、更には地面に伏す二人も庇うようにして視線を天井へと向ける。


 下手な通路と違ってここは広めの空間ルーム。その分逃げるための通路はいくつかあるのだが、反面天井が高くまたそこには鋭い鍾乳石がぶら下がっている。

 普通ならどこかに逃げそうな気もするが隼翔でも二人を抱えるのが限界であり、仮に4人を抱えられたとしてもかなり余裕がなくなってしまうことが予想される。

 それよりはここで刀を抜き放ち、片手で落ちてくる巨石を斬り払っている方が楽なのだ。……何とも無茶苦茶な気がするがそれが非常識のレッテルを貼られた男の常識なのだ。


「全員、俺が良いと言うまでは動いたり頭を上げたりするなよっ」

「誰がそんな真似できるかっ!?」


 未だに地面は上下に波打ち、立ち上がるどころか顔を上げるのすら困難な状況。さらには視ることが叶わない視界の外で恐れていた崩落音が聞こえ始めた。

 いくら命の危機が迫っているとはいえ、頼まれたってそんな絶望的な光景を見たいとは思えず、クロードは反射的に語気を強めて返す。


「それだけ声を張れるならまだ余裕がある証拠、だなっ」


 そう言って軽く笑い飛ばすと瑞紅牙を正眼よりやや低めに構え、深く息を吐いて、止める。

 視界は大小さまざまで、雨のように降り注ぐ岩で覆いつくされていく。だが決して何かを注視することはせず、全体を見渡すように視界を広く保つ。そこで今度は大きく息を吸い込み、溜める。


「双天開来流 風柳フウリュウノ型――――天露払アマノツユハライ


 集中力が増したおかげが、まるで時が止まったかのように崩落の波が遅くなり、世界から崩落の音が遠くなる。

 その世界に響くのは隼翔の静かな声。

 一切の力みも気負いも無い声とは裏腹に、迫りくる巨石を一刀を以て切断。さらにその返しの太刀で今度は小さく鋭利な岩を鋩子ぼうしで逸らす。

 隼翔の動きと刀の振りはとても柔らかく、しなやかで、まるで自分たちに降り注ぐ無数の雨粒だけを正確に、全て振り払っているかのようだ。


 かつて、この世界で隼翔に死を与えた男――――シンは隼翔の剣術・風柳ノ型を見て"相手に知覚さえさせないほど柔靱な返し太刀"と称賛した。

 それは正鵠を射ていると言っても良い。なぜなら風柳ノ型とは、風のように柔らかく逸らし、柳の如くしなやかに受け流すことに特化した、言わば隼翔の刀技の中で最も"柔"を追求した返し技だからだ。

 そしてその柔は、時として雨粒すらも崩すことなく逸らすことが出来る――――それが天露払という技。


「ふぅ……とりあえず、収まったみたいだな。全員動いても大丈夫だぞ」

 

 上下に動くような揺れは無くなり、それに付随して落石も無くなった。

 隼翔もようやく身体から力を抜けるとあって、息を小さく吐き出しながら片手で器用に納刀する。

 そしてチラッと足元に視線を落とせばアイリスを覆うようにしてクロードが地面に伏している。愛する女性を守ろうとする素晴らしい姿勢なのだが、地下迷宮でその体勢なせいなのか襲っているようにしか見えない。


「大丈夫か、アイリス?」

「うん、クロードのおかげだよぉ」


 しかし、当の二人は砂糖を吐き出したくなるような雰囲気を醸し出しながらジッと見つめ合う。放っておけばそのままどんどんと甘さが濃密さを増してしまいそうなほどだ。

 仕方なしに隼翔は、コホンと視線を外しながら咳をすれば二人のいた方から何やら慌ただしい雰囲気と気まずさが伝わってくる。


「さて、お前たちももう大丈夫だろ?」

「「あっ……はい……」」


 もちろん気まずい雰囲気には一切触れず、むしろ気遣ってか話題を逸らすかのように左腕に抱いていたフィオナとフィオネをそっと離す。

 しかし帰ってきたのはとても残念そうな声。隼翔も男なのだ。思わずその残念そうな声に応えるように再び手が伸びそうになるが、それではどこからか気まずさを漂わせているクロードとアイリスの二の舞になりかねないと、グッと堪える。そして、すぐさま思考を切り替えて状況把握に徹する。


「さて、改めて状況を整理しよう……そして、すぐさま行動に移さないといけないな。まず聞きたいが、先ほどのような地震はよくあることではないんだよな?」

「あ、ああ。そもそも地震すらここらじゃ珍しいんだ。あんな上下に動くようなのは生まれて初めての経験だ」

「となると、確実に何かが起きた証拠だな……。次に悲鳴の理由だが、コレは実際に見に行った方が速いな。全員動けるな?」


 サッと全員に目配せすれば、誰もが引き締まった表情で力強く頷き返す。そこにはもう先ほどのような甘い雰囲気は一切なく、全員が今危機的状況へと変わり始めていることを何となく察している。


「よし、それじゃあ俺が先頭で進むからしっかりと後について来い……行くぞっ」


 ガッと地面を蹴り、加速する隼翔。その速度は4人を気遣ってなのか、普段一人で探索している時よりはかなり遅い。……それでも並みの冒険者では付いて行くのも辛いほどの速度なのだが。

 そのあとに続くのはフィオナとフィオネだ。流石に隼翔の特訓のおかげで手加減したその速度になら余裕をもって付いて行けている。

 そして最後方にはクロードとアイリスが並走している。クロードもすっかり隼翔とともに行動するのに馴染んだのか行軍から遅れることは無く、アイリスに至っては流石上級冒険者なだけあって超重量武器を背負っているにも関わらず息を切らすことは無い。


