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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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それを優しさとは呼ばない

注)今回の話はもしかすれば賛否があるかもしれませんし、読者にとっては予想外の流れかもしれません。ですが受け入れてくれると個人的には嬉しいです。

最後はきっとハッピーになる……と思うので。

 静まり返る群衆の中心で、ふわりと妖精を連想させる羽衣が舞う。

 その一挙手一投足が舞踊そのもので、どこからか情熱的な音楽リズムが聞こえてくるのではと錯覚してしまうほどだ。


「全く淑女レディをこんなにするなんて……本当にどうしようもない人たちばかりだわ」


 ほとんどの者がその優美な動きに魅了される中、戦いをこよなく愛する踊り子とは思えない慈しみに満ちた表情で傷ついた少女を労わる。


「あ、あの……その……」

「大丈夫よ、私は貴方を傷つけたりはしない。だからそんなに怯えないで」


 あうあう……と狼狽し、身体を固くするひさめの頬にそっと手を添わせながら、ヴィオラは優しく微笑みかける。

 冒険者とは思えないほど滑らかで柔らかい掌と聖母を思わせるような笑み。同性であるはずの少女すら顔を赤く染め上げてしまう。

 だがヴィオラは気にした様子も無く、腰に括りつけられたポーチから苦々しい薬液で満たされた容器を取り出す。


「さあ、苦いけど飲みなさい。それで良くなるわ」

「えっ、いや、でも……自分は対価を持っていませんし……」

「そんなの気にしなくていいわ。先輩の奢りよ」


 だからね、と笑みとともに無理やり血を流す少女の口に薬液を飲ます。

 口の中に一気に広がる青臭さ。今まで口にしてきたどの回復薬よりも苦く、不味い。

 他の同程度(ランク)の冒険者よりもかなり貧乏なひさめは大抵のモノは我慢できるし、不味いと感じないはずだが、この液体は身体が飲み込むことを自然と拒もうとする。もちろんその苦さ相応の効力はあるし、価格も張ると言うのは理解できる。それでもダメなモノはダメなのだが、無理やり口に流し込まれているとあって拒むことは決して許されず、悪戦苦闘しながら必死に胃の中へと送り込む。


「良くできました。これってかなり苦いのよね……まあその分すぐ良くなるわ、ゆっくり休んでね」


 ごくりと最後の一滴までしっかりと飲み干し、口を離すと同時に嗅ぎ慣れた空気がいっぱいに流れ込んでくる。

 普段から慣れている空気だがここまで美味しいモノだったのとは知らなかったとばかりに涙目で深呼吸を繰り返すひさめを、ヴィオラは子供を褒めるように撫でまわす。

 

「さて、と。一応は反省できたみたいだけど、納得はしてない様子だし、どうする?私が貴方たち全員のお相手してあげましょうか?」

「ひ、ひぃぃぃいいいっ!?」

「も、もう俺たちはそいつに何もしないと誓うよっ!?」

「だから、見逃してくれっ……」

「あら、随分と詰まらないのね……」 


 立ち上がりながら、くるりと身を翻せば浮かんでいるのは牙を剥く獰猛な獣の笑み。

 背筋はあっという間に凍り付き、つかの間の安堵は虚構のモノであったと否応なく理解させられる。

 集まっていた者たちは蜘蛛の子を散らすように、我先にと情けない声とともに消え去り、整えられていた舞台には最終的に隼翔・ヴィオラ・ひさめの三人と演出家たちだけが残った。


「さすが戦姫と呼ばれるだけはあるな、見事な手前だよ。助かった」

「気にしないで。私も扇動されている(・・・・・・・)とは言え、あんなもの見せられていい気分じゃなかったのよ……それに私を利用した(・・・・)貴方だってあれくらい出来るでしょう?」


 頬に指を当て小首を傾げ、意味有りげに微笑んで見せる。

 なんてことない些細な動作のはずなのに、思わず心臓がドキッと高鳴ってしまう隼翔。

 普通なら顔も完熟したリンゴのように真っ赤となり、挙動不審になるか不自然なまでに動きを止めるのだが、そこは流石腹の底を見せない男。一切ヴィオラに自分が見惚れていたことを悟らせず、何事もなかったかのように淡々と会話を続ける。


