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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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負け犬の理論

予定より長くなったので分割しました。

本当はもっと進めたかったのに……もしかすれば次回は早めに更新するかもです。

ご指摘いただいた直しも今日中にはしたいと思いますので……もう少しお待ちを

「…………どうし、て」


 断罪を、断罪をと声のあらんかぎり叫んでいた群衆たちが突如として閉口した。

 シーンと静まり返った広場。そして響いた声。それは力なく石畳の上で晒される少女にとって経験したことがあった気がした。


 だけど、それはきっと気のせい。恐らくここ数日の幸せさが見せる幻想に違いない。そうと思っていても、少女は俯かせていた瞳をゆっくりと上げてしまった。そして、見た。

 割れた群衆の向こうに立つ、どこまでも力強い憧憬の姿を。


 思わず喉の奥から声が漏れてしまった。


 こんな無様な姿を見られたくなかった。こんな醜い姿を見てほしくなかった。だけどそれ以上に――――。


 そんな少女の懊悩など知る由もなく、男は殺気を迸らせていた。







 その場に訪れたのは本当に偶然だった。ただ何かが呼んでいる、そんなあやふやな直感が隼翔をそこへ導いた。


「……なんなんだ、このふざけた光景は?」

 

 右を見ても、左を見ても、視界に入る全て(・・)の事象に殺意が芽生える。

 別に今更、人を殺めることを悪と言うつもりもないし、その資格がないことを自分が一番理解している。だが、だからと言ってこの光景を看過できるはずもない。

 怒りを抑えるように静かにスッと一歩踏み出せば、群衆が恐れをして勝手に割れる。誰もそのことを不思議と思わない、誰も声を上げない。それほどまでに身体が支配され、本能が怯えている。

 

「……答えろよ、何をしているのかを」


 群衆が割れてできた道をゆったりとした歩みで行きながら、再度問う。

 今度の声はとても静か。だが決して穏やかさの欠片もなく、荒れ狂う憤怒を噛みしめているのが嫌と言うほど理解させられる声色。


「な、何者だ、貴様はっ!!聞いていないぞっ、貴様など」


 今回の舞台を用意した作家(集団)も眼前に予想外の乱入者に驚きを隠せず、厳かの片鱗もない裏返った声で歩み寄る男に言葉を飛ばす。

 直剣を握る手はカタカタと小刻みに震え、呼吸は乱れる。とても歩み寄ってくる男が人間だとは思えない。

 思わず、どこかのSランク冒険者かと疑ってしまうが、この都市の三人のSランクの顔も見た目をしっかりと記憶している。つまり目の前の男は違うということ。それなのに――――。


「俺が誰とか、どうでもいい。それよりも質問に答えろ。この茶番はなんなのかを」

「ひぃっ」


 喉の奥から悲鳴が漏れてしまう。

 もうそこには厳かさも、演技めいた動作もない。ただ無様に怯える愚物がいるだけ。

 じりじりとゆったりとした歩みで隼翔が距離を詰めると、男は手から直剣を落とし、盛大にしりもちをつく。周りの者たちも同様に、少女を拘束していた手を離し、方々に逃げ惑う。


「あ、あの……」

 

 ポツリと残されるひさめ。

 病的にまで白かった肌は痛々しく真っ青に腫れ上がり、口元から流れる鮮血はどれほどの暴力に曝されていたのかを物語っている。

 だが隼翔はその少女に救いの手どころか視線すらも向けようとしない。


「て、てめぇ、何者だよっ!そんな奴かばってどうするんだよっ、そいつのせいで相棒が死んだんだっ」


 ただ興味なさげに群集を眺める隼翔へ、その中から飛び出してきた冒険者の一人が喚き散らすように食ってかかる。

 その瞳と言葉に乗る感情から察するに言っていることは事実なのだろう。だが隼翔はだからどうしたといわんばかりに鼻を鳴らす。


「あ"!?何が可笑しいってんだっ、相棒はこいつのせいで死んだんだぞっ!!?」

「こいつのせいで死んだ、ねェ?」

 

