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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第3章 幸運と言う名の災厄を背負う少女
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第3章 プロローグ 差別 2

プロローグ後編。 前話を読んでいない方はそちらから

「色々と聞きたいが、まずは治療からするか」

「…………」


 ヒュンと軽快な血ぶりから、ゆったりとした納刀。流麗な刀身が深紅の鞘に消えゆくまで、幽霊少女はその一連の流れに見惚れてしまっていた。

 なんて美しいのだろう、なんて素晴らしいのだろう、そんな感想が少女の心を満たす。もちろんそれは握られていた見たこともない剣についてもだが、それ以上にそれを扱う姿に、少女は心惹かれていた。

 だからこそ、その言葉に幽霊少女は反応を示さなかった。だが何度も呼ぶほど隼翔はお人よしではない。


「ほら、お前はソレ飲んで、ついでにそっちの女に同じの飲ませろ。それで良くなる」

「…………へぅっ!?」


 こつんと前髪で隠れた額に何かが当たった。その痛みでようやく再起動した幽霊少女は喘ぎ声をだしながらも、条件反射的に当たったものが地面に落ちる前になんとかキャッチする。

 手に握られていたのは赤い液体に満たされた試験管。これが何なのか髪の毛の間からじっくり観察するが、正体もなぜ渡されたのかも不明。だが渡した本人はというと何も説明しようとはせず、地面での転ぶ大男に歩み寄り、無造作に千切れそうな腕をつかむ。

 思わず、何をっ!?と声を出そうとするが何故か声を出すことが憚られる気がして、口を噤む。

 そんな少女をしり目に、隼翔は気にした様子もなく、千切れかけている腕を肩口まで寄せ、キュポンと試験管の蓋を開ける。

 甘酸っぱい、この場に相応しくない香りがたちどころに漂い始め、空間を支配していた強烈な血臭と徐々に混じり合う。様々な香りの芳香剤を一堂に介した匂いとは異なるが、状況的にはソレが近いかもしれない。

 現に隼翔の眉根が少しばかり寄っており、その匂いに不快さを示している。


「えっ!?な、なにが起きたのですかっ!?」


 しかし隼翔の横で見ていた幽霊少女は匂いを気にしている余裕もなく、瞠目した。

 視線の先では今にも分離してしまいそうだった大男の腕が嘘だったかのように見かけ上(・・・・)はくっついている。夢でも見ているかのような光景。信じがたい、信じられない、あり得ない光景。

 幽霊少女はそれを確かめるように、無意識に手を伸ばす。

 暖かく、生者であることを示す柔らかさが指先から伝わる。間違うことなく、腕はつながっている。

 なんでとか、どうしてとか、いろいろな疑問が浮かび上がるが、それでももう諦めなくてはいけないと思っていた腕が繋がって、少女は思わず涙を流した。


「泣いているとこ悪いが、これはあくまでも応急処置にしか過ぎない。それにこの男はもう冒険者として活動するのは無理だろうな」

「えっ、ど、どうしてですかっ!?だ、だって綺麗に腕はつながっているし……」


 新しく取り出した試験管の封を切り、大男にそれを飲ませながら隼翔は、無情に告げる。

 一転してどん底にでも叩き落されたかのように、顔を上げ茫然とする少女。そのまま勢いで掴みかかってしまいそうになるが、片隅に残っていた理性がソレを制する。

 感情と理性がせめぎ合い、ボロボロに破れた単衣の裾をぎゅっと握らせる。この手を開いた瞬間、ひとりでに腕が動いてしまいそうなほどギリギリの葛藤。

 そんな心情を知ってから知らずか、無表情に淡々と見識を述べる。


「見かけ上は綺麗に繋がったが時間が経ちすぎたんだろうな、中はズタボロだ。日常生活に支障はきたさないが、昔と同じような感覚で使うのは無理だろう。まあ生きているだけ儲けものと割り切るしかないな」

「そ、そんな……いや、そう、ですよね。実際死にかけていたんですから……」

「それよりも、お前もソレを飲め。そんでそっちの女にも飲ませてやれ。お前たち程度ならそれで治るだろ」


 隼翔の言葉に食って掛かろうとしたが、これ以上何を言っても結末は変わらないし、そもそもは自分たちの不注意が招いた種。ソレを他者、しかも助けてくれた人に当たるのは間違いどころか失礼でしかないと、幽霊少女は言葉を飲み込む。

 隼翔としても咎めることはせず、同じ指示を再度出したら、会話は終いとばかりに立ち上がった。


(さて、と。朝食までに間に合うか?)


