そして事態は転がっていく
ちょっとばかし駆け足だったので、後日修正するかもしれません。(そういって今までできた試しがない……)
冒険者によって今回の調査階層と範囲は様々だ。
例えばハクとレベッカの初心者コンビは岩窟層の2層、しかも範囲としてはすぐに地上に戻れるような場所だ。
対して、都市最大軍勢の一つと言われるフィリアス率いる軍勢・夜明けの大鐘楼は階層門番が控える層を除いた33~40層と言う、今回の調査対象の中で最奥の層全てを担当している。
つまりランクや人数などを考慮して担当場所を割り当てているという訳であり、隼翔たちもその例に漏れず岩窟層・第15層を少しばかり広域に調査することになっている。
「調査開始から大体今が4時間と言ったところか……進捗状況としてはいい感じなのか?」
「そうですね。若様の能力のおかげでかなり捗っていますよ」
地図を広げるアイリスの隣で、横目で地図を見ながら時計を見るという中々に器用な芸当を見せる隼翔。しかもその右目が金色に染まっているのだから、その器用さは相も変わらない非常識さだ。
「にしてもよ、ハヤト。今回は本当に何か起こるのかよ?」
「確かにそうですよね。ここまで何もないどころか、逆に静かすぎますよね?」
「うん……どうなんですか、ハヤト様?」
「……いや、お前ら何を勘違いしてるのか知らないけど、俺がなんでも知っていると思ったら大違いだぞ?俺は預言者でも予見者でもないんだから」
クロードは空いた左手で岩壁をペタペタと触り、姉妹は落ちている魔石片をせっせと融合させながら疑問を隼翔にぶつける。
ここまでの約4時間の調査で得られた結果と言えば、簡潔に言ってしまえばいつも通りの地下迷宮と言うことくらいだ。どうしても、無理にでも可笑しな部分を上げろと言われれば、フィオナが口にした"静かすぎる"と言うことだが、それもいつもと違うだけで何かの足掛かりになるとは思えない。
そんな結果だからこそ、クロードや姉妹の口にしたことは何となく理解できる。それくらい不自然なところが無いのだ。
だが、だからと言って何か起こるのかと隼翔に聞かれても困ると言うモノ。彼の言う通り、預言者でも予見者でもないのだから。それ故に盛大な苦笑いとともに困ったように視線を三人に返したのだが、逆に戻ってきたものまた困惑した視線と何を言っているんだと訴える表情。
「……その表情は何なのか、詳しく説明してもらいたいものだな」
「い、いやぁ~、あ、アレだよ!なぁ!?」
「そ、そうですよっ!ねっ、フィオネっ」
「え、えっと、そうなんですっ!ねっ、フィオナっ」
隼翔の額にうっすらと青筋が浮かび上がっているのを見て、三人は目に見えて狼狽する。その様子とは、まさにどこぞのトリオが見せるような絶妙な掛け合いだ。
しかし隼翔はじっとりとした視線を三人から逸らすことは無く、ひたすらに説明を求め続ける。
「はぁ……若様。きっと三人は若様の予想を聞きたいんじゃないでしょうか?先ほど勇猛なる心槍とお話になられていたようですし」
「「「そうっ、それだっ(ですっ)!!」」」
「……随分と調子が良いような気もしないでもないが、まあそういうことにしてやろう」
完全に空笑いを浮かべ、視線を逸らすことしかできなくなっていた三人を見かねたように救いの手を差し伸べたのはアイリスだ。
彼女は地図を丸めながらため息を吐き出すと、滞りなく隼翔に質問をぶつける。普段のおっとりとした雰囲気からはあまり考えられないが、やはり上級冒険者の末席に名を連ねるとあってその質問も当初の目的を果たしながらも、しっかりと状況に適した正鵠を射ている。
だからこそか。隼翔も調子良く乗っかる三人に軽くジト目を向けつつも、見逃すように視線を逸らし、考え込むように腕を組む。
ちなみに視線の端で、そっと息を吐き出す三人の姿を捉えていたのは言うまでも無いだろう。
「分かっているとは思うが、これから話すのは俺の予想だということを忘れるなよ?」
全員に視線を向け、そのように前置きをした上で右手の指を三本立てる。
「まず前提条件としては3つだ。一つは今回の事件の首謀者が数か月前か噂されていた新人狩りと関与、もしくは犯人そのものであろうということ。二つ目はそいつらが誘拐した冒険者を材料として以前遭遇したような合成魔物を創っている可能性があるということ。そして最後に今回情報を提供した俺たち以外の匿名の情報提供者がいるらしいんだが、そいつが犯人の可能性が高いってことだな」
ここまでいいか?と視線で全員に問いかけると、一番最初に反応を示したのはクロード。
「おいおい、ってことは何か?今回のは罠ってことなのかよ?」
「俺はそう考えている……だが、相手が何をしたいのか分からない以上何が待ち受けているかは本当に分からないんだよな。ただ、この前のような魔物が出る可能性はあるな」
「マジかよ……」
唖然とするクロードに隼翔は頷こうとして、ふと何かに気が付いたように手を太腿の革鞘に伸ばした。
その動きに呼応するようにフィオナとフィオネはさっと腰の小太刀に手を伸ばし、アイリスは三日月斧を両手に構える。そしてクロードは背負う魔導銃剣の柄に手を掛けたところで、抜くのを止めた。