 隼翔の後ろで未だに座り込んでいる少女にガッと指差し、烈火のごとくまくし立てる。その声に同調するように周囲から罵声が上がる。

 膨れ上がる敵意と聞くに堪えない罵詈雑言。少女は今になり恐怖が身体を支配し始めたのか、身体を小刻みに震えさせ、抱きかかえるように小さくなる。

 しかし、隼翔にとってはその程度恐れるに足りない。何せ、これ以上の殺意や修羅場を山のように越えてきたのだ。この程度、それこそ蚊に刺されたようなものである。

 だからこそ、一切崩さぬ自然体で佇んだまま、チラッと意味ありげな視線で震える少女を見る。


「そうだよっ、だからかばう意味なんてねーんだよ!!そこをどけっ」

「……お前、いやここで同調しているお前ら。本気でそれを言っているのか?」


 武器に手を掛け、隼翔におびえながらも近づく冒険者の男を、ギロッと殺気をこめて睨む。声色も静かながらどこか侮蔑を篭めているようにも感じる。


「あ、ああ……だからなんだよ?」

「だったらお前らは冒険者を名乗るのをやめたほうがいい。所詮誰かのせいにしかできない臆病者なんだからな」

「臆病者だとっ!?こっちとら仲間を殺されてんだぞっ。それなのに臆病ってどういうことだよっ」


 憤慨したように叫ぶ男に、そうだよと言いたげに嘆息を吐き出す。


「そうだな、仲間を殺されたんだな。だが、殺したのはこいつじゃない。魔物だ、違うか?」

「た、確かにそうだが……だがそいつがいたから……」

「その根拠がどこにあるのか聞きたいが……加えて、お前は冒険者なんだろ?なんで死んだのが、怪我したのが誰かの責任なんだよ?」


 そう、冒険者とは勇猛果敢で命知らずの愚か者たちを指す言葉。

 彼らは常に人外魔窟の地にて化け物たちと日々命を削りながら戦い続けている。そこに誰かの責任は割り込む余地はなく、怪我しても死んだとしても自己責任。

 そのはずなのに、だ。相棒が死に、自分が怪我したことを魔物のせいにするどころか、あまつさえ一切関与の可能性がない少女の責任にしている。

 それが隼翔には滑稽であり、同時に途方もなく苛立たしい事象。


「ぐっ……」

「そりゃ、反論できないよな。冒険者とは常に死と隣り合わせなんだ。誰が何を言おうとも魔物に殺されたという真実は覆らない。結局死んだ奴、怪我した奴に実力も運もなかったってことだ。それに引き換え、こいつは不幸だなんてお前らは呼んでいるが、俺からすればよほど幸福に違いないと思うがな」


 えっ?と疑問符を覚える聴衆たちに隼翔は、わからないのかと侮蔑を含む視線を向けたまま言葉を続ける。


「だってお前らの話を聞く限り、こいつは多くの死線に直面してきたんだろう?それなのに、こうして生きている。それは運が良いからであり、冒険者として上に行く資質を十二分に持っていると言えるだろ?」


 少なくともここにいる冒険者と名乗ることすら躊躇われるお前らと違ってな、と完全に馬鹿にしたように締めくくる。

 だが、その言葉には決して誤りはない。

 運も実力のうちという言葉もあるとおり、ひさめは幾多の死線を乗り切っただけの強運を持ち合わせている。それいくら身体を鍛えても、いくら魔物と戦っても決して身につくことはない彼女だけの武器。

 それを否定の言葉にしか捉えることしかをできない者たちを侮蔑してしまうのも無理はないだろう。


「さて、議論は尽くしたな。さて、今一度この女に暴言を向けた者たちに問い質そうか。お前たちは冒険者なのか?そうだと名乗るなら、今後こいつの責任だと言い逃れることは許されんぞ?」


 さあどうなんだ、と詰問する隼翔に、誰しもがグッと悔しそうに唇を結ぶ。

 言っていることはすべて正しい。だが、それを認めてしまえば自分の愚かさも実力のなさもまた認めてしまうことになる。それは冒険者の矜持プライドが許さない。何せ言っているのが栄えある二つ名を持つ冒険者でも上級冒険者でもない、名前も顔も知らないような奴なのだから。


「て、てめぇ、だってきっとこいつを助けたことをこの先きっと後悔することになるぜっ!?そのときに同じこといえると思おうなよっ」

「負け犬根性丸出しな台詞だな……。まあ仮にそんな事態になったとしても俺は後悔などしないし、切り抜けるさ。何せ俺は一度こいつと地下迷宮内で会い、魔物の大群と遭遇したからな」

「そ、そんなの嘘か誇大しているに決まってるっ!?」


 悔しそうに負け台詞を飛ばす冒険者に隼翔は嘲るように肩をすくめる。

 事実として確かに隼翔は魔物の大群と会合している。だが、それも傷一つ負うことなく乗り越えて見せた。そして今後もきっと乗り越えてみせる、それだけの自信が彼にはある。

 だが、生憎とそれを理解できるレベルにある者はこの中にはいなかったのか、甲高いわめき声が群衆の中から上がる。だがその人物は決して姿を現すことはなく、声だけを上げるのだから、見事なまでの負け犬根性だと褒めるしかない。

 さしも隼翔も相手にするもの疲れたかのように、目を瞑ってしまう。


「はぁ……信じるも信じないもお前たち次第だ。情報の真偽を見極めるのも冒険者の素質の一つ出しな」

「き、きっとあいつは嘘ついてるっ!この際だ、二人まとめてぶん殴ってやろうぜっ!」

「そ、そうだなっ!これだけいるんだっ!偉そうにしてることを後悔させてやろうぜっ」

「「「おおおぉぉぉおおおっ!!」」」


 本能は広場の中心に立つ男を危険だと警告している。だが、どうしても矜持がそれを看過できない。それが雄たけびを上げる冒険者(負け犬)たちの心理状況だろう。

 また隼翔が言ったことも冒険者の真理だが、同時に蜂起した者たちもまた一応は冒険者としての真理を掲げている――――強者こそが正義だ、という真理が。つまるところここで隼翔を打ち倒せば、この場においては狂気正当となり、正論が間違いとなる。

