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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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暗闇の一歩

分量は少し短めです。

明日も更新できるように頑張りたいですね~

 ここ一か月ほど雨が降った記憶が無く、それが今日覆ることは無かった。それほどまでに今日も空に雲一つなく真っ青で、太陽は燦々と日差しを振りまく。

 気温も依然として高く、日本ならばまず水不足対策として連日のように"節水をしましょう"とメディアを通して呼びかけられるに違いない。

 だが、この世界ではまず水不足になることはあり得ない。なにせ魔力が豊富にあるのだ、魔力から水を生み出すことが可能なのだから不足することはない。


「…………」


 時刻は昼下がり。通りに冒険者の姿は少なく、歩いているのは一般人ばかり。

 その中を紛れる一人の少女。肌を晒さないほど長くボロボロの単衣のような戦闘装束。

 長い前髪に隠れる目元には悲壮溢れる酷い隈を拵え、瞳はどんよりと昏い。


 しかし俯きながら歩く少女が真剣に時事ネタについて考えているわけではない。

 それを示すように先日まではピンと伸びていたはずの背筋はすっかり自信喪失したように丸く小さくなり、放つ雰囲気オーラは不幸まっしぐらだ。


「…………」


 茫然とどこを歩いているかも分からない少女の口からはため息すら漏れることは無い。ただ逃げるように、何かを忘れるように下を向いて歩く。

 脳裏に焼き付くのは昨日の悪夢のような出来事。いつの間にか悪と罵られ、痛めつけられ、虐げられた。

 

 本来なら家に引き籠って、全てから逃げるように部屋の片隅で丸くなっていたかった。だが部屋の隣には同居人の歌竹と菜花がいる。

 幸か不幸か負ったはずの身体中の痣は無くなり、現状療養を必要としてる歌竹と菜花には心配をかけまいと今回の出来事を伝えずに済んだ状況だ。それなのに、部屋に引き籠ってしまっては不審に思われてしまう。それだけは避けたかっただけに、普段よりも遅く起きた彼女はこうして行く当てもなく、ただ亡霊のように彷徨っている。


 ジリジリと焦げ付くような暑さ。だが、今のひさめにそんなものは気にならない。

 別に治った怪我が痛むわけじゃない。仮に痛んだとしても、そんなもの今までの冒険者としての経験がなんとか耐えさせてくれる。

 問題なのは心。深く彼女の心を穿った経験は拭えない。いや、確かにあの経験もひさめにとっては辛いものであったのは間違いないのだが、それでも耐性とでもいうべき過去の経験があったために耐えることは出来る。

――――問題はそのあとの、一人の男性が言い放った言の葉だ。


『なんで悪意を受け入れる。なんですべて自分が悪いと思う。なぜ誰にも助けを求めようとしない。俺は確かにお前の優しさは好ましく思っている……――――だが、お前のソレは優しさじゃない。単なる逃げだ。救いが欲しいなら手を伸ばせ、声を発しろ。誰も助けてくれないなんて思ってる内は誰もお前に手を差し伸べることなんて有り得ない。お前が変わろうとしない限り、何も変わらない』


 冷厳たる視線、心をどこまでも深く突き刺す言葉。

 かつて味わったことの無い喪失感に苛まれ、今まで誰からも向けられたことの無い視線に身体が動かなくなった。


 そのどれもを今でもしっかりと覚えていて、思い出せば胃がギュッと締め付けられる。恐らくこの先も忘れられるはずがないし、未来永劫忘れることは無いだろう。それほどまでに彼女の心は傷を負っていた。


「……それでも全て……自分の責任、ですね」

 

 胃の奥から押し寄せてくる気持ちの悪さを必死に抑えながら、つぶやく。

 悪意に晒されたのも、暴力に襲われたのも、諸悪の根源と罵られたのも。何よりも憧憬にあんな視線を向けさせたのも、怒らせてしまったのも―――全部、全部自分の責任。

 彼が言っていたことも分かるし、理解できる。確かにひさめは今もそうだが、全て自分が悪いと思い込んでしまうし、誰かに助けを求めようともしない。ただひた向きに、自分だけの力でどうにかしようとしてしまう。

 だが――――ソレは仕方のないことなのだ。


(……自分がこんな見た目じゃなければ……)


 小さい頃は助けを求めようとしたし、誰かに向かって手を伸ばしたこともあった。

 しかし、返ってきたのは汚物を見るかのような視線と冷たい言葉。伸ばした手が掴まれることは無く、むしろ払われるかのように痛めつけられた。それ以来彼女は誰かに助けを求めようとはしなくなった。

 だって誰も助けてはくれないのだし、手を掴んでもくれない。振り払われて、痛めつけられる。

 いや、物理的な痛みなら、まだいい。耐えることができるし、いつかは瘡蓋かさぶたとなり剥がれ落ちて、消える。

 問題は心が痛むのだ。ソレは誰も手を掴んでくれない恐怖を知っている人にしか分からない、理解できない痛み。


(……もう、あの痛みを味わいたくは、ありません)


