逢引
……なぜか話が進みません。可笑しいな、予定だとそろそろ戦闘回のはずなのに。
次次回には必ず……
まるで無数の大蛇がうねるかのような列を作っていた冒険者たち。だがそれも時間が経過するにつれて散り散りとなり、太陽がすっかり全容を現した今となっては列は完全に無くなり、広場のあちらこちらでたむろしている様子が見受けられる。
「7時頃に作戦の全容が伝えられるんだったか?」
「そうですね。それまでは各自準備やパーティーメンバーで話し合いをするようにと僕は聞きました」
「そうするとまだ時間はあるのか……」
隼翔たち5人も例に漏れず、更にハクとレベッカの2人を加えた7人は冒険者たちから少し距離を置いて、広場の隅っこの方でたむろする。
冒険者によってパーティーの組み方は多岐にわたり、常に固定のメンバーでしか活動しない排他的なパーティーもあれば、逆に常に別にメンバーと組む流動的なパーティーなど本当に様々だ。
そのような理由から今のこの待ち時間は前者のようなパーティーには確認程度で済むが、後者の場合にはしっかりと議論を交わす重要な時間となる。
現状、隼翔たちは7人で固まっているとは言え、実際に地下迷宮に潜った際には5人と2人に分かれる予定となっており、数分の確認さえ済ませてしまえば手持無沙汰になってしまうのは自明の理。
適応能力が高い、あるいは話題の尽きない女性陣ならこの時間も会話に興じていればすぐに過ぎていくに違いない。
だが、生憎と男性陣にはそれが出来ない。なにせ自他ともに認めるような自由人の隼翔に話題を提供する能力があるとは思えないし、基本的に職人気質のぶっきら棒なクロードにムードメーカーに慣れるはずもない。また憧れの隼翔を前に気弱なハクがマシンガントークを披露できるとは天地がひっくり返っても思えない。……その結果、一度会話が途切れると沈黙が訪れてしまうのだ。
だからと言って、その沈黙に居心地の悪さを感じてるのはハクだけで、クロードは背負っている手に持って魔導銃剣の様子をじっと確かめているし、隼翔に至っては携帯電話を弄るように腰から吊るす銀の懐中時計を覗き込んでいる。
「……え、えーっと……」
気まずさのあまり、ハクは情けない声とともに周囲をきょろきょろと縋るように見渡す。だが相棒であるレベッカは話に興じているし、他に助けを求められるような人物はいない。
しかし先にも言った通り、この沈黙を打開できるほど少年に度胸も話題も無い。結果として、口からは情けないうめき声のようなものが溢れ出るしかないのだ。
そんな彼の様子を不憫に思った……と言うことは決してないのだが、沈黙を破るようにして動き出したのは隼翔。
今までは建物の外壁を背もたれ代わりに動く時計の針を眺めていたのだが、それにも飽きたのかゆっくりと時計の蓋を閉める。そして何を思い出したのか、首を動かしながら周囲の様子を眺める。
相も変わらない様子の冒険者たち。唯一変わったとすれば白髪の少年が嬉しそうに瞳を輝かせているくらいか。もちろんそれが視界に入ることなどありもせず、加えるなら冒険者たちの変わらない様子を見たいわけでもない。見たかったのは今回の中心にいる人物の動向。
大柄な冒険者たちに簡単に紛れてしまうほど小さい人影のはずなのだが、必死に探す必要も無くすんなりと目的の人物を視界に捉えることが出来た。拍子抜けもいいところだったが、隼翔としては予想通りだったのか軽い動作で身体を起こす。
「悪いけど少し抜けるな」
「どうかしましたか、ハヤト様?」
「どこかに行くのですか?」
近くで女性陣と楽し気に会話していたフィオナとフィオネだが、スッと動き始めた隼翔を見て、耳をピコピコと興味津々の様子で動かしながら不思議そうに尋ねる。
まだ作戦全容が伝えられる時間までおおよそ30分ほどあるのだが、急にどこかに行こうとするのは流石に不思議に思ってしまう。なにせ、隼翔にはこう言っては何だが知り合いはほとんどいないし、その少ない知り合いもほとんどここに集まっている。
あとここにおらず、姉妹が知っている相手と言えば見麗しい踊り子と小さい冒険者。いくら一夫多妻を認めているとはいえ、姉妹としても知らぬ場所で秘密の逢瀬をされるのは少しばかり寂しさを覚えてしまう。……ここで真っ先に女性関係を疑われるというところが何とも言えない話ではなるのだが。
ジーッと憂う視線を向ける姉妹。その横ではアイリスやクロードが姉妹とは違う意味で心配した表情を浮かべ、ハクとレベッカは純粋に不思議に思い首を傾げている。
