のどかな休日 クロードとアイリスの午前中
のどかな話はどうにも短くなりやすい傾向にあるようです。決してドラクエに嵌っているからではありませんよ、ええ絶対です。
そんなわけで仮にオンラインで"シュウ"と名乗る自重知らずの踊り子を見ても怒らないで下さい(笑)
ゴーッ、ゴーッ、と猛火の唸りを上げる炉の前でクロードは小一時間居座る。
ただじっと燃え盛る炎を眺め、時に餌となる石炭や薪、ふいごで空気を送り込んでは、またじっと炎を瞳に映す。
トレードマークの一つである作務衣とツナギを足したような服は、上半身部分だけ肌蹴させ腰に巻き付けており、今は白のシャツ一枚の装い。
「…………」
滝のような汗がびっしょりと白シャツを濡らし、頭に巻いたバンダナはすでに変色している。それでもクロードは一言も発せず、動かない。ただその時をひたすらに待つ。
炎の色が赤から黄色と次第に薄くなり始め、そして――――。
「今だっ」
炎が白くなる直前で、クロードはハサミを火炉に伸ばし、燃えるソレを掴みだす。
ジュウジュウと音を立てながら出てきたのは真っ赤に燃え上がる一本の偏角。ひと月前に隼翔が討伐した兎の燃え殻の中にひっそりと、しかし確かな存在感とともに残っていた唯一の品とでもいうべきもの。クロードはソレを金床に乗せ、愛用の金づちで叩く。
――――カンッカンッカンッ
小気味良い整った音が何度も工房内で響く。金槌を振り下ろすたびに閃光のような火花が無数に飛び散り、部屋を照らす。
クロードは金槌を振り下ろしては、折り返し、熱するを何かに憑りつかれたかのように一心不乱に繰り返す。
思い描くはどんな扱いにも耐え抜き、最後まで使い手とともに歩む武具。ソレは正しく兎の頭についていた時と酷似している。
その剛堅さをお前に与える、その強い思いを込めクロードはただ叩き続ける。
「……とりあえず形はできたか」
フーッと息を吐きながら額の汗を拭う。
金床の上にあるのはまだ強烈な熱を発する片刃の短剣。以前までのような不均一な刀身や鈍らな刃ではなく、流麗と評するには飾り気があまりにもなくどちらかと言えば質素剛健そうで下手に扱っても刃こぼれしそうにない。
これこそ鍛冶師の職を手に入れた恩恵とも言える出来。何をどうすればいいか、どの程度熱すればいいか、どれほど叩けばいいかが何となく感覚で分かるようになったからこそ、品質にムラが無くなり、最低限のレベルが確保できるようになった。
そしてある程度、鍛冶師のジョブにも慣れた今、隼翔が求める武器の一つである短剣の作成に至ったという訳である。
当初は地下においてある希少金属のどれかを用いて、短剣を作成する予定だった。
しかし隼翔に角を使うことは出来ないのかと打診され、クロードとしても隼翔の要望は聞き入れたかったので角を用いた短剣を作ることにしたのである。だが、そこで問題となったのが希少金属を用いた場合と魔物の素材を用いた場合では作業工程と最終的な仕上がりに違いが生じるということ。
希少金属の場合、炉で熱する際には魔力を帯びない炎で熱さなければいけないのに対し、魔物の素材は魔力の帯びた炎で熱する必要がある。
この問題自体は大したことではなく、要するに炉に炎を焚べる際に火打石を用いて普通に炎の温度を上げるか、魔法で火を起こし、追加で炉に魔石を投入しながら温度を上げれば解決できる。
だが仕上がりはそうもいかない。
至高の鍛冶の腕と心血を注ぐということが前提条件となるのだが、希少金属を用いれば聖の武具が生まれ、希少な魔物素材を用いれば魔の武具へと変容する。要するに前者は俗に聖剣などと謳われ、後者は魔剣などと恐れられる。
もちろんどちらも優れた武具であることには変わりないのだが、難点として過剰なまでに癖が強い。
例えば聖の武具は持ち主を選び、不適合の場合には使用者の心を必要以上に昂らせ弄ぶと言われる。一説には持ち主を勇者だと誤認させるから必要以上に昂るのだと言われているが真偽のほどはもちろん分かっていない。
だが聖の武具は周囲さえ気遣えば最悪の事態は避けられるが、魔の武具はそれ以上に質が悪い。
「まあ、まだこいつが魔の力を宿すとも限らないし、そもそもハヤトが乗っ取られることなど無いとは思うが……」
いつの間にか完成した一対の短剣を見下ろしながら、クロードは心配そうにつぶやく。
分厚い身幅に、少しばかり反りのある片刃。簡素な出来だが、どこか禍々しさを感じてしまい嫌な想像が独りでに膨らむ。
魔の武具の最大の懸念材料と言うのが、使い手を乗っ取る可能性があるということである。一説には、素材の残る魔物の魔力が恨みと混じり合い、未熟な使い手に憑りつくと言われているが、こちらもやはり真偽は定かではない。
