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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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武神

 この森にいる魔物の中では比較的底辺の存在、コボルド。

 その眼は血のように赤く、口元は大きく裂け、サメのような鋭利な牙が無数に並んでいる。体長こそ1m弱と小さいが、魔物と戦ったことのない人間が相手にするには荷が重いのは事実だろう。


 そんなコボルド1匹を相手に二人の少女が果敢に挑んでいる。二人とも長い金色の髪に、大きな三角形の獣耳、碧眼で容姿も似ている。前衛で小太刀を振っている少女は姉のフィオナで、コボルドの鋭い爪や牙を臀部から生える筆の穂先のような2本の尻尾を左右に揺らして躱しながら、必死に傷を負わせている。

 この小太刀だが、隼翔が万物創生ユニ・クレアの能力を把握するために創った片手間品である。手順で言えば、土壌中の砂鉄を万物創生ユニ・クレアの能力でひたすら集め、鉄としてそれを材料にして創った。なのでところどころ荒さが目立ち、柄も木製となっている。

 

「やっ!」


 フィオナが小太刀でコボルドの腕を浅く斬りつけると、そのままサッと左に飛ぶ。そのタイミングで示しを合わせたかのように火の玉が飛来し、コボルドの顔半分を焼く。あまりの痛みにコボルドは呻き声を上げながら暴れまわるが、今度は背中に火の玉が飛来し、黒く焼き焦がす。


「そのまま止めを刺して、フィオナ!」

「ナイス、フィオネ!」


 いつの間にかコボルドの背後を取っていたフィオネが1本の尻尾を揺らしながら姉のフィオナに止めを刺すように声を出す。さすが双子の姉妹というだけあり、フィオネの声が聞こえた時には小太刀を構えたフィオナが痛みにもがくコボルドに肉迫し、その喉を切り裂く。


「ガ……ウッ」


 短い声を上げながらコボルドはそのまま地面に伏す。それを確認してフィオナとフィオネは互いにハイタッチを交わし、そのまま後ろで静かに二人を見守っていた暫定的な主人である隼翔の前に並ぶ。


「「どうでしたか、ハヤト様!」」


 二人は目を輝かせながら、双子らしく見事なハモりを見せて隼翔に尋ねる。


「ああ、まあ及第点だな。それより次は前衛と後衛交代してやるぞ」

「「はいっ!」」


 何のアドバイスもせず、次の指示を出す隼翔。そんな彼の足もとには無数のコボルドが音もなく横たわっている。なぜこんな状況かと言えば、理由は単純明快で二人に単体と戦闘させるためである。

 そのために隼翔はまず一匹を残してすべてを一刀のもとに斬り伏せた。その後、二人と入れ替わりここで観察していた、という事である。

 ちなみに横たわる個体はどれも急所を一突、あるいは切り裂かれているので無駄に血は流れていないのだが、それでも血臭はすごく、思わず顔を顰めたくなるものである。

 しかし、隼翔は慣れているから兎も角として姉妹までもその様子を見せない。そこには隼翔の仮奴隷としての矜持もあるのだろうが、何よりも慣れたというのが大きいのだろう。このあたりを見るに、いかにここ数日が現実離れした生活を送っていたのかがよく分かるところだと思う。現に二人は、下級とはいえコボルドを倒しても興奮した様子を見せていないのだから。


 閑話休題(それは兎も角として)、なぜフィオナとフィオネが戦っているのかと言えば、それは別に戦力増強が目的というわけではない。

 確かに二人が戦えるようになるのは良いことだが、それでも現状隼翔一人でも危険は無く、むしろ余剰であると言っても過言ではない。そんな状況で二人が多少戦えるようになっても毛ほども戦力増加にはつながらない。

 つまり今回の行動には別の目的がある。


「これはあくまでもお前たちが自衛手段を学ぶためのもんだからな。戦闘事態には一切口出ししない。生き残るためのすべを自分たちで考え、そして手に入れろ」

「「はい!」」


 元気よく返事しながら、森の中を歩いて行く隼翔を追う二人。

 そう、今回の目的は二人が自衛手段を体得させるためである。


 隼翔はさし当り二人に強い興味を持っていないと思っている(・・・・・)。だが、それでも多少の情があるわけで仮に森を抜けた後、彼女たちに再び同じ境遇に陥って欲しくないとは考えている。もちろん自分自身の奴隷にするのが一番手っ取り早いのだが、隼翔にその気はない。

