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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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砂漠という名の海

本来はもう少し長かったのですが、後半部分がどうしても気に入らなかったのでカットして次回分にしました。なので書き直せればいつもよりは早く更新したいと思います。

(これは鮫か?いや、鯱か?……どちらにしても馬鹿でかいな)


 眼下には果てしなく広がる砂の世界。

 岩窟層スーテランはまさに迷宮とでもいうべき、細い通路がいくつも重なり合い自由度が低かったのだが、今いる砂海層エーデゼルトは区切る壁や定められた通路はどこにもなく、右に進むも左に進むも自分の意思次第で、目標物も無いから地図があっても迷ってしまうのではないかと思う。

 それはまさに砂の海。だからこそか、産まれる魔物もまた海の生物に起因しているのだろうかと、今にも仲間たちを喰らおうとする魔物を見下ろしながら隼翔はそんなことを考える。


「まあ鯱でも鮫でもどっちでも良いか」


 今重要なのは魔物の由来などではなく、まさに仲間たちが視線のすぐ先で襲われかけているということ。

 果たして襲われている原因となった油断がどうして起こったのか、隼翔には分からない。ただ、如何に上級冒険者と言えどたった一度の小さな綻びが生死を分けてしまうほどこの層、ひいてはこの世界は厳しいのだと、隼翔は上級冒険者である炭鉱族ドワーフの少女が身を呈して仲間たちを守ろうとしてる姿を見ながら感じる。

 もちろんここで自己責任だと見捨てるほど隼翔と言う男は薄情ではない。しかし、同時にその少女に対して決して特別な感情を抱いているわけではない。それでも大切な友人の婚約者だし、何よりも大切な仲間。この世界に訪れるまで持ったことのない存在とそれを守りたいと思う感情を、過去の自分に誇りながら、隼翔は量の大腿に取り付けられた新たな武器に手を伸ばす。


 それは昨日、鍛冶師である相棒に初めて打ってもらった珠玉の作品の短剣。

 柄代わりに開けられた穴に親指以外を通し、抜く。ずっしりと伝わる、見た目以上の重さ。分厚く、鋭さと堅牢さを兼ね備えた黄土色の刀身。


「さあ初の実戦でのお披露目だ。魔剣と恐れられる由縁を見せてくれ」


 まるで化け物のように獰猛な笑みを浮かべながら隼翔は魔力を流す。その魔力に呼応して、刀身からは昏い青発光が起きる。これぞまさしく魔剣と呼ばれる武具特有の現象。だが同時に通常の魔剣ではあり得ない現象が、隼翔の中で産声を上げる。


――――グルルルッ


 どこからともなく響き出す唸り声。それは生前の姿を彷彿させる、おぞましさを孕む。

 木霊するように、反響するようにそれはどんどんと大きくなり、次第に常人では大よそ発狂しそうになるほどの何かに膨れ上がる。それは魔剣の意思、あるいは怨嗟。渦巻く気色悪さが破裂するように暴れ狂うのだが、隼翔は動じた様子もなくむしろ懐かしそう(・・・・・)な表情を浮かべる。


――――黙って俺に従え


 そして、心の中で一喝。すると暴れ狂っていた怨嗟の暴風は瞬く間に沈静化し、消え去った。


「随分とやんちゃだな。まあこれくらいじゃないとつまらないがな」


 隼翔を主と認めてなお、乗っ取ろうとする怨嗟。

 ほかの魔の宿す武具を使ったことが無いからこそ、その異常性を知らぬ男はやれやれとそのやんちゃさに肩を竦めつつ、力強く発光する短剣を構え、砂漠鯱に斬りかかる。

 ズバンと音を立て、斬り落とされる背びれ。普通ならここですぐにでも再生されるのだが、その速度よりも早く二本の短剣が奔る。

 末恐ろしい速度で切り裂かれていく鯱の体躯。あたかも魚の三枚下ろし、ひいては刺身でも作っているのではと勘ぐってしまうほどこまごまと綺麗に捌かれていく。


――――キシャーーーー


 奇声とともに唯一無事な尾ひれを震わせ必死の抵抗を試みる砂漠鯱だが、その抵抗も隼翔の前では無に等しかった。


「残念だな。その程度じゃ俺を止めることなどできはしない」


 暴れるなと言わんばかりに斬り落とされる尾ひれ。砂漠鯱はすっかりその美しい流線形の体躯フォルムを失い、まな板の上の鯉と化す。


「さてコレで終幕としようか」


 両手の魔剣がより一層、怪しく輝きを増す。

 魔を宿す武具が強力と謳われる由縁は特別な能力を有しているから。端的に説明するなら生前の魔物の能力を使えるということ。例えば火を噴く龍を素材として魔剣を打てば炎を放つ剣となり、風を操る魔鳥を素材に用いれば風を刃を飛ばす武具と化す。

 そして隼翔の持つ短剣の生前の姿は特殊な一角兎。その象徴は一点特化した無駄のない刺突。つまりこの魔剣の最大の攻撃方法は刺突であり、生前の兎を彷彿させる一撃が鯱を穿った。

