露店の鍛冶師
最近主人公が登場してないですかね。まあ次回は登場しますよ……たぶん
部屋を出たひさめにどこかに向かう当てがあったわけではない。
ただその場にいるのが辛く、かと言って二間の内もう片側である自分の部屋に戻ったとしてもこの胸の内に募るモヤモヤが解消される気がしなかったので、逃げるように散歩に出たと言うのが正しい表現かもしれない。
その彼女の装いはソレを如実に示しており、探索に向かう際の藤色の単衣に軽鎧姿ではなく、無地で一切の飾り気のない丈長のワンピースのような装い。買い物をするにしても金銭の類は生憎と持ってきておらず、かと言って長時間歩くには今の擦り切れた履物では辛い。
「……はぁ」
決して途切れることのないため息。
後ろ髪こそ丁寧に結ってあるものの、顔は相変わらず長い前髪で隠されており、今の装いと相まって幽霊と表現する以外言葉が見つからない。
街行く冒険者ではない一般の人々もその姿を見ては何やら言葉を詰まらせ、サッと道を譲る始末。
だがひさめは周囲のそんな反応に気が付かないほど、フラフラと前髪の下で視線を彷徨わせる。
それは無意識による行動。彼女は知らず知らずのうちに、地下迷宮で見惚れてしまったとある物をずっと探しているのである。
(あの剣に似た武具……どこにあるのでしょうか?)
生来、ひさめという少女は動物どころか魔物ですらも殺すことを躊躇してしまうほど、とても心根の優しい性格である。
それでもその容姿とこの厳しい世界、そして彼女の故郷の状況が冒険者になるという道しか示し許してくれなかった。そのような境遇に陥る少女だからこそ、正直武器と言うのは怖く・恐ろしいという印象を強く持ち、あまり持ちたくないと思っていた。
その印象はDランクとなった今でも変わっていないのは事実。だが、先日の出来事がひさめに新しく"美しい"という印象を与えていた。
(……もう一度、間近で見てみたいです)
一級の美術品よりも美しいと思わせる流麗な刀身。浮かびあがる刃紋は全体としては荒々しくも、その実によく見ればかなりの精巧さを誇る。
またその独特な、直剣には無い柔らかさを感じさせる反りもひさめの心の琴線に触れた要因の一つと言えよう。
だからこそひさめは圧倒的なまでに命を奪うことに特化していたにも関わらず、美しいと感じたし、何よりも自分でも扱ってみたい武器だと初めて思ったのだろう。
家を逃げるように出た当初こそ、フラフラと目的も無く徘徊するだけだったが、いつしかひさめは冒険者街と呼ばれる北の大通りにまで足を運び、必死に軒先の展示窓を眺めては、か細い息を吐くを繰り返す。
「……やはりありませんね。あれほど腕の立つお方ですし、特注品か特殊な武具なのでしょうか?」
しかし、ひさめがヘトヘトになりながらいくら探せど見つからない。
それもそうだろう。何せ日本刀は剣とは造り方も扱いも異なり、この世界では隼翔しか持っていないのだから、売っていなくて当然である。
もちろん、ひさめがその事を知るよしもないのだが、彼女も心のどこかでは売っていないことを何となくだが理解していた。それほどまでに日本刀とは特殊な形状をしている武器なのである。
「……売っていたところで、今の私には買えませんし。そもそも使えもしないでしょうね……」
探すのを諦めたように呟くひさめ。
すっかり夕暮れ間近となった空模様。
道端を元気よく駆けずり回っていた子どもたちの姿は無くなり、通りからは人の姿が極端に減る。
町の色が茜色から青夜空色に変われば、再び冒険者たちで賑わいを見せ始めるのだろうが、今はちょうど移り変わりの時間帯が故にしじまが色濃くなる。
「夕食の仕度もありますし、帰りましょうか……――――ん、あれは?」
何度目か分からない溜め息を最後にフラフラと歩いてきた道を戻ろうと踵を返しかけたひさめだが、ふと視界の端に何かが映った気がして、ピタリと足を止める。
大抵の鍛冶師というのは、打った作品を武具屋に卸して収入を得るというのが一般的なため、武具は当然店舗だが並ぶ。
だが、時に偏屈あるいはまだ名の売れていない未熟な鍛冶師は自ら露店を開き、作品を売ることがある。
後者は要するにまだ店舗に並べるには力量が足りないが為に引き取ってもらえず、下積みとして仕方なくという要素が強いのだが、前者は言葉通り偏屈が故に気に入った相手にしか売りたくないからこそ、わざわざそのような手間をかけている。
