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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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砂の亡者

 ひさめとの再会から一夜明け、隼翔はまだカーテンの引かれた巨大な窓から薄日が差しこまない時間に目を覚ました。

 ベッド脇に置かれた小さなシドテーブルの上に置かれた銀の懐中時計を開けて時刻を確認すればまだ太陽ソーレの3の刻になっていない。地下迷宮ダンジョン探索の日の起きる時間まではまだ1時間ほどあり、睡眠時間として正味3時間もないせいか、隼翔は思わずくわぁーと欠伸を漏らす。

 それでも基本的に徹夜に慣れているせいか隼翔はもう一度寝直すことはせず、ベッドの上に座りながら静かに伸びをする。


「……まあ、今日は午前中で探索を切り上げるし問題ないか」

 

 軽く体を捻ったりしても違和感は感じられず、また今日は予定があるため探索も午前中で切り上げることになっているのでさしあたり寝不足気味でも問題は無い。

 そんな気の緩みもあったせいか、この巨大なベッドで裸体を晒して寝ていたのは隼翔だけではない。


「「うにゅぅぅ~」」


 大切な部分こそタオルケットによって隠されているが、一糸纏わぬ姿とともに安心しきった寝顔で隼翔の左右で横になるフィオナとフィオネ。

 姉妹にはちゃんと個室が用意され、それぞれのベッドまで設置されているのだが基本的に寝起きするのはここのベッド。もちろん毎回毎回男女の営みをしてるわけではなく、むしろ添い寝をしている日のが多いくらい。

 しかし今回は三者の格好からも推測できるように"昨夜はお楽しみでしたね"と言われる状態であることに違いは無い。


「……全く俺も大概男ってことかね」


 姉妹の金色の髪を優しく指で梳きながら昨夜の情事を思い出し、自分の抑えの利かなさに今さらながらに苦笑いを浮かべてしまう。

 それでも今の姉妹の表情を見る限り、男としてしっかりと彼女たちを満足させることができたなら本能に突き動かされたのも良かったとも思える。


「とりあえず起きて準備でもしますかね」


 隼翔は気持ちよさそう寝ている姉妹を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、床に散乱した自分の衣服を身に纏う。

 そして最後にいつもの朱色の外套に袖を通し、腰に二振りの愛刀を佩し、静かに部屋を後にする。



 起き抜けに隼翔が向かったのは一階のキッチン。

 一か月と少し前までは一切使われておらず綺麗なままだったが、今ではコンロの上には鍋が乗り、壁からはフライパンが吊るされるなど整理整頓されているが、すっかり生活感が溢れる場所となっている。


「とりあえず、皆が起きるまで珈琲でも飲んでるか」


 湯沸かし器のような魔法道具に水を入れ、魔力を注ぐ。

 魔力量が少ないせいか、小さな魔法道具に魔力を注ぐだけでも微かな倦怠感に襲われ、隼翔は思わずと言った感じに苦笑いを浮かべてしまう。


「普通の人間にとって魔力が動力源になるのは便利なんだろうが、俺にはどうにも合わないな」


 のんびりと手動式のミルで珈琲豆を挽きつつ、ぼそりと呟く。

 この世界において、魔力とはエネルギー資源に相当する役割を果たす。ガスを使えば火が点き、電気を通せば光が灯る。

 それらを全て魔力で賄える世界。しかも、常人でも魔力枯渇を感じさせない程度まで魔力の消費を抑えているのだから、普通はこれほど小さな魔法道具に魔力を注いでも消費したことすら気にならないだろう。

 それでも倦怠感を感じてしまうのは、隼翔が魔力と言うモノに慣れていないということと、何よりも常人に比べて魔力量が圧倒的に劣っているからである。


 今さら魔力が少ないことを嘆くつもりは毛頭ないが、かと言って看過できる問題でもない。ましてや最近は魔法の代わりに魔力を消費する武器――魔剣を手に入れたばかり。それに加えて、他にももう一つ奥の手として魔力を使う技を練習中。

