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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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悪魔の尻尾

ちょっと短いですが、区切り的に良かったのでこんな感じにしました。

ようやく三章の終わりが見えてきた……なんか個人的に書いていて楽しかったんですが、同時にすごく長かった。

 カツカツとブーツを踏み鳴らしながら人工的な階段を下っていく。

 最初こそ、綺麗に切り出された壁や床、天井が広がり、人が歩くには不自由さを感じさせないが、降りるにつれて変貌を遂げている。


 まず知覚するのは暗くなるということだ。ハッキリと見えていた足元はいつの間にか見辛くなり、地面も侵入を拒むようにごつごつと隆起し始める。

 次に景色。人工的な滑らかさは次第に自然的に移ろいの様相を見せ、天井からは鍾乳石がぶら下がり、壁は不均一な狭さと鋭さを帯びていく。

 そして最後に――――そこに古来より住まう住人たちが歓喜の声と共に出迎えてくれる。

 だが彼らは決して歓待の宴を催してはくれない。彼らは訪れる者たちを待ちわびているが、決して友好を示すことはない。何せ、彼らは本来は決して人と交わること等あり得ない――――魔物と呼ばれる存在なのだから。




「自分達の捜索範囲はこのあたりですね、ヴォラク殿」


 戦闘の邪魔にならないように腰まである濡れ羽色の髪を珍しくサイドテールまとめているひさめ。その彼女の手にはA2ほどの大きさの洋紙が握られ、見るのも嫌になりそうな迷路のような図面でびっしりと埋め尽くされ、左上には"岩窟層スーテランNo.17"と記されている。


「ここが今回の僕たちの捜索範囲か。ふふっ、なんだか胸が高鳴るよね」

「そ、そうですか……?自分はすごく恐ろしいのですが……」


 ここは岩窟層・第17階層。

 先ほどひさめが握っていたのはまさしくこの階層の地図であり、比較的浅い層と言うのは隅から隅まで探索し尽くされ、完全版地図と言うのがギルド側に保管されているのである。


 ひさめは震えそうになる指を隠すように、ぎゅっと地図の端を握りしめる。

 本当だった今回の作戦に参加するのは見送りたかったのだ。何せ、相手は魔物だけではない可能性がある。魔物ですら戦うことに恐怖を覚え、命を奪ってしまうことに軽い抵抗感を持ってしまうのだ。

 それなのに、人まで相手にしなくてはいけないなどと考えるだけで胃が締め付けられ、動機が激しくなり、意識が軽く揺らいでしまう。

 それでも今回参加することとしたのは目の前で子供のように無邪気に笑顔を浮かべる青年が自分とパーティーを組んでくれたためだ。言うなれば今回の参加の意義の大部分・・・はそこにあると言っても過言ではない。


「確かに女性にしてみれば怖いかもしれないよね?でも安心していいよ、君には僕が付いているんだ。すべて上手くいくよ」 


 グッと親指を立て、口角を上げながら白い歯をきらりと光らせる。

 全くもって根拠のない自信。だが、不思議とヴォラクと言う男にはこの態度が似合い、ひさめを少しばかり安心させていた。


「ヴォラク殿……」

「だから戦いは僕に任させてくれていいよ。僕のこの剣が全ての人にとって明るい素晴らしい未来を切り開くさ。それに適材適所と言う奴さ。君には君にしかできない、素晴らしい役割が待っているからね」


 普通に聞けば、励ましてくれている優しさの言葉。

 だからこそ、無垢な少女は気が付かない。その黒い笑みと言葉が孕む狂気と最悪の未来図を。


「さて、と。おしゃべりはこれくらいにして僕たちも他のパーティーのためにも探索を始めようか」

「そうですね。他の方々にご迷惑をおかけしてはいけませんし」


 果たして少女は何も気が付かず、しっかりと信頼しきった様子でヴォラクに付き従うように探索を再開する。

 

 今回の作戦に参加しているパーティーは200を優に超え、冒険者の数に至っては1000人以上も同時に地下迷宮に潜っている。もちろん普段も早朝などはこれくらいの数が同時に潜ることはあるが、今回は潜る階層が40階層まで決められ探索する範囲がパーティーや個人の力量で区切られている。

