三人の姫
「こっちは今日の僕の護衛であるシルヴィア・シュヴェアート。人見知りな性格だけど、許してね」
「ふーん……まあ、一応要人なわけだし護衛も仕方なしか。だがそこまで睨まれなければいけない理由が分からないんだがな」
運ばれてきた珈琲カップを傾けつつ、フィリアスの紹介に鷹揚に頷く隼翔。
流石本職と言うだけあり、自分やフィオナ・フィオネが淹れたモノよりも香りが高く味わいが深い。
それを味わいつつ、目の端でフィリアスの後ろに立つシルヴィアと呼ばれた女性を観察する隼翔。
容貌こそ女神にも引けを取らないが、感じる印象はまるで逆。現に白銀の髪どこか冷たい印象を与え、鋭い眼光は抜き身の刃を思わせる。
(……かなり高ランクの冒険者だな)
恐らく本人としては威嚇するつもりはないのだろうが、半目でじっと見る様子は睨んでいると称しても可笑しくなく、下級冒険者たちでは肝が縮み上がる思いをするのは間違いがない。
もちろんその程度で動じるはずもない男は、その放つ雰囲気と護衛と言う立場からかなりの高名な冒険者であるということを悟る。
「面目ない。彼女としては別に睨んでいるつもりはないんだよ……ただ、どうにも君の強さに興味があるらしくて」
「戦闘狂の類か?……いや、そもそもこんな新人冒険者に興味を持たれても困るんだが」
「いや、なんていうか彼女は――――」
「――――違う、ただ強くなりたいだけ。ついでに言わせてもらうと……あなたが新人とは到底思えない」
おどける様に肩を竦める隼翔になにやら弁明を口にしようとするフィリアス。だがフィリアスが言い切る前に、シルヴィアが口を挟む。
まっすぐに伸びた背筋と聞こえる声は神秘めいたものを感じさせるが、含まれる感情は剣呑で語調は強い。それはまさに彼女の強い意志と秘めた決意の表れかもしれない。
現に剣帯から吊るされた細剣の柄に手を掛けていないまでも、視線は隼翔を見定めようと鋭い。
客人として招いてる以上、フィリアスとしてはその視線をいつまでも続けさせるわけにはいかず、更に相手が隼翔なら尚気を悪くさせるわけにはいかないのでフィリアスとしては焦ったようにシルヴィアに声を掛けようとするが、隼翔が手でそれを制す。
「強くなりたい、ね。そういうのは嫌いじゃないが、お前の強くなりたい理由は何だ?」
「……とある男を、殺す。それが私の生きる意味」
やけに重く響いた"殺す"という言葉。
海のように美しいはずの蒼い瞳は深海のように暗く淀み、放つ雰囲気はただ純然に重い。
フィリアスもシルヴィアの目標は知っているのか、驚いた様子を見せずただ静かにティーカップを傾ける。
「復讐、か」
ポツリと言葉をこぼしながら、興味がなくなったかのように珈琲に手を伸ばす。
暑さはこれからが真っ盛りという時間であり、ぐんぐんと気温が上がっていく。それに釣られるようにして通りで走り回る子供たちも元気を増し、楽しげな賑わいがテラス席にまで届く。
しかし、隼翔たちが座る場所は例外かもしれない。
「……何?あなたも復讐はやめろと言いたいの?」
ぞくりと背筋が凍るような寒さと静けさ。
その空間に感情が一切篭っていない美しい声が響く。常人なら間違いなく心臓を鷲づかみにされたと錯覚しても可笑しくない状況。
だが生憎とこの場にいる者たちは幾重の死線を越えた猛者であり、愚者であり、強者たちである。それを証明するように隼翔は未だにのんびりと珈琲を味わい、対面に座るフィリアスは今は静観を貫くように紅茶に舌鼓を打つ。
しばしの静寂。その中でシルヴィアはひたすら抗議するようにただ一点を睨み続ける。
「そんなこと言わないさ。別に復讐が悪いなんて俺は思わないからな」
「え……?」
「何意外そうな表情浮かべてんだよ?したいんだろう、復讐?」
復讐を否定されるとばかり思っていたシルヴィアは隼翔の言葉に驚きを隠せず、張り詰めていた雰囲気を弛緩させる。
彼女は復讐をしたい、その言葉を何度も、それこそ呪詛のように吐き続け、同じ数だけ否定の言葉を聴いた。誰もが同じように復讐などしないほうがいい、復讐は何も生まないと分かったように言っていた。
