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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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蔓延るうわさ

 まばら程度にしかいない人。そこから漏れるようにしてヒソヒソと聞こえてくる会話。

 それらは今しがたギルド本部に戻ってきたクロードとアイリスを噂している声、というわけではない。


「なぁ、聞いたかよ?また新人が消えたらしいぜ」

「流石に多いよな……今月でもう30は消えたんじゃないか?」

「ああ。しかも死体は見つからないのに、武器や鎧だけはほとんど無傷で見つかるとか、流石に気味悪いよな」


 聞こえてくる内容というのは、ほぼ一様に2ヶ月ほど前から話題にあがる新人冒険者が忽然と姿を消すというもの。

 当初こそ、無謀な新人がたまたま多かっただけだと歯牙にもかけられないような話だったのだが、時間と共に何故か武具や服だけがその場に残っているという不可解な発見が相次ぎ、結果として今のように話題の1つ(ホットトピックス)となってしまった。


「……そういえばギルドからも注意勧告があったっけか?」

「もぅ、クロード忘れちゃったの?下級冒険者は特に気を付けなさいってずっと掲示板に書かれてるじゃない」


 聞き耳をたてながら首をかしげるクロードにアイリスは呆れたような怒ったような仕草をしながら、ほらっとギルド内に設置された掲示板に指を向ける。

 この掲示板とは依頼板リクエストボードとは別に設置された、主に冒険者向けの情報を発信するための場。

 そこには"軍勢(ユニオン)メンバー募集"と書かれた紙や"貴方の専属職人になります"と言った個人が貼り出したモノもあれば、金属や薬の相場表、ギルド主宰軍勢(ユニオン)定例会議の日時、そして"闘技大会開催の知らせ"などギルドや商会が発信してる情報が多々見受けられる。

 その中で一際目立つ赤紙に書かれた内容、それこそがまさにクロードが口にした注意勧告である。


「あまし興味ねーから覚えてなかったわ」

「身を守るための情報なんだから覚えおいてよー」


 うっかりと言った感じで頭を掻くクロードを母親のように苛めるアイリス。

 相変わらずの仲睦まじい雰囲気だが、聞こえてくる不穏な噂がそれを中和する。


「聞いた噂だと、例のアレがこの件に関わってるらしいぜ」

「例のアレって何よ?」

「知らねーのかよ?あの幽霊みたいな――――」

「ああ!あの災厄を運ぶって噂の女か!」

「それだよ!流石、瑞穂で嫌われる黒目黒髪の女だよ」

「知ってるか?何でもあいつと組んでる奴ら死にかけてたらしいぜ」

「マジかよ!また(・・)仲間を巻き込んだのかよ!」


 悪評とともに響く聞くに堪えない嘲笑。

 別に知り合いが噂され、けなされ、辱められているわけではない。

 それなのに、なぜかクロードは強く握り拳をつくり、ワナワナと肩を揺らす。


「落ち着いて、クロード。彼らは別に若様のことを侮辱しているわけじゃないわ」

「……ああ。分かってる、分かってはいるが……」


 アイリスの言う通り、黒目黒髪という部分が隼翔と言う男を連想させ、憤っているというのは間違っていない。

 しかし完全に正しいかと言えば決してそうでもなく、噂や見た目だけで判断され、バカにされているという部分もクロード個人としては非常に許せない部分である。

 クロードだって、黒目黒髪の瑞穂の女性が不吉だと煙たがられているのは知っている。だが彼としてはそんなものどうしたと、鼻白むのが正直な感想であり、そんな見た目(モノ)では個人を測ることも武具を見定めることなどできやしないと言うのが彼の全てである。

 だからこそバカのように噂に踊らされ、剰え他者を貶める彼らに憤りを感じてるのだが、そのクロードを落ち着かせるようにアイリスの声が優しく響く。


「クロードの言いたいことは分かるよ。私だって見た目なんかで判断したくないし、されたくないから。だけど火のない所に煙は立たないのと一緒で、相応の理由がある可能性も捨てきれないでしょ?私たちのすべき事は無暗に怒鳴り散らしたりすることじゃなくて、しっかりと物事を判断することだよ」