ひさめの視界に入ったのも、ちょうどそのどちらかに符合するであろう鍛冶師が開く露店だった。
ただ普通ならば"~工房"とか鍛冶師の名前が書かれた小さな看板のようなものがあるのだが、その露店は青色シートの上に本当に作品を並べただけの陳腐な店構え。
元々商品数が少ないのかあるいは売れたのかは不明だが、並ぶ作品も多くはない。
シートの隅に申し訳なさそうに置かれる使い込まれた砥石が、この露店の主がどれ程武具に入れ込み大切にしているかを如実に語っているのだが、生憎とひさめの瞳を釘付けにしたのはそれではない。
「うーん、やはりこの刃の鋭さと刀身のしなやかさは見事だよな。是非ともこの技術を知りたいな」
「確かに鍛冶にはそこまで精通してないけど、私にもすごいって分かるからね。若様なら知ってるかな?」
シートの上で談義する男女。
男はオレンジの短髪で、美しく鍛え抜かれた肉体というよりは力仕事わしているうちに鍛え上げられた体と評するのが相応しく、恐らく彼が鍛冶師なのだろうとおぼろ気にひさめは悟る。
その隣でにいる女性は薄黄色のショートボブで、ほんわかとした美人。彼女もまた鍛冶師ではないにしろ、指先の感じからして何かしらの職人なのでは、と当りを付けるひさめ。
しかし、ひさめを釘付けにするのは男女の容姿ではなく、二人が握り、吟味するように眺める1つの剣。
それはあのとき見たような一級の美術品をも越える美しさや凄みは無かったものの、確かに片刃で反りのある剣。
「あ、あのっ!?少しよろしいでしょうか!?」
「うおっ、……い、いらっしゃい」
ひさめは際立って優しく控えめな性格。
それは見た目からも何となく想像のつくことなのだが、そんな彼女が珍しく大きめな声で、初対面の人に自ら話しかけた。
その事を知れば幼馴染み二人は大変驚くのだが生憎と二人はいないし、何よりもひさめ自身刀に目を奪われそれどころではない。
ただ急に話しかけられ、あまつさえその相手がどこか幽霊的な雰囲気を醸し出していれば当然のように驚くわけで、鍛冶師の男――クロードはすっとんきょんな声をあげながら、何とか客対応を見せる。
「あ、あの……その……」
「ん?何か欲しい武器でもあるのか?」
しかし、ひさめはいざ話しかけたもののなんと言えばいいか言葉が浮かばず、さらには舌が口裏に張り付いたのではと錯覚するほど乾く。そして最終的には完全に思考と動きが停止してしまう。
その近寄ってきた時とは打って変わって口どもるひさめの姿にクロードは首を傾げつつも、一切のわけ隔てない対応を見せる。
クロードは一目見た時から、彼女が冒険者たちの間で噂される少女だと見抜いていた。そして実際に見て尚、少々格好に難はあれど無害そうでしかないというのが正直な感想であり、普段通りの態度で接する。
ただ、その普段通りと言うのが少しばかり職人気質のぶっきらぼうな態度なだけに、若干ひさめに高圧的な印象を与えているのだが。
「え、えっと……その……あの……」
「ん?」
あわあわと視線をところなしげに彷徨わせるひさめ。彼女しては彷徨わせながらも訴えるように何度もクロードの握る刀を見てはいるのだが、そんなのに気が付ける都合の良い人物はいない。
そんなひさめに目を細めるクロード。その力強い視線がよりひさめを追い込み、まさしく蛇に睨まれた蛙の如き状態と化す。
何度も言うがクロードは決して彼女を蔑んでいるわけでも、遠ざけようと高圧的に接しているわけじゃない。彼の地が少しばかりぶっきらぼうなだけである。
そんなクロードを見かねたように横から優しい手刀が、えいっと言う可愛い掛け声とともに振り下ろされる。
「いたっ!何すんだよ、アイリス?」
「もうぅ、クロード。そんなしゃべり方じゃお客さん怖がっちゃうじゃない。現に彼女だって萎縮しちゃってるわ……ごめんなさいね。別に彼に悪気はないの。ただちょっとぶっきら棒なだけなの」
だから許して、と優しい姉のように頭を下げるアイリスと呼ばれた炭鉱族の女性。その横では実際は痛くないであろう頭を自ら摩りつつ、クロードもすまんと謝罪している。
ひさめとしてはあまりされない対応。それこそ懇切丁寧なギルド職員たちが、仕事として仕方なくやっている姿くらいしか彼女の記憶の中には存在しない光景。
だがそれらと違うのは、二人は本当に嫌がった素振りを見せず、心から彼女に同じ人間として接してくれているということか。
(このお二方も歌竹殿や菜花殿、そしてあのお方とも同じように私を嫌厭していないのでしょう、か?)
