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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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悪魔は静かにせせら笑う

三日坊主にならずに済みましたね……いやー良かった。

明日も頑張りたいと思います。

 首筋から垂れる三つ編みがぴょんぴょんと元気よく跳ねる。その様は飼い主に愛想振りまく洋犬ゴールデンレトリバーの尻尾を思わせ、そのまま青年の性格を如実に示しているようにも思える。


「どうでした、今の僕?良かったと思わない?」


 身の丈ほどあるほっそりとした刀身。色は金と言うよりは黄色と中々に奇抜だが、切れ味は今実証したように、硬質な鱗を持つ岩蜥蜴ロックリザードを意図も容易く斬り裂いてしまうほどだ。


「はい、お見事でした。ヴォラク殿」


 長剣を背負いなおしながら、人受けしそうな快活な笑顔とともに振り返る白銀しろがねの鎧を纏った青年。

 ひさめは青年に賛辞と労いを送りながら、心の奥では誰かと知らず知らずのうちに比較してしまう。


(……やはりあの方はすごいのですね)

 

 他の人の動きを見て、改めて実感する憧憬との遠さ。思わず胸元でぎゅっと両手を握りしめてしまう。

 剣戟の効果が低い魔物を斬り裂くのは確かに見事だ。しかし隼翔の魅せた剣の神髄とでも表現すべき動きと太刀筋を見た後では、ヴォラクと呼んだ青年の剣が磨き上げられたモノではないのが火を見るよりも明らかとなってしまっていた。


「ありがとね。やはり女の子に褒められるのは嬉しいな」


 しかし青年はひさめの言葉と動作を自分に向ける好意と勘違いしたのか、嬉しそうに口の端に笑みを浮かべる。

 きらりと光る白い歯と揺れるサラサラの金髪、小さな動作一つ一つがギザッぽく人によっては癪に障る。まさに絵に描いた勇者と言う像を地のままにトレースしたような人物。

 それは戦いの最中でもよくよく見て取れた。


 まずはその体捌き。

 魔物の爪や牙などをしっかりと躱してはいるのだが、どうにも一々大げさと言うか魅せようとしている感じが拭えない――――悪く言えば無駄が多いのだ。それに節々に感じられるどこか操られているような些細な違和感ぎこちなさもある。

 それに対して、ひさめの憧憬は悠然とした余裕のある一切の無駄のない動きをするのだ。確かに前者と比較すれば途轍もなく地味で、誰にでも出来てしまいそうな動きなのだが、少女はその動きにこそ美しさを感じた。

 また何よりも違うと感じたのは太刀筋だ。

 何度も言うが、確かに岩蜥蜴ロックリザードを斬り裂いたのは見事。そこはひさめも認めるところだが、ヴォラクのは彼の剣技ではなく、恐らくだが背負う長剣による部分が大きいのではと思ってしまう。それほどまでにヴォラクの剣は技を伴っていないと感じるのだ。


「ぼーっとしているだけど、大丈夫かな?」

「ふぇっ、あ、いたっ!?」

「ごめんよ、驚かせてしまったみたいだね」

「いや大丈夫ですっ!!すいませんっ、ぼっとしてしまって……」

「ふふっ、気にしないでよ。僕の剣は美し過ぎるからね」


 いつの間にか俯くように思考の沼に嵌り込んでいたひさめを現実に呼び戻した声。はっとしたように顔を上げると、ギザッたらしい笑みがすぐ目の前にあり思わずのけ反り、そのまま妙な声とともに尻餅をつく。

 可愛らしい声が岩窟層スーテランの狭い通路に木霊する。流石に岩の通路なだけあって打ち付けたところはジンジンと痛み、目の端からは少しばかり涙が流れ落ちる。

 その雫を当たり前のように、慣れた優しい手つきでそっと拭って見せるヴァラク。カアァと顔が暑くなるのを感じる。

 だが、それは目の前の青年に対してではない。いや、確かにこんなに優しい手つきで誰かに触れられることなど無く、少し前のひさめなら惚れていたに違いないし、照れも感じている。しかし、今の気持ちの大部分は他の男性との記憶が占めているのだ、たった一人の憧憬が。

 それを意識しないように必死に、だがどこかその記憶が上書きされないようにとさっと立ち上がって、真っ赤になった顔を俯かせて隠しながら謝罪するひさめ。

 そんな彼女にヴァラクは前髪をふさっと掻き上げながら、勘違いしたように応対して見せる。恐らくは彼の地の性格なのだろうが、鈍感もここまで極めれば見事と称賛するしかない。


 もちろんひさめのことだ。彼に一切の悪い印象は抱いていないというのは明らかだし、この先も嫌がる素振りなど決して見せることは無いだろう。だってヴァラクという青年は一切罵倒する事無く、いつかの姉妹のように優しく手を差し伸べてくれたのだから。

