分かりやすいけど、分からない人
時々読み直すとすごく誤字やら脱字が多いんですよね。
ちゃんと見直してるんですが……申し訳ありません。皆様もお気づきの際は教えて下さると助かります
なんの変哲もない青いシート。その上に並べられていた数少ない商品はすっかり片付けられ、残っているのは使い込まれた砥石と一組の男女が座って談笑しているだけ。
だがその談笑も、ひさめのつっかえつっかえの名乗りとお辞儀によってぱたりと終わりを告げた。
「――――へっ?」
どこかで聞いたことのある、話し声。それに反応するように静まる中でひさめは顔を上げた。
別にその辺りを闊歩している偏見を持つような冒険者たちのようにひさめが忌子と嫌われる容姿をしていたから会話が途切れたわけではない。
ただ彼らは困惑してるだけ。
それもそうだろう。二人は人を待っていたのだが、その待ち人を一緒に暮らす双子姉妹に紹介されてしまえば"なぜ"と疑問を持つのは普通であり、"どうして"と困惑してしまうのは当然である。
しかしそれはひさめもまた同じだったようで、同様の理由で驚き動きを止める。
「あれ、両者ともどうしたんですか?」
「もしかしてお知り合いだったのですか?」
フィオナがひさめを眺め、フィオネがクロードとアイリスを見る。
「いや、知り合いも何も……なあ?」
「うん……私たちがさっき言ってた待ってる人ってこの子のことだよ」
そのアイリスの発言に驚き、双子はサッとひさめに視線を向ける。
急に視線を向けられたことにドキッとしたのか、一瞬ひさめの体が硬直したが、すぐさま問いかける視線に力強く何度も頷いて見せる。
「あれまぁ~、なんと言いますか……」
「凄い偶然ですね~」
「いや、俺たちの方がびっくりだよ。まさか二人が連れてくるなんて夢にも思わなかったよ」
「うんうん。クロードの言う通りだよぉ~」
ここ最近驚くことには慣れていたはずの四人だが、それは非常識に輪をかけた非常識と呼称するに相応しい人物の行動に対してだけだったようで、互いに驚きながらも分かり合ったように頷く。
しかし、約一名その真の非常識さ知らぬひさめは不思議そうに、だがどこか羨ましそうに4人を眺める。
(……なんというか、彼らと同じパーティになれたら、それはそれで楽しそうですね)
別に歌竹や菜花と組むのが嫌だとか、窮屈だとか思っているわけではない。
事実何年も組んでいて彼らは気軽に接してくれるし、連携も上手くいっている。何も不満はない。
それでもどうしてか、ひさめには視線のさきで繰り広げられるやり取りが羨ましく感じられ、またそこに加わってみたいとも思えた。
「おっ、と。身内だけで話していてすまないな」
「あ、いえ。お構いなく……」
果たして歌竹・菜花と彼ら4人では何が違うのかをぼんやりと考え込むひさめに、いち早く気が付いたクロードが申し訳なさそうに頭を搔く。
その言葉で女性三名も気が付き、次々とごめんと声をかける。
「さて、いつまでも談笑していても仕方ないな。とりあえず待ち人とも合流できたし、家に戻って、それから話としようか」
「だね!ところでさ、フィオナちゃんフィオネちゃん。若様はどうしたの?」
家に戻ろうと提案するクロードに同調したアイリスだが、そこでふと隼翔がいないことに気が付き、首をかしげながら尋ねる。
姉妹は確かに地下迷宮帰りの格好をしており、予定でも探索していたのは承知の事実。それなのに隼翔だけ別行動をしているというのは正直解せない。
何せ隼翔は普段は厳しいが、身内には過保護で物凄く甘い態度をとる。その彼が大切なフィオナとフィオネを置いて地下迷宮に未だに潜っているとは思えないし、別々に探索していたとも考えにくい。
つまりは一緒に地上まで帰還してるはず。だとするならここにいるはずなのだが、いくら周囲を見渡しても彼の姿おろか、冒険者自体の姿すらほとんど見えない。
「ハヤト様なら商会の方に御用があるとのことでしたので、ギルドから別行動してます」
「それに何やら、ギルド内部でも何かに気が付いたようでしたので……」
「商会の方は分かるが……ギルド内で何があったんだ?」
バナーレ商会は洋館を購入して以来、隼翔はすっかり信頼したようで、地下迷宮探索に必要な道具や金属・魔物の素材と言った武具作成に必要な材料、果ては日用品まで今では基本的にほとんどの物を商会に注文し、購入しているほど。
