実は怖いんです
……可笑しいな。シリアスなはずなのにコミカルになった気がする。
まあ次回はきっとシリアスですよ……(笑)
明くる日。東から顔を出した朝焼けがクノス中心の異様な光景を照らし出していた。
そこはギルド本部なのだが、ギルドの一階――ギルド受付ではなく、塔の目の前にある広場。ちょうど一昨日に少女が悪意に晒された場所だ。
「こちらで受付をお願いしますっ」
「みなさん、こちらに並んでお名前とパーティーメンバーをこちらの名簿へと記載お願いします」
確かに夜明け間近のこの時間帯だ。冒険者は探索のためにこの場所に集まるのは決して不自然なことではないのだが、広場で人だかりを作っているとは珍しい。いや、正確には作っているではなく作らされている、と表現するのが正しいかもしれない。
何せ本部の前にはテントがいくつも立ち並び、ギルド職員たちが集まった冒険者たちに列を作らせているのだ。外の広場でこのようなことをするなど珍しいと言わずしてなんと言うのだろう。
「なんだ、今日は何かイベントでもあるのか?」
さしもこの都市に一か月と少ししか滞在していない隼翔でもその異様さに目を奪われ、思わず同行者でこの都市に何年も住まう友に聞いてしまう。
だが、クロードも訳が分からないようで困惑気味にかぶりを振る。
「いや、俺も知らないぞ。と言うか少なくとも俺が知る限りではこんなことがあった記憶は無いぞ……アイリスも知らないよな?」
「うん……初めて見たよぉ。なんだろうね?」
この都市で生まれ育った二人が知らないと困惑するほどの光景。分かることとすれば、あまり愉快なイベントではないということくらいか。なにせ元より強面の冒険者たちの表情がより凶悪に引き締まっているのだから。ある種どこの地獄ですかと尋ねたくなってしまう。
隼翔はその悪戯心を寸前のところで我慢すると、とりあえずこの場に数少ない顔見知りがいないかを探してみる。
しかし、右を見ては顔に大傷のあるスキンヘッドの巨漢が目に入り、左を見れば奇抜な髪形をしたアマぞネスと視線が合う。逃げるように逸らした先ではゴリラのような風貌の獣人。……なぜだか物凄く夏の暑さ以外で暑苦しさを覚えてしまう。もちろん麗しい姿の女性冒険者や爽やかな青年冒険者もいるのだ。だがどうしても視界に入っているのはむさ苦しい冒険者ばかり。
思わず、うへぇと心の中で声が漏れてしまう。そして無意識のうちに左右に侍っていた姉妹をそっと抱き寄せる。
「「は、ハヤト様?」」
「……ちょっと暑苦しさを紛らわしたいんだ」
「は?いや、どう考えたってその方が熱くないか?」
「クロード、たぶん気温とかでは無いんだよぉ」
もちろんこんな人が群衆と化す往来だ。ぎゅっと密着するように二人を抱きしめたのではなくて、二人の細い腰に手をまわして少し触れるくらいの距離にまで縮めたに過ぎない。
それでも急な出来事にフィオナとフィオネはちょっとの驚きと多めの幸福感を含んだ声を漏らし、クロードは隼翔の言葉に何を言っているんだと言わんばかりに突っ込みを加える。だが何となく事情を察したアイリスが冷静に言葉を返し、クロードは余計に困惑する。
だが隼翔はそれらをまるで聞いていないかのように、腕から伝わる幸せな感覚にすべてを委ねる。
日ごろの鍛錬の成果なのか、きゅっと引き締まった腰。だが決して隼翔の身体のように筋張って鋼のように硬いことは無く、女性らしい柔らかさと癖になる抱き心地があるのだ。視覚から与えられた暑苦しさなどあっという間に上書きされ、精神の安寧が戻ってくる。
そんなちょっとばかしこの場にそぐわないことをしていると、むさ苦しい集団(何度も言うが爽やかな冒険者も一定数は存在している)の中心に見慣れた人物を見つけた。
とても愛らしい子供のような風貌。鎧の類は最低限しか着こんでおらず、仕立ての良い貴族のような服装の方が目についてしまう。まるで冒険者とは思えない柔らかそうな金髪と宝石のような瞳。それでも少年に誰もが敬意と畏怖を向けてしまうのは纏う風格と肩に担ぐ身の丈の倍はある武骨な大槍が要因と言えよう。
「……フィリアスがあそこにいるってことは一昨日の件で何かあったということか?」
冒険者とギルド職員たちの中心で精力的に指示を出している小人族の姿をぼんやりと眺めながら、思い出すのは一昨日のお茶会の最後に渡した情報ととあるモノ。もちろんそれとは関係ない可能性もあるが、事前の予告もほとんどなしに過去にないような大規模な事態へと変遷する可能性を秘めているモノと言えば、やはりあの情報。
