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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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難儀なお茶会

 陽光の下、暖かな風と共に酸味の効いた果実の香りが夏らしく薫る。

 通りでは薄着姿の女性が日傘を差しながら市で品物を見定め、広場では麦わら帽子を被り、健康的に汗を流しながら走り回る子供たちの姿が眩しく写る。


「ああいう日常っていうのにも憧れるよね」


 南通りのメインストリートに面するように建てられた一軒のカフェ。

 温かさを感じさせる茶色のレンガ造りの2階建。入り口には心安らぐ観葉植物が飾られ、店内は落ち着いた雰囲気が漂う。

 女性好みのオシャレな空間美は希薄だが、その居心地の良さと風味豊かな紅茶や珈琲を楽しめ、様々な甘味も味わえるとあり、連日満席の南通り1の人気を誇るカフェである。


 その二階に併設されたオープンテラス。

 夏の強い日差しを緑のカーテンがそっと和らげ、店内の冷房の効いた涼しさとは別の、情緒あふれる涼やかさがある。

 時刻としてはもうそろそろリュヌの2時と言った頃合いで、本来ならばこの場も主婦や家族連れ、果ては恋人同士で大いに賑わいを見せているはずなのだが、一階のカフェと違いここには客が一組を除いて誰もいない。

 その不自然な空間に響く、あどけなさを残す落ち着いた声。


「君もそうは思わない?」


 風がサラサラと柔らかそうな金色の髪を優しく揺らし、クリクリと愛らしい瞳は穏やかに細められる。

 幼い容貌には不相応な一流の動きを以てカップに香り高い紅茶を注ぐ姿は、なぜだか一枚の絵画にして飾りたいほど絵になっている。

 一見すれば少年と間違えても可笑しくない小人族の男――フィリアスは階下に覗く通りの日常を眺め、ティーカップを傾けながら、対面には座らず護衛のように背後に佇む人物に問いかけた。


「別に私はそう、思わない。私には成すべきことがあるから」

「ンー……君はもう少し肩の力を抜いたほうがいいんじゃないかな、シルヴィア」


 鈴の音のように美しいが、感情の起伏に乏しい声。

 白銀の腰まで伸びる長い髪に、一切の色素が抜け落ちたように真っ白な肌。

 ぱちりとした蒼い瞳ながらどこか眠たげな目元。容貌は造りのモノのように整い、菊理ひさめと言う少女を和風人形と称するならシルヴィアと呼ばれた少女は洋物人形と称するのが妥当か。


「別にそんなに気負ってるつもりはない。私の日常は戦いの中にあるだけだから」

「確かに冒険者だからそうと言えなくもないけど……ソレは流石に殺伐として息苦しくないかな」

「それはフィリアスの気のせいであり勘違い。私はみんなといられるだけで十分」


 ムッと気負ってないと言いたげに蒼い瞳を細めながら、腰の剣帯から吊るす真っ白な鞘に納められた細剣レイピアの柄を撫でるシルヴィア。胸の軽鎧と両腕の籠手ガントレットと最低限の身軽な装いだが、コレが彼女の戦闘装束。

 対して苦笑いを浮かべるフィリアスはと言えば装備の類は一切しておらず、鎧の類も無い。対照的な格好だが、これには一応理由がある。


「まあいいけどね。それにしても君が僕の護衛を請け負うなんて珍しいよね。いつもはスイあたりが立候補してるのに」

「……別にたまたま時間があっただけ。他に他意なんか、ない」


 白の丸テーブルの上で頬杖を付きながら、チラッと背後に佇む少女に視線を送るフィリアス。

 彼は軍勢ユニオン夜明けの大鐘楼(グランド・ベル)の団長と言う役職を担うので基本的に交渉の席などに足を運ぶことが多い。

 しかしそのような席で大抵は武具などの所持をすることは許されるはずもなく、自衛の手段は限られる。

 もちろんフィリアス自身、都市最大戦力の一つとして栄えある二つ名”勇猛なる心槍(ガ・ジャルク)"を授けられ、なおかつ団長を務めると言うだけあり、この世界で彼を害することが出来る人間など多くは無い。

 それでも万が一と言う可能性を考慮して、護衛と言う名目で彼が出かける際は必ず幹部以上の団員が付き慕うことが多い。その役割は大抵の場合は、アマゾネス三姉妹の長女でフィリアスに心酔するスイという少女が担うのだが、今日は珍しくシルヴィアが立候補したのである。

 普段からひさめとは違った意味で感情表現が苦手なため、こと戦闘以外のことに関しては積極性を見せないのだが、今回は何を思ったのか護衛に立候補した。付き合いが長く、団長でもあるフィリアスはその理由について何となく察しが付いており、それを踏まえたうえで今回はシルヴィアを護衛に選んだのだが、だからと言って聞き出さないという選択肢を取るほど優しい性格をしていない。


 それ故に底意地の悪そうな笑みを浮かべ、詰問するフィリアスからぷいっと視線を逸らすシルヴィア。

 フィリアスの実年齢は見た目の若さに反してかなり老けていると言ってもいいのだが、悪戯っ子のような笑みを浮かべる姿はある意味見た目通りと言えよう。

 同時に大人びて落ち着いた雰囲気を漂わすシルヴィアが悪戯がばれた子供のような表情を浮かべるのもまた、年相応と言える。


「ふーん……どうせ、僕がこれから会う人物に興味を持ったってところでしょ?」

「…………」

「沈黙は肯定と受け取らせてもらうよ。別に君が誰に興味を持つのも自由だし、僕は止めない。だけどこれから会う人にはくれぐれも失礼の無いようにネ。それでなくともソーマがあちら様にご迷惑かけたばかりなんだから」


