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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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一進一退

もしかしたら話の順番を間違える可能性もあるので、その時はご連絡願います

 目の前で魅力的な音と香ばしい匂いを立てる肉の塊を目にしながらフィオナとフィオネの二人はお腹をグッと両手で押さえて必死に可愛い鳴き声が出ないようにしている。

 しかし、その頑張りも虚しく、クーキュルルルとなんとも情けない音が川のせせらぎを遮るように響き渡る。姉妹は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに俯き――彼女たちの仮の主人ではあるが――隼翔の顔色を伺う。

 その隼翔だが、そんな可愛らしい音が聞こえても気にする様子もなく、黙々とこの世界に降り立ってからずっと使っている白塗りの鞘の愛刀を手入れしている。その様子を見て、フィオナとフィオネは少しだけホッとしたような顔をする。だが――――。


(……双子っていうのは腹の虫までシンクロするのか)


 隼翔にはばっちり聞こえていた。そしてなぜか若干ずれたような感想を抱いたりもしていた。もし隼翔がコレを口にしていたら、二人はさらに恥ずかしそうに、あるいは悲しそうに耳がヘタリとしていたに違いない。


 こんな呑気な昼下がりを迎えているが、実はこの前までは意外とハードなスケジュールをこなしていた。

 朝一番にオークを狩った後、そこから魔物と連戦していたのである。具体的にはトレントの団体もりにコボルドの団体、極めつけはサーベルファングというランクD相当の魔物の群れを殲滅していたのである。

 そんなベテランの中級冒険者もビックリなことを半日と言う極めて短い時間でこなしていたので、拠点に戻ったことにはフィオナとフィオネはヘトヘトの状態であった。しかし、主人である隼翔が疲れた様子どころか息一つ乱していない状態だったので、座り込むことしかできなかった。しかも戦闘はほとんど隼翔一人で行っていたにもかかわらず、である。


「どうした?食わないのか?」


 そんな様子を見かねた隼翔が二人に刀の手入れをしながら聞く。実は刀の手入れを始める前に、二人には焼けたら食べていいと伝えていたのである。

 しかし、丁度いい焼き具合になり、加えて腹の虫が鳴きながらも尚食べようとしない二人に流石に疑問を抱いていた。だが――――。


「そ、そんな!ハヤト様がお食べになっていないのに私たちが先に頂くなどできません……」

「それに私たちは全然お役に立てていませんし……」


 お腹を必死に抑えながらショボーンとする二人の姿はどこか違和感を感じざる負えない。しかし隼翔はそんなこと気にする様子もなく言い放つ。


「その見上げた忠誠心は評価に値するが、ここは生死の狭間とも言える場所だぞ?そんな場所で空腹に耐える必要はない。役に立ててないと思うならそれ以上の活躍を今後見せるためにも腹を満たすのが大切だろ?なら、俺を立てるよりもさっさと肉を喰らえ」


 隼翔は合理的な人間である。

 確かに二人の忠義心は見事だが、それで命を危険に晒すのは愚かだと隼翔は考えている。だが実際は隼翔がいるこの場所は生死の狭間とは程遠い場所なのだが、そんなことを双子たちは指摘することはできない。

 そんな言葉を聞いてフィオナとフィオネも理解した、あるいは観念したように目の前の食事にありつく。隼翔はその姿を見て再び愛刀に目を向ける。

 そのまま時間はゆっくりと過ぎて行った。



 一方、ここは古城ヴァルシング城にある一室。この部屋には大きな袋や木の箱が乱雑に置かれている。そこからは金や銀の装飾品に加え、金貨や銀貨などが溢れ出ている。これらは全て盗賊"骸の蜥蜴"が集めたものの数々である。その中にある一つ、黒い玉が怪しげに明滅し始めている。