「……そう、だな。すまん、熱くなりすぎてた……」

「ううん、気にしないで。私はそうやって誰か知らない人を想って怒れるクロードだからこそ、好きになったんだし。それに昔から熱くなったクロードを落ち着かせるのは私の役割だもん」


 そうでしょ、とあまりない胸を誇張するかのように張るアイリス。

 傍から聞けばただこっぱずかしく、聞く方も言う方も赤面モノの台詞なのだが、新婚のような二人にとっては甘々さを増すためのスパイスに過ぎず、ギルド本部にいるということを忘れ見つめ合い始める始末。


「「「「…………」」」」


 さしも周囲で噂に興じていた冒険者たちもすっかり自分たちが何を話していたかを忘れ、砂糖を吐き出しそうな表情で興ざめ、あるいはリア充爆ぜろと言わんばかりに三々五々に散っていく。

 すっかり閑散としたギルド本部内。そこでじっと見つめ合う二人。


「あ、あの……大変恐縮ではございますが……一応ここは公共の場でありますのでなるべく節度ある行動をお願いしたいのですが……」


 盛り上がる二人を現実に引き戻したのは、ギルド嬢の申し訳なさそうな一言であった。








 ところ変わって、ここは都市の外れの方にある長屋の一室。

 一部屋あたり二間しかない小さな長屋で造りは非常に簡素。また隣家(隣室)とを隔てる壁はベニヤ板ほど薄く気密性はほとんど保たれず、時折吹きつける夏の暑い風がガタガタとボロい戸口を乱雑に叩く。

 室内もこれと言ってモノは無く、少し大きめの茶箪笥が申し訳なさそうに部屋の隅に置いてあるくらいで他には目立った物は置かれていない。

 唯一他と違うとすれば敷かれた床材が木材ではなく、井草いぐさを編み込んだ畳のようなモノであるくらいか。もちろんその畳も深緑色はしておらず、日焼けして赤茶けたボロボロのものではあるのだが。

 戸口近くに備え付けられた小さな竈からは煙が上り、乗せられたボロ鍋の中では水分過多の雑穀がグツグツと煮られている。

 絵に描いたような貧乏生活の一幕にも思えるが、どこの軍勢ユニオンにも属することが出来ず、かと言って稼ぎの少ない初心者冒険者や実力のない者、あるいは運の無い者たちはこのような生活を日々強いられている。


「すまない、ひさめ。お前だって怪我を負っていたというのに……」

「ごめんね、ひさめちゃん」

「いえ、気にしないでください。歌竹かたけ殿も菜花なばな殿も気を失っていたのですから」


 二間の内の片方、赤茶けた畳の上に敷かれた薄く草臥くたびれた布団の上で病人のように座り込む大男――富士花ふじはな歌竹かたけと小さい少女――藤堂とうどう菜花なばなは、炊事場に立ち、煮込まれた雑穀を器に盛り付ける黒目黒髪の少女――菊理ひさめに対して項垂れるように頭を下げる。


 この瑞穂出身の三者は悲運か必然かは不明として、岩窟層スーテラン13階層で魔物の大群に襲われ、幸運にも隼翔に興味を持たれたおかげで救われた冒険者たちで、三名の冒険者階級(ランク)はD。

 ソレを加味するなら岩窟層スーテランの後半あたりを探索していても不思議ではなく、少しばかり挑戦したかな程度の感想にしかならない。だからと言って冒険者をしている以上、同情の余地はないのだが。

 それはともかくとして、ひさめは隼翔に救われた後、同行者二名が目を覚ますのを待ってから彼女たちの拠点であるボロ長屋に帰還し、一日の休息を挿み、今に至る。


「お二人とも、とりあえずこちらをどうぞ。お金が無くて大したモノは作れなかったのですが……」


 これ以上の言葉をかけてもひさめは恐縮するだけだと、昔からの馴染みで理解のある二人は言葉ではなく再度頭を下げてから差し出された薄粥を受け取り、静かに空腹を訴える胃に流し込む。見た目通りの薄味だが、決して不味くはなく今の身体の状態を考えれば非常においしく優しい味。

