狂気の根
なんとか間に合った。けど、少し短いです。
3章もようやく佳境の前と言ったところでしょうか。
少しでも楽しんでいただけているなら幸いです。
「ちっ、失敗作とは言えなんて厄介な真似をしてくれるんだっ」
「我々の崇高なる計画の邪魔をするとは不届き極まりない」
広大な砂の海に浮かぶ一つの岩棚。
その島を占拠するように円を描きながら浮かぶ男か女かも不明の影たち。口々に漏れる言葉はまるで呪詛のように怨念がましく、ひび割れた声を聞くに堪えない。
それらが苛立つ理由は、照り付ける日差しの強さでも、乾く身体でも、焦げ付くような暑さにでもない。遥か彼方で繰り広げられていた戦いの結果が思わしくないからである。
「……いい鴨かと思えばとんだ外れじゃないか。奴らは新人じゃないのか?」
「マレウスの没落倅とCランクの木工細工師以外は少なくとも新人のはずだ。奴らは新人講習に参加していたからな」
影たちの中心にあるのは球面をした鏡のようなモノ。そこに映し出されるのは遥か遠くで行われていた実験の結果。
上半身だけの人骨と有り余るほど散乱する人種の上腕骨、そしてそれらを囲う5人の人影。
「良い材料になる新人ばかりかと思えば、とんだ邪魔者まで紛れ込んでいるじゃないか。……アレが前の実験体を壊したのか?」
無数の影の内の一つが一歩前に出ると、映し出されていた5人の内の一人の人物に焦点が当たる。
濡れ羽色の頭髪に、貧相な暗赤色の外套を羽織る男――隼翔だ。
「前回のは詳しい映像が無いから判断が出来んが……おそらくそうだろう」
「何者だ?外見的特徴は瑞穂の志士のようにも見えるが……あの凋落国家にあれほどの異材が育つとは到底思えん」
「確かにな……。あの非常識さは説明の埒外だ」
影たちの口々から漏れる割れた声は揃えるようにあり得ないと言葉を揃える。
果たしてその言い合いが必要がどうかは別としても、敵対する者たちにすら非常識と呼ばれてしまう男。
そんな非常識な男は果たして噂されていることに気が付いたのかのように、映し出される球面上の鏡の中で、落としていた視線を上げてギロッと鋭い睨みで影たち威圧して見せる。
「なっ!?」
「奴はこちらに気が付いているのかっ」
「そんなことあり得んっ!!目の存在を知覚することは不可能だし、そもそもあそこからここまでどのくらい離れていると思っているのだっ」
誰もが抜き身の刃のように恐ろしい慧眼に動揺を隠せずにいる中、ただ一つ落ち着いた風格を漂わす影がそっと集団の中から一歩足を踏み出すと、球体を握りつぶすように消した。
「皆の者、落ち着け。そんなことを議論しても意味は無い。それよりもやることがあるだろう?」
厳かな風格漂う声色と雰囲気。
同様に揺れていた空気が一瞬にして引き締まり、影たちは一様に冷静さを取り戻す。まさに圧倒的先導者の器であり、その陰こそがこの集団のまとめ役であるというのがよく分かる。
「そうでしたな。幸いにも我らの居場所がばれたわけでも無さそうであり、実験体についても持ち帰る雰囲気は無かった。すぐに回収して、次の実験の手筈を整えましょう」
その言葉を契機に、集まっていた影たちは次々に陽炎のように揺らぎ始め、スーッと溶けるようにして消えていく。
そして後に残ったのは厳かな風格漂わすリーダーの影だけ。
「……果たしてあの存在がどちらへと転ぶか。どのような結末へ進もうとも我らは混沌の雫とともに捧げるだけだ……すべては邪神様の御心のままに」
影はその言葉とともに祈りを捧げるように十字を切る動きを見せると、他の影同様に溶けるようにして消えた。
後には何も残ることは無く、ただサラサラと乾いた世界に空気が流れる音だけが異様に響くのだった。
(……視線が途絶えた。魔法的な何か、か?)
粘りつくような、値踏みするような多勢の視線。
果たしてその悪意の塊である視線の主たちがどこいるのか理解できないが、少なくともどこから向いてるのかは分かる。
だからこそ、足元に転がる骸から空へと視線を向けた。
広がる狭い空。
浮かぶ偽陽球は相変わらず暑苦しく、本物の太陽にも劣らない眩しさを誇る。
その日差しを背に、死肉を求めクルクルと輪舞曲を踊るように飛ぶ複数の鳥の影。だがここが地下迷宮だということを加味すれば普通の鳥では無く、恐らく魔物の類であることに違いない。
通常であればそこまで気になる光景ではないだろう。だが隼翔はそのうちの一羽が気になるのか、目を細めジッと見つめ、途端にギロッと威嚇するように睨んだ。
すると怯んだかのようにその視線が消失した。そう、文字通り相手は未だに視ているはずなのに、感じなくなったのである。
(一体何者だ?)
