休息日の朝
なんとか間に合った。
DQH2が発売してしまったので、正直間に合わないと思ってました(笑)
これからは遅れる可能性あります。
オンラインで見かけても怒らないでください(笑)
時刻は太陽の8時まであと20分を切った頃、隼翔はようやく地上にたどり着いた。
喧騒で溢れるギルド本部の扉を潜り抜け、隼翔が外へと顔を出すと、目を瞑りたくなるほどの光が容赦なく襲い掛かり、咄嗟に目を細めてしまう。
夜はすっかり明け、空は雲一つない快晴。太陽は容赦なく照り付け、じりじりと地上を焦がす。まさに夏という暑さ。
流石に時間が時間とあって、冒険者の数はそこそこ多く、意気揚々と地下迷宮方面へと足を進めていく。
「まずいな……思わず話し込んで時間が無くなっちまった。馬車でも間に合わないし……仕方ないか」
隼翔は向かってくる冒険者たちの邪魔にならないように道の端に寄り、銀の懐中時計で時刻を確認すると、思わず嘆息を漏らしてしまう。
思いがけない話を聞いてしまったせいで、すっかり話し込んでしまい予想以上に時間を食ってしまった。それ自体は後悔していないが、やはり朝食の時間を遅らせたくないというのは事実。
かと言って隼翔の郊外にある巨大な屋敷――洋館は馬車で約30分はかかる距離。今から馬車に乗ったのでは間に合わないし、かと言って他に高速で移動する乗り物は都市内を巡回していない。
小さく息が漏れる。だが決して諦めてはいない。馬車がダメなら走ればよい。
完全に頭の可笑しい理論だが、不可能でもなければ完全に非常識というわけでもない。事実、上級冒険者の末席であるCランクともなれば馬と同じくらいの速度で走れるようになる者もいるし、Aランクまで上り詰めれば馬よりも速い速度で長距離移動が可能となる。
「行くか」
小さくどこか気の抜けるような声とともに地面を蹴る。
石畳が爆散することもなければ、土煙舞い上がるような爆発的な加速をしたわけでもなく、物凄く静かな疾駆。例えるなら忍者とでも言うべきか。
現に雑踏の間隙を縫うようにして走るその姿は忍者そのもので、横を通り抜ける隼翔の姿を視認できている者はほとんどいない。
そのまま静かに影の如く、走り続けること10分。次第に冒険者の数は少なくなり、代わりに朝の静かな日常が迎えてくれる。
「なんとか間に合ったな」
拠点兼自宅である洋館の前に到着したとき、銀の懐中時計の長針は文字盤の10を過ぎたあたりを指していた。つまり単純計算で馬車の三倍の速度で駆け抜けたということになるのだが、隼翔は相変わらう息を乱していない。
軽く戦慄を覚える光景だが、当の本人は気にした様子もなく鍵代わりの石板に軽く掌を添える。すると隼翔の魔力の波動に呼応するように波の発光が起こり、次の瞬間には鉄の門がゆっくりと開かれる。
開かれた門を潜り抜け、整然と一直線に続く赤土色の石畳の上を歩く隼翔。
左右には青々と茂る芝が広がり、所々には刈り揃えられた樹木が植えられる。レンガ道のちょうど真ん中には涼し気な噴水があり、跳ねる水しぶきが夏のこの時期には心地よく髪や頬を優しく濡らす。
そして道の最奥には、レンガ造りの洋館が堂々と聳える。相変わらず馬鹿デカい家だ、と他人事のような感想を抱きながら洋館の入り口であるアンティーク調の扉に近づいていくと、不意に扉の開く音がした。
だが、開かれたのは眼前にある古風な扉、ではない。ふと音のした方へと視線を向ける隼翔。すると――――。
「おう、ハヤト。今帰りか?」
「あっ、お帰りなさい。若様」
「ああ、ただいま。クロード、アイリス」
現れたのはこの屋敷の新しい住人である男女。
