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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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のどかな休日 それぞれの午後 1

「「それではハヤト様、クロード様、行ってまいりますね」」

「クロード行ってくるね。若様も、行ってまります」


 地下迷宮に潜るような冒険者然とした格好ではなく、女性らしく着飾った双子姉妹とアイリス。

 その三人を見送るように隼翔とクロードは洋館の玄関に並んでいた。


「おう。楽しんで来いよ」

「ああ。クロードの言う通り、遊ぶ時はしっかり遊んで楽しんできてくれ」


 まだまだエスターテ真っ盛りと言うだけあり、外で立っているだけでも普通の人は汗をかいてしまうほど。それでも日本と違って湿気がそこまで高くないので、カラッとした暑さで不快さをそこまで感じさせない。

 絶好の買い物日和、かは不明だが少なくともお出かけには適していると言える天候。だからこそ女性陣の表情はヒマワリが咲き誇るように眩しく綻んでいる。


「ハヤト様もしっかりとお休みになってくださいね」

「絶対に地下迷宮ダンジョンなど行ってはなりませんよ」

「クロードも鍛冶が好きなのは知ってるけど、ほどほどにね」


 素敵な笑顔でそのように苛められてしまっては男性陣に無理する意思はなかったとしても、予定以上のことをするのはどことなく憚られる気がして、思わずと言った感じで苦い笑いを浮かべてしまう。


「ああ、とりあえず午後は必要以上に鎚を握ったりしねーよ。調整程度にしておくさ」

「俺もわざわざ地下迷宮ダンジョンに向かったりする気はない。しっかりと家で休ませてもらうから安心してくれ。それよりも……」


 やれやれと言った感じで肩を竦めていた隼翔だが、その雰囲気が少しだけ真面目なモノに変貌した。

 だが別にここは地下迷宮ダンジョンではないので、魔物が急に湧いたという訳ではない。現に隼翔の雰囲気は真面目だが剣呑さはない。あるのはどちらかと言えば憂慮か。


「そっちこそ、一応無いとは思うが人攫いや荒事には気を付けてくれ。まあ今の三人をどうにか出来る輩などなかなかいないとは思うが……。仮に何かあれば迷わずソレを使え。すぐに俺が向かう」


 隼翔が視線を向けたのは、姉妹の首元。そこには大きめな宝石が一つだけ嵌め込まれただけの簡素な首飾り(チョーカー)がかけられている。

 それは隼翔が以前姉妹に婚約の証としてプレゼントしたモノなのだが、一応1つの仕掛け(ギミック)が施されていた。

それは言わば警報器に似た役割。もちろん大音量を発するという訳では無く、姉妹が首飾りに魔力を流すことにより隼翔にだけそれを感知できるような仕組みである。


 とことん弱者には厳しいこの世界。

 この都市も表面上は治安が良く見えるが、やはり荒くれ者の冒険者が数多く住まうためケンカは絶えないし、都市の特性上人が消えても余程のことが無い限り調査などは行われない。何せ日々地下迷宮の犠牲者は出ているのだから。


 姉妹は身贔屓に見なくても美少女だし、アイリスもまた同様。つまり周囲からすれば狙わないことなどあり得ないし、男が近くにいないならなおのこと。

 もちろん表だって声をかけるのは節操のないナンパ野郎程度だが、裏で画策している者がいないと断言する証拠はない。


 だからこそ、隼翔は自分が近くにいないときにいち早く危険を察知できるようにと、首飾りに細工を組み込んでいたのである。

 ただ、本当にそれは保険としてである。

 何せ見た目は三人とも優しそうな美少女だが、アイリスは上級者冒険者の一人だし、姉妹も階級《ランク 》こそEだが、実力は折り紙つき。

 その辺の有象無象や不埒者程度にどうにかできるなど隼翔は微塵も思ってはいない。

 それでもこうして態度や言葉に出る辺り、隼翔の過保護っぷりが伺える。


「ハヤトの心配も分かるが、コイツらなら問題ないさ。だろ?」

「そうですよ、ハヤト様。日頃稽古していただいてるのですから安心してください」

「それにちゃんと武器は携帯してますし!」

「そうですよ、若様。なにより裏道に近づく予定はありませんので」

「……そうだな。悪い、楽しい気分に水を指して。気にせずに遊んできてくれ」


 クロード、フィオナとフィオネ、それにアイリスにまでそう言われてようやく自分の過保護さに気が付いた隼翔は珍しく恥ずかしそうに頭をかく。

 そんな普段の落ち着いた雰囲気とは違う隼翔に見送られながら三人は買い物へと向かうのだった。







 太陽は中天を超えたとはいえ、その日差しは全く衰えることはなく地上を焦がすほどに温める。

 しかし、その熱に負けないほど活気に溢れるのが地下迷宮都市・クノスの南通り。ここは肉や魚、野菜に香草と言った食料品から衣類や家具と言った日用品を扱う店が軒を連ね、日中には多くの人でごった返す。