 そんな状況下で、毎日魔力消費に伴う倦怠感を味わうのはどうかと思う。


「かと言ってフィオナやフィオネに頼ってばかりってものな……ヒモじゃあるまいし」


 恐らく頼めば、嬉々として姉妹は隼翔のために魔力を提供してくれるだろうし、今でも大部分は頼っている。

 もちろん適材適所と言うのも理解しているが、それでもやはり限度はある。

 何でもかんでも頼り、魔力を注いでもらっていてはヒモと変わらない。

 果たして分水嶺はどのあたりかと、悩んでいると不意に新鮮な珈琲豆の香りが漂い始め、隼翔の思考を現実に引き戻す。


「……湯も沸いたみたいだし、とりあえずいいか」


 静けさ漂う洋館の中にポコポコと水がわき始める音が微かに響き始める。

 その音で隼翔の思考はすっかり目の前の珈琲をいかに美味しく香り高くするかに占有されるのだった。






「いっ、つ。……切れてるな」


 時刻としては太陽ソーレの8時。

 乾いた空気、旱魃した砂の海。その世界に潤いなど無く、容赦なく生者から水分を奪い去る。

 ソレは非常識の中の非常識と周囲から認知される隼翔も例外ではなく、ピリッと唇が切れ、血が砂漠に流れ落ちる。

 ここは地下迷宮ダンジョン22階層――砂海層エーデゼルト


「大丈夫ですか、ハヤト様?」

「綺麗な布でしたらありますが……」

「ん、問題はないだろう。乾燥で唇の端が少し切れた程度でしかないからな」


 グイッと指で唇から流れる血液を拭う隼翔に、フィオナとフィオネが心配そうに綺麗な布を取り出し、手渡す。

 だが隼翔はそれを受け取りはせず、苦笑いを浮かべてしまう。

 確かに回復薬を手渡してこなかったのは姉妹が成長した証かもしれないが、ただ乾燥で唇が切れたのに布を手渡されても困惑してしまうだろう。


「唇が切れたのか……不謹慎ながらその姿を見て俺は安心したぞ」

「おいおい、それはどいう意味だよ?俺は正真正銘赤い血の流れた人間だぞ?」

「あー、ん。確かに頭では理解しているつもりなんだが……なぁ?」


 血を拭う姿を横で見ていたクロードがなぜだか、安心したように言葉を漏らす。もちろん半分は冗談のつもりなのだが、いかんせん隼翔と言う男は滅多に血を流さない。

 普通どのような冒険者でも大抵は地下迷宮に潜れば大なり小なりの怪我を負って血を流す。だが隼翔は一か月前の出来事以来、血を流していない。

 上級冒険者の中でも特に選りすぐりの人材たちなら恐らくそれも当たり前のことかもしれないが、やはり普通の所業ではない。

 だからこそクロードが若干なりとも疑いの視線を向けるのも頷けるというもの。

 隼翔とて冗談だというのは理解しており、クロードに向けるジト目と言葉はお巫山戯のようなモノで威圧感などはほとんどない。

 そんな親友同士の気軽なやり取りのためか、アイリスはクロードに対して同意も否定もせず微笑ましそうに見守るだけ。


 地下迷宮――しかも中級者向けの層に足を踏み込んでいるにいるのに、どこか気の抜けたやり取りを出来るのはそれだけ成長したと言うことと胆が座ったという裏返しかもしれない。


「おっ、と。どうやらお巫山戯は終いにしないといけないみたいだな」


 不快さのないサラサラとした暑さ。 だが、気温としては40℃に迫る暑さがあるだけに快適とは決して言えない環境下。

 その中で気張らないやり取りをしていた一行だが、隼翔の一言で雰囲気が一変する。

 各々が己の得物に手をかけ、神経を尖らせる。

 彼らの瞳には代わり映えのない広大な砂の海だけが映る。

 そのまま警戒すること数秒。不意に足元に影が落ちた。


「「っ!?上空ですっ」」

「みんなっ、散会して!!」


 はっ、と空を見上げた姉妹が叫ぶと同時に、アイリスがすぐさま判断を口にする。

 その声に従い、即刻砂の歩きにくい地面を蹴り、距離を取る面々。

 その直後、ズドンッ、と音を立てながら何かが隼翔たちのいた場所に降ってきた。


「……中々に面妖な魔物もいたものだな」


 濛々と立ち上る黄色い砂煙。

 その最悪の視界のなか、隼翔にだけは何がいるのかはっきり見えているのか、口元にまで外套を引き上げながらボソッと呟く。


「「ひっう!?」」

「おいおい……っ」

「何……あれは……!?」


 土煙が落ち着くにつれて、他の面々にもその全容が見えてきたのか、誰もがその姿を見ては言葉を詰まらせる。


 まず目につくのは、獅子のように力強い4つ脚の下半身。

 まるで今か今かと前肢は砂地を掘り、後ろ足はグッといつでも走れるように力を溜めている。


 その体躯から生えている上半身は異形の人骨。

 左右を無視したように取り付けられた6本の腕。それらは長さも疎らであり、適当に色々な生物から奪っては取り付けたと連想させる。

 また背中には一切の肉と皮を削ぎ落とした、皮膜しか存在しない羽がバサバサと音を鳴らしている。

 頭こそ人の頭骨が乗っているが、目が血走ったように明滅し、カタカタと顎骨を鳴らす姿は不気味さをより際立たさせている。


「一応聞くが……やはりお前たちでもコレを見るのは初めてか?」


 柄に手をかけて、いつでも戦える姿勢を取りながら、隼翔は言葉を詰まらせる仲間たちに念のため問いかける。

 仲間たちの反応を見る限りとてもではないが普通ではないというのがよく理解できるし、隼翔自身もギルドに併設された図書館で魔物について学んでおり、その中に少なくとも眼前にいるような訳の分からない魔物は書かれていなかったため、今が異常事態だというのをおぼろ気に理解している。

 それでももしかしたら、という感じで問い掛けたのだが、やはり皆が一様に首を横に振ってみせた。


「だよな……。こんなケンタウルスの親戚の失敗みたいな生物はあり得ないよな」


 下半身が馬の神話に登場する生物なら心当たりがあるが、目の前の魔物は明らかにソレの親戚とは思えない。

 果たしてどうすべきかと、頭を悩ませる隼翔を尻目に異形の魔物は手に握る三叉槍を地面に突き刺した。

 すると、サラサラとまるで水のように流動性のあった砂が少しずつ盛り上がり始め、形を成す。

 

「砂の骨格を持つスケルトン、か?」


 出現したのはかつて魔帝の城で戦った骨の魔物に似た魔物。

 姿こそまるで同じだが、その骨格を形成するが今いる魔物では砂という点が大きく異なる。


「仕方ないな。皆は辺りにいる砂の尖兵の相手をしろ。俺はあの化け物を叩き斬る」


 砂の骨でできた魔物の大群。

 それらは骨格をカタカタと鳴らし、不気味な大合奏を奏でる。

 聞くだけで心が恐怖に縛られそうな気色悪さを孕んでいるが、隼翔の声がそれを打ち消す。

 

「「了解ですっ」」

「応っ、お前も気を付けろよ!!」

「お任せください、若様っ」


 奮い立った面々は武器をしっかりと握りながら、一気に砂を巻き上げ砂の尖兵たちに突撃する。

 その頼もしい後ろ姿を目にしながら、隼翔もまた静かにその場で抜刀するのだった。

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