聞いた事も無い出来事
長々とお茶話を書いてしまった。
次回からはついに、と言う感じかなー(笑)
「すっかり話し込んでしまったみたいだね」
空はすっかり茜色に染まり、そよぐ風は幾分か涼を帯びたようにも感じる。
緑のカーテンの隙間からのぞき込む赤い光を背景に紅茶を嗜む優雅な姿に何度目かの感嘆を覚えながら、隼翔はその言葉に吊られるように銀の懐中時計の蓋を開く。
時計の針は月の6前を指しており、かれこれ4時間近くも話し込んでいたことになる。
二つの前世を含めても、身内ならいざ知らず、他人とここまで長時間話に没頭した経験がない隼翔にとって軽い戦慄を覚える。それほどまでにフィリアスと言う男は隼翔にとって話しやすい男だった。
「そうだな。ここまで男と話したのは俺も初めての経験だよ」
「おや?それは随分と嬉しい評価をしてもらえたと受け取っていいのかな?」
隼翔の返しに、驚いたように目を見開きながら嬉しそうに相好を崩して見せるフィリアス。その表情は相変わらず愛らしく万人受けするだろうが、どこか無垢さに欠いている、言うなれば"擦れた笑み"。
恐らくは冒険者として、また最強の一角として生き抜くうちに身に付いてしまったのであろう表情は隼翔と言う人間からすればあまり好ましくないのだが、時間を忘れてしまうほど話し込んでしまった理由としてはもちろん興味そそられる内容だからと言うのは前提にあるとして、何よりも対等にいられたこととフィリアスの話術の巧みさがあげられる。
隼翔と言う男ほど、死と隣り合わせの戦場を駆け抜けてきた者はそうそういないんだろう。それこそ二度の死と一度の臨死、加えて多くの戦場で味わった命のやり取り。
その価値観は言わば、常人とは真逆どころでは済まないだろうし、普通に考えて話が合うはずなどあり得ない。そのような理由から今まで価値観が合うどころか近しい人物もいなかったのだが、フィリアスと言う男は初めてと言っていいほど似た価値観を抱いていた。
それはやはり彼もまた、多くの戦いの中で生きる大変さを学び、時には死を間近にまで味わったことがあることの裏返しでもある。だからこそ、隼翔は対等に近い目線で気軽にストレス無く話すことが出来た。
また最強の一角として謳われる軍勢の団長として、恐らく貴族や上流階級、重要人物たちと語らう中で身に付いたのであろう巧みと言わざるを得ない話術。
隼翔の質問に対して適切に応え、時には詳細な情報を付け加え、時には簡潔にまとめたりとと、決して相手に不快感を与えないその喋りは見事の一言に尽き、フィリアスと言う男の頭の良さを伺わせる。
「ああ、知らない情報も多く手に入るし少なくともフィリアスとなら何度も話しても飽きない、有意義な時間だと感じた。誇りに思ってくれて構わないぞ?」
ニヤリと口角を少しばかり上げ、大胆不敵にも上から目線で言ってのける。果たしてこの都市で、勇猛なる心槍相手にこんな物言いをできる人物が他にいるかと問われれば、過去も合わせても恐らく皆無であろう。
それだけのことを仕出かしたのだから当然のように背後で護衛をしていた白銀の髪の少女の不況を買い、ムッとした顰め面で隼翔は睨まれる。
だが上から目線で言われた当の本人は気にした様子も無く、あっけらかんとした感じで笑って見せる。
「それじゃあお言葉に甘えて誇りとさせてもらうよ。だからこう言っては難だけど、定期的に僕とこうしてお茶をしないかい?」
「それはまた唐突な提案だな?」
「理由としては君と同じさ。僕も君と話すのが楽しいだけだよ……だからどうだい?」
君にとっても利のある話だと思うけど?と首を傾げる小人族に、隼翔はどうすべきかと頭を悩ませる。
確かに言う通り、かなりの利が隼翔にあるのは事実であり、対等に話せて息抜きにもなる。だが、対等が故にフィリアスには同じくらいの警戒心を抱いてしまうのも事実。
(……現状俺には大きな利益だし、それは将来的にも変わらないだろう。フィリアスにも敵対する気はないようだからな)
それでも二つ返事できないのは、やはり目の前の少年の身なりのような男が底知れない存在だからか。