粗暴ながらもしっかりと頭を下げる鍛冶師の男性と一切嫌味を感じさせない朗らかな笑みを浮かべる女性を見て、ひさめの心に小さく淡い期待が芽吹く。
「い、いえ……こちらこそ……その、申し訳ありません」
「ふふっ、あなたは何もしていないのに。面白い人ですねっ。それで、今回はどのようなご用件でしょうか?」
湧き上がる期待を心の隅に寄せながらいつもの癖で平伏する勢いで謝るひさめに、アイリスは愉快そうに笑みを浮かべながら彼女の目的が何なのかを優しく聞く。
その優しい対応だからこそか、ひさめは何度か深呼吸をすることで落ち着いて自分の要件を口にすることが出来た。
「その、ですね。実は武器を見せていただきたいのですが……」
「そうでしたか。それではご自由にご覧くださいな。何か質問でもあればその都度お聞きいただいても構いませんので」
そういってアイリスはスッと視線を下げる。その行動は別に客対応を止めたという訳ではなく、ひさめの性格を考慮して過度には構わず落ち着いてクロードの作品を吟味してもらおうという彼女の気遣いだ。
このような細やかな気遣いは女性であると同時に一流の木工細工師であるアイリスならではだろう。
「あ、あの、その……」
「はい?」
しかし、ひさめはすぐさま質問だといわんばかりに声をかける。さしもアイリスとてそこまで早く質問されるとは予想していなかったらしく驚いたように目を見張ってしまう。
だが好奇心とようやく巡り会えたと高鳴る鼓動に突き動かされる今のひさめに相手の変化を悟れるほど視野は広くない。それゆえにいつもより饒舌に言葉を紡ぐ。
「そちらの方が持っている、その武器について……えっと説明と実際に手に取らせていただきたいのですが……」
「えっ、これか?」
ひさめの視線が自分が手に握る刀に注がれているのに気が付き、クロードは思わずといった感じに目を丸くし、アイリスは刀に興味を示したことに対する驚き半分とクロードの作品を見てもらえなかったことへの残念半分といった感じの複雑そうな表情を浮かべる。
「え、えーっと……ダメ、でしょうか?」
「あ、いや……ダメってことはないが。ただ、生憎とこれは俺が打ったモノじゃねーから大した説明もできねーし、何よりも売れないぞ?」
「か、買えないのですか……。いや、確かに自分もお金はないですが……じゃあせめて簡単にでもよろしいので説明だけでもお願いできないでしょうか?」
"売り物じゃない"という言葉にひさめは沈痛そうな表情を浮かべたが、今現在お金は持っていないし、そもそも高そうな武器に新調できるほど貯蓄があるわけでもない。
それでもあの時見た憧憬の姿が忘れられない。どこまでも堂々とした後姿に近づきたい。何よりも自分を美しいと言ってくれたあの人にもう一度会いたい。思い出すだけでも胸がドクンッドクンッと強く高鳴る、その真っ直ぐで強い想いがひたすらに少女を前へ、前へと突き動かす。
「これは刀と呼ばれる武具らしい。見ての通り剣と違って片刃で、何よりも剣身が薄く細いのが特徴だ。だが見た目以上に硬度があるし切れ味も鋭い。正直どうやって造ればこんなのができるのか俺にはさっぱり分からん」
夕日を反射する刃を眺めながら鍛冶師としては悔しく、しかし一職人としては称賛せざる負えない刀という武器について語るクロード。その横ではアイリスがうんうんと頷きながら、嬉しそうにクロードの横顔を眺める。
確かに剣と刀ひいては日本刀というのは似ているようでかなり異なる武器である。前者は叩き切るなら後者は断ち斬る目的であり、その製造法も大きく違う。いくらクロードが伝統と革新両方に興味を持ち鍛冶に打ち込んでいても、なかなかその極意にたどり着くのは難しいだろう。
それでも何かしらの糧にはなるし、もしかすれば極意に到達するかもしれない。そんな思いから隼翔は能力を用いて製造した日本刀を一振りクロードに託している。
「えっと、それじゃあこの刀、という武器は誰も造れないのでしょうか?」
「え、いや……うーむ」