 己を鼓舞させるかのように野太い雄たけびが広場に響き、ひさめを萎縮させ、隼翔をより一層呆れさせる。もちろん彼としてもこのまま大人しく飲まれるような玉ではなく、むしろこの場で全員を血祭りに上げることすらも容易にこなす。現に右の手が愛刀の柄に触れ、スッと目を細め臨戦態勢をとる。

 あとは間合いに獲物が入るのを待つだけ。もちろん負け犬にそれを嗅ぎ取るだけの力はなく、足並みを揃え、地面を鳴らしながら駆け寄ろうとして――――。


「お馬鹿な真似はやめなさい。あなたたちが束になったところで、彼には羽虫程度にもならないわよ」


 艶のある凛とした声が響いた。

 狂気に飲まれていた冒険者だけでなく、隼翔ですらも聞き入ってしまうほどの声。そしてこの場を一瞬で沈めてしまうほどの存在感。

 それを示すように群集が割れて、道ができる。その道はギルドの扉と中心を結び、一人の女性が優雅に歩いてみせる。

 まず目に入るのは、杜若色をした緩くウェイブのかかった髪。夏の風に髪を舞わせるその姿はどんな風景よりも神々しく神秘的。またその格好。色香を恐ろしいほどに漂わせる肢体を隠すのは、情婦や踊り子を思わせる衣装で豊満な双丘には男なら誰しも釘付けになってしまう。

 長い切れ目の奥から覗く、杜若色の瞳をスッと流しながら歩くその姿に誰かがその名を畏怖を篭めて呼ぶ。


戦華の舞姫(ホレフティナ)……」


 場を支配するほどの華。誰もが彼女に視線を向け、知らず知らずのうちに敬意を示してしまう。


「相変わらず面白い場所にいるのね、あなたって。もしかして戦いをお望みなの?」

「別にそんなつもりはないさ……にしても、見事なまでに場を収めてくれたな」


 誰もが見ほれるような笑みとともに隼翔を誘惑するヴィオラ。だが、その誘惑とは男女の睦み合いなどではなく、戦いだというのだから戦姫と呼ばれる由縁なのかもしれない。

 その彼女を前にして腹の底を見せないように振舞えるのはさすがといえるが、それでも隼翔ですら彼女を見ないように意思を強く持たなければいけないのだから余程の存在感なのだろう。


(……どこぞの姫だという噂が立つのも無理はないかもな)


 視線を奪われないよう必死に群衆に向けながら、日中の茶会で聞いた噂をなんとなく思い出す。

 都市全土で知らぬ者はいないほどなのにその氏出自が一切不明。だが、これほど周囲に影響を与える存在感は王族と思われても仕方のないことだと否応なく理解させられる。


戦華の舞姫(ホレフティナ)……そ、その言葉の意味はどういうことだ?俺たちが弱いといいたいのか?」


 決して甘酸っぱさの欠片もない二人だけの世界に何とか割り込もうとする冒険者。

 ヴィオラの言い方としては確かに彼の言うとおり弱いと馬鹿にされていると勘違いしても可笑しくなく、現に少しばかり群集は苛立ちめいている気もする。だが、それでも誰もが顔を赤くしながらも強く出れないのは彼女が強いからというものあるが、やはりすべてを蠱惑させるだけの存在感を放っているからだろう。それに顔が赤のも、怒っているからではないというのは何となくわかってしまう。


「それもあるわね」

「くっ……確かに俺たちは貴方に比べれば弱いさ。だが、その男にまで劣っているとでも言うのかっ!!」


 現実を認められないのか、あるいは狂気と怒りで思考がぼやけているのかは不明だが、彼らは殺気におびえていた事実をなかったことにして話を進める。それは冒険者としてどうかと思うが、ヴィオラはそこを指摘せず、目を瞑る。

 そんな些細な動きですら美しく、群衆の中で喉を鳴らす音が木霊する。

 

「ええ、貴方たちが束になっても無意味なほどにね。現に彼の強さの底を悟るこそすらできていないのだから……それに、仮にどうにかできるとしても私がそれを許さないわ。貴方たちのしてることは全く美しさも優雅さの欠片もない」


 そういい切ると、不意に雰囲気が変わった。

 心臓を握られたと錯覚してしまうほどの圧力。顔に脂汗が滲み、血の気が失せてしまう。

 そこに立つのは美しい踊り子などではない、すべてを喰らい退ける猛獣だということが一瞬で理解させられてしまった。


「ふふっ、少しは反省できたみたいね」


 顔面を蒼白させ群集を見て、戦華の舞姫は妖艶に恐ろしく笑みをこぼすのだった。

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