果たしてどちらにすべきかと迷う隼翔。だがそれも数瞬の事で、迷いなどなかったかのようにすぐさま頷き返す。
「確かにこうして仲良くしておくことは俺に利があるからな……その提案に乗らせてもらうよ」
「快い返事をいただけて僕も嬉しいよ」
底知れぬ、内心も感情も一切読ませない可愛らしい笑み。
今まで相手してきたどんな魔物や人物よりも腹黒いに違いないと隼翔は結論付けながら席を立とうとして、ふと何かを思い出したように足を止める。
「そう言えばあと一つ聞きたいことと頼みたいことがあったんだ」
「頼みごと?聞きたい事なら分かるけど……まあ言ってみてよ。できる範囲でなら協力するよ」
今までは情報を寄越せと言う、強制的なお願いをされていただけに、改まった口調と至って真面目な表情でそのように言われ、フィリアスは本当に驚いたようできょとんとしながら、どこか反射的に身構えて見せる。
そんな彼の様子を見ながら隼翔はどこから・どの程度話すべきかを慎重に吟味する。
「頼み事と関連しているんだが、妙な魔物の噂を聞いたことはないか?」
「妙な魔物って……具体的には?」
「今まで見たことがなかった魔物だ。一言で言うと、合成魔物みたいな……」
「合成魔物、か……」
隼翔のその言葉に心当たりがあるのか、フィリアスは難しい表情をしながらその細い頤に指を這わせる。
そのまましばし考え込んだ後、噂程度だけど、と前置きをしたうえでゆっくりと語り始めた。
「実際には僕もシルヴィアも遭遇はしていないけど、確かに僕の部下たちから変な魔物を見たという報告が最近上がってきたよ。恐らくだけどギルドもその情報の真偽を確かめている最中じゃないかな?」
「そうか……」
「君の様子から察するに実際にその魔物に遭遇して何かしらの情報得たって感じかな?……そして、その情報に僕を頼りたいと思わせる厄介ごとが含まれていたという感じ?」
「察しが良くて助かる」
冒険者にとって情報は生存率を上げるために何としても手に入れたいモノであり、それが未知の物ならなおの事。
それはSランクのフィリアスも同じで、隼翔の話から推測するに彼の話そうとしてることは個人としても軍勢としても将来的に必要とする内容であるのは確実。ただ単純にそれだけなら嬉しいで済むのだが、それと付随して頼みたいことがあるというのは、聞かなくても分かるほど厄介であるのは間違いがない。
だからこそ嬉しさと面倒さが入り混じる複雑な表情を浮かべてしまうフィリアスだが、そんな彼の前に隼翔はある物を取り出す。
「これは……?」
優雅だったお茶の席が瞬く間にピンと張り詰めた空気へと変貌を遂げる。
白いテーブルの上に置かれたのは、風化してボロボロとなった人の腕の骨と割れた拳大の水晶のようなもの。
フィリアスはそれらを鋭い視線でじっと観察しながら、隼翔に説明を促す。
「今日の探察中に出会った魔物が落とした……と言うか残ったモノだな」
本来ならば優雅なお茶会の席に持ち込むべきでも、晒すべきでもない品々。
ましてや人骨など大抵の人間なら嫌悪か吐き気を覚えても可笑しくないのだが、フィリアスは流石幾多の死線を潜り抜けてきただけあり、隼翔の説明に耳を傾けながらさも見慣れた様子で観察し続ける。
そんな彼と同様に、人の死に慣れ切った男はテーブルに並べた証拠の内、割れて光すら反射しなくなった水晶玉のようなものを手に取る。
「どんな見た目だったのかは何とも形容しがたいから省かせてもらうが、コレはその魔物の命の源でもあった魔石、なんだと思う」
「確かに色々と不自然な点が目につくけど……君が歯切れの悪い回答をする理由は?」
冒険者としての経験は確実に隼翔とよりも上のフィリアスからすれば提示されたモノと話を聞く限りで数多くの疑問点が浮かぶ。だが、それを口にせずにあえて隼翔の意見を聞こうと思ったのは彼が実際に魔物と遭遇し戦闘したからということと、そうした方が良いと長年の勘が暗に告げるから。
「一つは魔石の色が普通じゃなかったんだよ。虹色と言うか、混沌とした極彩色とでも言えばいいかな、そんな不気味な色だった」