すっかり職人の顔つきで刀を眺める男に、ひさめはすがるような想いで問いかける。
現状目の前にある一振りは売ってもらえず、並べられる作品から察するにおそらく鍛冶師の職を持つ者でも製造法が分からないという武器。つまりもう手にすることはできないか、最低でも目の前の鍛冶師が製造法を習得するまで手に入れる手段はないということになる。
それは果たして何年後、何十年後か。いやもしかすれば製造法が分からず一生涯手に入らないかもしれない。
せっかく見つけた初めて追いたいと思った憧憬。今までは故郷のため、そして自分という人間が必要とされる場所を築くために闘っていた。それが変わるかもしれない、おそらく最初で最後の機会。
逃したくない、ひさめは強く思った。弱い自分から脱却したい、そう願った。何よりももう一度会いたい、純粋に望んだ。
果たしてその願望が届いたのかは分からないが、クロードははっきりと否定はせず、むしろ悩むように唸り始めた。そして、何を思ったのかジッとひさめを見つめる。
普段のひさめならじっくりと見られたりすれば、硬直するか、視線を彷徨わせるが、逃げ出していただろう。
だが、彼女はなぜか逃げてはいけない。むしろ自分の想いを伝えなければと、クロードから視線を逸らさずに堪える。
(……この強い信念を感じる瞳。なんだか俺を誘った時の、助けに来た時にアイツにそっくりだな)
空の具合から言って、そろそろ地下迷宮から帰還し始めている頃であろう、親友とどことなく似ている気がして、クロードは思わずふっと笑みを漏らす。
前髪の間から覗く、少女の真っ直ぐな瞳。絶対にテコでも引かない、あるいは可能性があるならと強く訴えている。さっきまでのオドオドとした雰囲気はどうしたんだと、思いつつクロードは根負けしたといわんばかりに首を振る。
「分かったよ。刀を造れる奴を知ってるから会うだけ会わせてやるよ」
「本当ですかっ!?」
「ああ、これから時間あるか?あるならついて来ればすぐにでも会わせてやる」
ぜひ、と間髪入れずに答えようとして、はっと空を見上げるひさめ。
家を出てきてからかなりの時間が経過してしまってる。これから付いて行けば遅くなり、恐らく寝ている幼馴染二人が心配するし、食事の準備も必要。それでもこの機会を逃したくないし、可能性があるならすぐにでも縋りたいというのが本音。
(……今から帰って夕食の準備をしてまた戻ってくれば問題ないでしょうか?)
妥協点として、二人に夕食の準備と事情を説明して出てくることを思いつくひさめ。
だが問題はそれほど時間をかけて目の前の二人が待ってくれるか。何より刀を製造できるという方の心象が悪くならないか。それがひさめの唯一の懸念材料。
「え、っと少しだけお時間を待っていただいても宜しいでしょうか?家で仲間が待っていますので……無理なら後日再びお願いに参りますが……」
「ああ、だったら気にせず帰って大丈夫だぞ。俺たちもまだここにいるし、アイツらまだ探索から戻ってこないからな」
刀を造れる人が地下迷宮で探索している、それを聞いてひさめの脳裏に一人の男の姿がより鮮明によみがえった。
もしかすればこんなにすぐに再開できる、そんな淡い期待が胸の中で膨らみ占有する。
「あ、ありがとうございます。どれくらいまでここに残っていますか?」
「うーん……アイリス、あとどれくらいで戻る予定だ?」
「もうぅ、クロードったら……今が月の5前だからあと1時間30分ってとこかな」
「だ、そうだ」
「分かりました、ありがとうございますっ。それまでに戻ってきますねっ」
流暢にお礼を述べ、ダッシュで走り去っていくひさめ。その後姿を見ながらクロードとアイリスはやれやれとばかりに首を軽く振る。
「ところでクロード。若様に許可取らないで会わせるなんて約束しちゃって良かったのかなぁ?」
「う、うーん……。不味い……ことはないはず。そう、願いたい」
気に入った人間と以外は基本的に付き合いが悪い隼翔の性格を今更ながらに思い出した二人は、どうしようかと思わず頭を悩ませるのだった。