 ならばどうするか、という事で彼女たち自身に力を付けさせることにしたのである。

 だが、善意100%でこのようなことをするほど、隼翔自身お人善しでもない。むしろ本音は別にある。


(……やはりアレが原因だな)


 手ごろな魔物の気配がないか探りながら、先ほどまで観察していた事象について考察する。

 隼翔はずっと魔眼を用いて、二人が魔法を使う際にどのようなことが起きているのかをずっと観察していた。そして自分とは圧倒的に異なる事象を発見していた。


(どうして俺の場合は魔力に秩序が生まれないんだ(・・・・・・・)?)


 それは今日最初に二人に魔物の相手を任せた時のことである。

 その時もフィオナが前衛でフィオネが後衛だったのだが、フィオネが聖句を唱えた際にフィオネの手に集まっていた魔力が魔法陣を形成したのである。

 隼翔の場合、いくら聖句を唱えても靄のように無秩序に集まった魔力に秩序が生まれることがなく、最終的には霧散してしまうのに、である。

 それを魔眼を通してみた時、思わず声を上げそうになってしまった。それほどまでに驚愕の事実であった。

 それが原因だと考えた後、隼翔はどうして無秩序のままなのかずっと悩んだ。それこそ二人に何度か戦闘させ、食い入るいように魔眼を通して魔法の発動を見守るほどまでに。

 幸いにもフィオナとフィオネは戦闘に必死だったために気が付かなかったが、もし気が付いていれば二人は怯えていたに違いないというほど必死な形相をしていた。


(……原因が分からない以上、知ってそうな人物に聞いてみる、か)


 隼翔は首から吊るされている漆黒の宝石を触れる。そして今夜は早めに寝ようと決めて思考を切り替えるのであった。



 

 午後になって森の中の気温もさらに高くなり、熱が身体に纏わりつくような感覚に陥る。そんな中でフィオナとフィオネは小太刀というこの世界になじみのない武器を逆手に握りながら、オークを挟むように襲いかかる。挟撃に遭っているオークはどちらを迎撃すればいいか、あるいはこの戦いに参加せず静観を守っている第三者に気を取られたのか分からないが、結局動作に移れず首が飛んだ。


「お疲れ、フィオネ」

「フィオナもお疲れ」


 互いにたたえ合いながらも、息はかなり上がっている。確かに連戦続きだが、それ以上にこの気温が彼女たちの体力を奪っているのは間違いない。現に彼女たちは汗でびしょ濡れである。


「少し休憩するか」


 木陰から二人の戦いの様子を見守っていた隼翔が竹のような植物から作った特製の水筒を片手に二人に歩み寄る。別に隼翔は何もせず、木陰で休んでいたわけではない。

 むしろ彼女たち以上に魔物を屠っている。それを表すように背後の森の中にはオークの死体の山が築かれている。


「い、いえ、まだ大丈夫です」

「わ、私も平気です」


 二人としては自分たち以上に動いているにも関わらず、息どころか汗一つ流していない隼翔より先に休むわけにはいかないという矜持がある。だが、隼翔はそんなもの下らないとばかりに吐き捨てる。


