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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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事態はゆっくりと動き始める

皆さま、夏休みいかがお過ごしでしょうか。

エンジョイしてる方もそうでない方も様々でしょう。せっかく夏休みと言うことで今週は可能な限り毎日更新したいと思っています。……もちろん毎度おなじみ未定ですのでそこはご容赦を。

 首から上を砕かれた女神像。果たしてかつてそれがどのような女神を信仰していたのか、今では推し量る術もなく、分かるのは異様な雰囲気が漂うことだけだ。

 教会の外壁はボロボロで生ぬるい風が抜きぬけるたびに、不気味さが増す。

 生命の息吹は一切感じず、身の毛もよだつようなしじまが空間を包み込む。


「……集まったか、同志たちよ」


 壊れた長椅子や埃被った祭壇、散乱するガラス片しかなかった場所。生き物の気配も、何もなかった場所に突如割れた声が響く。

 ブゥゥウンという不思議な音とともに空間に歪みが生まれ、陽炎のように陰が立ち昇る。

 出現したのは、複数の何か。


「ああ。だが、どうするのだ?」

「全くだ……戦華の舞姫(ホレフティナ)の介入も然り。だが、何よりもあの男だ」


 表情は分からないし、割れた声で異なる人物かすら皆目見当つかない陰たち。しかしながら、それらが殺気立ち不快感を露わにしていることはなぜだが伝わってくる。


洗脳(教え)のもと信者こまを作り、舞台を開いた。そこまではよかったのに……問題は奴らだっ!!」


 突如響く割れた怒号。空気がビリリと振るえ、溜まっていた埃が煙のように舞い上がる。だが、何者も咽たりはしない。何せここにあるのは全て実体のない陰でしかないのだから。


「いっそのこと、奴らを消すか?」

「……確かに、それはいいかもな。戦華の舞姫(ホレフティナ)は以前から我らの動向を密かに探ってたようだし……これ以上我らの悲願を邪魔されては困る」

戦華の舞姫(ホレフティナ)に手を出すのは不味いだろう。奴が消えればギルドの狗が本腰を上げてしまいかねない。何よりもあの女とことを構えるのは危険だ」

「ふんっ、たかが冒険者の一人に何を恐れる?我らには邪神様が憑いているのだぞ?何よりも"雫"さえあればどうとでもなる」


 不協和音にも等しい議論の応酬。仮に何も知らぬ者が頭痛に苦しめられるに違いない。それほどの不快感と騒音がこの場にはある。

 

「――――黙れ、者ども。感情で語るな」


 耐えかねるとばかりに、小さい声が響く。

 姿としては他と変わらぬ不定形の陰。ユラユラ、ユラユラと揺れるソレはなぜだか他よりも威厳があり、この場のまとめ役であるというのが理解させられる。

 現に響いていた不快な声がぱたりと止み、まとめ役の陰はやれやれとばかりにため息を吐いた。


「全く……まあ小言は後にしよう。報復云々よりも今後の計画のことを」

「計画のことと言っても……奴らのせいで崇高なる計画がとん挫させられたのではないか?」

「そうだ、ならばまずは障害を排除すべきと考えるべきではないかっ」


 ぎゃあぎゃあと、まるで我儘な子供のように喚き始める陰たち。だがまとめ役と思しき陰は取り合おうとせず、落ち着いた様子で話しを続ける。


「確かに当初の計画からすれば戦華の舞姫(ホレフティナ)の介入などは大きな痛手だ。だが、肝心の贄は良い感じに傷つき、周囲にも疑心を持ち始めているのは事実。ならば十分に次の段階へと移行出来よう」

「だな。我らの漏えいさせた(リークした)情報に加えて勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)もどこからか我らの実験の結果に関する情報を手に入れ、ギルドに報告したらしい。おかげでギルドが先ほどから騒がしくなっていると、信者こまから連絡が入った」

「――――すると数日中には計画の第一段階が完遂できるという訳だな……ならば最後の信者(こま)にも出番が近いと連絡を入れておけ」


 そこで話を区切ると陰は意気込むように、スーッと息を吸い込む。そしてどこまでも通る声で言い放った。


「よろしい、ならば者どもよ。心してその時を迎えよ!」

「「「「はっ、全ては邪神様のために」」」」


 その言葉を最後に女神を囲うように集まっていた陰は消え去り、元の静寂な空間へと戻った。






――――同刻。

 冒険者は深夜も活動していることが多く、それらにサービスを提供するギルド側も付随するように24時間年中無休で活動しているのだが、それでも夜が更け大抵の冒険者の活動が鈍くなるとギルドも同じように静まることが多い。

 それ故に、普段ならこの時刻となれば夜勤交代でギルドの業務に携わる者たちも大幅に減り、日中以上に静まり返っているはずなのだが、今日は慌ただしい。


「すぐに捜索願いが出されている冒険者のリストを集めてこいっ」

「行方不明者リストをお持ちしましたっ」


 右に左にと大慌てで走り回る職員たち。

 そこに笑顔で悠然と冒険者たちを相手するいつもの側面は決して見られず、誰もが必死あるいは驚嘆した表情で書類の山を抱えながら、怒号とともに駆けまわっている。

 その光景はかつて誰も見た事が無いほどのモノ。現に深夜組の冒険者たちはぽかんと顎を落とし、唖然と見つめることしかできていない。


「本部長、今回の情報……本当なのでしょうか?」

「私にもわかりません。ただ匿名の情報に加え、あの勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)が持ち込んだ情報……その確度は高いとみて間違いないでしょう」