別に誰かは大体の想像がつく。恐らくはこの異形の魔物を造ったモノたちであろうということは。
ただ分からないのはなぜこんなモノを造ろうと思ったのか、そしてどんな人物がどんな目的で造ろうと思ったのか。そこが隼翔には解せなかった。
「どうしましたか、ハヤト様?」
「急にお空を眺めて……何か見えるのでしょうか?」
魔物の骸の残骸を囲うようにして眺めていたのだが、突如空を見上げ、剰え鋭い慧眼で睨んでいるとあっては何事かと思うのも無理は無く、姉妹にクロード、アイリスと皆が不安げに隼翔に視線を集めている。
そんな彼女たちに隼翔は安心させるように、なんでもないと首を横に振る。
「いや、鳥がいると思っただけだよ。それよりもコレの話をしよう」
クロードとアイリスを含め、皆があまり隼翔が話を逸らしたことに気が付き、不満顔を浮かべているが、それでも隼翔が話さない以上は気にしても仕方ないと諦めたように隼翔の視線を追うように魔物の骸の残骸――人骨を眺める。
男女の不明な上半身の人骨に、複数人分の腕の骨。しかも長さも左右の数すら疎ら。
そもそも地下迷宮内で魔物を討伐した際は例外を除き、魔石片を落とし、極希にドロップアイテムを落とすのが常識。
だが、今落ちているのは人骨のみ。それをドロップアイテムと扱うのは無理があるし、魔石片もない。
仮にこの魔物を例外である通常の魔物が進化した賞金首と仮定しても、人骨しか残らないというのはやはり不自然さが残る。
詰まるところ、全員の視線が集まる残骸は不自然さの極みであり、謎が多すぎる。
「まず、俺が鑑定眼を使用した結果だが……正直に告白すると読めなかった」
「読めなかった?解らなかったとか見えないじゃなくてか?」
「ああ、クロードの言う通り疑問にも思うだろうが、確かに情報は見えた。だが、複数の情報が重なりあって読めないんだよ」
隼翔は一つずつ情報を整理すべく、まずは自分が実際に神眼の力を用いて得た情報を口にした。
ただし、その情報とは正体不明により霧がかかるような内容。そのため、疑問を浮かべる皆を代表するかのようにクロードが真っ先に口を開く。
「……つまり、ハヤトでも解らないってことでいいのか?」
「俺は解らないことのが多いと思うんだが……まあそれはこの際どうでも良いとして、確かに情報は得られて無い。だが、情報が得られないという結果が一つの推測をもたらす」
「「……えーっと、どういうことでしょうか?ハヤト様?」」
まるで謎かけのような言い回し。それに姉妹やクロード、果てはアイリスまで困惑したように首を傾げてうーむと唸る。
隼翔としても少しばかり遠回しな言い方をしてしまったかと苦笑いを浮かべ、訂正するように簡単な結論を口にする。
「情報が重なり合うというのは、つまりそこに複数の情報があるということになる。またこの不自然な人骨の数。これらを複合して考えられることと言えば……?」
「……まさか、若様はこの魔物が自然的に発生したモノではなく、人為的に造られた魔物だと言いたいのですか?」
「アイリスの言う通りだ。突拍子もないが、それが一番状況を自然に説明できる」
過去に聞いたこともない、魔物を造るという所業。しかも人を混ぜている可能性すらあるというおぞましさに、アイリスは恐れ慄くように声を震わせる。
自分の推測が間違っていてほしい、信じたくない、否定してほしいと願うアイリスだったが、隼翔は冷静に肯定する。
「……果たして何が目的なのか皆目検討が付かないが、少なくともこれまで以上に気をつける必要があるのは確かだな」
「お、おい……マジかよ……。それじゃあこの情報をギルドに知らせるのか?」
「……いや、止めておこう。恐らく信じて貰えないだろうし、無用な混乱の種にもなる」
「で、ですがハヤト様。それでは被害が広がりますし、情報もあまり得られないのでは……?」
かつて無い異常事態に警鐘を鳴らすべく、ギルドへの報告を提案するクロードだが、隼翔は少し悩んでからかぶりを振った。
だが別に他がどうでもいいと言う分けではない。もちろん隼翔としては他人の安全を守るつもりなど毛頭無いが、今となっては少なからずこの都市に知り合いが増えた。その彼・あるいは彼女が知らぬうちに異形と出会い、傷を負うというのは望むことではないし、できるなら回避させたい。
それでもギルドに伝えるのを躊躇ったのは、今回の内容が悪魔でも推測の域を脱せず、証拠が無いからである。
そんな状況では信じてもらえるはずもなく、また仮に間違っていれば無用な混乱の種となる。
「……一応手は打つつもりだ。だからそんなに心配しなくてもいい」
不安げに見上げてくる姉妹にそう告げると、隼翔は銀の懐中時計の蓋を開けて時刻を確認した。
異形の魔物と戦闘を開始してから1時間ほど経過し、今は9時過ぎとなっている。
普段ならま冒険を続ける時間ではあるが、今日は早めに地上に戻り、皆で食事をしたあと、個人的な約束がある。
「とりあえず今日はもう引き上げよう」
予定を組み上げながら時計の蓋を優しく閉める。
頭のなかには次善策であるとある男の顔が浮かぶ。隼翔は多少罪悪感を感じつつも、使えるものは使おうと企みながら、姉妹とクロード、アイリスを連れて早めに地上に向けて歩きたました。
この時、隼翔の脳裏に思い浮かんでいた男が寒気に襲われていたのは言うまでもあるまい。