「利用した記憶なんてないが、出来るのとやるのじゃわけが違うだろう?それに俺では血を流さずに治めるのは不可能だった。戦華の舞姫(ホレフティナ)の名は伊達ではないな」

「女性を前に恍けるのはあまり感心しないわよ?まあ、そんなあなたにお褒めに預かれて光栄なことだわ。でもさっきも言ったけど本当に気にしないで、貴方に貸しも作れたのだしね」


 舞台上優のように大げさな動きとともに満面の笑みでそう言ってのける踊り子に、随分と高い貸しを作ってしまったかなと内心で少しばかり後悔する。

 実際、隼翔はヴィオラがいることにも気が付いていたし、彼女が出て来る前に事態を治めることも十分に可能であった。何よりも迸る殺意を鎮めるためにも自ら動こうと当初は思っていたのだが、最終的には冷静になり彼女を利用した。

 その理由は単純明快で、ただ自分の強さと存在を広く認知されたくなかったため。その理由と自分の欲求を満たすことを天秤にかけてしまえば、当然前者に軍配が上がってしまう。何せ彼が力を振るうのは自分が守りたいモノを守るためなのだから。そして残念ながらそこに"ひさめ"と言う少女はまだ入っていない。


「貸しはそのうちに返済させてもらうよ。問題はこいつら……いやこいつらの背後にいる奴ら(・・・・・・・)、か」


 浮かべていた苦笑いを消し去り、厳しい表情で扇動していた集団を見やる。

 へたりとしりもちを付きながら、怯えた表情を浮かべる者たち。風体に差こそあれ、全員が冒険者然とした格好をしている。

 隼翔はそいつらを一人ずつ睨んで見せたあと、徐に一人の男――――扇動をしていた張本人の胸倉を掴み、持ち上げる。

 ぐぇっと不細工なカエルのような鳴き声を上げる男。表情は確実に怯えているのに、なぜか瞳だけは感情を宿していない。


「吐け、貴様の裏にいる奴らを」

「そ、それは……――――ケケケケケケッ」

「っ!?……なんだ?」


 大腿部に装備した革鞘から反りのある黄土色の短剣を抜き放ち、男の首筋に宛がう。

 ツーッと流れ出る鮮血。赤く染まる刀身はどこか嬉しそうに首筋に埋まっていこうとしている。隼翔は短剣が暴れないように注意を払いながら、吊し上げる男に殺気の籠った声で問う。

 首を絞められ、刃を当てられ、心臓を握りつぶされるような殺気を浴びせられるという三重苦。男は完全に恐れを為し、顔を真っ青にして産まれたての小鹿のように全身を震わせながら口を開こうとして、突如手足の指先までビーンと伸ばし、白目を向いた。そして壊れたラジオのようにケタケタケタと笑い始めたのである。

 突然の出来事に隼翔は腕に更に力を籠め、横で聞き耳を立てていたヴィオラは黄金の腕輪バングルから鋭利な三爪を顕し臨戦態勢を取る。


「ケケケケケケケケケケケッ…………うっ……」

「……どうやら尻尾を掴み損ねたみたいね」


 まるで二人を嘲笑うかのように鳴り響いていた不気味な笑い声。それは次第にフェードアウトしていき、やがて男が気を失うことによって静寂を取り戻した。

 隼翔は男の身体から完全に力が抜け落ちたのを確認すると、胸元から手を放しゴミのように石畳に落とす。ドサッと落とされた男は浅い呼吸はしているが、まるで死んでいるのではないかと思わせるほどピクリとも動かず、恐らくこの先も目を覚ますことはないだろうと否応なしに理解させられる。