 パカッと懐中時計の蓋を開け、中の文字盤を覗く。短針は5を過ぎたあたりで、長針は20前後を示している。隼翔たちの朝食は基本的に地下迷宮ダンジョン探索が無い日は太陽ソーレの8時前後に設定されている。もちろん隼翔が中心に考えられているため、彼が遅れる場合は当然時間もズレるのだが、だからと言って一応規則なのだから破りたくはない。


(正味2時間弱がタイムリミット、か)


 懐中時計をしまいつつ、感覚を広く深く研ぎ澄ませ、右目を金色に染める。

 自分を中心として波紋が広がっていく感覚。魔物のうごめく音が、鼓動が、動きが、あまつさえ地下迷宮の胎動まで鮮明に感じ取れ、脳内に浮かび上がる地図に情報として付随される。それらの情報を元に帰路の最短経路(ルート)と所要時間を割り出す。

 

「じ、実際に体験してみても……やはり信じられませんっ」


 突然、隼翔の背後からは噛み殺しながらも驚いたような声が聞こえてくるが、予見していたかのように華麗に無視スルー

 だが別に助けた三人に興味がないわけではない。何せ善意で人助けをするほど隼翔という人間はお人好しでもなければ聖人でもないのだから。


(こいつらの出自が気になるから本当は抱えて戻った方が速いんだが……)


 瞳の色を黒色に戻し、チラッと振り返れば血色までは戻っていないものの、すっかり女性らしい柔肌を取り戻した幽霊少女と安らかに呼吸を繰り返し目を瞑る二人が視界に入る。

 だが、隼翔視線を奪うのは当然女性の柔肌……ではなくこの世界では馴染みが薄く、しかし前世では当たり前だった黒目黒髪。まさに隼翔(じぶん)と近しい容貌を備える彼女たちの日本人風の要望こそが興味を抱いた理由。


(転生者と言う可能性は低いが……それでも何かしら収穫はあるかもしれないからな)


 隼翔を送り出した冥界の女神曰く、転生者は化け物じみた力を持っている。その点を鑑みるなら地下迷宮の初心者層で死に掛ける三人は確実に違うと言える。だが身なりといい、どこか江戸の世を彷彿させる彼女たちが隼翔の琴線に触れたのは事実。

 だからこそこのように懇切丁寧に助けているのだが、どうにもならない問題に直面し、思わず頭を掻いてしまう。その問題というのが、人数。

 流石の隼翔でも三人を抱えて走るのは無理。ソレは肉体的な限界という訳ではなく、どちらかと言えば物理的に不可能。何せいくら非常識な存在でも人間の肉体である以上、腕は二本しかない。


「仕方ないな。おい、俺がこいつを運ぶからお前はそいつを背負ってついて来い」

「……へ?運んで頂けるのですか?」

「ん?当たり前だろ、ここまで助けたんだから最後まで面倒見てやるさ。それにお前には聞きたいことがあるしな」

「聞きたいこと……?いえ、その前にお礼を。本当に何から何までありがとうございます」


 ため息交じりに隼翔は大男を肩にひょいっと乗せると、空いている右手で寝ている少女を指さし、背負うように指示する。

 その唐突ともいえる行動に、さしも幽霊少女はきょとんと目を丸くし、首をかしげる。だが隼翔は当たり前のように空いている肩をすくめて見せると自分よりも明らかに体格が良く重い男を背負っているとは思えない身軽さで、歩き出す。

 茫然と立ち尽くす少女だが、慌てて寝ている少女を背負うと必死に追いかけ、背中越しにだがお礼を述べる。


「礼をするのは戻ってからで十分だし、何も善行じゃないから気にするな。感謝は俺をここに導いたどこぞの女神か、お前の幸運に感謝するんだな」

「……幸運、ですか」

「……ん?どうかしたのか?」


 いつものように適当な軽口をたたく隼翔だが、その言葉の中に含まれる一つの単語が幽霊少女のに触れたのか、沈痛そうに繰り返す。

 幸運――――普通なら誰でも喜ぶであろうその単語を、まるで恨んでいるかのように呟く。振り返れば唇を噛みしめ、瞳には怒りや憎悪が感じられる。

 明らかに根暗そうな雰囲気から遠そうな感情を宿す少女に、隼翔は訝し気な視線を送る。だが少女は、その視線に気が付いたのか、ハッと俯いていた顔を上げると、なんでもありませんと丁寧に首を振る。


(幸運に根深い恨みでもあるのかね……まあ俺には関係のないことか)


 珍しい奴もいるもんだと、隼翔はざっくばらんに結論づけ、ヒカリゴケが淡く照らす通路をそこそこの速度で進む。

 岩窟層13階層ということもあり、でこぼこと隆起した悪路が続く。それだけでも常人にはきついのだが、加えて人ひとり背負い、自らも傷が治ったとは言え疲労は蓄積している状態。