 いつもなら盗賊の誰かしらが見張りのためにいるのだが、現在は緊急事態のために誰もいない。


『……ココハ……』


 そんな部屋の中に怪しげな謎の声が響き始める。しかし誰一人としてこの事態に気が付くものはいない。




 淡い紅色の月光と力強い炎が隼翔たちのいる拠点を照らす。彼の足もとには相変わらず武器のようなモノが散乱している。一応隼翔は創って気に入らない物は壊してはいるのだが、遅めの昼食後からひたすらスキルの検証と今後のためにと武器を創り上げていたせいでこのような事態となってしまった。


(……やはりもっと検証しないとな)


 相変わらず納得するようなモノができないことに多少の苛立ちを感じながらも、それらの処分はいつも通り明日にまわすと決めて、焚き火の向こうで大人しく鎮座している姉妹に視線を向ける。姉妹は隼翔が動いたのを察知し、尻尾をパタパタと揺らす。


 二人は先ほどまで(と言っても空の色は茜色だったが)、ずっと川でイナを懸命に追い回していた。最初は隼翔が武器を作成するのを驚愕に満ちた目で真剣に見ていたのだが、他人のスキルを見るのはマナー違反だとこの世界にある暗黙のルールに従って途中で切り上げて、せめて夕食の調達をして貢献しようと頑張っていたのである。

 そのおかげで夕食はかなり豪華なものとなった。オークの肉に二人が一所懸命に獲ったイナ、それに山菜などバランスも比較的良いモノであった。そんな森の中で暮らしているとは思えない食事を頂いたあと隼翔が何かを考える様に座り込んでいたので、二人もただ黙ってジッと座っていたのである。そんな理由があるので二人は喜びを隠せないのである。もちろん、隼翔がそんな理由を知る由もないし、そもそも興味もないのだが。


「さて、それじゃあ魔法を教えてくれ」

「「は、はい!」」


 立ち上がり唐突に告げる隼翔。そんな態度でも二人は嫌そうな顔などするはずもなく、むしろ嬉しそうに声をあげる。だが、同時にやはり困惑もあるようで、フィオナは遠慮がちに尋ねた。


「あ、あの、ハヤト様は本当に魔法がお使いになれないのですか?」

「ああ。使えないし、使い方も分からない」


 誇るでもなく、恥らうでもなく、ただ淡々と事実だと述べる。そんな態度に二人は余計に困惑を示した。

 先にも述べた通り、一部の例外を除きこの世界では差異はあれど誰でも魔法を使える。それこそ微風を起こすようなものから一国の軍隊を滅ぼすほどの強力無比なものまで、練度や生まれ持っての才の差はあれど、誰にでも行使できる。

 もちろん教えてもらうのが前提ではあるのだが、そのようなモノ親が言葉同然に教育してくれるものだる。だからこそ二人は困惑を隠すことができないのである。


「魔法が使えないのはそんなに不思議なことなのか?」


 そのような背景を一切知らない隼翔だからこそ、二人の態度を訝しげに感じた。そんな隼翔の態度にどうしていいか分からないながらも、フィオナが遠慮がちに説明し始める。


「え、えっと、ですね。本来であれば魔法は生活に必要なものなので大抵は生まれてから、それこそ言葉と同じように教わるはずなのです。なので普通であれば親などに教えてもらうはずなのですが……」


 隼翔はそこまで説明されて初めて二人が言いづらそうにしている理由に気が付いた。それと同時に、己の過ちにも気づく。


(不味いな……完全に不審に思われている。最悪俺がこの世界の人間でないことが知られるかのせいもあるぞ……)


 ポーカーフェイスを保ちながらも、内心ではかなり焦る。

 魔法と言うからにはかなり貴重な技術だとばかり思い込んでいた。それがまさか、そこまで生活に根付いたものだとはさすがの隼翔でも思い至らなかったのである。

 チッ、と自分の認識の甘さに舌打ちする隼翔。しかし、フィオナとフィオネが言いにくそうにしている理由は別であった。


「あの……間違いであったなら大変失礼なのですが……ハヤト様はもしかして捨て子……なのでしょうか?」

「……なぜそう思う?」


 尻すぼみに小さくなっていく声、明らかに言いにくそうである。

 しかし、隼翔は動揺して目を見開きかけた。なぜ自分の出自までも知っているのか、と。だが、すぐさまそれは無いと悟りすぐにいつも通りの無表情に戻し、どうしてそう思った(聞いた)のかを尋ねた。