しかし、目の前の男は違った。それがシルヴィアにとって意外でしかなかった。
そんな驚きを隠せずにいるシルヴィアをよそに、隼翔は興味なさげに言葉を続ける。
「少なくともその復讐を成し遂げる気がお前にはあるんだろう?それなら復讐する意味はある」
「なら――――」
「――――ただし、だ」
ほぼ初めてと言っていい、復讐に意味があると肯定してくれた相手。そのうれしさのあまりに珍しく瞳に喜色を浮かべたシルヴィアだったが、隼翔は彼女の言葉を遮るように強い語調で言葉を重ねた。
「復讐を成し遂げた後のこと、考えたことあるのか?」
「……えっ?」
その問いかけに、少女は疑問符を浮かべながら首をかしげてしまう。
その反応を隼翔は予想していたかのように、やれやれと肩を竦めて見せる。
「先の反応を見るに、大方今まで復讐は良くないとでも言われ続けてきたんだろう?」
「……はい」
「なんでか分かるか?それはお前みたいに復讐さえ遂げればすべてが丸く収まるだと楽観的に考えてるからだよ」
「なっ!?」
「心外だ、と言いたげだな?だが、事実だ。今のお前が復讐を遂げても修羅になるのがオチだ」
深海のように昏く濁った瞳を見据えながら、隼翔はそれはそれで俺には関係ないけどな、と言葉を溢す。そして問答はこれでお終いだと言わんばかりに視線をフィリアスに戻すと、そのまま珈琲を手に取り優雅に飲み始める。
「話はまだ終わってな――――」
「――――そこまでだよ、シルヴィア」
感情をむき出しにするようにワナワナと肩を揺らしながら隼翔に食って掛かろうとするシルヴィアを、可愛らしい声が制止した。
それに対してシルヴィアは思わずビクッと身体を振るわせてしまう。
フィリアスの声色としてはいつもの愛らしいモノなのだが、含まれる感情がまるで違う。普段のフィリアスならたとえ怒るときでも、怒っているというのを少し分かる程度に声に感情を乗せながら、大抵は苦笑いを浮かべ、窘める程度で済ませ相手を威圧することはない。
それなのに、だ。今はその声に感情を感じられない。シルヴィアの位置からではその表情を伺えないが、覗き見るのをためらってしまうほど恐ろしく、そもそも身体を動かすことすら難しい。
今まで何年もフィリアスと言う男の近くにいたシルヴィアだが、初めてSランクという最高峰の力の一端を痛感した。
「今までは彼が善意で君の会話に付き合ってくれていたから僕も口を挟まず許容していたが、彼が終わりだと告げているのだからそれ以上縋るのは許さないよ」
「……フィリアス」
「そんな駄々を捏ねる子供のような声を出してもだめだよ。それにその先は君自身が考えて、結論を出すことだ。なんでも聞くことを僕は良しとしないからね……と言うわけで、わざわざうちの団員の相談に乗ってくれてありがとね」
場を支配していた肌を突き刺すような冷たい空気が、フィリアスの優しい声色により霧散する。
そのおかげで二階テラス席にはやっと通りの楽し気な喧騒が届き始め、明るい雰囲気が戻る。
もちろんどんな雰囲気であっても優雅に珈琲を堪能していた隼翔は、その空気の変化を一切気にした様子を見せていないが、身体を強張らせていたシルヴィアはようやくと言った感じで小さく息を吐きだした。
「気にするな、単なる気まぐれだし……この後しっかりと情報はもらうからな」
「あはは……まあ、約束だし聞いてくれたことは話すよ。まあ、でも三大戦姫、もしくは三大美姫の内二人目と知り合えたんだ。十分な収穫だと思わない?」
「三戦姫?と言うか、二人?」
ん?とカップから口を離し、首を傾げてる隼翔。
三戦姫と言う名に聞き覚えが無く、更には二人と知り合いと言う点に疑問しか抱けない。
仮に状況から推測すれば一人はおおそよの目星がつく。だからこそ、隼翔はフィリアスの背後に佇む少女に視線を移した。
(確かに放つ雰囲気と見た目は戦姫って感じだよな?……もしかすると、あいつもか?)