 Dランクとして1年ほど活動してる彼らだが、決して稼ぎが少ないわけではない。

 だが彼らの故郷である瑞穂は現状特殊な状況下に置かれているため、銅貨一枚でも多く稼ぎが必要としているのでこのような清貧な生活を送りながら少しでも金銭を貯めている状態。

 加えて、岩窟層スーテラン後半に挑戦するにあたり装備を一新したが故にお金もないというのが彼らの現状といえよう。

 だからこそ、工夫一つで少しでも生活を豊かにする方法に精通している彼らだが、こと家事に至ってはひさめは抜きんでいている。その例として今の薄粥が挙げられる。


「美味かった。やはりひさめの料理はすごいな」

「そうだね……私じゃあ、ひさめちゃんほど料理上手くできないもん」

「お粗末様です。それでお二人とも……体の方はどうでしょうか?」


 器の中身をすっかり空にして手放しで賛辞を述べる二人に、ひさめも前髪で顔を隠しながらも頬を密かに緩める。

 だがその和やかさをいつまでも感受しているわけにもいかず、ひさめは今後の方針を決める上でも重要な二人の状態――特に歌竹の腕――について沈痛な表情で再び尋ねた。

 実は目覚めた直後にも訪ねてはいたのだが、その時は隼翔の予想通り動くには動くが鈍いという答え。だが、もしかしたら疲れあるいは空腹のせいでは、と一縷の望みに駆けて今尋ねているのだが……。


「……やはり、動きが鈍いな」

「そう、ですか」


 食事をとる姿を見て予想出来ていたが、やはり冒険者を続けるのは難しいという答えに歌竹本人だけでなく、横に座る菜花や対面で正座するひさめも視線を落とし歯痒そうに表情を歪める。

 一見すれば完全に普通の状態だが、皮一枚で繋がっていたような状態だった腕は隼翔の触診通り深刻だったようで、一日たった今でも日常生活に支障は無いものの、武器などとてもではないが握れない。


「こればかりは自業自得だからどうにも言えんな。むしろ命があるだけマシ、と考えよう」

「でも、歌竹。……これからどうする?仕送りできなくなると……」

「そうですよ……それに生活だって……」


 割り切ったように言い切る歌竹だが、ほかの二人はそうもいかず現実を拒むように、表情に影を落とす。

 ここで本来なら歌竹が慰められるべきなのだが、なぜか歌竹本人が二人を励ますように力強く笑って見せる。


「お前たち二人ならまだ冒険者続けられるだろ?俺なら、なにか適当に生産職にでも就けばどうにかなるさ」

「歌竹がやめるなら私も冒険者やめて、どこかで一緒に働く」

「っ!?おい菜花。それじゃあ、ひさめが一人になるだろ?」

「……確かにひさめちゃんも友達だけど……それ以上に私は……」


 菜花の発言に歌竹だけがギョッと目を白黒させ、驚きを表す。

 ここは冒険者の都。もちろん冒険者以外にも様々な職業はあるが、歌竹同様に怪我を理由にやめる人間もまた多いので、他の就職口はかなり少ないというのが現状である。その点、冒険者と言うのは決して飽和しないだけ、なる分には容易で身一つで稼げるのも良い利点ではある。

 だからこそ最悪の場合都市を離れ、就職する可能性を孕む歌竹を心配するのも分かるが、それ以上の感情が菜花を実直に突き動かしている。


 この三名は幼馴染で、それこそ兄妹同然に育ったと言える。だがその関係がここまで続いているかと言えば、ひさめに対してだけは肯定と言えるが、菜花と歌竹については否定である。簡潔に言えば二人は好き合っているということ。


