作戦、開始
間に合う限りは連続で投稿していきたいと思います。間に合わなければ次の日とかその次とかに当たり前のように延びますので……
「やあ、少し待たせてしまったかな?」
「こちらこそ、急に押しかけて悪かったな。勇猛なる心槍殿」
時刻のわりには薄暗い通り。幅は人が三人並んで歩けるか程度しかなく、道の隅は木箱や荷物や山と積まれている。
通りのいくつか進めば都市中央の広場に着くとあって、鳴りやまないほどの喧騒が耳に届くが、生憎と周辺には人の気配が無い。
そんな場所で二人きりで会っているとあっては逢引と表現していたのもあながち間違いではないかもしれない。もちろん男同士なだけにそのような間違いは決して起こることは無いのだが。
「君にそんな態度を取られてしまうと僕としてはかなり居心地が悪いんだけどな、ハヤト」
「都市最強と謳われるだけの冒険者だから相応の敬意を示そうとしただけなんだがね。まあそう言うなら元の口調に戻すとしようか、フィリアス」
一方的に嬲られるつもりは毛頭ないが、それでも勝ってないと思わせるような相手から畏まった態度を取られたり、都市最強と言われても正直嬉しくはないし、気兼ねを感じるだけ。
その心情をありありと表情に浮かべながら現れたフィリアスに、隼翔としても嫌味のつもりではなく単なる冗談でしかなかったためにすぐさま元の口調に戻す。
「温める旧交も無いし、互いに時間も無いから早速本題に入らせてもらうが……今回の件、色々と不自然じゃないか?」
「唐突だけど……確かに僕も同じ意見だ。何せ君からの情報をギルドに届けた、その日の内に匿名で情報が継ぎ足されたみたいだからね」
本題に入りながら隼翔は壁に背中を預け、フィリアスは積まれた木箱の一番上に座り込む。
その日と言っても、フィリアスが報告したのは隼翔とのお茶をしてすぐに報告したわけではなく、彼なりに情報をまとめた上で報告したのだ。つまりは時刻としては完全に日が暮れた後と言うことになる。そこに都合よく足りない情報が継ぎ足されたのだ、聡明な者なら不自然と思って当然である。
「そうなると内通者……ギルドに裏切者がいる可能性があるってことになるが?」
「うん。今回の出来事に際して、昨日僕は呼び出されたんだけど……ギルドの上層部はそれについて現在探っているみたいだよ」
「なるほどね。だから情報の真偽を確かめる前にこうして作戦を決行したってわけか」
「情報の真偽はともかくとしても、やはり本当なら食い止める必要があるし、仮に何も無かったとしても罠にかかったと見せかけて地上では裏切者を捕縛するために別の軍勢が網を張ってるからね」
色々と内情を口にしているフィリアスだが、決して彼の口が軽いという訳ではなく、今話した情報の分だけ隼翔という男を信頼しているという現れなのだ。
そのことを隼翔もしっかりと理解しているからこそ、聞き返すような真似はせずに真剣に聞き入っている。
「それにしても……ハヤトは今回何が起こると予想している?」
「何と言われても、相手の意図が分からないからな。ただ魔物と人を融合させて愉しんでいるようなイカレタ奴ってわけじゃないだろ?」
「うーん……仮にその推測が正しかったとしたら、今回情報を漏らした目的と言うのは作品のお披露目ってとこかな」
「ああ……もしくはより強い材料の調達、か」
単なる思い付きの仮説に予想を重ねただけの無意味と言えば無意味な議論。
だた、思いつく範囲ですら最悪の予想なのだ。実際、猟奇的な思考の持ち主が考えればより危険な未来が待っているのは間違いがない。
「今回の件は心して望まないといけないみたいだね……」
「まあ、いつもの地下迷宮よりは余程危険だろうな」
憂鬱そうな言葉とは裏腹に、フィリアスは軽々と木箱から降り、隼翔は僅かに口角を上げている。
隼翔はともかくとしても、フィリアスもまた団長と言う地位が枷となっているから危険を冒せていないが、彼の目的を除けば好奇心旺盛な冒険者の一人に過ぎず、不謹慎ながら未知や冒険、強者を求めてしまうのだ。
そのように根底が似ている二人だからこそ、些事な動きだけでお互いの心情が分かってしまう。
「でも今回はハヤトが参加してくれるから助かったよ」
「新人に何の期待をしてるんだよ?俺たちの捜索範囲は地下迷宮の浅い階層だけだぞ?」
「だから、だよ。僕はどうしても立場上かなり深い階層を担当になってしまうからね。浅い部分で何かあった場合に対処できる君がいてくれるから、有事の際の僕の仕事が一つ減るよ」