「なんか聞いた事のない色だね……だけど今は割れてるけど、君が割ったという訳じゃないでしょ?」
今ではすっかり無色透明の割れた水晶玉のような見たくれ。
とてもではないが、コレが混沌とした色をしていたとは想像もできないが、それでもフィリアスは決して隼翔が嘘を言ってるとは微塵も思っていない。
「倒したら独りでに割れたんだよ。んで中身が流れ出たって感じだ」
「正直言って聞いた事ない現象だよね……」
難しい表情を浮かべるフィリアス。
彼も長年冒険者をやっているが決して聞いた事のない現象に頭を悩ませてしまう。
今この都市で何が起きているのか、そしてこれから何が起こるのかを考えると嫌になるが、そんな彼を畳みかけるように隼翔は言葉を続ける。
「んで、さらに厄介なのがこっちってわけだよ。言っておくがこの人骨、魔物の腹から出てきたってわけじゃないからな」
無造作に人骨を掴み、あろうことか片手で弄りながらお道化て見せる隼翔。
いつものフィリアスなら確実に苦笑いを浮かべるような場面だが、今の彼には少しばかり余裕がないようで、真面目な表情のまますっかりと物思いに更け込んでいる。
「……どいうことだい?」
「ここからは俺の推測だから正しいという保証はないが……恐らくは中々にイカれた野郎が魔物と人を混ぜる実験でもしている可能性がある」
その言葉を聞き、息を呑んだのは果たしてフィリアスか、それとも静かに護衛として佇むシルヴィアかは分からない。
ただ少なくとも、今まで冷静だった二人が明らかに表情に狼狽を浮かべたのは確かである。
通りの喧騒が異様に遠のき、冷たい汗が頬を伝う。
今まで聞いた事も無いような、非人道的な所業。そんなことが本当にお紺われているのかと信じたくないというのが本音。
そのままどれくらい沈黙が続いただろうか。静寂をもたらした張本人が不意に口を開く。
「どうしてそう思ったのかとかは説明できないが、状況証拠としてこれらを預ける。んでここからが、お願いだな」
「分かった、ありがたく預かるよ。そしてお願いの内容は大体わかったよ……ギルド側に伝えればいいんだよね?」
弄ぶように持っていた骨と割れた水晶玉のような魔石をフィリアス側にそっと押す。
本来ならこんな厄介ごとの種でしかない物を預かるのは嫌でしかないのだが、軍勢の団長として、責任ある者の立場としてそれを預かると、背後に控えるシルヴィアの持つ魔法の袋に仕舞いこむ。
同時に隼翔が何をお願いしたかったのかをおぼろげに悟った。
確かにギルド側としても、フィリアスの推測通り異形の魔物について探っている部分があるので隼翔の証拠を提出すればある程度は信じてくれるだろう。
だが、それでもすべてを鵜呑みにしてくれるはずもないし、下手に今の推測を並べれば隼翔が疑われかねない。
もちろんそんなこと気にも留めないが、それでも厄介事は避けたいのが隼翔と言う男。
その点、フィリアスが証拠を提出して先の推測を告げるなら、事態は大きく変わるのは明白。何せフィリアスは都市最大派閥の団長として全幅の信頼を得ているのだから。
「ああ。ただどの程度伝えるかはお前の裁量に任せよう。それと俺の名を出してくれるなよ?」
「分かっているよ。面倒だけど、君と友好的に付き合いたいから出来る範囲でやらせてもらうさ」
その回答に満足したのか、隼翔はようやく椅子から立ち上がると簡単な謝辞を述べて、そそくさと一階へとつながる階段を下りていく。
隼翔の後姿が消えてから少し経った頃、フィリアスは気だるげに椅子から立ち上がった。
「フィリアス、どうするの?」
「とりあえず一度拠点に戻ろう。ソレからみんなで話し合って、ギルドに報告って感じかな」
空にはすっかり赤い半月が浮かぶ。
とても有意義な時間であったのは、間違いないが精神の疲労は地下迷宮探索を終えた後よりも摩耗してるようにすら感じてしまう。
それでもフィリアスは休むことが出来ない。
「はぁ……今日も長い夜になりそうだな」
夜天を眺めながら、ぼそっと疲れたように言葉を吐き出した。
ただその横顔が疲れたように見えなかったのは、決してシルヴィアの気のせいではない。