「今日はこれがお買い得だよっ」

「ぜひともうちの新製品を!!」

「これは地下迷宮ダンジョンで採れた植物から抽出した油だっ、美容にもってこいさ」


 歩くたびに露店主たちから掛けられる煩わしいほどの声。

 ふと並ぶ店先を覗いてみれば見たこともないような怪魚や巨大な肉のロースト、不思議な香り漂う香油など異世界、ひいては地下迷宮を抱える都市ならではの商品がずらりと並ぶ。

 もちろん牛や豚、鳥の肉もあるし、魔物ではない普通の鮮魚も、魔力を含まない植物製品も数多く存在するが比率としては半々よりも前者の方が多めといったところで、まさに異世界を象徴する光景。


「アイリスちゃん、今日はどこに行くんですか?」


 立ち並ぶ露天の食品や食べ物を眺めながら、今晩の夕食はどうしようかと主婦のように思考を巡らせるアイリスの横からフィオネが興味深そうに目的地を尋ねた。


「ん~、せっかく今日は女子だけのお買い物だし、洋服とか雑貨でも見よっか!」

「そうですか!楽しみですね」

「お洋服か~、ハヤト様はどんなのが好きなのかな~」


 共に暮らし始めて1ヶ月という月日を共に過ごしたが、実は3人だけで出掛けるのは今日が始めて。

 当初から比較的仲は良かったのだが、これまでの休日は生活の基盤を整えるのに費やしてしまい、また買い物に出かけても大抵買う物は基本的に生活必需品に限られてしまっていた。さらに加えるなら隼翔とクロードも買い物には同行していたので遠慮して女子らしい買い物をしていなかった。

 

 元来女性とは買い物が大好きな生き物。それはフィオナやフィオネ、そしてアイリスもしっかりと当てはまる。それが今まで必要なことに忙殺されていたとはいえ抑制された。そして溜まりに溜まった欲望がついに解放されるのだから彼女たちが大いに喜んでい当然だろう。


「ふっふっふっ、私に任せなさい。しっかり可愛いお洋服が売ってるお店に連れて行ってあげるよ」

「わーいっ、お願いしますね!アイリスちゃん」

「本当にありがとうございます、アイリスちゃん。私たちこの都市のこと全然わからないから大助かりですっ」


 姉妹はこの都市に移り住んでからまだ一か月と少ししか過ごしていない。その間も基本的に買い物は食料や必要最低限の物しか買っていなかったため都市内での行動範囲も広くはない。だからこそ、この都市で幼少の頃より過ごし、よく知っているアイリスの存在が二人にはあり難かったし、何よりも新たな交友関係を気づけたことを心より喜んでいる。

 それを示すようにアイリスの右側では両手を上げ、尻尾を左右に大きく揺らし、まさに全身で喜びをアピールするフィオネがおり、その反対側――アイリスの左側では姉らしく控えめに喜びながら頭を下げるフィオナの姿がある……ただその二本の尻尾がブンブンと揺れているのはご愛敬といったところか。

 その年相応の喜びように、アイリスは目を細めつつ、意気揚々と二人を連れて南通りを突き進む。

 こうして女性特有の、長い、長い、とても長いお買い物は始まったのである。










 右も左も、上も下も、前も後ろもわからないような深い闇。どこまでも虚空が広がる世界。

 普通であれば恐慌状態に陥り、冷静さを失ってしまうような場所なのだが、隼翔は不思議とその場所に安らぎを感じていた。


「随分と久しぶりに来た気がするな……」


 果てまで続く闇の地平線を眺めながらぽつりと言葉を漏らす。

 この場所に来たのは片手で数えるほどの回数だけであり、そのうちの半分以上は死んだ際に訪れたという苦い記憶が蘇る場所でもある。だが隼翔はここが嫌いではなく、好ましく感じている。

 この世界に音はない、この世界に光はない、この世界に匂いはない。あるのは優しい闇だけ。おそらくその優しい闇(・・・・)があるからこそ、隼翔はこの場所が好きなのだと思う。