「別に何かやましいことをするわけじゃないぞ?ただ今回の出来事の一端に関わってるし、今暇そうになったから挨拶に行こうかと思っただけさ」
思わず漏れてしまう苦笑い。付随するように弁明に近い言葉が出てくるのは偶然かあるいはやましいことに心当たりがあることの表れか。
しかし、幸いなことにその心情については誰も邪推などせず、姉妹に至っては疑ってしまったことを申し訳なさそうに謝る。
「そうでしたか……申し訳ありません」
「何もないとは思いますが、お気をつけてくださいね」
「気にするな。それじゃあ時間までには戻ってくるから、ちょっと行ってくるな」
「おう、行ってこい」
「いってらっしゃいませ、若様」
その言葉と共に、群衆に紛れていく後ろ姿。だが先ほどのハクのような必死さは皆無で、不思議と優雅という言葉が似合う。
「え、えっ!?あの、今回の出来事に関わってるってどういう意味ですか!?というか、誰に挨拶に……?」
「あー、それはだな……」
フィオナとフィオネ、それにクロード、アイリスと隼翔の非常識さにすっかり慣れている面々からすれば今誰に会いに行ったのかも何となく察することができるし、言葉に違和感を感じることはない。
だが知り合い程度の間柄の二人からすれば関わっていると言うだけで驚きであり、加えるなら誰に会いに行ったのか気になるところではある。
果たしてどう説明して、どこまで話すべきか、クロードは必死に頭を悩ませてしまうのだった。
「今回、僕たちの軍勢が作戦において陣頭指揮および最高戦力となる。その分、危険さも増すし捜索範囲も広域に渡る。そこで幾つかの班に分けさせてもらうね」
広場の中央を占有する、一癖も二癖もありそうな面々。
彼らから滲み出る雰囲気が他とは一線を画しており、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか良く分かる。
種族にこそ違いはあるが、その集団に属する者は皆、衣服のどこかに"鐘楼と剣"を模した徽章を付けている。
彼らこそ都市最大軍勢の一つ――――夜明けの大鐘楼だ。
その中心で木箱の台座の上に立ち、団員全員を見渡すようにしながら指揮を執っている人物こそ、団長であり、今回の作戦の指揮官も勤めている勇猛なる心槍こと、フィリアスである。
「まず第1班は僕とスイ・シリ・シノ。それと遠征の時の第一大隊だ。一応僕がリーダーってことになるけど、冒険者全体の指揮が執らないといけないから主な指示はスイに任せるよ。いいかな?」
「お任せください、団長っ!!」
小人族の団長に心酔するアマゾネスは豊満な胸を揺らしながら嬉々として手を上げる。相変わらずその肢体はアマゾネス特有の煽情的な衣服で、防具の類など申し訳ない程度の足甲ぐらいしかない。それに武器も腰帯に装着されたトンファーだけで、本当に重要な作戦に参加するのかと疑いたくもなる。
それに引き換え、スイの左右で「ほーい」と気の抜けた返事をしている起伏の少ない少女たちは、服装こそ長女と似ているが、持っている武器は少女たちよりも圧倒的に大きく重そうな槌と斧。次女のシリは槌を軽々と肩に乗っけているし、三女のシノは当たり前のように巨大な斧を背負っている。
彼女たちの頼もしさを良く知っているフィリアスは、頼んだと微笑みかけながら次の二人に視線を向ける。
「次に第2班はゾディスとシルヴィアに頼んだよ」
「よし、任されたわいっ」
「……ん」
返事をしたのは大柄の冒険者の中でも頭一つ以上抜け出し、横幅に至っては二回り以上ある炭鉱族と対照的に線の細い美麗な少女。
ゾディスは全身を覆う厳つい完全装備で、背中には彼の象徴である黒鉄色の二枚一対と言う特殊形状の大楯。この軍勢の守護の肝であると同時に、防御と言う一点においては恐らく都市最硬と呼び声が高い冒険者に相応しい格好だ。
対して超攻撃特化の出で立ちのシルヴィアは声こそ小さいが、籠められた戦意と言う意味では明らかにゾディスを上回っており、彼女から溢れる剣気とでもいうべき威圧に指揮下に入った比較的若い団員たちは萎縮気味に体を縮こまらせている。
「これ、シルヴィア。あまり仲間を萎縮させるな」
「……そんな意図はないのだけど、ごめんなさい」
「あはは……まあやる気に溢れているというのはいいことだからね」
最古参の老兵に窘められ、シュンと俯きながら握っていた細剣の柄からそっと手を離す。
