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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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捨てる神と拾う神と情けは人の為ならず

やはり予定は未定でしたね……申し訳ありません。

次回は必ず……出ると思います。

それにしても今回のタイトルはひどいですね。センスの無さを感じる。

 草臥れたサンダルのような履物を極限まで擦り切れさせながら、ひさめは右へ左へ懸命に走る。

 いくらDランクの冒険者とは言え、病み上がりでなおかつ走りにくい履物では当然のように疲れるのは早く、彼女の呼吸はすでに限界まで荒れている。

 そんな状態でもひさめは決して速度を緩めようとはせず、美しい黒髪を風に靡かせながら、一秒でも早く家に着けと駆ける。


「はぁ、はぁ……もう、少しっ」


 都市の外れとあり、道を形成する石材こそしっかりと敷かれているが、ところどころ欠けたりとお世辞にも走りやすいとは言えず、また清掃が行き届いているとは言えない。

 ひさめはそれらのゴミや凹んだ部分を勝手知ったると言うように巧みに避け、十字路を右折する。

 曲がった先に見えたのは見慣れた長屋。

 相変わらず風体はボロボロで、壁から隙間風が容赦なく吹き入れ、雨のたびに雨漏りに悩まされそうな状態。

 住み始めた当初こそ、気にはなったが今ではすっかり慣れ、ソレが当たり前のとなっている我が家。


「すいませんっ、遅く……なりましたっ!今から夕食の準備をしますのでっ、少々お待ちくださいっ」


 建て付けの悪い戸口を慣れた手つきで開けると、ひさめは開口一番に謝罪の言葉を口にした。

 だが別に彼女だけがこの共同生活において一手に食事担当を請け負っているわけではない。それでも基本的にひさめが率先して家事や雑務を請け負い、日々こなしているためにいつもの癖で息を切らしながらその言葉を口にしてしまったに過ぎない。


「ああ、お帰り。そんなにかしこまらなくても大丈夫だぞ、俺と菜花で準備しているからな」

「うん、お帰りひさめちゃん。ゆっくり休んでいていいよ」


 当たり前のように謝罪の句とともに勢いよく帰ってきたひさめに、竈の前で菜箸を持ち、鍋の様子を見る歌竹は驚きながらも苦笑いを浮かべる。

 その隣にいる菜花は驚いた様子も無く、むしろ好きな人と一緒に料理が造れるのを楽しむかのように鼻歌を口ずさんでいる。


「あ、あれ……?お二人とも、お身体の方は……」


 その二人の姿にひさめはきょとん、と言った感じに動きを止める。

 確かに二人の怪我は治ってはいた。だが万全の状態とは程遠く、動くのも億劫そうだったので最低でも今日一日は寝ていてもらう予定だったはず。

 それなのに食事を作ってる二人を見て、ひさめは茫然としつつも二人を気遣い、おずおずと声をかける。


「ああ、確かに体はまだ少しばかりだるいが、な」

「うん。だけど、いつまでもひさめちゃんに頼ってばかりはいられないでしょ?それにこれくらいはリハビリみたいなものだから」

「そ、そう……ですか」


 だからこそ、たまには休んでくれと労ってくれる二人だが、ひさめとしては頼ってくれる方が嬉しいというか、頼ってもらえないと不安になるという気持ちが大きい。

 もちろんそのことは幼馴染である二人も承知している。だが理解した上で、二人はあえてひさめに頼らず動いている。


 それはリハビリと言う側面ももちろんあるが、何よりも将来(この先)のことを考えたうえでの決断と言える。

 まだどのような道を歩んでいくか正式決定したわけではないのだが、どのような道を進むにしても歌竹と菜花はひさめを頼りすぎてはいけないし、ひさめもまた二人から独立していく必要があるのは明白なこと。

 その一歩と言うことでやり始めたのだが、もちろんのことだがひさめには相談していない。


(ひさめに言えば、確かに反対はしないだろう。だた心の内ではきっと納得せずにため込んでしまうだろうからな)