 歌竹は自分を優先的に考えてくれ、一緒にいてくれるという菜花の気持ちを嬉しく思うが、それでも妹分であるひさめを一人にはしたくない。

 それは菜花も同じだが、それでもやはりそれ以上に大切な歌竹を想う気持ちが勝ってしまうのもまた仕方ないと言えよう。


 そしてひさめはと言えば、彼女自身ソロで冒険者を続けることは実力的に難しく、最低でも菜花の助力は必要なのだが、二人を引き裂きたくはないという想いが強く、幸せになってほしいと願っている。また同時にこの二人にだけは嫌われたくないという気持ちの面もある。

 だからこそ、ひさめは発言できない。いや正確にはもう一つの感情が彼女の口を閉ざしている。


(……自分は本当にわがままで卑しい人間です)


 何度も言うが、彼女を嫌わずに今まで一緒にいてくれるのは家族を除けばこの二人だけ。そんな居心地の良い二人とは絶対に別れたくない、と言うのがひさめの本心。

 お荷物にはなりたくない、居場所を失いたくない、そんな想いが彼女を器用な人間にさせたのだが、同時にこの境遇で周囲から罵られたり嫌厭されたり、後ろ指さされたとしても決して誰も恨んだりしなかった"ひさめ"という優しい少女は二人とここで道を分かれるべきだと必死に訴える。

 相反する気持ちが彼女の口を重く閉ざし、三人の話し合いはずっと答えが出ぬまま平行線をなぞる。


「はぁ……。とりあえず話はまた今度、体調が万全になってからにしよう」

「そうだね……」


 重苦しい雰囲気を取っ払うように、三人のまとめ役兼兄役の歌竹がため息を吐く。その横では同じように菜花も息を吐くが、ひさめだけは"まだ"一緒に入れることを心のどこかでホッとしてしまっていた。そしてその自分のものすごい嫌気がさしてしまい、唇を噛みしめる。


「そうだ、ひさめ」

「っ、はい。何でしょうか、歌竹殿?」

「俺たちを助けてくれたという冒険者に礼がしたいんだが……」

 

 口の中に広がる鉄錆の味。それでもなお戒めのように唇を噛み続けるひさめ。

 その様子に気が付いたわけではないが、歌竹が気遣うように話を変え彼女に救ってくれたという冒険者について尋ねる。だがソレはひさめ自身も知りたいことが多く、正直言って答えられることなどほとんどないというのが実情。


「……えっと、ソレは以前にも話した通りなのですが……」

「ああ、名前が分からないのは重々承知だ。だがこの都に住んでいればいつか会えるだろう?だから会えたら是非とも約束を取り付けて欲しい」

「っ。分かりました……自分も会えたらお礼したいので、その時がありましたら話してみますね」


 普通ならこの都市で職を探すよりも、他の都市で探した方が良いのは目に見えている。

 それでもひさめだけを残して離れることは決して無いから安心しろと、歌竹は幼馴染としてまた兄貴分としてひさめの心を読み取ったかのように笑いかける。

 そのどこまでも優しく、力強い笑みにひさめの心はズキッとかつてないほどに痛みを訴える。

 二人の幸せを願っているのに、二人の優しさにいつまでも甘え依存している卑しい自分。いつまでも独り立ちしようとしない弱い自分。


(……それに引き換え、自分を助け下さったあの方はどこまで強い(・・)のでしょうか。……私もあの方のように強くなれるのでしょうか)


 単独で地下迷宮ダンジョンに挑める強さもそうだが、それ以上に誰かを助けることに躊躇いなど見せない姿勢や一人でいることに恐怖を抱かない心の強さ、自身に溢れる背中。それらは決して"ひさめ"という少女が持たないモノばかりで、彼女からすればソレを当たり前のように持つ彼は羨望の塊。

 だからこそ、か。果たして助けてくれたあの方は今の自分をどう思うのか、そんな決して分からないであろうことをひさめは悩みながら二人にお辞儀して、茫然と部屋を後にするのだった。

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