 そして何よりも、コレは彼女にとって小さいながらもあの言葉に報いるための一歩なのだ。自分が少しでも変わるための、憧憬に近づくための本当に小さな一歩。まだ何が変わったかもわからないし、この先自分の何が変わるのかも分からない一歩。だけど弱虫な少女には勇気のいる一歩だった。


 ぎゅっと刀の柄を握る。まだまだ馴染むには程遠い堅さがあるが、いつかこの刀にも報いれるような強い人になる。そうすればもう一度、憧憬の前に自信をもって立てる。そんな気がするのだ。


「えーっと、ヴァラク殿。これからどうしますか?まだ探索を続けますか?」

「そうだね……そろそろ引き上げようか」


 少しずつ、少しずつでいいからあの言葉の通りに踏み出したい。その願いを以て、少女は帰還を提案する青年の背中を追う。……その背中が憧憬への一歩ではなく、破滅への道を示しているということになど気が付かないまま。






「おっ、ヴァラク。戻ってきたのか」

「あっ、ヴァラクさんよっ!お帰りっ」

「ヴァラク、今度俺たちのパーティと一緒に探索しようぜ!」


 薄暗い通路を抜けて、ギルド本部に辿り着くなり、大勢の冒険者たちがさまざまな言葉でヴァラクを出迎える。

 一々所作こそ鬱陶しさを覚えることもあるが、先にも見せたが彼は冒険者として優秀であり、何よりもその笑みと全てを照らすような雰囲気が彼の周りに人を集まらせるのだろう。男も女も老人も子供も集まる皆が皆、彼に好意的な視線と言葉を贈り、親し気に接しており、あっという間に人の団子が出来上がる。

 そして彼もまた、集まった一人一人とわけ隔てなく親し気に接する。その真摯な対応がきっとこの光景を造りだすのだろうと、その姿を見ながらに思う。


「みんな、ありがとね。それにしても随分とギルド内が騒がしいね?」


 癖なのか、前髪をふさっと掻き上げながら集まり、労ってくれる人々に謝辞を述べる。その動作になぜか黄色い声援が上がるのだが、ヴァラクも嬉しそうに対応しつつ、ふと何かに気が付いたように近くにいた冒険者に尋ねた。


「ああ、実はついさっきギルドからかなりデカい報告があってな。今その話題で持ちきりなんだよ」

「……へぇ、どんなんだい?」

「……?」


 顔を寄せて事情を説明する冒険者の男。その情報に対して、ヴァラクはと言えば興味こそ示したものの、まるで内容には興味が無いようにひさめには感じた。だが、周囲を見渡してもそう思ったのは彼女だけのようで、皆が皆こぞって説明しようと躍起になっている。はっきり言えば異常な光景と言えよう。だが、ここにいる誰もがその異常には気が付けない(・・・・・・)


「……異形の魔物が発生しはじめ、新人の行方不明者が謎の人物たちに実験材料として使われていた可能性があるだって?ソレは随分とすごい情報だね」

「ああ、そうだよな。それでギルド側も敵のアジトが地下迷宮内にあることまでは掴んだらしくて、明朝に討伐作戦を決行するらしい」

「そそ。んで冒険者たちもそれに参加してほしいんだってさ!かなり報酬も出すみたいだし、それでみんな盛り上がっていたってわけだよ」


 言葉としては驚いているのに、動作は一切驚いていない。それどころか、瞳がギラギラと輝いているようにすら思えてしまう。その様子は勇者などでは決してない。ヴァラクの持つ雰囲気にはそぐわないはずの異常者という言葉の方がしっくり来てしまうほどだ。


「だからよ、ヴァラク!その作戦に俺たちのパーティーと一緒に参加しないか?」

「はっ!??てめぇ、何抜け駆けしてんだよっ」

「そうよっ、ヴァラクは私たちと一緒に探索するんだからねっ」

「はんっ!お前らじゃヴァラクと釣り合わねーんだよっ」


 しかし、違和感を感じさせないとばかりに冒険者たちは自分たちこそが、と不毛な言い争いを始めてしまう。

 元来争い事が苦手なひさめだ。自分が巻き込まれるのもだが、誰かが近くで争っているのを見るのも苦手で、加えて昨日の精神的傷トラウマがあるせいですぐさま身体が委縮し、震え始めてしまう。

 魔物はと対峙したときは平気だったのに、と胃からこみ上げる何かを必死に抑えるように口元に手を当てながら心の中で漏らすひさめ。心臓はバクバクと煩わしいほど鳴っているはずなのに、頭は締め付けられたように痛くて血の気が引いてる。くらくらと平衡感覚は無くなり、強烈な目まいに立っているのが辛いと思えてしまう。