 調理する手は止めずに、茫然と立ち尽くすひさめを視界の端に映しながらそんなことを思う歌竹。

 幼馴染として、ひさめのことをしっかりと理解してるからこその残酷な決断。


「あっ、そうだ!お二人とも、それでは……その、少し外に出てきても宜しいでしょうか?」

「ん?ああ、別に問題ぞ」

「うん。ただ、珍しいね……何かあったの?」


 まだまだ夕食の準備は始まったばかりと言った様子。

 かと言ってやることのないひさめはそのまま、いつものように自分の部屋の方に戻ろうとして、傍と自分がどうして息を切らせてまで急いで帰ってきたかを思い出し、準備中の二人には申し訳ないと思いつつ外に行きたいと申し出る。

 歌竹と菜花の二人は、その申し出に了承しつつもどこか不安げな視線を彼女に向ける。

 それもそうだろう。ひさめと言う少女は本当に内向的で性格をしている。

 具体的に言えば、幼少時代は常に幼馴染二人か家族と行動を共にし、一人で出かけるなど皆無。今でこそ一人で外に出ることも少しだけ増えたが、ソレは日中の話であり、夜遊びなどしたことが無く、お金が無かったとは言え幼馴染二人と夜に外で酒を嗜んだことが無いほど。

 そんな少女がもう日暮れ間近の、冒険者たちが羽目を外し騒ぎ始める街に行きたいと言い始めれば驚きもするし心配もするだろう。

 その二人の心配する視線に気が付いたのか、ひさめは慌てたようにかぶりを振りながら事情を説明する。


「別に遊びに行きたいとかではないんです。ただ散歩中に出会った露店の方が興味深いモノを見せてくれたので、それについて詳しく聞きに行こうと思いまして……」

「う、む……。一応聞いておくが、騙されたり利用されているわけではないんだな?」


 何度でも言うが、ひさめと言う少女は心根が優しく辛い境遇にあったにも関わらず人を恨まないし、相手の感情を悟るのは上手いが疑うということをあまり知らない人間。

 そこに自分の居場所を求めて誰の役にでも立とうとしてしまうという強迫観念まで付け足されてしまえばどうなるかと言えば、体よく利用され、挙句の果てに騙されて終わるという最悪の状況に陥るのは火を見るよりも明らか。

 幼馴染として、また姉・兄貴分としてこれ以上不幸な目に遭って欲しくないと願うのは当たり前。だからこそ念には念を入れ、代表して歌竹が確認の意を込めて問いただす。


「絶対、という保証は出来ませんが、それでもあの方たちは自分を何と言いますか、腫物のように扱うことは無かったので……恐らくは大丈夫かと」

「そう、か……。お前が大丈夫と言うなら信じるが、何かあればすぐに逃げろ。んでもって、俺たちに相談すること。いいな?」

「分かりました。いつもご心配をおかけして申し訳ありません、お二人とも。……それでは行って参ります」

「うん、ひさめちゃん。行ってらっしゃい。夕食はどうする?」

「帰って来てから一人で作って食べますので、お二人とも気にせずにお食べになってください」


 そう言って足早に、どこか嬉しそうに建て付けの悪い扉を開け出ていくひさめ。


「コレがいい方向に転がってくれると良いね」

「……そうだな。さて、それじゃあ飯の準備に戻ろうか」


 自発的に何かをしたいと初めて言い出した妹分の成長をどこか嬉しく、同じくらい不安に思いながら、せめて今回の出会いが彼女にとって何か良いきっかけになってほしいと切に願いながら、遠ざかっていく後姿をじっと見守る二人だった。






「あれ?可笑しいですね……確か、この辺りだった気がするのですが……」


 見慣れた都市外れの街並みをかって知ったるように通過し、何度か通ったことのある道を横切り、確か見覚えがあるような無いような建物の前にたどり着いたひさめはキョロキョロと視線を彷徨わせる。

 浮かれる心のままに飛び出した彼女だったが、絶賛迷子となっていた。いや正確な表現するならクロードとアイリスが露店を開いていた場所が分からないという状況か。

 正直に言ってひさめがあの場所にたどり着いたのはほとんど偶然だった。それこそフラフラと彷徨っているうちに、知らぬ間にたどり着いていた場所であり、何年かこの都市に住んでいるからと言って全ての通りを把握してるわけではない彼女は裏道でこっそりと露店営業していた二人の元に辿り着けなくなっていたのである。