 その様子を見ていたヴィオラもふっと身体から力を抜き三爪を霧散させ、腕組みしながら見下ろす。


「……だな。監視の眼(・・・・)もこいつにしか付いてないようだし、完全に逃がしたようだな」

「残念。まあ今回のは私が知りたい事とは別件のようだし、いいのだけどね」

「なぁ、さっきも扇動されているとか気になることを言っていたが何か他に知って――――」

「――――すいませんが、この騒動についてご説明頂けますでしょうか?」


 気を失った男の仲間たちに視線を向けるが、彼らも一体何が起きたのか分からないと言いたげに怯えながら困惑している。もちろん隼翔としても他の者たちが何か知っているとは微塵も思っていない。その根拠と言うのが、口にした"監視の眼"。

 以前地下迷宮で異形の魔物と遭遇した際に感じた視線と同種のものを気を失った男からだけ(・・)感じていたのである。だがそれも今は感じなく、肝心の男も気を失った。

 別に隼翔は異形の魔物を造っている者たちを追っていたわけではないが、今回の胸糞悪さと憤りを晴らしたい。加えるなら視界の端で身を丸める少女のこともある。それらを解決するためにもぜひとも情報が欲しかっただけに、思わずため息を漏らし掛け、ふと横に佇む踊り子が先ほどからずっと気になることを口にしていると思い、それを聞き出そうと声をかけた。

 だがそれを冷厳とした声が遮る。


「……ギルド職員か?」

「あら、流石中立を掲げるだけあって、見計らったタイミングで来るのね」

「ご容赦ください。我々は中立であり、規則で冒険者同士の争いには干渉できませんので」


 様式美溢れるコンシュルジュのような服を纏った壮年の男性を筆頭として、何人かのギルド職員が隼翔たちの背後に立っている。

 争い事が終わった見事なタイミングで現れた彼らを、振り返った踊り子は一切の容赦ない言葉で迎える。隼翔もヴィオラに同意なのか、或いは会話を邪魔された恨みなのか、少しばかり冷たい視線を彼らに向ける。


「その割に事情聴取はするのね。それにその争いも辞さないという雰囲気……どこか不干渉なのかしら?」

「争いにだけ不干渉であり、事後処理と冒険者の監視は我々の領分ですので。それと、こちらは保険ですよ。我々も大筋は見ておりましたので……ただ、やはりヴィオラ様を前するのは勇気がいりますので」

「本当にギルド側(あなたたち)は食わせ者よね。だけど、注意するのは私だけでいいのかしら?」


 不満顔でギルド職員たちを口撃していたヴィオラだが、ふと何か悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべる。そして、そんなんじゃ足元救われるわよ?と意味有りげに隼翔へと視線を向ける。

 ただギルド職員たちは視線の意味が分からなかったのか、厳しかった表情を少しだけ崩す。

 だが、それも仕方ないだろう。そもそも職員たちは遠くから見守っていただけで、実際の会話などはあまり知らず、隼翔の殺気もみだりにまき散らされていたわけではないので感じ取れていない。そして隼翔は完全に無名の冒険者。これだけ条件が揃ってしまえば、察しろと言う方が難しいだろう。

 それは彼女自身も分かっていたことなのか、職員たちの困惑顔を見れて満足そうに頷く。


「ふふっ、何でもないわ。それよりも抵抗する気はないから、さっさと終わらせましょ」

「……そうだな。俺もその方があり難い」

「わかりました。それでは簡単な顛末と我々の質問にお答え願います」


 中々に剣呑な雰囲気の中始まった聴取。

 その原因はやはりギルド職員のどこか疑ったような高圧的な態度なのだが、隼翔とヴィオラはそれを寛容に受け流す。


「――――なるほど。やはりあなた方に非は無いようだ。それでは聴取は終わらせていただきます。それとこちらの方々の身は我々が引き受けさせて頂きます」

「置いて行かれても困るし頼んだ」

 

 冒険者を見下した、完全な上から目線で締めくくると、そのまま今回の騒動を引き起こした元凶たちを隼翔たちの許可を取らずに当たり前のように担ぎ上げていく。

 もちろん隼翔としても置いて行かれても困るのだが、その行動に少しばかり意外感を抱く。基本的に今まで接してきたギルド職員たちは上辺は少なくとも一定の敬意を払っていたし、礼儀正しかった。だが今回の事件で出張ってきた者たちは非礼な振る舞いが目立つ。