燃え盛る豪炎を思わせるオレンジの短髪に、がっちりとした体格。つなぎと作務衣を足したような独特の服と首元にはゴーグルという中々に奇抜な格好をした青年――――人族のクロード・マレウス。
一流の鍛冶師を目指し日夜奮闘している彼は、一月ほど前の事件を契機に隼翔専属の鍛冶師となり、また隼翔にとって生涯初の男友達として、現在はこの洋館でともに暮らしている。
そんなクロードの隣に立つのは、薄黄色のショートボブに優し気な下がり眉、そして隼翔に近い肌の色をした女性――――炭鉱族のアイリス・プランシュ。
彼女はクロードの幼馴染であり、本業は木工細工師。だが戦闘の腕前も大したものであり、上級冒険者の末席に名を連ねるほどの実力の持ち主でもある。
彼女もまたクロード同様に一か月の事件の際に隼翔と出会った。だが上級冒険者ゆえにか、はたまた別の感情かは定かではないが当初は隼翔のことを警戒していたのだが、現在はすっかりこの屋敷でクロード同様に住み込みながら隼翔専属の職人となっている。
ちなみにだが、なぜ彼女が隼翔を若様と呼ぶのかと言えばクロードの契約相手であるからということらしいのだが……。
「それにしても夫婦仲は良好のようだな」
「なっ!?」
「そんな~、若様っ。まだ夫婦ではありませんよ~」
隼翔のいたずら心が混じった感想に、ボンッと顔を赤く染め上げながらクロードは声をあげ、アイリスは身悶える。
これこそが、アイリスが若様と呼んでくる本当の理由ではないかと隼翔は疑っている。一応隼翔自身はクロードと対等な関係だと思っているが、やはり専属鍛冶師という立場から主従関係が生まれているらしく、クロードは立場上隼翔の下となる。それゆえに夫の上司ということでアイリスは若様と呼んでいるのでは、と隼翔は勘ぐっているのだが、真実はアイリスにしかわからない。
呼び名云々はともかくとして、この洋館でともに暮らす仲間として今ではギスギスとした雰囲気は無くなり、軽口を叩き合える気軽な関係になれたことを隼翔は心の中でうれしく思う。
「まだ、ね」
「なんだよ、その意味ありげな台詞」
反論しながらもクロードの逞しい腕を抱き込むようにしているアイリス。その仲睦まじい姿はまさにおしどり夫婦とでもいうべきか。絶対にすぐに結婚するだろうな、と隼翔は確信を抱きつつ、からかうのは止めて、この屋敷の敷地内に今まで無かった新たな建造物に視線を向ける。
「んや、何でもないさ。それよりもそっちも朝からずっと工房に籠ってたのか?」
「まあ、な。俺はまだまだ未熟だから早くお前を満足させられる武器を造るために日々鍛錬だよ」
「私はその手伝いと頼まれてた試作品やらを作ってました」
「二人とも朝から精が出るな。それにクロードは"鍛冶師"の職が発現したんだから、もう未熟じゃないだろ?」
「確かに前よりはまともな武具を打てるようにはなったが……お前を満足させるような武器は出来てないからな。未熟だよ」
ふん、と鼻を鳴らし、どこまでも貪欲に至高の頂を目指すその姿はまさに職人。その隼翔として頼もしさ覚えるクロードは3週間ほど前に、鍛冶師という職を発現させた。
この世界――ファーブラでは職こそがモノをいう世界。それは冒険者も職人も料理人も騎士も、職があるとないとでは大違いであり、現に"鍛冶師"という職が発現したクロードは今までとはけた違いなほどの武具を造れるようになった。もちろんマレウスの名を語るにはほど遠いレベルだが、時には上級冒険者を唸らせるようなモノも最近は造っている。