「魔法が使えないとおっしゃったので……」

「魔法が使えない事と捨て子が関係あるのか?」


 フィオナとフィオネの口から小さな悲鳴が漏れた。隼翔としてはいつも通りなのだが、いかんせん心には動揺と焦りがある。それらが結果として無言の威圧となり、姉妹に恐怖を与える。

 隼翔もそれをすぐに察知し、なるべく怖がらせないように心を落ち着かせ話しかける。


「別に怒っているわけじゃないんだ。だから気にせず話してくれ」


 様子の変化をすぐさま察知した二人は謝りながらも意を決したように話を始める。


「先ほども言った通り、教われば誰でも魔法を使えます。でも逆に言えば教わらない(・・・・・)限り魔法は使えないんです……もちろん、天才肌の方はその限りではないのですが」


 隼翔は自分の心の未熟さを痛感した。こんなことで簡単に動揺し、周りを見る余裕を失い、簡単な論理ロジックを見落とした。そしてあまつさえ相手を威圧してしまうとは、と深く自分の行動を恥じた。


(俺もまだまだ修行が足りないな……)


 自嘲気味にそんなことを思いながら、目の前にいる双子に視線を戻す。


「そうだったのか……確かにこの世界に親はいないからな。捨て子も同然だな」

「……お辛いことをお聞きしてすいません」

「いや、気にするな。別に大したことでもないからな」


 実際、隼翔は江戸の世では捨て子だったし、前世では親はもういないし、この世界にはそもそも親はいない。だが、隼翔がある意味では巧くミスリードしたおかげで二人は完全に誤解している。そのことに多少の罪悪感を感じつつも、訂正することなく二人に魔法の使い方を改めて乞うた。


「改めて言うが、俺に魔法を教えてくれ」

「はい!私たちも未熟ではありますが、少しでもハヤト様のお力になれるように努力させていただきます」


 こうして隼翔の魔法修行が始まったのである。




 明くる日の朝、隼翔は空が白み始める少し前に寝床を抜け出して川で顔を洗っていた。ヒンヤリと冷たい水が完全ではないが靄のかかる頭を徐々に覚醒させていく。


「ふぁー、眠い」


 目は覚めたとはいえ、寝不足のためか大きな欠伸が出てしまう。隼翔は肩と首をポキポキと簡単に鳴らしながら、昨夜の魔法修行について考察する。


「うーん、何がダメなんだろうな。燃やせ、ファイア


 掌を焚き火用に組んだ木の枝の山に向けながら呪文を唱える。

 この世界の魔法は、基本魔力と決まった聖句を唱えることによって発動する。手順としては魔力を集め、それと同時に聖句を唱えるという簡単なモノである。難しいことと言えば初めて使うときは魔力を使うという感覚が分からないために戸惑うぐらいである。

 だが、隼翔は神眼を使うために魔力を使うという感覚を知っている。なので、それと同じ要領で右手の掌に魔力を集め、同時に聖句を唱えているのだが――――。


「……出ないな」


 火は起きることなく、木の枝に変化はない。

 昨夜ずっと繰り返しているのにもかかわらず、誰でも使えると言われる初級の魔法をただの一度も発動出来ていないのである。


(……何がいけないんだよ)


 ため息が知らず知らずにうちに漏れる。

 この事態にさすがの隼翔も落ち込み、フィオナとフィオネも頭を悩ませた。姉妹曰く、魔力も普通に使えているし聖句も間違っていない、とのことで教えようが無くなってしまったのある。

 そのため深夜遅くまでずっと隼翔は続けていたのだが、結局火が起きることは無かったのである。もちろん姉妹も隼翔より先に寝るなどできないと言い張り起きていたのだが、最終的には命令され渋々床に就いたのである。