だが、隼翔の渡した情報だけでここまでの事態へと移行するかと言えば首を傾げてしまうのも事実。何せ、普通とは違う魔物がいたということとその魔物から採れた誰のとも知れない上腕骨しか渡していないのだから。
そんなことを思っていると、ふと忙しそうにしているフィリアスと視線が合った。彼は少しばかり驚いた表情を浮かべた後、すぐさま苦笑いと何かを視線で強く訴えてくる。忙しすぎる、変わってくれないかな、と。
だが隼翔はまるで他人事のように肩を竦める。
(恨むなら俺じゃなくて、立場と開示する情報量を失敗した自分を恨んでくれよ)
果たして、視線だけで会話できるほど二人は親密なのかは不明だが、フィリアスは見た目通り子供のように肩を落とし、あきらめたように表情を引き締めて陣頭指揮へと戻っていく。その背中がいくばくか小さくなったようにも思えるが、きっと気のせいだと決めつけ、改めて周囲に視線を巡らせる。
だが、やはり視界に映るのは筋骨隆々か凶悪な顔、もしくは恐ろしく引き締まった身体のどれか。謎の呪いにでもかかった気分でげんなりとしていると、集団の中をちょろちょろとネズミのように動く白い何かが目についた。
それはあからさまに小さく周囲と比べれば虚弱だ。現に冒険者たちの隙間を必死に通り抜けようとしてもその肉体に阻まれ、しかもほとんど気が付かれていない。それでもあきらめず、方向を変え、必死に体をねじ込み、通り抜けようとする様は見ていてほっこりとする。
その弱弱しいネズミはようやくといった感じで抜け出してくると、息を荒げながら一息つくように額から流れ落ちる汗をぬぐう。
「ふぅ……整列しているはずなのにどうしてこうも抜けるのに苦労するんだろう?ねぇ、レベッカ……ってアレ?レベッカがいないっ!?」
ネズミことハクは遅まきながらに人ごみの中で相棒である赤髪の少女とはぐれたことに気が付き、先ほど拭った汗とは違う冷たい汗を流しながら、必死に周囲を見渡す。ピョンピョンと本人は必死に跳びながら探しているのだろうが、周囲から見れば途轍もなく滑稽と言うべきか、少なくともこの光景には似合わず、隼翔は思わず失笑してしまう。
「お前は本当に冒険者に向いていない感じがするよな、もちろん良い意味で」
「えっ!?あ、ハヤトさんっ!お久しぶりです」
必死に籠の中で立ち上がり外に出ようとするネズミを思い出させるような動きしていたハクだが、突如として動きを止めると、振り返り満面の笑みを浮かべる。
彼にとって隼翔は物語に出て来るような英雄や勇者と同列なのだ。そんな人物に話しかけられると、すべてのことを一瞬で脇に寄せてしまうのも仕方のないことだ。
「ん?ハヤトの知り合いか?」
「ああ、以前地下迷宮で助けて知り合ったんだ。名前はハク」
「へぇ、よろしくな。俺はクロード。ハヤトの専属鍛冶師兼パーティーメンバーだ」
「わぁ!!専属とは流石ですねっ!あっ、ハクって言います」
冒険者にとって専属の鍛冶師が就くということはそれだけ認められたといういわばステータスのようなモノであり、ハクは凄い羨望の眼差しを向けながらクロードと握手を交わす。だがクロードとしては未だに隼翔とはつり合いが取れていないとその無垢なまなざしにこそばゆさを感じてしまう。
「なぁ、この集団から抜け出してきたならこれから何が起こるのか知ってるのか?」
相棒と握手するハクにそう尋ねる隼翔だが、何となく前にも似たようなことを聞いたっけなと思い出す。それはちょうどクロードとアイリスを地下迷宮へと助けに行った時のことだ。ハクからもらった情報などたかが知れていたが、それでも相棒を助けるきっかけの一部になったのは事実。そう考えると二人が握手しているのは何となく感慨深いものを感じるなとどうでもいいことを思ってしまう。
そのどうでも良さを察した、というわけではないと思うが、ハクは再び隼翔の役に立てるのが嬉しいのか喜々として知っていることを話し始める。
「なんでも地下迷宮で人工的に魔物を創り出している集団がいるらしくて……しかもその集団が地下迷宮内に拠点を構えて、今日中に何か行動を起こすという情報を得たみたいなんです。なので大規模に冒険者たちを送り込んで企みの阻止と集団の捕縛もしくはせん滅を目論んでいるみたいです」