 核心を突かれ、気まずげにシルヴィアは黙り込む。

 そんな彼女の態度にやれやれと肩を竦めながら苛めるように言葉を連ねるフィリアス。その姿は先ほどまでの子供っぽさは無く、軍勢ユニオンをまとめる長として、威厳と貫禄に溢れた大人の風格を漂わす。

 もちろんフィリアスとて将来有望な若者の可能性を潰したいはずもなく、やりたいことがあるならなるべくは叶えたいと思う。それが団長としてまた一人の年長者としての義務だと認識してるから。しかし――――。


(……流石に彼に下手なことされると色々と問題が生じるだろうからね)


 漏れそうになるため息を香り高い紅茶で飲み込む。

 フィリアスとしても隼翔と会うのは少しばかり憂鬱なのは事実。それでもフィリアスがお茶に誘ったのは、必要だと彼の能力スキル"直感"が告げたから。またフィリアス自身も恐怖を抱くとともに、それ以上の興味を抱いているのもまた事実。

 

「果たして彼が何をもたらすか……楽しみだ」


 嬉しそうに鼻歌を口ずさむフィリアス。約束の時間まではもう1分も無い。

 だが彼にはその時間が途方も無く、どこまでももどかしい時間に感じる。


「フィリアスが……楽しそう?」


 頬杖をつき、頭を微かに揺らしながら通りを眺めるフィリアス。だがその姿にだらしなさは感じられず、凛とした高貴さを感じさせる。

 そんなフィリアスを見て、シルヴィアは不思議そうに首を傾げた。

 フィリアスは団長として戦場では常に冷静で理知的な決断を下す。それは私生活でもあまり変わらず、時折冗談を口にしたり人をからかったりするが、ソレはあくまでも自分が笑ったり満たされるためではなくて、団員を思ってのこと。

 そんなためか、シルヴィアを含め団員達からの評価としては常に肩肘張った気を抜かない人物。

 それなのに、私的な理由で笑っている。シルヴィアはその姿、その表情を初めて見た。

 果たしてその理由が何なのか、感情表現が苦手な少女には理解できない。


「フィリアス、どう――――」

「――――おや、どうやら来たみたいだね」


 分からないなら聞くしかない、と声をかけようとしたフィリアスだが、それを遮るように階下から人影が現れる。


「フィリアス様、お待ち合わせのお客様をお連れしました」


 渋めの声と共に最初に2階に現れたのは白のシャツに黒いエプロンを着た壮年の男性。

 ふわりと珈琲の渋い香りを漂わせるところを見るに彼は待ち合わせの人物ではなく、このカフェのバリスタであることは間違えようがないだろう。 

 

「ありがとね、マスター。それと今日はいらっしゃい、サイオンジハヤト。会えて嬉しいよ」

「オシャレなカフェを貸し切りにするとは、流石のご身分だな。フィリアス」


 フィリアス相手には冒険者だけでなく、貴族や他国の重鎮達ですら一定の敬意をもって接するのが普通。

 それこそ、対等に接していいのは気心知れた団員たちか同じ場所に立っている者たちだけ。

 シルヴィアにとってそれが当たり前の光景だったのに、バリスタの男性の後ろからカツカツと階段を踏み鳴らし現れた黒髪の男は対等に接するどころか、敬意も畏怖も示さず、軽口を叩く始末。


 もちろん、その事を一々指摘して敵意を剥き出しにするつもりは無いが、それでも自分達の団長が軽んじられるというのは面白いはずもない。

 

「…………」


 元々抱いていた興味とその感情が合わさり、いつでも剣の柄に手を掛けられる状態を保ちながら、シルヴィアはジッと黒髪の男ーー隼翔を観察した。


 薄着をしていても汗ばむはずなのに、暑そうな暗赤色の外套を羽織っていてもその額が湿っている様子はない。

 またその身のこなし。一見すれば普通に歩いているように見えるが、実のところ一切の隙がない。その証拠に先ほど階段を登っていた際は足音があったのに、今は足音どころか動きから音が聞こえてこない。

 恐らく階段を登っていた際は、あえて足音を鳴らすことで相手に警戒心を抱かせないようにしており、今はこうして姿を見せたからこそ、素に近い状態へと戻ったのではないかと、シルヴィアは推測する。

 

 それだけでも、目の前の人物が只者ではないと言うのが理解できるが、それ以上に彼女の眼を惹いているのが腰に佩する二振りの剣。


(……あの剣、やっぱり見たこと無い)


 彼女自身その装備からもわかる通り剣士であり、付け加えるならその実力のほどは栄えある二つ名を付けられるほど。

 だからこそ、刀に興味を示すのは当然かもしれないが、実際にシルヴィアが興味を抱いたのは隼翔の純粋な強さ。

 もちろん、隼翔が戦っている姿を目にしたわけではないが、同じ軍勢ユニオンの幹部団員の一人である豹人族パンテルを一方的に打ちのめしたと言う話を聞き及んでいる。


(どれくらい強いんだろう……どんな太刀筋なんだろ……気になる)


 先ほどまでは、まだ護衛としての視線を向けていたのだが、今では完全に私情を満たすための視線へと変わり果て、その強さが如何程なのかを知るべく、ジーッと瞳を細めて見続ける。


「……なあ、とりあえず話をする前に色々と紹介とその視線の意味を教えてもらえるか?」

「……本当に面目無いよ」


 シルヴィアの視線に晒されていた時間としては数分も無いのだが、フィリアスの対面に座った隼翔は飲み物を注文する前に、居心地がものすごく悪そうに顔を顰める。

 その表情を見て、フィリアスは見た目以上に身体を縮こまらせると、大変申し訳なさそうに頭を下げるのだった。

 

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