だが、クロードが目指すのはマレウスという名を語ることでも、上級冒険者を唸らせる武具を作ることでもない。隼翔という男を満足させ、彼の力を120%発揮させるような武器を造りあげることこそが目標である。
隼翔としても目標を達成して欲しいし、友としても応援したいということで、クロードとアイリスの背後にある建物を建設した。
「んで、実際職人として工房の使い勝手はどうだ?」
「ぶっちゃけると環境が良すぎて、未だに慣れないというのが本音だな」
「確かにそれはあるね。若様が用意してくれた環境に慣れたら他では働けませんよ」
「それは重畳だな。二人に逃げられる心配がなくなった」
専属職人二人に対して、お道化たように肩をすくめて見せる隼翔。
そんな彼らの視線の先には石とコンクリートのようなモノで造られた建物がある。これこそ隼翔が懇意にしているバレーナ商会に再び無理をさせて4日で建てさせた工房。
大きさとしては洋館の10分の1もないほどの大きさ。だが、建物自体は二階建てで地下まで付いている。設備に関しても二人の証言通りかなり拘っており、一階部分には巨大な炉や鍛冶に必要な各種設備が充実したクロードのための場所で、二階は主にアイリスのために作られたこちらも工房。
そして地下には、様々な金属塊や素材、また二人の制作した武具などが整然と並べられる倉庫となっている。
職人としてはまさに最高の環境である場所。それゆえにかなりの金額――それこそ洋館の半額以上の値段をかけて建てられたのだが、二人が満足しているなら安かったと、満足そうにうなずく隼翔。
「おっと、そろそろ飯の時間じゃないか?急がないと」
「ん?ああ、本当だな。だが、お前たちも汗ぐらい流したいだろ?」
「え、でもそれじゃあ……」
「今日は探索休みの予定だし、二人には俺から伝えておくさ。だからシャワーでも浴びてさっぱりして来いよ」
「悪いな……なるべく早く浴びてくる」
アンティーク調の扉の横に設置された石板に触れると、ガシャンと音をたてながら扉が開かれる。それと同時にクロードとアイリスは頭を下げながら風呂場に向かって急ぎ足で去っていく。
隼翔としては別にそんなに急ぐ必要はないと思っているが、その気遣いに水を差すようなことをせず、暗赤色の外套を脱ぐ。
バサバサと外套を叩き、付着していた土埃を落とす。何気ない動作だが、この屋敷はいかんせん広く手入れが大変。かといってお手伝いの類は雇っておらず、慢性的な人手不足に悩まされている。それ故に少しでも掃除などの手間を減らすために地下迷宮から帰還した際はこのように土埃を払うなどのするようにしている。
「さて、それじゃあリビングに向かうか」
しっかりと土埃を落とした外套を綺麗に畳むと隼翔は帰宅の挨拶と伝言のために、食事の準備をしてくれているであろう姉妹の元に少しばかり早い足取りで向かうのだった。
一目で高級だと分かる光沢のある長テーブル。掛けられたテーブルクロスは純白のシーツを思わせるほどパリッと糊が効いており、テーブル中央には色鮮やかな花が花瓶に活けられ、食卓に彩を添える。
「ふんふんふーん」
鼻歌混じりに配膳されていく料理の数々。
黄色のポタージュスープに、品良く盛られた鮮やかなサラダ。魔物の肉で作られたベーコンは香ばしい焦げ目とともに油を滴らせ、添えられた目玉焼きは暴力的なまでに食欲をそそる。
それらをテーブルに並べるのは大きな三角の狐耳をした少女。金色の腰まで伸びる髪に、碧の瞳。朝食が楽しみなのか、獣人特有の尻尾はフリフリと可愛らしく揺れ、今か今かとその時を待ちわびているように思える。
「フィオネ~、配膳は終わった?」
「終わったよ~。そろそろ時間だし、ハヤト様も帰ってくるころかな?」