「そんなんだから、恩人である私のことも忘れちゃうんじゃないかしら?」


 音のない世界に、声が生まれた。それは優しい声色で、隼翔の背中からふんわりと包み込む。

 だが同時にどこかツンっと鋭さがある言い回し。現に脇腹あたりが抓まれたように痛い。

 相変わらず人間臭いというか子供っぽい女神だと苦笑いを浮かべつつ、隼翔はゆっくりと振り返る。


「……弁明させてもらうが、決して忘れたことはないからな」

「それはどうかしらね?現に私の事思い出さなかったでしょ?」


 そこに佇むのは、この世界の主――――冥界の女神・ペルセポネ。相変わらずの美貌に、完璧にまで整ったプロポーション。流石は人を超越した存在である女神といういで立ちで、拗ねて見せるその態度すら気品を漂わせる。

 その見た目と事実思い出さなかったという後ろめたさから隼翔は思わず、うっと言葉を詰まらせる。

 一応隼翔のために弁明するなら、彼とて命の恩人の存在を忘れていたわけではない。ただペルセポネは完璧すぎて良い意味で人間臭さがないのだが菊理ひさめという少女は物凄く整った容姿でありながらも、人間という範疇に収まっていた。

 女神と人と言う決して埋まることのない差があるからこそ、隼翔はひさめを見ただけではペルセポネを思い出せなかったというだけである。何度も言うが決して忘れていたわけではない。


「ふふっ、まあ貴方の困り顔も見れたし揶揄からかうのはこのくらいにしましょうか」

「……本当に良い性格してるよ」

 

 どう弁明するか必死に言葉を模索する隼翔の姿を見て、ペルセポネは溜飲が下がったとばかりにお淑やかに笑みを溢す。

 茶目っ気たっぷりな性格や仕草とは裏腹に、その容姿などは良い意味で人間臭さのない存在。親のように接すればいいのか、はたまた超越した存在として敬えばよいのかその距離感に悩みながら、結局今まで通りの距離感と人並みの皮肉で対応する隼翔。

 その距離感に満足なのか、ペルセポネは鷹揚に頷きながらいつの間にか設置されていた椅子に腰かける。


「褒め言葉として受け取っておくわ。それで今回の要件だけど伝えておきたい事とお願いがあってね」

「へぇ、珍しいな。何かまずいことでもあったのか?」


 本題に入ったことに一瞬だけ目を細めた隼翔。だがペルセポネの様子がそこまで深刻ではないと察すると少しばかり首をかしげる。

 ここに来たのは当然隼翔の意志ではなく、いわば女神からの招集という形。つまり相応の内容――例えば向こうの女神に不穏な動きがあったなど大事を予想していたのだが、女神の表情は冴えないのだがそれは危惧や憂慮というよりは憂鬱と表現するのが正しいかもしれない。


「うーん、不味いことはないかしら。まずは伝えることだけど……あなたに前渡した刀、まだ抜けないかしら?」

「ん?ああ、黒い鞘のやつか。確かにあれはまだ抜けないな。なんか前に心身が未熟でまだその時じゃない、とか吸血鬼の真祖がヌカしていたが」

「そう……まあそれは間違っていないと言えば間違っていないかしらね。あなたに託したアレは女神のり刀――――護神刀。銘は矛盾刃ムジュンジン

「矛盾刃、か」


 漆黒の鞘に果たしてどのような刀身が収まっているのか、全く隼翔には想像が出来ないが、少なくとも埒外の能力を有していそうなのは何となく名前から想像がつく。

 そしてそれが抜けるときとは少なくとも自分にとってあまりよい状況ではいというのも、何となくだが察せられる。


(ある種の奥の手としては有効、か?……だが危機的状況に陥る前に抜けてくれるのが俺としてはベストだと思うんだが……)


そもそも隼翔は一度だけ命を落とすほどの危機に陥ったことはある。だが生憎と護神刀とやらは抜けるそぶりすら見せなかった。

 そう考えると他の状況あるいは心身ともに未熟なのか、など色々と条件考察してみるのだが、曖昧な部分が多すぎ、結局答えにたどり着けない。


「色々と考えているようだけど、その時になれば自ずと分かるわ。まあ一応ヒントとして、次のお願いが関わってくるのだけど……」

「……お願いが?ってかそもそもお願いって珍しいな」

「別に変ではないでしょう?私は貴方に自由に生きて欲しいと願っているのだから」


 一応便宜上は隼翔はペルセポネの使徒と言う扱いになるのだから命令でもすれば良いのにと思う隼翔だが、そこは女神としても引けない一線があるようで少し強めの語調で否定する。

 その姿に相変わらずお人好しだなと言う感想を抱く隼翔。そんな神物だから刀のことを抜きにしてもお願いとやらを聞き入れ、叶えたいと思う。


「まあ、そうか……。んで、その願いとやらは?」

「……まあ一言で言うなら、貴方が出会ったひさめという少女を気にかけてあげて欲しいのよ」


 だからこそ、その願いを聞き、隼翔はおおいに混乱するのであった。

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