なぜかと言えば一番の理由はいくら実験をしていると言っても相応の物資や生き残るためには定期的に地上に戻っていると予想され、安定して地下迷宮で活動するには周囲が安全でないとだめなのではと考えた結果だ。そのため探索範囲は40までの全域と指定されている。


 そのような要因があるため、耳を澄ませば冒険者たちが魔物と戦っている音が通路を反響しながら様々な方角から聞こえてくるし、魔物の湧く頻度が低いのか一回の戦闘時間も短時間で済んでいる。


前衛ここは僕に任せてっ、打ち洩らしを頼んだよっ」

「了解しましたっ」


 ひさめたちもその例に漏れず、地下迷宮に潜ってから現在の17階層に辿りつくまでに戦った回数はたったの7回だ。

 しかもそのどれもが3匹程度の群れで、多い時でも5匹と上級冒険者の末席に名を連ねるヴォラクとDランクのひさめにとっては苦労など無くここまで来ることが出来た。

 そして、それは今も変わらない。ヴォラクがこの狭い通路では振り回しずらいであろう長大な剣を前衛で振り回し、大部分を壁や天井ごと大雑把に切り刻む。そしてその一撃を逃れたのをひさめがまだ慣れない刀で切り伏せる。たったその二撃で、ゴブリン三匹と巨大蛾2匹を一掃した。


「お疲れさまでした、ヴォラク殿」

「何、当たり前のことだよ。それよりも僕の戦いぶりはどうだった?」


 剣を背中に背負いなおしながら聞くのは、もはやお馴染みの決まり文句。いちいち動きはきざったらしく慣れない人からすれば、確実に怒鳴ってしまいたくなるだろうが、ひさめはやはりそんなことを口にすることも思うことすらも無く、賛辞を贈る。


「いやー、やはり女性に褒められるのは嬉しいものだね!ところで、僕たちの捜索範囲はこの辺りで終わりなのかな?」

「えーっとですね……はい。一応はここまでで終わりです」


 照れるように後頭部を掻きつつ、笑みを浮かべるヴォラク。

 そんな彼の質問に答えるべく、ひさめは丸めて腰に差していた地図を抜き出すと、ジーッと睨めっこするように眺める。

 一応読みやすいように縦列を数字で区切り、横列を文字で区切ってあるのだが、いかんせん地下迷宮の通路の数は膨大だ。捜索範囲すべての通路を通り、調べたかを確認するのには少しばかり時間がかかってしまう。

 ひさめは必死に地図を読みながら、何度も確認をしたのちにようやく終了したと結論付ける。


「そっか。意外と早く終わったのかな?」

「ヴォラク殿が上級冒険者とは言え、自分たちは岩窟層で、捜索範囲も二人と言うことで狭く設定されていましたから……早いと言えば早いかもしれませんね」


 どこか物足りなそうなヴォラクに、そう返すひさめ。

 今回はパーティーの数や実績、ランクによって探索する階層や範囲を決めてられており、ひさめたちは二人だったということで捜索の範囲はかなり限定的で、加えるなら上級冒険者がいればその分戦闘も楽になったからこそ、早めに捜索が終わった。もちろんその捜索は結局何も見つからずという成果で、ソレを地上に戻り報告すれば今回の任務は終わり、という流れになるのだが……。


「せっかくだし、もう少し捜索してから戻ろうか?」

「えっ、いや、でも……他の方の捜索範囲に重なってしまうのでは……?」

「別にいいじゃないか!その方が全体も早く終わるだろうし、二重チェックにもなるよっ!と言うことで僕について来てっ」

「あっ、ヴォ、ヴォラク殿っ」


 ただ見れば単なる思い付きと誰かのために動こうとする素晴らしい献身的な姿勢。

 もちろんソレを一切疑わない少女は、びっくりしながらもピョンピョンと元気よく跳ねる金色の三つ編みを必死に追いかける。それが少女を罠にはめるための餌で、悪魔の計画が最終段階へと移行していることなど知る由も無く。

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