また隼翔が創った回復薬などもそのうち販売を委託するといった話も聞いていたので、そのような関係から商会に行くのは不思議なことではない。
だが、ひっかりを覚えたのはギルドで何かに気が付いたということ。それが何のか非常にクロードとアイリスは気になるのだが、双子も全く分からないようで、しょげるように尻尾をだらりと下げながら、弱弱しくかぶりを振る。
「ハヤト様には尋ねてみたのですが……」
「危ないことじゃないから気にしなくて大丈夫、用事が終わればすぐ帰ると結局教えていただけませんでした」
「あいつが教えないなんて珍しいな……」
「うーん、だけど嘘はつかないだろうし、危険じゃないのは本当なんだろうね」
一緒に住んでいる人々にとって隼翔と言う人間は分かりやすい性格をしているが、考えていることは雲を掴むが如く全くもって理解できない男である。
それゆえに頭を悩ませ考える4人だが、結局クロードが頭を使うだけ無駄だと一番最初に匙を投げた。
「ハヤトの頭の中は考えても分からん。あいつが大丈夫と言った以上、それを信じるのが一番だ」
「確かにそうだね……それに彼女を無駄に待たせちゃうの悪いから帰ろっか」
「「ですね……夕食の支度もしないといけませんし、家で待ちましょう。と言うことでひさめちゃん、お待たせしました」」
クロードの一言に、次々と同調する女性陣。
ひさめは何が何やらよく分からないまま、フィオナとフィオネに引き連れられるようにしてその場を後にするのだった。
そんなやり取りが行われるよりも、時間は少しだけ遡る。
場所は冒険者ギルド内。時刻としてはちょうど、双子姉妹が隼翔と別れた後になる。
時間が時間とあり、ギルド内では探索を終えた冒険者たちが戦利品の換金のために行列を成し、真面目な話から下世話な話までと多様な会話を繰り広げながら、すっかり寛ぎ気分となっている。
「……」
だが隼翔だけは話し相手がいないから当たり前なのだが無言のまま、なんとも言えない気の抜けない表情で佇んでいた。
彼の視線はフィオナとフィオネが出て行ったギルドの出入り口の扉に向き、固定されているのだが、どうにも不自然。具体的には何かを警戒して、睨んでいるかのような鋭さがある。とても親しい者を見送っている目ではない。
「…………はぁ」
じーっと睨み続ける。
傍から見ればそこに幽霊でもいるのか、と問いかけたくなるほど一点を見つめている。だが待てど暮らせど何も反応は無い。
出入り口がほかにもあれば恐らく隼翔はそんな無駄な時間をかけなかっただろうが、生憎と隼翔が使えるギルドの出入り口は豪華な扉の一つだけ。
仕方ないと言った感じでため息を吐き出すと、諦めたように扉を開け外に出る。
空は丁度半々と言った感じに、茜色と青夜空色に分かれている。耳を澄ませば陽気な歌声が風に乗って聞こえてくるが、隼翔は何もかもを無視すると言わんばかりに大股で歩く。
「ンー……気づかれないで無視されたことは過去に何度かあるけど、はっきりと気づかれているのに無視されたのは初めてだよ」
大股で闊歩するその後姿を呼び止めるように聞こえてくる声。
普通に聞けば声変り前の少年のような可愛らしい声色なのだが、含まれる力強さは聞くものが聞けば身の毛がよだつほど恐ろしい。
現に隼翔すらも聞く前から少しばかりの警戒心を抱いていたのだからどれほどの人物なのか、良く理解できるだろう。
「……全く、どこぞの軍勢のお偉いさんが、俺のような最底辺冒険者に何の要件だよ?」
「君ほどの実力者を最底辺だと称されてしまうと僕としては正直立つ瀬がないんだけど……とりあえず、こんばんわ。サイオンジ・ハヤト」
「それはFランク冒険者を買い被りすぎだと言わざるを得ないが……とりあえずこんばんわ、と返しておこうか。フィリアス」
「おやっ、名前を憶えてもらえていたとは光栄だよ」
どこまでも果てしなく高い塔である冒険者ギルド。その入り口である豪華な扉の横で背をもたせ掛けるようにして佇む小さな人影。
仕立ての良さを醸し出す長袖のシャツと水色ベスト。武器の類は見当たらず、丸腰と言った様相。
それを着るのはサラサラと柔らかそうな金色の髪をした少年。黄金色の瞳はクリクリッと愛らしく、隼翔の半分ほどの身長しかない背格好と相まってまさに"坊ちゃん"と呼びたくなる。