「流石にのんびりと話すのは難しいな」
「いや、そう言いつつも簡単に倒してるのは誰なんだよ。まあ、ソレは良いとして……」
クロードの背後でバキバキと鳴っていた石壁からは音が鳴り止み、そこには頭蓋を見事に黄土色の短刀で貫かれたゴブリンがいた。
いつの間に抜き、更に投げたのかと聞きたくなるような速度。だが誰もそのことは聞こうとはせず、隼翔もまた何気ない動作でスッと手首を引くと離れているにも関わらず短刀が抜けた。
そのまま隼翔の手元に独りでに戻る黄土色の短剣。短剣が手に収まるのと同じタイミングでゴブリンも身体を石壁に埋めたまま、黒煙へと姿を変えた。
そのことを横目で確認したクロードは相変わらずの非常識さに半ば呆れつつも、隼翔の手元をしげしげと眺める。
「ハヤトの考えることは本当に奇抜だが、面白いアイデアだよな。まさか短剣の柄に鋼線付けるなんて普通は考えないぞ?」
「現状俺にはまだ遠距離から攻撃する手段が無いからな。これくらいの工夫はするさ……まあ、まだまだ俺が使うには改良の余地しかないが」
クロードの遠回しな賛辞に肩を竦めつつ、隼翔は少しばかり気だるげな動きで短剣を片手で弄る。
よくよく観察すると確かに手首には何やらリストバンドのようなモノが巻かれており、そこからピーンと見えないくらい細い何かが伸び、短剣の柄部分に繋がっている。これこそが先ほど岩壁から短剣が独りでに抜けた仕組みだ。
この糸のようなモノの正式名称は《魔鋼線》。魔力と親和性の高い鋼線で、一度魔力を流すと一気に伸張し、どこかに張り付くという蜘蛛の糸に似た性質を持っている。なので別名"蜘蛛鋼線"とも呼ばれ、中々に使い勝手が良いのだが、難点として魔力供給を止めるとすぐさま元の状態に巻き取られ、更に鋼線と言う割には強度もそれほど強くはない。
そのような理由があるため、日常では何かと用いられることもあるが冒険者たちが何かに用いることはほとんどない。何せ隼翔のように武器を飛ばし、手元に戻さなくても魔法と言う威力も距離も絶大な飛び道具が誰にでも使えるのだから。
ソレは隼翔も理解しているところで、現状あまり使い勝手がいいとは言えない。少なくとももっと強度を高め、魔力の消費量も最小限にまで抑える必要がある。果たしてその方法をどうすべきかと、悩ませつつ太腿に付けられた革鞘に短剣を戻す。
「さて、と。話が途中になってしまったな」
「ですね……と言っても、この前のような魔物が出るということでしたが?」
「他にも何か懸念されることがあるのですか?」
何度聞いても見事だと思う、二人で一つの言葉を話す双子スキル。恐らく以前までよりも更に二人の間になる見えない絆のようなモノが強くなったんだろうな、と内心で思いつつ、隼翔は少しばかり緊張した面持ちで口を開いた。
「懸念と言うほどでもないが、どうにも嫌な予感がするんだよな……こう、他に大きな何かが進行しているんじゃないかって思わせる予感がな」
「つまり、若様は相手に他の意図があるんじゃないかと考えているんですか?」
「ああ。コレはフィリアスも同意していたんだが、一つは地下迷宮で何か起こるというのは嘘で、実は地上で大きなことをやらかすとか」
「「ええっ!?それじゃあここにいて大丈夫なんですかっ!?」」
「一応、そっちは他の軍勢が地上で目を光らせてるらしいからな。恐らく大丈夫だろう」
地上で何を起こす、その予想を隼翔が口にした瞬間、姉妹は驚きに声をあげ、クロードとアイリスも声こそ出さなかったものの、目をこぼさんばかりに見開いて、大丈夫なのかと掴みかかりそうな勢いで詰め寄ってきた。
そんな4人に安心するようにフィリアスから聞いた事を話す隼翔。
全容こそ詳しくは知らないが、あのフィリアスが大丈夫だと言い切ったからには余程信頼に足る軍勢が出張っているのだろうと予想が付く。
「問題なのは、地下迷宮で本当に何かが起こった場合なんだよな。実際どこで何が起こるかもよくわからないし、正直近く以外で何かが起きた場合には俺には対処のしようがない」
憂うように呟いているが、逆に言えば自分の近くで何かが起こればどんな事態でも対処して見せると豪語しているようなモノで、姉妹やクロードは怯えるどころか、かなり安心してしまったように見える。
その中で唯一、少しばかり暗い表情をしているのはアイリス。隼翔に気がかりだったことをを伝えるべきか伝えないべきかを迷ているのだ。
(うーん……実際単なる勘でしかないし、正直若様のお手を煩わせるだけの気もするんだよねぇ)
果たしていうべきか、邪魔にならないように言わないべきか。
少しばかりの逡巡のあと、アイリスは言わないで何かあってしまっては必ず後悔してしまうと思い至り、思い切って口を開いた。
「あの、若様。少しお耳に入れたいことが……――――」
「「「う、うぁあああああっ!!」」」
しかし、彼女の言葉を阻害するかのようにどこからか悲鳴が響き渡った。そして同時に地下迷宮がまるで胎動するかのように、ドクンと揺れたのだ。
事態は少しずつ、少しずつ最悪の方向へと転がり始めている。