「黙って休め、命令だ」

「うぅ……」


 ぶっきら棒な言い方だが、その中にある優しさを感じているので姉妹は怯えたようにオドオトしながら従うではなく、しょぼーんと言った感じで落ち込むだけであった。

 感情を体現するかのように耳をだらりと下げている二人に隼翔は水筒を渡す。二人はそれを大事そうに握りながら、コクコクと可愛く飲み始める。


「……それにしても本当に暑いな」


 焼きつけるような日差しの太陽が昇る空を、目を細めて襟の部分を人差し指で摘みパタパタと扇ぎながら眺める。

 思い出すのは日本の夏。

 日本の夏も近年はジメジメとして温暖化の影響もあって熱くなっていたが、やはりアレと比較しても亜熱帯の熱さは別格だと実感してしまう。

 そんな中でも汗一つかいていない隼翔のスペックには驚かされてしまうのだが、そんなこと気が付いた様子もなく、ただ昔を思い出しながら空を見上げている。


「ハヤト様?」

「どうかされましたか?」


 そんな様子を訝しげに思ったのか、二人は心配そうに声を掛ける。


「ん?ああ、別に何でもないさ」


 柄にもなく感傷に浸ってしまったか、と苦笑いを浮かべながら二人にまだ休んでいるように言い含める。

 そのまま隼翔は二人に渡した水筒を回収して、中の水で喉を潤しながら木陰に戻る。その際後ろから、あぅ……、という可愛らしい声が重なって聞こえたが、隼翔は相変わらず気にした様子はなかった。


(……この騒がしさ。鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしても森を出る日が近づいているな)


 未だに羞恥にまみれ顔を両手で覆っている二人を木陰に座って眺めながら、森の音に耳を傾ける隼翔だった。




 未だに狂騒鳴り止まないヴァルシング城。そうは言っても聞こえてくるのは主に一人の男の怒声でしかない。


「なんで未だに手がかり一つ見つけられねーんだ!このマヌケどもっ!!」


 額に青筋を立てながら子分たちを睨みつけるズルドフ。その様子は鬼気迫るもので、報告にきた子分たちは一様に腰を抜かし、逃げるように玉座の間から出ていく。

 先日まではこの玉座の間に下賤な笑い声が響いていた。

 だが、今はその笑い声を出すものはおらず、また幹部の者たちも以前より少ない。それだけ本気になって犯人を捜しているのである。

 そんな玉座の間につながる唯一の廃れた廊下から慌ただしい足音が聞こえてくる。それは奇しくもこの雰囲気を作りだした時のモノにそっくりであった。


「頭、報告したいことがあります」

「何だ?」


 入ってきたのは右肩に骨の蜥蜴を模した入れ墨を入れた一人の若い男。かなり急いできた割に息が乱れていないのは、この男が幹部だという所以とも言える。そんな男の話をズルドフはどこか身構えながら、急かすように睨みつける。


「実は先日逃がした奴隷を回収していたのですが……」


 その切り出しに関係ないことをわざわざ報告するな、と叫びだしそうになったズルドフだが、男の次の言葉によって思考を占領していた罵詈雑言は嘘のように霧散した。


「2匹ほど獣人が足りません。そしてその獣人の死体も見つけておりません、なのでもしかしたら……」

「なるほどな……とりあえず容疑者を片っ端から連れてこい!」

「はい!」


 勢いよく走って出ていく男と玉座の間で待機するズルドフ。この二人のやり取りはどこか往年の刑事ドラマを連想させる、そんなものだった。




 夜半になり、森はすっかり暗闇に包み込まれる。隼翔はそんな中、一人で音を立てる焚き火を見ながらじっと座っている。


「夜は多少涼しくていいな……」


 日中の森は熱帯特有の湿度と温度で正直鬱陶しいものである。それが夜になると、気温が落ちるので多少はマシになる。加えてここは川の近くという事もあり、ほかの場所と比べると格段に過ごしやすい。それを顕著に表すのが、隼翔の後ろで相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てている姉妹である。


 もちろん日中の荒行とも言える特訓(隼翔に言わせると大したことないと言われるが)のせいで疲労困憊のため爆睡しているというのもあるのだが、いくら死ぬほど疲れていてもやはり寝やすい環境でないと安眠は出来ない。つまり環境の良さを姉妹が身体を張って証明している。

 だからと言って隼翔まで寝たりはしない。当初は姉妹が番をすると言い張ったのだが、二人は食事を終え川で水を浴び焚き火にあたり始めると、コクリコクリと船をこぎ始めた。それを見かねた隼翔は二人にわざわざ寝る様に命令し、この状況になったのである。


