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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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遠い世界

何故か次章のプロローグ書いてしまったり、今章の幕間を書いてしまったりと変なことをしていたために投稿が間に合うかギリギリでした。

そのため誤字が多いかもしれません。すいません。

後日直しますのでて ……。

 落ち着かないように、もじもじと身をよじる。

 座す椅子は古めかしくも高級感漂い、部屋を照らす証明はシャンデリアのように豪華絢爛。

 テーブルにかれたクロスは真っ白でパリッとのりが利いている。


「そんなに緊張しなくてもいいんじゃないか?」

「え、あっ、いや………っと、ですね……すいません」


 対面でミルクと砂糖がたっぷりと注がれた珈琲を口にしながらクロードはそわそわと視線を彷徨わせ、身を動かすひさめに苦笑いを浮かべる。

 対するひさめはと言えば、話しかかれてようやく自分が落ち着きがなかったことを知覚したのか恥ずかしそうに俯きつつ、やはり空間に慣れないようで口調がたどたどしい。


「ふふっ、ひさめちゃん落ち着いてよ」

「そうそう。これでもとりあえず飲んで落ち着いてね、ひさめちゃん」

「あ、ありがとうございます……」

 

 緊張しっぱなしのひさめに、すっかり給仕用の服装に変わったフィオナが落ち着かせるように声をかけ、フィオネが紅茶を差し出す。

 立ち上る白湯気とやさしく鼻腔を擽る芳醇な香り。それだけで普段ひさめが飲んでいる何番煎じかも分からない薄く香りもない緑茶とは段違いの値段がすることがよく分かる。


「あっ……美味しい……」


 思わず口から感想が漏れる。

 ゆっくりと広がる芳醇な香り。ほんのりとした甘さが優しくひさめを落ち着かせる。

 そのまま何度も口に運んでは、ふわぁと美味しそうに息を漏らし、目を細める。


「気に入ってもらえたなら良かったよ」

「もう少しで夕食の準備ができるから、それまでゆっくり待っててね」


 ひさめの嬉しそうな表情を見て、パタパタと姉妹は台所に向かっていく。

 だが今日の夕食当番は姉妹ではなく、ここにいないアイリスであり、姉妹はどちらかといえばサポート的な役割をしている。

 現に姉妹は何度も何度も行き来しては、テーブルの上に食器やら飲み物やらを準備している。

 その二人を見て、ひさめは手伝おうかどうかを悩むようにそわそわとしているが、それをクロードが止める。


「お前は客なんだから座ってて問題ないぞ。というかあいつももうすぐ帰ってくるから待ってろ」

「うぅ……なんと言いますか……こう、いつもの癖で落ち着かなくて……」


 普段のボロボロの狭い空間ではなく、高級感溢れる広々とした空間。それに加え本来は誰かに尽くすことを生き甲斐としている少女にとって、一方的にもてなされるという経験は皆無であり、落ち着かないのも無理はないのかもしれない。


「確かにここは馴れないと居づらいというのは何となく理解できるが……」


 クロードは世界的鍛治貴族の長兄とは言え、幼少の頃から贅を尽くした生活を送っていたかと言えばそんなこともなく、どちらかと言えばひさめ寄り生活が近いかもしれない。

 もちろん彼女ほど貧乏と言うこともなかったが、彼自身も贅沢を好んでいなかった部分もあり、小さく汚い工房を根城としていたため、ひさめの心情も何となくは理解できる。

 だからと言って、客にもかかわらず給仕を手伝おうとする姿勢には流石に苦笑いを禁じ得ないのだが。


「だからってお客様を働かせられませんよぉ~、ねぇ二人とも?」


 グツグツと美味しそうな香りと音を立てる煮込み鍋を持ってきたアイリスが、クロードの言葉を引き継ぐように取り皿などを持ってきた姉妹に問いかける。


「アイリスちゃんの言う通りだよ!」

「だからひさめちゃんは料理を楽しんでね!」


 長テーブルの上にはすっかり食器が6人分並べられ、色鮮やかなサラダもメインの煮込みも五感全てを刺激し、食欲をそそる。

 

「おっ、美味そうだな?もう帰ってくるのか?」

「んー、分からないけどそろそろ時間だから帰ってくるかなぁ~って」


 チラッと置かれた時計に視線を向ければ、あと数分もしない内に月の8時になる。

 基本的に時間前には帰ってくる隼翔なので、急な用事が入ったとは言えそろそろ帰ってきてもおかしくないはず。

 そう思い、テーブルに食事を並べたアイリス達だが、それを察したかのように、姉妹の耳がピクピクと動き、尻尾がユサユサと忙しなく揺れ始めた。


「……ちょうど帰ってきたみたいだな」

「ふふっ、そうだね!二人とも、若様のお出迎えをお願いしてもいいかな?準備はあとは私一人でも間に合うから、ね?」

「「はいっ!お任せください」」


 隼翔の貴宅に対する姉妹の反応の速さに、クロードは苦笑いを浮かべ、アイリスは朗らかに笑みを浮かべる。

 二人の視線の先ではフィオナとフィオネが待ちきれないと言わんばかりにソワソワとし出し、尻尾は千切れそうなほど左右に揺れる。それでも塵1つ舞い上がらないのは流石なのか、不可思議な現象と称するべきか悩むところではあるが、恋する乙女にそんなことは関係無いのだろう。