「え、えっと……確かあの建物が見えていたはずですが……おかしいですね……」


 空の大部分は青夜空へと移り変わり、大通りには冒険者の数が増え、早くもどこからか陽気な歌声が風に乗って聞こえてくる。

 そんな中、ひさめは目標物ランドマークとなる建物を視線で懸命に追いながら、あっちじゃないこっちじゃないと必死に小さな唸り声をあげながら通りを彷徨う。

 その彼女を周囲の人々は時折目にはするものの、決して声をかけようとはせず遠巻きに嫌そうな表情を浮かべては、避ける。それも一人二人ではない、道行く人が一様に、である。

 階級や人種によって差別されない平等――――等しく誰にでも厳しいこの都市で、ひさめは人一倍厳しさを痛感する。


「…………」


 いくらその扱いに慣れているとはいえ悲しくないはずはなく、長い前髪で隠れた目元から密かに雫を流すひさめ。

 彼女だってれっきとした人の子。嬉しければ笑みを浮かべ、悲しければ涙を流す。誰かと楽しく語らいたいし、素敵な異性と恋をしたいとも思う。


(……なんで自分はこんな容姿(黒目黒髪)何でしょう、どうして自分は嫌われるのでしょう、なんで自分にはこんな能力スキルが生まれながらに発現してる(・・・・・)のでしょうか……)


 無遠慮な、侮蔑的な視線に晒されすっかり目的を忘れ足を止めるひさめ。

 通常、能力スキルとは恩恵として作用するはずなのだが、彼女の場合にはソレが枷あるいは呪いのように作用している。それこそまさに"幸運"と言う名の呪い(スキル)

 そのスキル内容を含め考えても仕方のないことだと分かっているのに、どうして・なぜと疑問が自分の中で膨らむ。それでも決してその恨みごとを外には向けず、自分に一心に向けるのは底抜けの優しさ故だろう。


「あの……どうかしましたか?」

「どうしたんですか?泣いてるんですか?」 


 道端でぽつんと孤立するひさめ。通りにはかなりの人数が闊歩しているというのに、彼女の周りにだけは人が決して近寄らない異様な空間が形成される。

 その中で静かに俯き、地面を濡らす。

 アレは夢で幻だった、だからもう探すのを止めようかと心が折れかけたその時、凍り付いていた彼女の周囲の空間が優しく溶け、温もりが耳に届いた。


「……え?」

「泣いているように見えたのでお声をかけたのですが……」

「私たちで良ければお力になりますよ?」


 勘違いかと思った。人違いかと思った。

 しかし、ひさめが確認するように視線を上げるとそこに確かに獣人の双子姉妹が立ち、安心させるように笑みを浮かべながら手を差し伸べてくれていた。

 はっきり言ってひさめにはその光景が理解できなかった。それほどまでに混乱してしまっていた。

 だからこそ、なんと言葉を発していいか分からず、ひさめは黙りこくる。


「大丈夫ですよ、落ち着いてください」

「貴方が話せるようになるまで、私たちは待ってますから」


 にっこりと聖母のような笑みを浮かべる姉妹。

 周囲の人々――主に冒険者たちはひさめのことを悪い風に知っているのか、あからさまに嫌悪を示し、ヒソヒソと在りもしない根も葉もない噂を口にして、次にひさめに手を差し伸べる双子にモノ好きなと言いたげな視線を送り、足早に去っていく。


「え、えーっと……自分のことを助けたいと思うのですか?」


 予想だにしない事態にひさめは訳の分からない言葉を口にしてしまう。

 問いかけられた獣人の双子姉妹は一瞬きょとんと同じ表情を浮かべ、その後同じタイミングで苦笑いを漏らしながら、こくんと頷いて見せた。


「この状況で他に誰に力を貸すと言うんですか?」

「そうですよ。ですから何をお困りか言ってください」

「どうして……ですか……?」


 黒目黒髪の忌みの存在である自分を、周囲に不幸しか与えることが出来ない自分を、惨めで弱く何も出来ない自分を――――どうして助けようと、手を差し伸べてくれるのか。

 今まで一方的に虐げられてきたひさめには手を差し伸べる理由が理解できなかった。

 その心の奥からの叫びを聞き、獣人の双子姉妹――フィオナとフィオネは互いに目を見合わせ、言葉を重ねて答えた。


「「きっと私たちの大切な方ならそうするだろうと思ったからです。そして何よりも、過去に受けたあの方からの恩を、今度はかつての私たちのように悲しむ貴方に繋げたかったからです」」