「……時間もあるし試してみるか」


 そんな中、隼翔はおもむろに服の下からネックレスを取り出し、掌に置く。そこに嵌めこまれている宝石どこまでも黒く夜の闇よりも深い。それは幻の宝石と言われる"ジェット"によく似ている、とどことなく思った。

 それにゆっくりと魔力を籠める。左目の魔力眼を通してみると、手から発せられる魔力が吸い込まれるように宝石に入っていくのが分かる。

 逆に右目で観察すると宝石の中心で光が揺らめいて見える。その揺らぐ光はさまざまな色に変化する。赤や黄色、緑に青と変化しながらやがて元の漆黒に戻る。その状態になるのと同時に魔力の吸収も止まったようで、隼翔の手の周囲には魔力の靄が渦巻いている。

 隼翔はその状態になったネックレスを再び首にかけ直し、服の下にしまい込む。そして、腰の二振りの刀を外し座禅を組む。その際に刀は両膝の上で握るようにして持つ。


「ふーっ……」


 お腹から息をゆっくりと長く吐き出す。そのまま隼翔の意識は少しずつ胸元にある漆黒の宝石に吸い込まれるように遠ざかっていった。






「あらら、まさか寝ないで私に会いに来るなんて……器用ね」


 呆れたような、どこか賞賛するような声が聞こえ隼翔は目を開けた。

 そこはかつて異世界に転生する前に訪れた見渡す限り漆黒で虚無の空間、しかし同時に大切な場所でもあった。そこを数日前ながら懐かしく感じ、軽く見渡してから声のした後ろへ振り返る。

 そこには闇のように深い色のドレスを身に纏い、以前と同じように慈愛に満ちた笑みを浮かべたたずむ女性、冥界の女神ペルセポネがいた。


「久しぶり……でもないか」

「そうね、まだそんなに経ってないもの。それでどんな御用かしら?もしかして……」


 ペルセポネは隼翔の頬に絹のように柔らかい手を添わせながら耳元で「私に会いたかったの?」と色っぽく囁いた。


「なっ……」


 隼翔は顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせ、珍しく狼狽して見せた。それを見たペルセポネは満足気な表情を浮かべながら、冗談よ、と隼翔の鼻先を指でチョンと小突く。


「相変わらずハヤトは良い反応するわね!」


 それに対して隼翔は何も言わず、ただ鼻先をわざとらしくさすりながら恨めしそうな顔で睨み返すしかできなかった。


「そんなに睨まないで!ちゃんと相談に乗ってあげるから」


 ね!、とウインクまで決められてしまい、隼翔はまたしても顔が赤くなってしまいそうになる。だが、それを意志の力で無理やり振り払い、いつものポーカーフェイスになるように努める。

 それでもやはりどこかいつものクールな雰囲気が保てていないのだが、ペルセポネは流石にからかうのを止めて居住まいを正す。それを見てやっと口を開くことができた。


「ペルセポネに聞きたいことがある。俺のジョブは魔法が使えないのか?」


 どこか切望するように、あるいは縋るような声色。だが、同時にそれが叶わないことを確信するかのように拳を握りしめられている。

 そんな強く握られた隼翔の手をペルセポネは両手で優しく包み込み撫でながらも残酷な一言を発する。


「ええ、残念ながら使えないわ。武神はそもそも己の肉体と武具の使用を前提とした戦闘に特化したジョブだからね。それに元々の魔力保有量も多くないというのもあるわ」

「……っ、そうか」


 努めて冷静な声を出しながらも、悔しそうに唇の端を噛む。隼翔自身どうしてここまで悔しがるのか分かっていない。ただ、心のどこかで必死にあるいは嬉しそうに教えてくれた二人の少女に報いることができない自分が許せない、そんな焦燥感が彼を駆り立てているのかもしれない。


(あの世界に行って数日なのに、ずいぶんと変わったわね)


 内心隼翔の心の変化を嬉しく思いながら、その喜びを表すかのような口調で顔を伏せる隼翔に声を掛ける。


「だけどね、使えないのはあくまでも既存の魔法(・・・・・)だけよ」


 ここまで言えば聡いあなたなら分かるでしょう?、と微笑んでみせるペルセポネ。そんな女神に対し、隼翔はため息を盛大に付き呆れたような態度を取りながら、その表情は完全に落ち込んだものではなかった。