 

 ここはギルド内にある会議室の一室。

 そこで丁寧に角を止められた紙束を持つ男性職員が話しかけるのは、上座とでもいうべき椅子に泰然とした様子で座る一人の少女だ。

 眼鏡をかけ、鈍色の髪を肩口切りそろえた女性職員。美男・美女が揃うギルド内では比較的幼い容姿をしており、一見すれば新人と間違えても可笑しくない。

 だが男性職員が敬意を以て接している様子から分かる通り、彼女は立派な上司であり、加えるなら役職は位の高い本部長。

 彼女こそ隼翔の冒険者登録に携わった職員であり、名をサーシャ・ポメグラネット。


「ですが本部長……とてもではないが――――」

「――――私も信じられないという気持ちは一緒です。しかし、今あなたと真偽について議論していても仕方ありません。我々がすべきはこれからどうすべきかを話し合うことですから」 


 会議室中央に設置されたテーブルにはうずたかく資料が山積みとされている。

 サーシャはそれを眺めながら、未だに困惑顔の男性職員にぴしゃりと言い放つ。だが、その彼女もまた内心では大いに困惑していた。なにせ――――。


「この地で凶悪な実験が行われている可能性あり……しかもソレがここ数か月続く新人冒険者たちの失踪と関連しているとは……」


 もう何度読み返した分からない報告書の一説を言葉にしながら、幼さの欠片もない厳しい表情を浮かべる。

 サーシャが本部長だと知る冒険者はかなり少ない。その理由は見た目の幼さもあるが、何より基本的に受付で天真爛漫な笑みとともに業務をこなしているからである。

 だからこそ、冒険者たちの間では微笑ましいモノを見るようなアイドル的存在として認知されているのだが、今の彼女の姿を見れば誰もが同一人物だと信じないだろう。それほどの威厳と風格を放っている。


「本部長、資料の準備と会議参加者全員が揃いました」

「そう、ごくろうさま。――――それではみなさん、これより緊急の会議を開きたいと思います」


 サーシャの手に握られる報告書は今日の夕刻過ぎに届けられたのだが、今ではすっかり草臥れてしまっている。それでも尚その報告書を読み込んでいると、直視したくない現実に引き戻すように声がかけられる。 ふと報告書から視線を上げれば、テーブルの上は資料で埋め尽くされ、用意されていた椅子全てには厳格な面持ちで職員たちが腰かけている。

 サーシャは彼ら一人一人に視線を向け、会議室の厳粛な空気を壊さないように努めて厳しい声であいさつを口にする。


「みなさん、手元の資料などで既にご存知だとは思いますが、今回の議題は地下迷宮ダンジョンで発見された異形の魔物への対応とそれを造りだしている者たちをどのように探すか、です」

「サーシャ本部長、異形の魔物および造りだしている者たちへの対応については分かります。ですが、探すとおっしゃっても本当にいるのでしょうか?」

「僕も彼の意見に同意します。前者に関しては勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)の持ち込んだ情報なので疑念を抱くことはありませんが、正直後者の情報に関しては匿名とあって疑わしくはないでしょうか?……しかも実験場が地下迷宮ダンジョン内にあり、数日中に何らかの計画を実行に移すなど……とてもではありませんが信用できません」


 資料を片手に、疑問を口にするギルド職員たち。

 その疑問は丁度先ほどサーシャと個人的に話をしていた職員と全く同じであり、やはり誰もが信じられないと思っているのだろう。それほどまでに今回もたらされた情報――魔物と人の融合体ハイブリッドとそれが人為的に造られている可能性、実験場が地下迷宮にあり、その者たちが数日中に行動を起こす――は衝撃的な内容だ。

 ましてや、その情報提供者が片やギルドからの信頼も厚いSランク冒険者、かと思えばもう一方は詳細不明の匿名と来てしまえば混乱を招いてしまうのは必須。

 それでもこうして緊急会議開催となったのは、両者からの情報が非常に酷似して関連していたためだ。


「みなさんが懸念することも理解できますし、後者に関しては虚偽もしくは罠の可能性があると私も考えています。しかし、そうと分かっていてもコレは絶好の機会(チャンス)でもあり、冒険者の方々の取り仕切る我々が取り組まなけらばいけない議題でもあるのです」


 分かりましたか、と締めくくりながらテーブルを囲う職員たちを見渡せば、未だに情報に関して疑いながらもすべきことを理解したのか、静かに話が進むのを待っている。

 その様子を見て、サーシャはとりあえずとばかりに一息吐く。

 彼女としてもやはり先の言葉通り、疑念を抱いていないわけではなく、恐らくここにいる誰よりも後者に関しては情報を疑っていると言っても過言ではない。なにせフィリアスが情報を提供したすぐ後に、まるで補足するかのように匿名で情報が舞い込んだのだ。タイミングが良すぎるなどと言う問題ではなく、疑ってくれと言っているようなモノ。


(それでもほかに情報が無いもの事実……一か八か乗りましょう。それで鬼が出るか蛇が出るかは分かりませんが……)


 少なくとも匿名の情報が無ければ警戒を促すことしかできない。それならば多少のリスクと引き換えに相手の首の根に噛みつければ儲けもの。

 必死にそう自分に言い聞かせながらサーシャは緊急で催した会議を取り仕切るのだった。

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