「……おい、ハヤト。それって……」
「ああ、少なくとも一部の情報は俺たちの得たやつみたいだな」
目を見開きつつ、そっと隼翔にしか聞こえない声で確認するクロード。隼翔も腕組みしながら半ば予想通りの状況と予想外の出来事に頭を悩ます。
フィリアスの反応からこの状況は察していとは言え、拠点があるということと何か行動を起こすという情報は初めて聞いただけに驚きを隠せない。だが、同時にタイミングが良すぎるとも勘ぐってしまう。
(俺たちに計画の一部を邪魔されたから焦った?……いや、それにしては情報が具体的なのにどこか曖昧だな)
今日中にと大まかに時間が判明し、場所も地下迷宮内と特定されている。だが、何をするかまでの情報と詳しい場所・正確な時間が不明。
加えてフィリアスが報告したのが恐らくお茶会の後と考えても、そこから計画の情報が手に入るまでの時間が明らかに短すぎるのだ。もちろんギルドの諜報が優秀なのかもしれないが、それでもやはり違和感は拭えない。まるで誰かの掌の上で踊らされている、そんな気がしてならないのだ。
それは恐らくフィリアスや聡明な冒険者、そしてギルド職員たちも同様のことを思っている。それでもこうして大規模に動き出しているのは今日計画が起こってしまうが故に裏付けの調査をするには時間があまりにもないためだ。例え罠だったとしてもそれを力づくでも阻止する、そのような意味があってギルドも大規模に冒険者を募っている。
「あの……ハヤトさん?随分と難しい表情ですが……」
「ああ、すまん。少し考え事をしていただけだ。……それでお前のこれに参加するのか?」
「ええ、一応は。階級指定も無いようですし。恐らく広すぎる地下迷宮内を探すには人手が足りないんでしょうね」
「なるほど。じゃあ俺たちも参加は可能か」
「はい、受付さえすれば大丈夫ですよ。その代り受付しないと今日は地下迷宮には潜れないみたいです。だから僕も先ほどしてきて、あとは作戦実行の時間まで待つだけですね」
「なるほど……その過程でお前は相棒と別れたわけだな」
ハクはえ?と不思議そうに首を傾げる。完全に話すことに夢中になっていたようで、自分が先ほどまで飛び跳ねて何をしていたか抜け落ちてしまっていたらしい。
そんなネズミの頭をゴツッと鋭い音を立てながら、何がか殴る。その明らかに手加減の欠片もない音に、クロードは苦笑いを浮かべ、隼翔は肩を竦めながら殴った人物の方に視線を向ける。
そこにいたのは真っ赤な髪をした釣り目の少女。魔術師然としたローブを纏い、手には長い杖。鋭利さは無いモノの先ほどの音が鈍器としても杖が役割を果たしているということを嫌でも理解させてくれる。
「私を忘れるとは良い度胸ね、ハク?」
「れれれれ、レベッカっ!?」
怯え、声を震わせるネズミの前には赤い猫。
にっこりと微笑むし、声も明るい。なのになぜだか寒気を感じてしまうし、赤い髪が怒り狂っているように舞い上がっている風にすら見えてしまう。
「まあさっきからいたのには気が付いてたと思うが、彼女はハクの相棒で、レベッカ」
「へぇ……」
冷や汗をだらだらと流し、なんで教えてくれなかったんですかと涙目で訴えるハクを、隼翔は取り合おうともせず冷静にクロードに紹介する。簡単な紹介をしているうちにネズミは猫にすっかり襲われ、ぼこぼこにされていき、クロードはどこか遠い目でそれを茫然と見守る。
「全くもう……さて、先ほどご紹介にあったと思いますが、レベッカと申します」
「あ、ああ。これはご丁寧に……」
虫の息となったネズミを見て満足したのか、猫からすっかり戻ったレベッカは呆然とするクロードにまるで何事もなかったかのように、ていねいで美しい挨拶をする。その後継たるや、まさに猫を被るだ。
もちろん女性の恐ろしさを知った男にそんな恐ろしい言葉を口にする勇気があるはずもなく、あっけにとられたように返すことしかできない。
そのままクロードとの紹介を終えると、レベッカは男たちの後ろにいた姉妹やアイリスと仲良さげに話を始める。恐ろしいほどの適応能力と変化具合。
「……女性って怖いんだな」
鍛冶一筋だった男は、産まれて初めて女性の恐ろしさを目の当たりにするのだった。
活動報告にも書きましたが、更新再開は早ければ月曜、遅くても火曜から予定しています。