あっけらかんとした様子で、有事はよろしくと言ってのける小人族だが、隼翔には一瞬だけその笑顔が残念そうに見えた気がした。
だがそれを追求する暇も無く、7時が近づくことを知らせる予鈴とでも言うべき厳かな鐘の音がリーン、ゴーンと響いた。
「どうやら、あと10分で時間のようだね。話はここまでにして、あとは君の無事を祈っているよ」
「……ああ、こっちもフィリアスと再び地上で会えること楽しみにしてるさ」
お互いの健闘を祈ってるだけの会話。ただ、この部分だけを、ひいては理性を失っている誰かがそこだけを聞いてしまえば、勘違いはさらに加速してしまう。
「みーつーけーまーしたよっ、団長っ!!」
「えっ”!?す、スイっ!?」
向かい合う二人の間へと綺麗に、しかし轟音とともに空から落ちてきた人影。
さしも隼翔も街中でこのような出来事に遭遇するとは思っていなかったのか、外套の襟で口元を覆いつつ目を少しばかり見開く。
だが驚きようで言えば確実にフィリアスのが上だろう。何せ、がくんと顎を落とし、愛らしい瞳をこぼさんばかりに見開いてしまっているのだから。
しかし闖入者は二人の驚き様など気にした様子も無く、暴れ狂う髪を猫のように逆立てながらくるりと身を翻し、団長であるはずのフィリアスを威圧するように昏い瞳に映す。
「ゾディスに、聞きました……逢引ってどういう、こと……ですか?しかも相手が……男ってっ!!?」
「ちょっ!?話を聞いてっ」
「問答、無用っ!!」
まさに鬼気迫ると表現するのが的を射ている威圧感を発しながら、ゆらりと動くアマゾネス。
彼女が一歩、また一歩と足を進めるたびにフィリアスもまた同じだけ足を後ろに滑らせる。だが、場所が悪かった。この狭い路地で追い詰める側と追われる側どちらに分があるかと言われれば当然追い詰める側。
下がるうちに、ドンと小さい背中が壁にぶつかる。そしてソレを待っていたかのように、アマゾネスの褐色の腕が大蛇のように伸び、退路を塞ぐ。
(……あれが巷で噂だった壁ドンって奴だな)
必死に弁明しながらも縋るように見つめてくるフィリアスからそっと視線を逸らしつつ、隼翔はそんな他人事のようなことを思う。
もちろん視線の先では未だにプルプルと身体を震わせ、頬を引き攣らせるフィリアスがアマぞネスと言う名の猛獣に襲われているのだが、結局救いの手を差し伸べることは無く、そっとその場から立ち去ったのだった。
隼翔がそんなことをしているちょうどその頃。
「ハヤトの奴、かなり話し込んでいるみたいだな」
「まあ、仕方ないんじゃないかな?若様も一応は情報の提供者なんだし、話すこともいっぱいあるんだよぉ」
「それでも、もう時間はありませんし……」
「大丈夫でしょうか……」
広場に残っていた面々は全体の説明時間が刻一刻と迫る中、未だに戻らない隼翔を憂うように思い思いの言葉を漏らしていた。
その中には当然、ハクとレベッカも混じっているのだが、いかんせんクロードから今回の情報提供者であるということ、加えて都市最高戦力の一人である勇猛なる心槍と隼翔がお茶をするような仲であることを聞き、完全にキャパオーバーしてしまい、茫然としてしまっている。
だがこれが正しく真っ当な反応なのだ。普通いくら実力があるとは言え、新人が都市最高戦力と仲良くなれるなどあるはずもなく、ましてや個人的に話すなど常識ではありえないのだ。
もちろん4人とて最初こそ驚きを見せていたが、それでも今ではあんな風に友達感覚で会いに行く隼翔に慣れてしまっている。……言い方を変えれば非常識さに毒されたとも言えるだろう。
「まあ、なるようにしかならんか。話し相手が今回の中心人物だし、一緒に戻ってくるだろうからな」
予冷とでも言うべき鐘の音がなったとあって周囲の冒険者たちは話し合いを打ち切り、今か今かとその時を待ちわびるかのように静かに戦意を高めている。
そんな彼らを見ながらクロードは呆れたように鼻を鳴らし、結局呆れたように戻らない隼翔に対して言葉を漏らす。基本的に時間はきちんと守る男なのだが、時として何かに没頭するとすぐに時間を忘れる癖が隼翔にはある。時には一晩中読書に更けていたこともあり、酷いときには食事も忘れて道場に籠っていたこともあったのだ。……もちろんそれはどこぞの鍛冶馬鹿も同じような前科があるため、強く苛めることが出来ないのだが。
「まあ、最悪遅れてきても大丈夫なように若様の代わりにしっかりと聞いておこうね」
「「そうですねっ!」」
アイリスの提案に、姉妹は元気よく返事を返し、一言一句聞き逃さないぞとばかりに、今から耳をぴくぴくと準備運動のように動かす。