「つまり新しく創れ、って言いたいのか?」

「正解よ、さすがハヤトね!」


 出来の良い息子を褒めるような視線を送るペルセポネに、懐かしい母の面影が重なる。つい感傷に浸ってしまいそうになったので、頭を左右に振って話を戻す。


「正解って、そんな簡単に魔法なんて創れるものじゃないだろ?それに魔力も……」


 隼翔は魔法に決して詳しいわけじゃないし、ましてやその魔法すら使えない。それでも魔法が簡単に創れないことくらい理解できる。なぜならそんな簡単に出来てしまうならそれこそ統一された聖句など存在しないし、教わることもほとんどないからである。


「まあ魔力が少ないって言っても初級から中級程度の魔法なら使える程度にはあるけど……魔法を創るってなると確かにハンデにはなるわね。それに新しい魔法を創れたら、あの世界ではそれこそ大賢者とか囃したてられるし、宮廷魔導師みたいに国のお抱えの魔導師として不自由なく生きていけるわよ」

「それだけ難しいんだろ?それこそセンスとかないと無理だろうし……」


 最低限の知識すらない俺にできるはずがない、と自嘲気味に呟く。だが、ペルセポネはそんな隼翔に呆れたような表情を向ける。


「確かにセンスや知識・魔力量は関係してくるわ。でもあなたには他にはない圧倒的なアドバンテージがあるの忘れてない?」


 おっちょこちょいね、と今度は隼翔の額を小突くペルセポネ。隼翔は額をさすりながら、今度こそ恨めしげに睨み返す。だが、やはりいつもの彼とは天と地の差があるほど迫力に欠けている。


「察したようね。そうよ、万物創生ユニ・クレアは誓約はあれど言わば万物を創造する能力。それで魔法が創れないわけないでしょ?」

「なるほど……あとは俺自身が魔法について知識を付け、工夫さえすれば創ることは十分可能なんだな」

「もちろん、色々と大変でしょうけど他よりは圧倒的に有利なのは間違いないわよ」


 そう言いながら長い漆黒の髪を耳にかける様にスッと手で掬うその姿は相変わらず色気に満ちている。しかし今回ばかりは隼翔は考え事をしていたおかげで顔を赤くせずに済んだ。ペルセポネも珍しく悪戯心は無く、純粋な行動であった。純粋故にその破壊力もいつも以上のモノなので考え事に救われた面があるのかもしれない。


「ふむ……まあとりあえず問題は解決したし、感謝する」

「いえ、気にしないで。そもそも前回説明しなかった私もいけないんだしね」


 そう言われ、隼翔は転生前に話した内容を軽く思い出す。そしてある会話の一部を鮮明に思い出す。


『だからある程度の対抗手段としてね。それに武神は一応初期の能力はそんな高くないわ。まあそこは心配ないとしても……』


 確かに言い淀んでいた部分があったと、右手で目元を覆いながらガクッと項垂れる。だが、実際それ以上追及しなかった自分にも落ち度があるとペルセポネを責めることは決してしなかった。

 そんな隼翔をしり目に、ペルセポネは悪戯な笑みを浮かべる……ということは無く、その瞳はどこか遠くを見ていた。


「ハヤト、名残惜しいけどそろそろ時間ね」

「……何かあるのか?」


 ペルセポネの真剣な眼差しから何かを察したように隼翔もまた神妙な顔つきで尋ねる。


「すぐに、って訳じゃないけど、これからはより一層周囲には気を付けなさい。時には逃げることも必要だという事を忘れてはダメよ」

「ああ……分かった」


 その言葉と同時に再び意識が遠くなる感覚に陥り、そして闇に紛れる様にして消えた。


「ごめんなさい、ハヤト。あなたに幸せになって欲しいのに……」


 誰もいない虚空に雫を滴らせながらペルセポネはそっと罪過を悔いる言葉を紡いだ。

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