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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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のどかな休日 隼翔とフィオナとフィオネの午前中

何とか書き上がった……ドラクエの誘惑は恐ろしいですね。

当分はこんな感じにのんびりとした話が続きます。

 日本人としては少しばかり寂しさを感じる洋食のフルコースの朝食を堪能し、時計の針は9を少し回ったあたり。

 隼翔はそれを視界の端でチラッと確認すると食後の休憩として用意されていた珈琲を口に含み、深い苦みを堪能する。

 隼翔の左右では食後の片づけを済ませたフィオナとフィオネがゆっくりと紅茶を飲み、正面ではクロードがミルクと砂糖を多めに加えた珈琲を、その隣ではアイリスがミルクティーを同じように堪能しながら、一様に何かを待っている。

 それをおぼろげに悟っている隼翔は、


「さて、今日はみんな何をする予定なんだ?」


 とカップをテーブルに置くと同時に全員に尋ねた。

 隼翔としては別に休日に各々が何を行っていようとも構わないのだが、通信網が発達しておらず弱者にはとことん厳しいこの世界では万が一何かあった場合に探すのが困難を極めるので、最低限その日の予定だけは把握するようにしているのである。


「そう、ですね……私とフィオネはいつも通り午前中はハヤト様に稽古をして頂きたいと思うのですが」

「わかった。それならこの後、いつも通り道場の方でやるか。ただ、午後はどうするんだ?」

「午後はですね、フィオナとアイリスちゃんとお買い物にでも行こうかと思っているのですが」


 最初に予定を口にしたのはフィオナとフィオネの双子姉妹。

 休日だというのに鍛錬をしたいという生真面目な二人に隼翔はもちろん嫌な顔をするはずがなく、二つ返事で了承する。


(午後の買い物ためにも鍛錬は軽めにだな……しかし随分と仲良くなったみたいだな。女性の適応力はすごいモノだ)


 チラッと視線を対面に座るアイリスに向ければ、買い物が楽しみらしくウキウキと身体を揺らし、姉妹と頷き合っている。

 今では双子とアイリスはすっかり意気投合し、お互いを"ちゃん"づけで呼び合うほどの仲。日々命がけの戦いの世界に身を置いているのを忘れてしまいそうなほどの穏やかな日常の一コマに隼翔は思わず目を細めてしまう。

 

「何も起きないとは思うが、念のため気を付けながら楽しんできてくれ。あとはクロードだが、どうなんだ?」

「ん、俺は今日は一日中工房に籠ってようと思ってる。だからハヤトが空いてる時間にでも訪ねてきてくれると助かるな。お前のアイデアは斬新だし、何よりも意見をしっかりと取り入れたいからな」

「了解だ、午後にでも伺わせてもらう。するとアイリスも午前中はクロードと一緒に工房か?」

「はい、その予定です」


 全員の予定を把握したところで、隼翔はカップに再度口をつけて残っていた珈琲を飲みながら、時計を見る。時刻としてはちょうど9時30分。

 昨夜からぶっ通しで地下迷宮ダンジョンに籠り、一睡もせずに魔物を屠っていた隼翔だが、珈琲のおかげかまだ眠くはない。もちろん前世から夜更かしに慣れているというのもあるが、それでもまったく寝ないで平気というわけではない。


(午前中はフィオナとフィオネと訓練。昼を食べて、少し寝るか。んで夕刻前にクロードのとこに行けばちょうどいいな)


 口の中に広がっていた苦味が引くのと同時に隼翔の今日の予定が組み上がる。

 睡眠時間が極端に少ないのはやはり前世からの癖が抜けていない部分があるのだろうが、これまで著しく体調を崩すなどしていないので今となってはこの洋館に住む者で、それを表立って咎める者はいない。……もちろんどこぞの姉妹は寝室ではよく小言のように繰り返しているのだが。

 それはともかくとして、隼翔はカップを手に持ち椅子から立ち上がろうとしたところで、呼び止めるようにアイリスから声がかけられた。


「あっ!若様、夕食の時間はいつも通りでよろしいですか?」

「ん?ああ、そうか。夕食はクロードとアイリスが当番だったか」


 クロードとアイリスが住み始める前は外食もしくは姉妹が料理を担当していることが多かったが、今では料理は二人一組の当番制になっており毎食毎食個性的な味わえる。

 たとえば姉妹なら今朝のようなボリュームある洋食となり、アイリスだと炭鉱族ドワーフ伝統の煮込み料理、そしてクロードは炒めて火を通しただけの味が濃い男料理とラインナップ豊富だが当番の中に隼翔だけは含まれない。それは別に料理ができないから、という理由ではない。

 確かに隼翔は前世が名家の生まれということもあり、料理は基本専属の板前が行っていた。だから料理はそれこそ学校の家庭科の調理実習程度しかやったことはないのだが、別に料理ができないわけではない。現に隼翔は江戸の世では自炊も行っていたし、こちらの世界に転生した初期にも料理をできる片鱗を見せていた。

 それでも含まれないのはやはり皆が隼翔に作らせるのは申し訳ないと思っているからである。それでも時には当番を無視して作っているのが隼翔という自由な男なのだが。


「はい、ですのでいつも通り準備すればよいのかと思いまして」

「俺としてはいつも通りで構わないぞ?ただ、誰かズラしたいとかあれば聞くが?」



 だからと言って傍若無人な振る舞いはせず、今も全員に視線を向け時間の変更をしたいもの人がいないかなどを聞くあたり隼翔の律義さが見え隠れしている。そんな律義な隼翔の姿に、全員が内心で苦笑いを浮かべつつ、かぶりを振る。