こと隼翔の事となるとどこまでも頑張ろうとする姉妹の微笑ましさに、アイリスは妹を見守る姉のようにそっと目を細める。
(……その愛を一心に受けるはずのは若様なんだけど、どうにも天性のタラシな感じがするんだよね)
思い出すのは数日前の事。隼翔へのお客として訪れていた少女の顔だ。
地下迷宮で偶然助けたことで知遇を得たという話だったが、隼翔を前にしたときは明確に態度が変化していたとアイリスは感じている。
もちろん科を作って媚びを売っていたわけでもないし、ましてや猫なで声で誘惑していたわけでもない。変わらない弱気で怯えたような雰囲気だったことは記憶している。それでもどうしてか隼翔を見る目だけは、どこか憧れと恋する乙女両方の感情が複雑に混じり合っているように思えたのだ。
(対外的には冷たいような雰囲気をしているのに、一度身内と認めてしまえばどこまでも甘いからなぁ~、若様って)
恐らく地下迷宮で助けた際はかなり冷たい態度で、それこそ偶然だとかそんな感じで助けたに違いないが、屋敷に招いていた際は明らかに物腰が柔らかくなっていた。それは姉妹やクロードたちに対する態度と比べればまだ冷たさはあったが、甘くなっていたのは事実。
命の危機を助けられただけでも女性は簡単に恋に落ちてしまうのだ。それに加えて再開した際に甘さを見せられれば落ちてしまうのは無理はない。これを天性のタラシと呼ばずしてなんと表現すればいいんだろう、とアイリスは思う。
もちろんひさめが落ちたのは他にも優しくされたことが原因であるし、アイリスはひさめのことを嫌っているわけではない。それでも、過ごした時間の長さと姉妹のことを可愛い妹と思ってしまえばどちらに肩入れしてしまうかは変わり切っている。
(まあ、二人を見捨てるようなことはしないよね。若様って甲斐性あるからねぇ)
将来的には多くの女性を囲うだろうな、と予想を立てるアイリス。恐らく本人は否定するだろが、それでもとそうなる未来がありありと浮かび、アイリスは思わず笑ってしまう。
そんなことを考えていたせいか、将来的にハーレムの一人になるんじゃないかと思われる人物の姿を冒険者たちの中に見つけた。
「あれ?アレはひさめちゃんじゃないかな?」
「あっ、本当だ!ひさめちゃーんっ」
耳を動かしていた姉妹も同じようなタイミングで友達を見つけたのか、フィオナの声に応じるように、フィオネが群衆を避ける様にして隅を歩く少女の名を呼んだ。
少女は自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、ビクッと身体を固めると、そのままゆっくりと視線を呼ばれた方へと向けた。
そして、声の主が親友である人たちのモノだとわかり、最初に安どと喜びに口元を綻ばせ、次にどこかバツが悪そうに視線を彷徨わせ誰かを探すような動作を見せた。そしてその人物がいないと分かるや否や、再び安どと幾分か残念そうに表情に影を落とし、近寄ってきた。
「お、お久しぶりです。みなさん」
「うん、久しぶりだね!ひさめちゃん」
「元気だった?」
以前と変わらないどこかおどおどとした挨拶。もちろん姉妹がソレについて何かを言うはずもなく、表情を嬉しそうに緩ませながら言葉を交わす。
何も変わらない態度と雰囲気。そのことにやはり安堵をしながらも、なぜだろうと心の中に疑問を浮かべる。
あの時助けてくれたのは間違いなく、姉妹の身内である隼翔。それなら何かしら聞かされ、どこか態度が変わるんじゃないかと思っていたのだが、その雰囲気もないし、まるでその事件について知らないかのような態度。
「安心するかは知らないけど、ハヤトは今外しているし、お前が巻き込まれたという事件については俺しか知らない」
「っ!?」
ひさめが一通り再会とまではいかないものの、挨拶を交わしたところでクロードがそっと耳打ちするようにそう告げた。
女性同士の交流にはようやく慣れたところだが、やはり男性が近くに寄ってくると敵意は無くてもどうしても身体が硬くなってしまい、思わず動きを止めてしまうが、それでもゆっくりとそちらに視線を向ければ不器用ながら安心するように頷いてくるクロードの姿が目に映って、そっとひさめは息を吐き出すことが出来た。
そんな彼女を気遣うように、クロードは伝えることを伝えると、すぐさま離れ、代わりに姉妹が嬉しそうに声をかけていく。
「ひさめちゃんも今回の作戦に参加するの?」
「え、ええ。一応は……」