「う、うわぁぁぁぁあああっ!?」

「なんで……なんで、こいつらがここにいるんだよっ!!?」

「やばい、やばいっ!?」

「と、とりあえず逃げるぞっ!!んで、地上に連絡出来る奴に情報をつたえねーとっ」


 悲鳴の聞こえた方角へ走り続けると、次第にその会話の内容が明らかになり、かなり切迫してることが嫌でも理解できるようになり始める。しかもソレは一方向からではなく、いろいろな方角から似たような内容が聞こえているのだ。確実に何かが起きた、ソレを肌で実感させられる。


「お、おいっ!ハヤト……これってかなり不味い状況になってねーか?」

「そうですね……通路を反響して右や左、あちらこちらか悲鳴が聞こえてきますよ……?」

「な、何が起きているんでしょうか?」

「これからどうするのですか、若様?」


 隼翔を追走する面々も経験したことの無い地震の後にこれだけの悲鳴を聞かされれば流石に不安を覚えるようで、一様に隼翔に声をかける。

 一方で声をかけられた隼翔はすぐには彼らに言葉を返さず、口を閉じたままひたすらに走り続ける。と言っても何もしていないという訳ではなく、残りがかなり心許無くなり始めている魔力を消費して、ひたすらに右目で情報を集めている。


「……正直言ってどこも未曽有の地獄って感じだな。とりあえずはこのまま進んだところにある部屋ルームまで走り、突入と同時に戦闘開始だ」


 ゴツゴツとした冷たい岩肌を伝うようにして聞こえてくる阿鼻叫喚。

 正直言えば恐怖しか感じないし、背筋は凍り付いたように冷たい。

 それでも隼翔は詳しいことは何も語らないのだ。つまり彼にとっても、仲間たちにとっても十分に対処可能な範囲と言うことの裏返しだと言うのは数か月ほどの付き合いの中で嫌と言うほど学んだ。


 何せ隼翔という男は身内には砂糖菓子のように甘いのだ。

 だからこそ、隼翔抜きでの戦闘において少しでも危険を感じればすぐさま参戦するし、逆に大丈夫だと思えば一切手を出さない。

 そんな男なら、普通この先に危険が待っていれば必ず説明するか、もしくは仲間たちを置いていくはず。なのにソレをしないということは対処可能なのか守り切れる自信があるということになるのだ。


 だからこそ詳しい説明は一切なく、ただ突入と同時戦闘をするという言葉に、誰一人として不平不満を口にせず、追走する皆が信頼と命を全て預けたと言わんばかりに無言で戦意を高められる。


「全員、武器を構えろっ!!」


 目の前に見えてきた部屋ルームからは、悲鳴とともに鼻につく鉄錆の臭い、そして死に体をした冒険者たちが複数逃げ出すように這いずり出てきた。

 それを目にすると同時に隼翔は瞳を漆黒に戻すと、すぐさま抜刀。そして仲間たちに指示を発しながら、一瞬にして韋駄天となり部屋ルームに突入した。


「きゅ、救援かっ!?」

「た、たすけてくれぇぇえええっ」

「ま、まだ……仲間が……」

「ちっ、視た(・・)以上に多い気がするな……それに種類も可笑しい。とりあえず、下がれる奴はさっさと下がれっ!後から俺の仲間が来るっ」


 広めの部屋ルームを埋め尽くすほどの魔物の大群。

 隼翔は事前に衛星眼で状況をおぼろげに把握していたのだが、その時ですら数えるのが億劫なほど赤い光点で埋め尽くされていたのだ。しかしその数はその時よりも確実に増えている印象があるし、何よりも岩窟層スーテランにいるはずのない魔物で溢れている。

 壁から這い出しているわけでもないし、次々と疑問が浮かび上がってくる。

 だがそれらを一度棚上げして、隼翔は迫りくる砂の尖兵で構成された軍隊を次々と斬り伏せていく。

 

 斬り上げ、斬り下ろし、時には横薙ぎで複数の尖兵を同時に斬り伏せ、躱す動作は身体を傾ける程度の最小限で済ませる。

 普段ならもっと敵陣深くに突っ込むように動くのだが、今は後方に死に体をした冒険者たちがいるせいで通路への入口を塞ぐように陣取る必要があり、また力量を知られないためにも派手に魔物を蹴散らすこともできない。


「ハヤトっ、加勢するぞっ!」

「助かる。んで、怪我人どもはどうなった?」

「あっちはフィオナちゃんとフィオネちゃんが移動させながら看てくれています。私も他の怪我人の救出を行った後に加勢しますねっ」

「了解、終わったら教えてくれ」


 やりにくくて仕方ない、と表情で訴える隼翔。

 それでも次々と殺到する魔物を倒しているのだから見事としか言いようがないが、少しでも早く事態を収拾するためには隼翔を枷無く戦わせることが一番。

 だからこそ、フィオナとフィオネは怪我人たちを部屋ルームを覗くことが出来ない通路へと移動し、アイリスも部屋ルーム内で倒れる冒険者たちを次々と運んでいく。

 そしてクロードは隼翔にばかり視線を集めないように、彼と並び魔導銃剣を握る。


「仕方ない、いっちょ時間稼ぎといきますか」

「ああ、それまでは俺に任せとけ!ぶっ放してやるからよっ」


 どこか楽し気にやれやれと肩を振る隼翔に並び、クロードは肩に魔導銃剣を担ぎ、獰猛に笑って見せた。

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