「それじゃあリュヌの7の時に夕飯ということで二人とも頼んだ」


 隼翔のその掛け声とともに、全員が動き出すのだった。







 情緒あふれる木張りの壁と古めかしくも光反射する木製の床材。

 壁にはいくつもの竹刀や木刀が飾られ、掛けられた巨大な木の看板には"双天開来流"と漢字ででかでかと綴られている。

 厳かな空気が漂い、踏み入っただけで心身ともに引き締められるような感覚のするこの場所は洋館の一階部分――ちょうど風呂場の真下に造られた施設。

 洋風で統一された屋敷内の、数ある異文化施設の一つである道場。もちろんこの場所を作りたいと希望したのは隼翔以外の何者でもない。


「さて、始めようか」


 いわば道場主に当たる隼翔は襟足まで伸び切った髪を紐で適当に縛り、この場所に適した濃紺の胴着と灰色の袴姿をしている。この道着はどちらも隼翔が日本に住んでいた頃のモノを模したモノで、もちろん技能スキル万物創生ユニ・クレアをふんだんに使用した隼翔お手製。

 正眼に構える木刀は壁に飾られるモノと同種であり、こちらもやはりお手製なのだが、道着と違う点は一本一本木から削り出したということ。別にスキルでも問題ないのだが、そこは剣士としての矜持プライドがそうさせたのかもしれない。


 その彼と相対するように身構えるのは、この場所には似つかわしくない冒険恰好をしたフィオナとフィオネ。

 当初は二人も隼翔同様に道着を着ていたのだが、金色の髪に碧瞳、加えて獣耳にふさふさの尻尾と道着が完全にミスマッチだった(決して可愛すぎて隼翔が集中できないという理由ではない)ということで、動きやすく地下迷宮に潜る格好に慣れていたほうが良いのではと隼翔が勝手に結論付け、今の格好に落ち着いた。

 その彼女たちが手に持ち構えるのは木刀ではなく、愛刀である刻姫と母姫。


「「お願いしますっ」」


 隼翔の一切の気負いがない声に応えると、双子は一斉に床を蹴った。

 この一か月の冒険者として活動を経てフィオナとフィオネは共に冒険者・・・としての階級ランクはEになった。だが今二人が駆ける速度はその域を遥かに常軌している。少なくとも速さという点においては上級冒険者の末席とタメを張れるほど。


「その程度じゃ俺に一撃入れるなんて不可能だぞ?」


 だが隼翔はその速度を以て左右から完璧に合ったタイミングで放たれる小太刀の斬撃を、木刀で軽くいなす。

 何も難しいことはしていない。ただ単純に小太刀の刃と刃がちょうど重なる一点目がけ木刀を軽く振り上げただけ。その単純な一つの動作で二つの攻撃を容易に防いだ。

 刃の側面から縦への指向性を持たせ軌道を逸らし、刃同士をぶつける。言葉にしてもたったこれだけのこと。されど刹那の瞬間にそれを見切り、実行するなどとてもではないが常人にできる芸当ではない。


「もちろん……」

「それくらいのことは、」


 相変わらずの非常識っぷり。こんな芸当とてもではないがCランク程度の冒険者にはできないだろう。

 しかし姉妹に驚いた様子など見る影もなく、それくらい当たり前だと言わんばかりに中空で身を翻し、軽いアイコンタクトを交わし、


――――理解していますっ


 思考を、言葉を、心を重ね合わせる。

 そのたった一つの何気ない動作で、姉妹の連携はより緻密なモノへと変貌する。


 ダンッ、ダンッ、ダンッ。

 床を忙しなく蹴る音だけが道場内を木霊する。

 隼翔がフィオナの刻姫の側面を逸らせば、フィオネがその隙を付くように割り込み、母姫をもって斬りかかる。

 フィオネの蹴りが隼翔の木刀で防がれれば、フィオナが今度は背後から頭を狙い、斬りかかる。

 まさにお互いの思考を共有し合い、感覚が同調して同じ光景をみているのではないかと思わせるほど緻密な連携。さしも隼翔もきりきり舞い……になることはなく相変わらずその場から一歩も動いていないほどの余裕を見せているのだが、その口元には確かに笑みが浮かんでいる。

 

「ずいぶんとお互いを把握できるようになったじゃないか!もう少しで俺の創った魔法も第一段階は完全に習得できそうだな」


 それは強者との戦いを喜ぶ獰猛な笑みではなく、二人の成長を純粋に喜ぶやさしい笑み。

 ただ木刀を振り回し、小太刀を防いでいるじょうたいで見せる笑みなだけに、やはり恐ろしさを感じてしまうのだが。


「はいっ!ですが、まだまだですね」

「まだ一段階ですから……ですが必ずモノにしてみますよっ!」

「ああ、もちろん期待してるさっ!ただ今は目の前に集中しないと、な」


 しかし隼翔付き合いの長い姉妹はその笑みを見て嬉しそうに声を出す。

 その姿に隼翔も喜びを感じながらも、弛緩した一瞬の隙を付いて、姉妹の頭に向かって木刀で軽く振り下ろす。

 こんっ!?と可愛らしい悲鳴を漏らし、床にへたり込む姉妹。それを窘めるように肩に木刀を担ぐ隼翔。三人の午前中はまだ始まったばかりである。

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