だが彼は立派な小人族の成人であり、都市最大軍勢の一つである夜明けの大鐘楼の団長を務める男。
加えるなら"勇猛なる心槍"という栄えある二つ名を持つSランクの冒険者。
隼翔としても流石にそれほどの男なら名前も覚えるだろうし、そもそも初めて会った時から彼のことは高く評価すると同時に危険だとも感じているので当然と言えば当然。
だからこそ、意外そうにして見せるフィリアスに隼翔は当たり前だろと肩を竦めて見せる。
「あんたほどの男を覚えていて当然だ……んで、ここで待ち構えて何の用だ?」
どこかお道化て友好的な態度を見せていた隼翔だが、急に底冷えするほど険のある声色を発してフィリアスがここにいる理由を問い詰める。
「別に君に害を加えたいとかそういう理由じゃない……ただ、君とは一度ちゃんと話してみたかったんだ。だから世間話のお誘い、かな?」
表面上は一切怯えた素振りを見せず、穏やかな笑みを浮かべるフィリアス。だが内心はとてもではないが平静とは程遠い。
地下迷宮の深層域を塒とする視線が合っただけで心臓が止まりそうな感覚とは、違う恐怖が心に巣食う。
言うなれば魂そのものを掴まれているかのような感覚。だからこそ、少しでも気を抜いてしまえば意識を消失してしまうそうな状況なのだが、それでも数多の冒険の記憶が彼を平静に見えるように必死に支える。あるいは冷静さを欠いた瞬間に死が訪れると本能に刷り込まれているのかもしれない。
どちらにしろそれらが無ければ、恐らくその経験が無ければ今も表情でも態度でも恐怖を示し、気を失うだろう。
「……ふーん。んで、その話は今からするのか?」
「いや、君も探索終わりで疲れている……かは分からないけど、今からではないよ。時間も取れないだろうし」
かくして、ギリギリで平静を保っているフィリアスの提案に、隼翔は拍子抜けしたように言葉の節々で荊のように尖っていた険をなくす。害することをするとは流石に思っていなかったが、それでも何かしら不利益なことが起こる可能性も考えていただけに隼翔としては面を喰らった形となった。
その結果、非友好的ながらも態度ながらも言葉から険が無くなり、フィリアスとしては安堵したように内心で静かに息を漏らす。
「じゃあ、いつにするんだよ?」
「うーん……明日の月とかにでもどうだろうか?」
周囲ではフィリアスの存在に気が付き始めた冒険者が出始めたようで、ちらほらと驚きの声や女性の歓喜の悲鳴などが聞こえ始めているが、注目の的である本人は気にした様子も無く、友好的な笑みを浮かべながら提案する。
一方で注目されていないはずの隼翔だが、いかんせん他者の視線をあまり好まない性格のためフィリアスとは対照的に、眉間に皺を寄せている。
その影響もあるのか、隼翔は一切フィリアスが内心平常ではないことに全くもって気が付いていない。逆に言えば、隼翔に気が付かせないほどのフィリアスは駆け引きに長けているとも言える。
「……まあ、いいか。俺もこの都市の最上の一人に色々とご指導と情報斡旋してもらえると考えれば悪い話ではないし」
「なかなか明け透け無いこと言うね……まあ教えられる範囲では教えるよ。さてそれじゃあ明日の月の2にココのお店に来てくれ」
少しばかり悩む素振りを見せた隼翔だが、何を思ったのかニヤリと口角を歪め快く提案に乗って見せる。
小人族の頂点に立つ冒険者はそれを見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、目的のためならと割り切ったように懐から一枚のメモ紙を取り出し、手渡す。
そこに書かれているのは、店の名前と住所、そして簡単な地図。それを確認した隼翔はすぐさま外套の下しまい込むと要は済んだろ、と言わんばかりにそそくさと立ち去る。
「了解した。……それじゃあ、また明日」
「ああ、時間を取らせてしまって悪かったね。楽しみにしてるよ」
フィリアスも不要な言葉はほとんどかけず、すっかりできた人だかりの中に隼翔が消えていくのを見送ると、ようやく安心したように大きく息を吐き出した。
すっかり凝り固まった全身の筋肉。それほどまでに緊張していたのかと、自分の未熟さに驚くも顔にはなぜか笑みが浮かぶ。
その笑みによって周囲からは女性の甲高い声が響くのだが、本人は慣れっこなのか気にせずに、隼翔が消えた方とは真逆の方角に向かって歩き出すのだった。