 急所である魔石片だけを正確に射貫いた一撃。魔石片は砂漠へと静かに落下し、鯱を形成していた砂はゆっくりと崩壊して、雨となり砂の海の戻る。


「ふぅ……。みんな無事か?」


 パラパラと砂の雨が降り続く中に茫然と立ち尽くす4人に声をかける隼翔。

 彼らが怪我を負っていないことは承知の上だが、それでも礼儀的にそんな言葉を投げかける。


「はい、若様。……私の不注意のせいで申し訳ありません」

「言っただろ?俺も集団戦に慣れていないが、今はパーティを組んでいているんだ。一人で気負う必要はないと」


 代表して申し訳なさそうに頭を下げるアイリスに、隼翔は気にしすぎるなと声をかけながら両手の短剣を太腿に付けられた鞘に戻す。

 初めて実戦の中で使ったが、その使い心地と言い性能と言い、隼翔の中では文句なしの一言に尽きる出来だった。


(強いてあげるなら俺の魔力をごっそりと持っていたことだが……まあソレは俺の問題だからな)


 元々は魔力と言う概念が存在しない世界で生きていたからこそ、魔力消費に伴う形容しがたい倦怠感に未だ慣れず苦笑いを浮かべてしまう。

 ましてや今までの魔力の消費は魔眼や神眼による緩やかな減り方だっただけに、今回のような急激にほとんどの魔力を持っていかれた経験が無くかつてないほど奇妙な感覚が身体を取り巻いている。


(あまり魔剣の力は多用できないな。まあソレ抜きでもかなりの切れ味があるから使わなくても良いし……)


 最悪の場合にはここから持ってくれば良いし、と羽織っている外套の端をそっと撫でる。

 いつかのためにと、魔帝の古城で頂戴した一品である"鴇夜叉の外套"。

 隼翔は今まで基本的に魔力を消費しなかったし、使ったとしても少ない魔力の範囲内でやり繰りをしてたので外套の能力を今まで持て余していたが、これからは魔剣という新たな力を十全に必要とする機会がきっとある。その時には貯めていた分をしっかり返してもらうぞ、と心の中で呼びかけると、まるで答えるように外套がふわっと動いた。


「若様?どうかなさいました?」

「いや、なんでもないさ。クロードもそんな心配そうな表情をするな。この短剣は最高の出来だよ」

「あ、いや……うん。実際そう言ってもらえて安心したよ」


 ぼんやりとする隼翔に心配そうに声をかけるアイリス。彼女の後ろではクロードやフィオナ、フィオネと言った面々も黙り込んでしまった隼翔を心配そうに見ている。

 その視線に気が付いた隼翔は、問題ないとばかりに首を振り、ついでにクロードを別の意味でも安心させるように実戦での正直な感想を伝えたのだが、なぜか歯切れが悪い回答。ほかに懸念材料でもあるのかと訝し気に思う隼翔だが、クロードはそのまま気まずそうに視線を逸らす。


「ハヤト様、お時間の方は大丈夫でしょうか?」

「ん?ああ、そうだな……」


 どうにか追求しようと視線を送り続けていたのだが、残念ながらソレはフィオナによって阻止されることになった。

 隼翔たちはパーティを組んでいるとはいえ、クロードとアイリスの本職は職人であり、一日中地下迷宮(ダンジョン)に潜っている暇は残念ながらない。

 そのような理由からまだ夜が明け切る前の太陽ソーレ5ぐらいから地下迷宮に潜り、職人2名は大体昼前の11時頃には引き返すという手筈になっている。

 隼翔は諦めたようにクロードから視線を外し(その際にクロードが密かに息を吐いたのを当然のように知っているわけだが)、愛用の銀時計を開いて時刻を確認する。

 体感的にはまだ11時まで2時間ほどあるような気もしていたが、実際に確認してみるとあと30分もない。

 地下迷宮と言う過酷な環境は人の時間的感覚さえも容易に狂わせ、それは潜り慣れていない者に特に顕著に表れる現象。その例に漏れなかった隼翔は人としてまだまともな部分も残っていたのかと少しばかり安堵しつつ、パチンと時計の蓋を閉じる。……ちなみに、フィオナとついでにフィオネがしっかりと時間の把握ができているのは優秀な腹時計を備えているからである。


「俺とフィオナとフィオネはこのまま探索を続けるが、二人は仕事があるだろうから戻って大丈夫だ。毎度のことだが付き合わせて悪いな」

「こちらこそ申し訳ありません。パーティを組んでいるというのに……」

「だな……毎度毎度すまん。俺に限って言えば正式な専属鍛冶師なのに……。せめて野暮だとは思うが、お前たちも気を付けて探索してくれ」

「ああ、そっちも道中気を付けて帰ってくれよ」


 申し訳なさそうに顔を歪める二人に隼翔は気にしないでくれとばかりにかぶりを振る。そのまま互いに無事を祈りつつ、隼翔たちは神眼の情報を元にさらに深層域を目指し、クロードとアイリスは来た道を引き返していくのだった。




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