「え……?」

  

 目の前でこんなに素敵な笑みを浮かべられるのに、過去にそこまで辛い経験をしていたなど到底思えない。

 そして、自分が将来彼女たちのように心からの笑顔で生きていけるなどあり得るのか。

 果たしてひさめの中で膨れ上がった疑問に気が付いたのかは分からないが、双子は過去のことを懐かしむようにしながら、器用に二人で言葉を紡ぎ始める。


「私たち姉妹はかつて盗賊に捕まり、あと一歩のところで奴隷落ちとなるところでした」

「輸送中に森で馬車が横転したので、私たちは揃って逃げ出したのですが……結局は盗賊に追い付かれてしまい、あの時ばかりは全てを諦めました」


 表向きには奴隷にも人らしい暮らしをさせなければいけないとされてはいるが、それが守られているかと言えば否。

 ましてや双子は獣人。国や人によっては人間として扱おうとせず、下手すればペットよりもひどい扱いを受けることすらある。

 もちろんひさめの壮絶な過去と比較すれば、双子はまだ奴隷の一歩手前だったので軽いかもしれないが、それでも温かい家庭から有無を言わさず引き離され、盗賊たちにひどい扱いを受けていたのは事実。

 感情移入しやすいひさめはそこまで聞き、ごくりと喉を鳴らす。


「もうどうにもならないと思った、まさにその時でした。あの方――ハヤト様は颯爽と現れて、私たちを盗賊から救ってくださったのです」

「それだけでなく、森の中で足手まといでしかない私たちずっと護って下さり……人里までついて来て下さったのです」


 他人が聞けば単なる惚気話にしか聞こえないかもしれない。

 現にどんな風に、どれだけかっこよかったかを事細かに語る姉妹の表情はどこか恍惚としている。


(……そういえば、あの時助けて下さったあの方もそんな感じでしたね。自分もお二方のように、あの方と共に行動できれば心から笑えるのでしょうか)


 しかし、ひさめは姉妹の話にどこか共感を持ち、自分の体験と重ねるようにして聞き入っていた。

 思い出すだけで胸が不思議と疼き、軽く締め付けられる。その感情が果たして何なのか、ひさめには分からなかったが、ただもう一度会いたい、目の前の姉妹のように共に行動したいという想いだけは強くなる。


(……いえ、ソレは望みすぎですね。再会できる可能性も低いですし、何よりも自分では釣り合わない)


 思いのほか再会の時は近づいてきているのだが、生憎とそれを知らないひさめは寂しそうに心の中でそっと呟く。


「そういうわけですから……私たちの我儘と言えばそこまでですが、どうか力にならせてください」

「そうですよ。一人でできなくても二人。二人でダメなら三人と、力を合わせればきっと解決できます」

  

 ですからお話しください、と声を重ねる姉妹を前にしてひさめは先ほどまでとは違った意味で大粒の涙を溢れさせる。


「うぅぅ……ありがとうございます」


 ここ数日、彼女の人生で良い意味で慣れないことが多すぎる。

 今までは基本的に虐げられるような扱いが多かったのに、数日前から真逆の扱いばかり受けている。

 一体全体何が起こってしまったのか、ひさめはよく分からず混乱から抜け出せない。ただ分かるのは心の奥がジーンと暖かく、独りでに涙が溢れ優しく地面を濡らすことだけ。


(……きっとコレが幸せ(・・)なんでしょうね)


 生まれて初めて、本当の幸せを甘受する。それは今まで味わったことが無いほど甘美で、心温まる経験。

 この姉妹となら必ず見つかると思えるし、今回の出会いを忘れないためにも今度はしっかりと名前を聞こう。そう決意して、ひさめは双子に頼み込むようにして困っていた理由を話すのだった。

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