その美しさと剣呑な雰囲気は確かに頷けるものがある。
そしてシルヴィアと同格の美しさと比肩する強さを誇る冒険者と言う条件を照らし合わせると、一人の女性の姿が隼翔の脳裏に過った。
腰まで伸びる艶のある杜若色の髪と同色の切れ長の目。透き通るほど白い肌にはシミや傷など決してなく、豊満で色香漂う肢体は踊り子装束で申し訳ない程度に隠されているだけ。
いやまさかな、とその姿を思い浮かべつつ否定する隼翔。だが、心のどこかでは彼女こそ三戦姫の一人ではないかと確信してる。
その確信を肯定するかのように、フィリアスが言葉を続ける。
「この都市どころか世界中で結構有名なんだけどね。まあ情報と言うことで説明しようか」
そう言って、フィリアスはティーカップから手を離すと、そのまま右手の指を三本立てて説明を始める。
「まず一人目はシルヴィア。彼女はAランクの冒険者で二つ名は《白刃の戦姫》」
そう言ってフィリアスは左手で右の人指し指を握り、ゆっくりと折る。そしてそのまま右の中指を握る。
「そして二人目はこの都市で最強の男が率いる軍勢No.2のアマゾネス。二つ名を《悪喰の餓戦姫》」
「お前ほどの男が最強と評するのか。……というか心底関わりたくない名だな」
「僕と同格あるいは上は少なくとも二人いるよ。まあソレはともかくとして、確かに彼女に関わるのはおススメしないかな。二つ名の由来は、血を求め、戦いを欲し、気に入った強い男を片っ端から喰らうことから付いた名だからね。目を付けられないようにした方が良いよ」
思いっきり表情を歪める隼翔に、フィリアスも同意なのか強く頷いて見せる。
「そのアマゾネス、か?どんな見た目してるんだよ?美姫とか言ってから、その程なのか?」
「ンー、っとね。アマゾネス特有の見た目だよ。問題は美しいかどうかだけど……アマゾネスは独特の価値観があるから、どうなんだろうね。矛盾してるけど会ってみれば僕の言葉の意味がよく分かるよ」
何とも歯切れの悪い回答。思わず首を傾げそうになる隼翔だが、明らかに複雑な表情を浮かべるフィリアスにそれ以上の追求をすることは止め、珍しく空気を呼んで口を噤む。
それに感謝するようにフィリアスは苦笑いを浮かべながら、中指を降り、最後に薬指を握る。
「それで最後の一人だけど……君も知ってる人だし、その表情を見るに覚えがあるんじゃないのかな?」
「……覚えがないけどな」
「そうなの?ギルドで親しく話してるところをうちの団員が目撃したと聞いたよ」
「誰なんだよ、名前を教えてくれよ。名前を」
脳内は完全に一人の踊り子が占拠してる状態。それでも隼翔はそれを必死に否定するようにとぼけて見せる。
ただなぜ隼翔がそこまで頑なに踊り子を否定するのか、隼翔には理由が分からない。
分からないからこそ、隼翔はそれから目を背けるために、強めの語調で問い詰める。
「ンー、何を君は否定してるのか知らないけど約束だし教えるよ。と言っても彼女については出自など一切の情報が不明なんだよね。噂では大国の王女だとも言われているけどよく分からない」
「んで……その名前は?」
「名前はヴィオラ。二つ名を《戦華の舞姫》」
聞き覚えは?と片目を閉じて問いかけるフィリアスに、隼翔はその名に聞き覚えしか無く、ただ静かに下唇を噛みしめるのだった。
最近、某動画投稿サイトを見ながら小説書いてます。
"渋い声"で実況と調べれば出るかもしれませんね(笑)