「意外って顔してるけど、親身に接してくれるギルド職員なんて少数よ」

「……覚えておくよ」


 職員たちが本部へと消えていくさまを眺めていると、ふわりと甘い香りが鼻腔を擽り、聞き心地の良い声が鼓膜を揺らした。

 思わずそちらに視線だけを向けると、すぐそばに宝石のように美しい杜若色の瞳があった。恐らく顔ごと向けていれば鼻と鼻が触れ合うような、五日の夜を思い出す距離感となっていたに違いない。それを危なかったと思うかもったいなかったと思ったかは定かではないが、隼翔はそれを誰にも悟らせないようにしながら、意外感が表情に出ていたのかと意識を逸らすように考える。


「そうしてね。それと貴方がさっき聞こうとしたことにお答えしておきましょうか。私も今回の件と似た事件について調べてるの。それで今回のことも少し前から追ってたんだけど……どうやら的外れだったみたい。そういうわけだから、私はもう行くわね」


 どこまでも優美で幻想的な去り際。その後ろ姿はいつしか消え去り、華やいでいた空間は落ち着きを取り戻す。


「……なんと言うか、本当によく分からない奴だよな」


 どうして意外に思っていたのかが分かったのかは結局分からないままとなってしまったが、隼翔としては聞きたいことは聞けたので良しとばかりにぼそりと言葉を漏らす。

 周囲では未だに隼翔たちの方を眺めている者たちもちらほらと見受けられるが、それらは扇動された冒険者ではなく単なる野次馬。だからこそ気にする必要はないと、グッと体を伸ばしながら夜の帳が下りた空を眺める。


「あ、あの……」


 ふわりと温やかな風に頬を撫でられ、少しばかり不快感に顔を顰めると、背後からおずおずと控えめな声がかけられた。その聞き覚えのある声と自信のない口調に振り返れば、未だに腰を抜かしたように座り込む少女が視界に入る。

 青黒く腫れ上がっていた痣は消えて病的なまでに真っ白な肌を取り戻し、残っているのは流血の痕くらい。もちろんそれは見た目の傷が無くなっただけであり、心に刻まれた恐怖は計り知れない。


「なんだ?」

「その……また助けて頂き、ありがとうございます」 


 震える身体を必死に擦りながら、精いっぱいの感謝の気持ちを言の葉に乗せる。声こそ震え、小さいがそれでも乗せている想いは本物であり、それをしっかりと恩人に届けたいというのが伝わる。

 それは機微を読むのを長けている隼翔にも分かっているのだが、なぜから表情が険しく、どことなく怒っている雰囲気がある。

 以前あった時は対応はぶっきらぼうながら、どこか穏やかと言うか温かさを感じていたのだが、今はその面影もない。

 果たして彼何か不快な思いをさせてしまったと狼狽するひさめだが、そんな彼女に隼翔は冷たい対応を取る。


「別に気にするな。俺よりも戦華の舞姫(ホレフティナ)に感謝しろ」

「え、いや……その……助けて頂きましたし」

「――――一つ訂正しようか」


 縋るように謝る少女に、隼翔はどこまでも冷たく言い放つ。


「俺は確かにあいつらに殺意を抱いた。だが、同時にお前にも俺はムカついた」

「……え?」

「なんで悪意を受け入れる。なんですべて自分が悪いと思う。なぜ誰にも助けを求めようとしない。俺は確かにお前の優しさは好ましく思っている……――――だが、お前のソレは優しさじゃない。単なる逃げだ。救いが欲しいなら手を伸ばせ、声を発しろ。誰も助けてくれないなんて思ってる内は誰もお前に手を差し伸べることなんて有り得ない。お前が変わろうとしない限り、何も変わらない」


 その言葉をどこまでも、どこまでも少女の心を抉った。

 だが隼翔は決して訂正することなく、少女を見捨てるようにしてその場を立ち去った。

次回の更新はいつも通り3日後になる予定です。

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