シルヴィアは見た目はかなりおっとりとした性格であり、普段もどこかぼーっとして抜けている部分も多い。だがいざ戦場に足を踏み入れば、人が変わったかのように戦端を切り開いていく。そういう意味では三戦姫と揶揄されるのは間違っていないのかも知れない。
「さて、第3班だけど……アスタリスとソーマ。頼んだよ」
「ああ、任せておけ」
「……フンッ」
最後に、とばかりに視線を向けるが、同時に並ぶ二人を見て思わずため息が漏れそうになってしまう。
並ぶ二人はどちらも高身長で痩躯。加えて両者ともにタイプこそ違うが整った容姿をしていて、女性受けが良さそうなのは間違いない。
呼びかけに対して、頼もしく返事をしてくれたのは流れるような金糸の髪に翡翠色の瞳をしたエルフ。 全体的に翠で統一された服装だが、簡素さは無くどこか高貴さを漂わす雰囲気で手に握る先端に碧宝石が埋め込まれた木製の杖がソレをより際立たせる。
一方で不機嫌さを態度と声に滲み出しているのが、金と黒の斑耳と髪をした豹人族の青年だ。
野性味溢れる獣人らしい格好だが、放つ雰囲気はまさに野獣。そしてその矛先は隣に立つ美丈夫。
「なんだ、バカ猫?私に何か言いたいことがあるのか?」
「あ”!?猫って呼ぶんじゃねーよっ!!」
すまし顔のアスタリスに、ソーマはガルルルッと犬歯を剥き出し、吊り上がった眼でぎろりと睨む。犬猿の仲とでも言うべき二人のやり取りに、そっとフィリアスに寄ってきたゾディスが耳打ちする。
「あの二人をセットして大丈夫か?なんなら儂がアスタリスと変わっても良いぞ?」
「まあ普段はああいう風に仲が良くないけど、どちらも公私の分別はつけられるし、前衛と後衛と言う意味では相性がいい二人だからね。大丈夫だよ……たぶん」
最後にちょっとだけ、自信なさそうにしたのは今も二人が静かに、だが視線は激しくぶつけ合っているためだ。
「……まあお主は団長だし、先見の明もあるからのぉ。一応信じるが決断するなら早めにな」
「うん、悪いね」
気遣ってくるゾディスに軽く頭を下げつつ、そっとため息を漏らす。
アスタリスは普段は理知的で、何事にも冷静に対処できる男なのだが、いかんせんソーマと言う青年が関わるとどこか直情的になってしまう。
仲良くしてとまでは言わないが、せめて普段通りの対応さえ見せてくれればフィリアスとしても悩みの種が一つなくなるのに、と痛みを訴える胃をそっと抑える。
彼の言葉通り、戦いにおいては二人の相性は決して悪くないのだ。足の速いソーマが敵をかく乱し、その間にアスタリスが強力な魔法の準備をして、放つ。
他の者たちでも一応出来るのだが、ことこの二人が組むとなぜだか掛け声も無しに見事な連携が取れてしまうのだ。……傍から見ればソーマごと魔法で消し去ろうとするアスタリスという構図に見えなくもないのだが。
(……お互いを認めているが故の反発、と言うことだと良いんだけどね)
これ以上二人が本格的に争いを始めないように仲裁しつつ、そんなことを思うフィリアス。
なんやかんやで、適度にリラックスしていると、不意にどこからか視線を感じて、そちらに目を向ける。
遠巻きには他の軍勢やパーティーの冒険者たちがこちらを見ながら、話をしているが、向けられている視線は彼らの好機や畏怖を孕んだモノではない。
「……ごめんね。ちょっと抜けてもいいかな?」
「ん?別に構わんが、どこに行くんだ?」
「そうだな。貴公はこの後全員に向かって話すのだろう?」
「もちろん、それまでには戻るよ。だた、ちょっとお客さんが来たみたいだからね」
古参の二人は快く返事しつつも、急な出来事に疑問符を浮かべる。そんな二人への回答として、フィリアスは意味ありげにとある方向へと視線を向けるだけ。
「なるほどな。あい分かった」
「ああ、行ってくるが良い」
「ごめんね、ちょっとの間だけ頼んだよ」
そういって駆け出していく後姿は本当に子どものようにしか見えない。だが、二人にとっては常に軍勢のために奔走し身を削っている頼もしい男の姿に見える。
せめて、彼の心労をもう少しだけ減らせるようにと協力しようと二人で会話をしていると、そこにスイが勢いよく割り込んできた。
「あれっ!ゾディスっ、団長はどこに行ったの?」
「なに、少しばかり逢引に行ったようなもんじゃ」
「なっ”!?逢引ですっ!!」
恋する乙女らしからぬ、どすの効いた声。昏い青髪はまるで高温の炎のようにユラユラと舞い、肌がヒリつくような殺気が迸る。
ゾディスが、しまったと思った時にはすでに時遅し。かくも弾道ミサイルのような勢いで飛び出して行ったソレを止めることは叶わず、また一つフィリアスの心労は増えるのだった。