 放っておいても今にも走り出しそうだが、それも忍びないと思ったのかアイリスが出迎えをお願いすると、姉妹は快活な返事と共に、脱兎のごとく駆け出した。


「悪いな……あいつらはハヤトが絡むとどうにも見境が無くなるんだよ」

「恋する乙女は盲目ってことで、見過ごしてあげてね」

「は、はいっ!」


 依然として苦笑いのクロード。

 だが、話しかけられたひさめには今は心に余裕がない。

 なにせ客とは言え、この屋敷の主に招待されたという訳じゃなく、またひさめにとってはどのような人物かも分からない。

 今までも多少は緊張していたが、クロードやアイリス、それに姉妹と言った親しみをもって接してくれる人々がいたおかげて大丈夫だったが、今は落ち着いてもいられない。

 話のなかで聞く限りでは恐そうな人物ではないが、やはり内弁慶の彼女には帰ってきたと聞いてしまうだけで簡単に緊張してしまう。


「……ふぅ」


 落ち着けと暗示をかけるように行きを吐き出す。

 しかし落ち着くことはなく、むしろ不安がより募る。

 果たしてどのような人物なのか、難しい性格なのか、見た目で嫌われたらどうしようか。

 次々と不安が膨らんでは緊張と変わり、ひさめの鼓動を高鳴らせる。


「…………うぅ」


 落ち着くためにも何か飲みたいところだが、今高級そうなカップを持てば、手が震え、最悪落としかねない。

 それだけはしてはいけないと、結局飲むことが出来ず、ひさめは呼吸を繰り返すしか出来ない。


「ふっ、ふぅ……」


 すっかり何も聴こえないほど煩わしくなった鼓動。

 呼吸は荒れ果て、過呼吸の一歩手前となる。

 今にも意識が飛んでしまいそうなほどの緊張感。

 それでも一人の男の背中が彼女をギリギリで押し止める。

 その人に近付きたい。見た目だけでも近付きたい。そのたった1つの想い直向きな想いがひさめという少女を支え、守る。


(……怖い、し……不安ですが……。あの人に、近付くため、です)


 小さな話し声と共に誰かが近付いてくる気配を感じるひさめ。

 それは友達となった姉妹と件の人物であることは間違いない。

 せめて第一印象だけでも良くしないと、と決意するように心のなかで呟く。

 いつも通り、いつも通りにと念じながら俯き、呼吸を繰り返す。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。若様は堅苦しいの苦手だから」

「ああ、だからあまり畏まらない方が心象は良い。それに俺たちからも話すから悪いようにはならんさ」


 不意にぽんと叩かれた肩。

 視線をあげればアイリスが朗らかな笑みで落ち着かせようとしてくれているし、クロードも任せろとばかりに胸を叩いている。

 その頼もしさに喜びを感じつつも、すっかり緊張で口の中が乾燥したのか声がでない。

 ひさめは仕方なしに頭だけを丁寧にさげ、お礼を形として懸命に示す。


「だから俺たちに対してもそんなに畏まらなくても良いんだが……」

「まあまあ。それよりもお水でも飲んでおきなよ」


 クロードを嗜めつつ、何かを察したようにひさめにほどよく冷たい水を差し出すアイリス。

 その細やかな気遣いは流石と言わざるを得ない。

 ひさめも恐縮そうにしながらも、かなり感謝してるようで水を受け取った。

 カタカタと水面が揺れる。それを見るだけでどれだけ彼女の手が震えているかがよく分かる。


「た、助かります……」


 掠れきった声でお礼を申すひさめ。

 そのままゆっくりと細い唇に近づける。

 ひんやりと心地よい感覚が優しく伝わり、砂漠のように乾いた唇に潤いを与える。

 先の紅茶とは違った安心感がある。それはひさめが基本的に水を良く飲み、その無味に慣れているからかもしれない。


「……悪い。遅くなったか?」


 ちょうど口の中が潤い、コップを机に置いたタイミングで扉がゆっくりと開かれた。

 それを知覚した瞬間に、ひさめは条件反射的に立ち上がると背筋をピーンと聞こえるほど真っ直ぐに伸ばした。

 そのまま入ってきた人物に対して直角のお辞儀を披露しようとしたところで、ひさめの動きが不自然に止まった。


「……えっ?」


 体の芯に電流が走ったかのように震え、か細く彼女の口から声が漏れる。

 聞こえてきた声に聞き覚えがあったからだ。

 ものすごく平坦ながら、力強さを感じさせる声。もう一度聞きたいと願った声。

 嬉しいのだが、同時に今聞こえて来てしまい、物寂しさも感じてしまった。

 そんな呆然とするひさめをよそに、入ってきた人物はクロードやアイリスと親しげに会話を繰り広げている。

 もちろんその左右には外套や刀を握った姉妹がニコニコと笑みを浮かべている。

 それはとても嬉しそうな表情だ。だからこそ、ひさめは寂しさを痛感した。

 世界が遠ざかっていくような変な感覚。なんで自分がそんな状態に陥っているのか、ひさめには理解できない。


「ん?あれ、お前は確か……菊理ひさめ、って名前の冒険者じゃなかったか?」


 呆然と立ち尽くすひさめに気がついた隼翔は、その姿を見て心底不思議そうに首をかしげるのだった。


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