 そのまま座り込もうと、ゆっくりと膝を折り曲げていると、不意にパンパンッと甲高い音が響いた。ひさめはゆっくり顔を上げて、その音が掌を叩いた音だと遅まきに気が付いた時には、音を出した本人がこちらを向いて笑みを浮かべていたように見えた。


「みんな、聞いてよ。そういう風に僕のことを認めてしまうのは分かるけど、だからと言って僕を巡って争わないでほしいんだっ」


 少なくともここにまともな人間か隼翔がいたならまず間違いなく、どこの勘違い系ヒロインだ、と声を大にして叫んだに違いない。しかし不幸にもここにはまともな人間はいなかったか、あるいは遠巻きに見てバカだなとしか思っていない。そのせいで勘違いは天元突破する勢いで加速していく。


「確かに僕はみんなのものだっ!だから僕はみんなと探索に臨みたいという気持ちがあるっ!けどソレは残念ながら非効率的だから出来ないし、今僕は他の誰かと組むことは出来ないんだっ」


 ええっ~!!と悲鳴にも似た声があちらこちらから上がる。その声に同調するかのようにしてヴァラクもまた、大仰でどこか鬱陶しい動きで悲壮を示す。

 その動き、張りのある声はまさに舞台に立つ俳優そのものだ。それほどまでに彼は自分に酔いしれ、周囲はなぜだか魅入っている。


「なぜなら僕は彼女と今現在パーティーを組んでいるんだっ!だから残念ながら組めないっ」

「……っ!?」


 ヴァラクのおかげで気持ちの悪さこそなくなったものの完全に蚊帳の外に置いてかれていた少女が突如としてその舞台に引き上げられる。さしも完全に予想外の出来事に、今まで以上に狼狽するが、脚光を浴びてしまったが故に、嫉妬や嫌悪の視線が一気にひさめへと集中してしまう。


「ちっ、なんでてめぇが出てくんだよっ」

「そうよっ、あんた昨日も騒ぎ起こしてたみたいだし、ソレに今度はヴァラクも巻き込みたいわけ?」

「ヴァラクのやさしさに甘えてんじゃねーよっ!!さっさと解散しろっ」

「そうだっ、どうせ同情してもらってパーティー組んでもらったんだろっ?最低な奴だなっ」


 容赦も慈悲も無い、罵詈雑言の嵐。

 昨日の出来事が無ければまた耐えられただろうが、今のひさめの精神状態では抗うように背筋を伸ばしていることなど出来ない。例え一歩踏み出そうと意気込んでいたとしても、つらいモノは辛いのだ。ましてや今の心のよりどころは腰に携えた刀だけ。萎むように彼女はゆっくりと背中を丸めていく。


「――――みんなっ、そうやって彼女を悪く言うのは止めてくれっ!」


 完全に折れたかのように曲がる背筋。だが、一つの声がソレをギリギリで食い止めた。

 あの時と比べれば、全く静かでもないし怖くも無い声。だけど、その内容はどこか似ているようにひさめには感じられた。


「だ、だけどよ~」

「だけどじゃないっ!なんで彼女をそうやって除け者にするんだっ、見た目なんかで全てを決めてはいけないよっ!!」


 食い下がろうとする者に、ヴァラクはぴしゃりと言い放つ。今までのどこか優し気な雰囲気が嘘のような剣幕で声を上げるヴァラクに周囲の者たちは驚いたように言葉を失っている。


「確かに彼女の見た目は嫌われるのかもしれない。だけど彼女は望んでそうなっているわけじゃないんだっ!分かってとは言わないけども、それでも何も知らないうちに決めつけるのは良くないよっ」


 まさに主人公。まさに熱血系とでもいうべき言葉。そんな人物が言ったからこそなのか、先日とは違う形で事態は怨嗟の火が燃え上がる前に終息へと向かう。


「そ、そうだな……」

「確かに見た目で判断していた部分があるよな……」

「私たちは冒険者だもんね……何事も知らないうちに判断するなんて愚かだったわ」

「みんな……分かってくれて僕は嬉しいよ」


 どんな三文芝居だと言いたくなるような光景。しかし、人々は本当に心からそう思っているかのようにヴァラクに諭させ、言葉を漏らしていく。

 そしてヴァラクもまた感極まったように泣き出すのだから、冷静な人物がいれば確実に冷めた目で見てしまったに違いない。だがここには誰一人として冷静な人物はいない。そう、ひさめですら、違和感をすっかり忘れ去ってしまっているのだから。


 そんな様子を泣きながら目の端で見た男は――――ニヤリと唇を不気味に歪めた。そして……。


「……あとは明日を待つだけ」


 そう、誰にも聞こえないように声を漏らした。とてもとても嬉しそうに、まるで悪魔の囁きのように。

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