 そんな二人だが、やはり疲れていたのか今は隼翔が創った拠点の中でスヤスヤと寝息を立てている。もちろん隼翔は起こそうなどとは考えず、いつも通りに昔ながらのやり方で火を起こす。


「……分からない」


 パチパチと音を立て始める薪の正面に座り、腰を下ろしながら己の右手をじっと見つめる。それでも一向に解決策が思い浮かばないので、とりあえず魔力を右手に集めるだけ集めてみる。

 幼少の頃より刀を握っていた隼翔の掌はゴツゴツとしており、とても現代っ子の手ではない。そんな掌に魔力を必死に集めているが実際には目に見える変化は無く、感覚的に何かがある感じにしか思えない。そんな掌をジーッと眺めていると、急に身体から力が抜けるような感じがして、同時に不意に左目が疼く。そして――――。


「この靄みたいのはなんだ!?」


 急に右手に黒とも赤とも紫とも言える不思議な靄が掛かり始め思わず焦る隼翔。すると、その動揺に反応したかのように靄はあっという間に霧散する。相変わらず疼く左目、そこで隼翔はとある女神の言葉を思い出す。


――――左は魔眼。魔眼は相手の嘘や偽装を見破れる真偽眼や魔力の流れや魔法の発動兆候、それに魔力の残渣を視れる魔力眼などの祖と言える眼よ


 その一説を思い出し、左目をゆっくりと撫でる。


「……これは魔眼の一つが芽吹いたのか?」


 目元に触れながら川の水面をそっと覗く。その水面に映る片方の瞳の色が朱に変化している。それを確認すると、隼翔は再び右手に魔力を籠めてみると――――再び靄に包まれた。


「これが魔力眼と魔力、か。それなら……」


 そのまま川の方に右手をかざして聖句を唱える。すると――――見事に魔力が霧散した。


「だめ……か」


 そこで隼翔は力なく言葉を切る。そう、いくら魔力眼や魔力が視えたとしても魔法が使えるようにはならない、つまり悩んでいた問題は解決しなかった。

 結局隼翔はそのまま気怠い身体を焚き火の前に戻し、腰を下ろして火の番をする。その際に朝食がてら昨日狩った魔物の肉を簡単に焼く。ジュウジュウと肉汁があふれ出し、同時に香ばしい香りが周囲に立ち込める。

 すると、それを嗅ぎ付けたように、んぅ……、と可愛らしい声が天幕の方から聞こえてきた。

 隼翔はその声の方……ではなく、森の方を目を細めながらジッと見つめる。そして急に足元に転がる武器のような物の山からみずぼらしい槍を一つ取り出し、腕の力だけで強引にそれを投げた。


――――ガウッ……


 何かが苦しむような金切り声が静寂な朝の森に広がるが、すぐに聞こえなくなる。隼翔はその声の主にさして興味も無いようで、すぐに(朝食)に視線を戻すが、背後ではドタバタと慌てふためき始める。


「い、今のは一体!?」

「ハヤト様、ご無事ですか!?」


 フィオナとフィオネは寝床から出てくるなり、矢継ぎ早に隼翔の心配をする。しかし、二人の髪には綺麗な寝癖が付いており口元にも少し涎の跡が残っていて、とてもではないが締りがない。

 そんな二人をよそに隼翔は特に気にする様子もなく、目の前で焼かれる肉の塊を見つめている。


「……別に問題ない。それよりも起きたなら顔を洗ってその芸術的な寝癖でも直したらどうだ?」

「「へっ?」」


 隼翔は一切振り向いていないので、二人は当初何のことを言われたのだろうと首を傾げていた。だが、指摘された髪の毛を触ってみて、自分がいかに恥ずかしい格好かを自覚し、両手で頭を抑え俯きながら足早に川縁まで走って行った。そしてその水面に映る自分の顔を見て二人はさらに己の姿を恥じ、声にならない声を上げた。


「……とりあえず今日は魔眼の効力でも確かめるか」


 隼翔はまるで何も聞いていないかのように、ただ今日の予定を淡々と組んでいた。

明日からは18時投稿に変更します。

誤字などありましたら報告お願いします。

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