 刻み込まれた恐怖トラウマが身体を芯から震わせ、思わず自分の身体を抱きかかえるように両手で肩口を掴んでしまう。

 あの痛みは絶望にも近い。そんなものを何度も味わえるほど、ひさめと言う少女は決して強くない。

 だからこそ、ひさめは憧れてしまったのだ。どんな逆境も一人で潜り抜けることが出来て、決して折れないと思わせるあの気高い姿に。 

 

(……ですが、もうダメですね)


 冷たく、無責任ながらも的を射た言葉。

 自分は結局彼のように一人で生き抜けるほど強いことも無く、折れない強靭な心を宿してるわけでもない。そんな自分は、結局誰かを頼って生きるしかないのだ。

 

――――分かっていたけど、でも認めたくなかった


 恐らく生まれて初めて抱いたであろう反抗心。

 今まで全てを受け入れるしかなかった少女が初めて見せた心。

 少女には縋っていい存在がいないのだ。少女には手を差し伸べてくれる存在はいないのだ。


 だから、それを受け入れてしまうと自分はもう生きていけない気がしてしまう。


(……それでも誰かに助けを求めろと、貴方は言うのですか?)


 胸の奥に描く存在に泣きながら問いかける。

 こんな惨めで、弱くて、人から嫌われる自分を……貴方は手を差し伸べて、掴み、絶望の暗闇から引き上げて、助けてくれるのかと必死に問いかける。


 しかし、その問いにあの人は答えてくれない……当然だ。


「……だって貴方に自分を助ける理由はありませんから」


 一度は認めてもらったはずなのに。前は温かい眼差しで見ていてくれたはずなのに……それなのに自分は彼の不興を買ってしまった。

 あんな冷たい視線をさせるほど失望させたのたのだ、例え想像であっても助けるなど言ってくれるはずがないのだ。


 病的な白肌に浮かぶ、死相漂う真っ黒な隈を無垢な雫が濡らす。

 ひさめとて純情な少女であることには違いない。

 初めて誰かが戦う姿を美しいと思ったし、初めて誰かに不思議な感情を芽生えさせ、その相手が女性と仲良くする姿を見て心を苦しくさせた。初めて、人に憧れた。

 そんな人に、見捨てるような冷たい視線を向けられてしまったのだ。もう、前を向くのすら辛いに決まっている。


「失礼……お嬢さん、大丈夫かい?」


 いつの間にか道の隅で苦しむように座り込んでいたひさめ。

 その彼女を案ずるかのように、優し気な男性の声が響いた。


 ピクリと肩が震えた。頭ではそんなはずはないと、しっかりと理解しているのに、心はそこにあの人がいるんじゃないかと舞い上がるように期待している。


 あり得ない、あり得ない……―――-あり得ないっ


 聞こえてきた声も口調も違うのに……ひさめはまるで操り人形のように、ゆっくりと顔を上げた。そして―-――。


(……やはりあり得ませんよね)


 優しげな目元。サラサラとしていそうな金色の髪は後で三つ編みに結われ、白い歯がキラリと光っている。恐らく冒険者なのだろう、白銀しろがねの鎧を纏い、背中には長剣を背負っている。


 その姿・印象はまるで太陽。

 全てを照らし、多くの人を導く、物語に登場するような勇者のように思える。


 それゆえに、少女は明らさまに落ち込む。

 脳裏に描いていた人物とまるで違うのだ。少女の待ち望んでいたのは太陽のような人物ではない。例えるなら、そう正反対の夜のような人物。


(……来るはず、ありません……よね)


 だって、彼は言ったのだ――自分が変わらない限り何も変わらない、と。

 少女は何もまだ変わっていない。ただ自分を責めているだけだ。それなのに彼が来るはずはない。

 彼にもう一度会うためには変わらないといけない……だけど怖いのだ。変わろうとして、結局誰も助けてくれない、見向きもしてくれないことが、恐ろしいのだ。


 ガタガタと肩が震え出す。そんなひさめに、困惑した声が届いた。


「え、えーっと……お嬢さん?大丈夫かい?」

「……え?あ、すいません……大丈夫……てす」


 そこで話しかけられていたことをようやく思いだし、ひさめは反射的に大丈夫と答えてしまう。


「とても大丈夫そうには見えないけども……よかったら僕が力になるよ?」


 優しい言葉と共に差し出された手。

 それはつい数日前の出来事と良く似ている。そのため、か。ひさめは知らず知らずのうちにその手を掴もうとしていた。

 

 しかし、もしこの場に二人の幼馴染がいればきっとその行動に違和感を覚えただろう。

 何せ姉妹の時ですら手を握り返すのに本当なのかと疑念を抱き、狼狽していたのだ。なのに今は躊躇の欠片もない。

 恐らく心身ともに傷ついていたが故の無意識だろう。

 誰かに縋りたい、温もりが欲しい。溜め込まれていた感情が爆発して、ひさめの思考と危機感知能力を麻痺させている。


 だからこそ、気がつかなかった。

 ひさめが青年の手を握った際に嫌そうに口を歪めたことと金色の瞳に感情が一切宿っていなかったことに。

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