「じゃあ、誰かとパーティーを組んでるの?」
「はい、幸いにも組んでいただける方と出会えたので……本当に幸運でした」
「そっか!よかったね!それで今はその人と別行動をしてるってことなのかな?」
姉妹から矢継ぎ早にされる質問に、ひさめは少しばかりびっくりしながらも嬉しそうに表情を緩ませる。隼翔とこそ顔を合わせ辛い状況に寂しさを覚えるが、それは自分のせいだし、それにこうして親友同士の気軽なやり取りを出来るというのは少女にとっては至福の時間であることには違いない。
そこにレベッカと少しばかり緊張した面持ちのハクが加わって、会話は楽し気に盛り上がっていく。レベッカとハクも見た目で差別するような人ではないのか、それともただ単にそのことを知らないだけかは不明だがひさめには喜ばしい限りだろう。
(……やはりあの方の周辺に集まる人は温かい人ばかりですね)
クロードは相変わらずすっかり自分の世界へと戻っていき会話には加わっていないが、彼もしっかりと気遣ってくれる。本当にここは温かく、居心地が良い。そしてここにいつか加われたらな、とそんな少女とっては淡い幻想を抱いていると、その会話を少しだけ遮るように質問が投げかけられた。
「楽しそうなところごめんね。少しだけひさめちゃんに聞きたいんだけど、いいかなぁ?」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ」
遮ったのは輪には加わりながらも、会話には参加していないかったアイリス。彼女は申し訳なさそうにしながらも、少しだけ真面目な雰囲気でひさめに問いかけた。
質問されたひさめは驚きながらも、こてんと少しばかり首を傾げる。
「うん、さっきパーティーを組んだって言ってたけど、誰と組んだのか気になってね?」
「組んでいただいたのはヴォラクと言う名の男性冒険者です。ランクはCだと言っていましたが、最近この都市にやってきて冒険者活動を始めた方ですよ」
「ヴォラク、か……。ありがとね。それと急に変なこと聞いちゃってごめんね」
話を続けてていいよ、と促しつつアイリスはその名を必死に頭の中で考える。
上級冒険者と言う割には聞いたことのない無い名前。クロードと違ってアイリスは情報や噂などをしっかりと聞くタイプなのだが、あまり聞き覚えのないことに微かな違和感が膨らむ。確かに話通り最近来たという冒険者なら不思議ではないが、やはりどこか変だと勘が告げる。
そもそも彼女がそんなことを聞いたのは、やはり可笑しいと思ったからだ。いくら自分たちが差別をしないからとは言え、ひさめという少女は冒険者の間で悪いように噂されるのを何度も聞いているのだ。それなのに、どうしてか彼女と組んだという相手がいることに失礼ながら可笑しいと思わざるを得ない。
(もちろん杞憂かもしれないし、私たちのように差別しない人がいなくても不思議ではない。……でも)
ひさめの様子を見る限りでは、その相手に不信感を抱いている様子はない。
それでも上手く口で説明できないが、なにか喉を奥でひっかかている、そんな違和感が消えないのだ。果たしてそれが何なのか、考え込むアイリスだったが、再び厳かな鐘の音が鳴り響き、冒険者たちが待ちに待った時間だとと告げた。
「あっ、申し訳ありませんがそろそろ自分は戻りますねっ」
「うん、またね!ひさめちゃん」
「お互い無事に戻ってこようねっ」
アイリスが鐘の音で思考を中断したタイミングで、ひさめも会話を打ち切り恐らくメンバーである人がいるであろう場所へと走り去っていった。
その後ろ姿にどうしてもアイリスは不安を抱かざるを得ない。どうか何事もありませんように、と心の中で祈っていると、鐘の音が鳴りやみ、変わるようにして可愛らしくも威厳のある声が聞こえてきた。
『集まってくれた冒険者諸君、だいぶ待たせてしまって済まない。これより作戦の全容を説明したいと思うから心して聞いてほしい』
「ふぅ、なんとか間に合ったみたいだな」
「おいおい、ギリギリもいいとこだな」
「間に合ったからいいじゃないか」
「「クロード様の言う通り、遅いですよハヤト様」」
ちょうど同じタイミングで、ひさめが消えていった方角とは反対側から足音もなく戻った隼翔。息を切らしている様子はないが、おそらくは走ってきたのだろう。長い髪の毛が少しばかり乱れている。
その髪を手櫛で治しながら悪い悪いと軽い徴して返す隼翔。アイリスは果たしてこの違和感を伝えるか伝えないべきか悩みながら、説明に耳に傾けるのだった。