「……いや、まだ決まったわけじゃないからな。……それにしてもハヤトの注文通りとは言え随分と奇妙な短剣だよな」
クロードは己の打った武具と隼翔と言う男を信じるというように小さくかぶりを振り、改めて自分の打った武具をまじまじと眺める。
大抵の武器に共通することだが、普通は分かり易い持ち手と言う部分が存在する。それは剣も槍も斧も、短剣も然り。
だが隼翔の注文通りに作成したコレにはパッと見で分かる持ち手が存在せず、剣特有の柄も鍔も存在しない。短剣の片側全てに刃が施され、刀身とでもいうべき部分に等間隔に4つの穴が掘られている。
――――いわばナックルガード付きのナイフ。もちろんこの世界に無い概念のこの武器は隼翔の記憶を頼りに作成された一品である。
「あっ、クロード。若様が頼んでいた短剣ついに完成したんだっ!」
「ん?ああ、アイリス。つい先ほど、ようやく完成したんだ」
金属や油、加えて汗と窓が開いているとはいえお世辞にも良い臭いとは言えない工房内。そこでただ静かに打ち終えた一対の短剣を眺めていたクロードだが、不意に女性特有の優しい香りが鼻腔をくすぐられ、顔を上げた。
彼の横からひょいっと顔を覗かせていたのはアイリス。クロードと目が合うと彼女はほんわかと微笑み、相好を崩しながら真っ白なタオルを手渡す姿はまさに献身な新妻。
「お疲れさま。クロードとしてはどれくらいの出来?」
「サンキュー……んー、まあこう言っては何だが過去最高と十分言える出来ではある、かな」
「そっか。……それでこれは魔剣、なのかな?」
クロードを労うように優しい笑みを向けるアイリス。今までも幼馴染として笑顔を何度も見ていたとは言え、今の二人はそれ以上の関係。当然向けてくれる笑顔には相応の感情が宿っており、クロードとしてはもの凄く喜ばしくも、どこか気恥ずかしさを感じてしまい、思わず素っ気ない態度で謝辞を述べてしまう。
もちろんアイリスはそんなクロードの不器用な性格もしっかりと理解しているので、文句を言うどころか余計に嬉し愛おしくなってしまう。まさにバカップル振りを発揮し、甘々な雰囲気となる二人だが、不意にアイリスの視線が厳しいモノになる。
アイリスの口調はいつもの優しいものだし、声温和。だが、どこか刺々しさと迫力があり、思わずクロードも同じように厳かな雰囲気を纏う。
彼女の視線の先にあるのは金床の上に置かれた一対の短剣。アイリスとしてもその形状は見た事ないが、様々な武具を見てきたからこそ、放つ異彩な雰囲気に気が引き締まってしまう。
別にアイリスは仮に魔剣だったとしてもクロードを責めているわけではない。魔剣を打てるということはそれだけ鍛冶師としての技術が身に着いたということだから褒めるべきことでもあるし、特段魔剣が嫌いという訳でもない。
ただやはり職人としても冒険者としても、その雰囲気にはどうしても身構えてしまうというのがある。
「どう、だろうな。確かに素材という観点から見れば可能性は高いし、さっきも言ったが過去最高の出来だ。俺にその腕があるのかは不明だが……恐らくは、と言うとこだろうな」
「そっか。じゃあ、後は若様が魔力を流した時に……」
「ああ、独特の発光を見せれば魔剣と認定されるだろうな」
魔剣の可能性が高い、という結論にしばしの沈黙が二人の間に流れる。そこに決して甘い空気は無く、職人としての真剣な空気だけが重く漂う。
「……ま、考えても仕方ない。ソレにハヤトなら魔剣に憑りつかれるなんてあり得ないからな」
「確かに若様なら使い熟すだろうね」
その雰囲気を一蹴するようにクロードは鼻を鳴らし、友なら大丈夫だと豪語して見せる。
付き合いとしては一か月程度だが、その間に何度も非常識な光景を間近で目の当たりにさせられた。その男なら大丈夫だろうと断言するクロードに、アイリスもまた自然と笑いながら頷けてしまう。
「ああ。……それよりもアイリス、コレの鞘って頼めるか?」
「もちろんっ!ってかソレが私の本職の一つだからね!任せなさいって」
「おう、じゃあ頼んだぞ。さて、それじゃあ飯時かな?」
「まだ少し早いけど、午後から私は出かけるしお昼にしよっか。きっと若様とフィオナちゃんとフィオネちゃんはまだ道場だろうし、二人で外に食べにでも行く?」
「だな。じゃあ汗流してくるから待っててくれ」
とある男がここでも非常しさを発揮してくれたおかげで二人の間にはすっかり重苦しさは無くなり、新婚のような甘々とした空気が戻ってくる。クロードとアイリスの甘々な午前中はもう少しだけ続く。