配膳をしていた少女のもとにやってきたのは、パンを山盛りに積んだバスケットを持った少女。二人は一見すれば見分けがつないほど、似た容姿というか同じ容姿をしている。
着るワンピースタイプの服も色は違えど型は同じで、給仕用の白のエプロンを付けてしまえばほとんど見分けがつかない。
ただ全てが同じなのかと言えば、一か所だけ双子姉妹で違う部分が存在する。ソレが、フリフリと忙しなく左右に揺れる尻尾。給仕をしていた少女の尾は一本なのに対して、甘く香ばしい匂いをさせるバスケット抱える少女は尻尾が二本。
「そうね。太陽の8だし、そろそろハヤト様も帰ってくる頃ね。クロード様とアイリスちゃんも呼びにいこっか?」
「オッケー。それじゃあ行こう。もしかしたらハヤト様をお出迎えできるかもしれないし」
バスケットをテーブルに置きながら、尻尾が二本の少女――姉のフィオナ・フォクテールは今はまだ出番のない暖炉上に設置された時計を確認する。あと数分もしないうちに丁度朝食の時間となる。
朝食の準備としてもあとは各々の茶器に好みの飲み物を注げば終わり。主である隼翔はまだ帰宅していないが、基本時間に遅れることが無いのでそろそろ帰宅するはず。そこまで考えると、フィオナは尻尾が一本である少女――妹のフィオネ・フォクテールに声をかける。
フィオネは素早い動きで白のエプロンを脱ぎ綺麗に畳むと、軽快な足踏みで扉に向かう。妹のブンブンと左右に大きく揺れる尻尾を見てフィオナは、子供ねと言わんばかりに温かい眼差しを送るのだが、優雅にエプロンを畳む彼女の尻尾もまた妹に負けず劣らず、揺れており流石双子と思わせる光景である。
「二人はやはり仲が良いんだな」
「「あ、ハヤト様。お帰りなさいっ、お怪我はございませんか?」」
「ただいま。いつも通り怪我なんかしてないさ。それよりも良い匂いだな」
そのまま二人がどこか競い合うように食堂兼リビングから出ようとしたところで、逆に扉が開かれた。
入ってきたのは片手に畳まれた外套を持ち、腰に二振りの刀を佩する隼翔。フィオナとフィオネはその姿を見ると、瞳を輝かせ、今まで以上に尻尾を左右に振りながら、隼翔の傍に駆け寄る。
迎えの挨拶を述べつつ、左右に侍り、外套と刀を受け取る。そして指の先から頭のてっぺんまで調べるように怪我の有無を確認し、隼翔の言葉通り怪我がないことが分かると、安どしたように息を漏らす。
その姿は従者と言うよりも内縁の妻と言った感じで見慣れない者からすれば砂糖を吐き出したくなるような光景と雰囲気。
「もう朝食の準備は整っております。ハヤト様は今日は珈琲と紅茶どちらになさいますか?」
「今日は紅茶で頼む」
「分かりました。フィオネ、ハヤト様に紅茶を入れて差し上げて。私は荷物を置いてクロード様たちを呼んでくるから」
「分かった!ではハヤト様、ただいま紅茶の準備をしてまいりますので、こちらで座って待っていて下さい」
隼翔の荷物を丁寧に胸元に抱えクロード達を呼びにいこうとするフィオナと、隼翔を席に座らせ紅茶を淹れようとキッチンに向かおうとするフィオネ。
目的こそ違えど、その動きの一端に寸分の狂いも無く見事なシンクロを見せる双子姉妹の後ろ姿に隼翔は驚きを見せつつも、しっかりと伝言を伝える。
「二人とも。悪いがクロードとアイリスは汗を流してるから少々遅れる。だから呼びに行く必要はない。それに俺の荷物もあとで部屋に持っていけばいいからな。のんびりと二人を待ちながら話でもしないか?」
「「はいっ!了解しました!」」
隼翔の言葉に姉妹は動きをピタッと止めると、喜色溢れる声でそう答えるのだった。