 幽霊少女の足が震え、肺が空気を求め喘ぎだし、少女を背負う腕から力が抜けそうになるもの仕方ないだろう。

 どこかで休みたい、足を止めたい、と身体が頻りに訴える。それは悪魔の囁き、あるいは地下迷宮のいざない。歩みを止め、立ち止まる者を魔窟の住人たちは待っている。 

 だが、住人たちは弱り果てる獲物(少女)に近づくことが出来ない。この空間における絶対的支配者がそれを許さない。


「全く……なんだって急いでいるときに限ってこんなに魔物が出るんだ?いつもはこの半分も出ないっていうのに」


 ザンッ、ザンッ、ザンッと軽快に斬撃痕が岩壁に刻み込まれていく。それは今まさに産声を上げようと岩壁から這い出し、本能の命ずるままに弱った獲物を襲おうとする魔物たちの意識を決して戻ることが出来ない闇へと落としていく。

 そしてそれを成し遂げる隼翔はぶつくさと吐き捨てるように文句を溢す。左肩には明らかに自分よりでかく重い大男を軽々と担ぎ、右腕には愛刀の瑞紅牙をもち、普段通り(・・・・)に振るう。

 

 普通ならあり得ない光景。

 悪路で、自分より大きく重い男を担ぎ、剰え気遣うように一切の振動を与えないように全身のバネを活用して疾駆し、魔物を斬る。

 非常識のオンパレードもいいところである。だが本人は否定するだろうが、非常識に輪をかけた非常識という評価が妥当な存在である隼翔に至ってはこれが当たり前。

 現に息を乱すことも無ければ、汗すらもかいていない始末。非常識も存在を疑いたくなる非常識さ。

 だからこそ幽霊少女も休みたいなどと口にすることも憚られ、ただ息を荒げながら無理やり体に命じ、付いて行くしかなかった。





「さて、ここまで来ればもう安心だろう」


 壁が割れる音も、魔物たちの呻き声も聞こえず、静謐な空気が漂う。

 地面は独特の凹凸ある悪路から人工物感漂う平坦なものへと変わり、少し視線を上に向ければ蛍光灯のようなまばゆい光が階段の向こうから漏れている。

 ここは地下迷宮1階層とギルド本部との間を繋ぐ連絡路というべき階段。

 隼翔は階段のちょうど中ほどに差し掛かったあたりで、担いでいた大男を少々乱暴に降ろし、壁にもたせ掛けた。

 そのまま右手に握っていた愛刀をいつも通り血ぶりし、ゆったりと納刀。そして疲れたとばかりに、グッと体を伸ばす。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 伸びをする背後では、盛大に荒れた呼吸とどさりと倒れこむ音。やれやれと振り返れば、案の定背負っていた少女に潰される形で幽霊少女が倒れこんでいた。ある意味その姿が似合っているな、と某ホラー映画のワンシーンを思い出しながら、隼翔は乗っかる少女を猫のように首根っこを掴み、大男の横に置く。次いで、息を荒げピクリとも動かない幽霊少女を抱き起こす。

 ばさりと幽霊少女の黒髪が舞い上がり、隼翔は初めてその少女の顔をちゃんと見た。

 整った柳眉に、漆黒の瞳をした優し気な目元。鼻筋はほっそりとして、唇も綺麗な紅だが薄い。限りなく日本人に近い造形で、しかも完全なる和風美人。テレビや広告といったメディア関連にとんと興味を示さなかった隼翔でも、流石に何度か美人女優やアイドルの顔は目にしていたが、正直ここまでの人は見たことがなかった。そして同時に誰かを思い出した気がした。


「とりあえず水でも飲んで休め」


 だからと言って簡単に見惚れないし、思い出そうとしないのが隼翔という男。水筒代わりの魔法道具を取り出すと、それを幽霊少女に手渡し、銀の懐中時計を取り出して時間を確認し始める。


(太陽の7時⒛分、か。どうやら間に合ったな)


 きっちり2時間の超強行軍を終え、安どの息を静かに漏らす。

 隼翔の正直な感想を言えば、もっと遅れると思っていた。だが予想以上に幽霊少女に根性があり、途中休憩を挟むことなくここまで来れた。ただ本人は知らないが、隼翔の非常識ぶりが少女に無理をさせ、その代償として現在しゃべることが出来ないのは……言わずもかなである。





「さて、そろそろしゃべれるか?」

「あ、はい……。お待たせして申し訳ありません。それと本当に、ありがとうございました」 


 未だに目を覚まさない大男と小柄な少女。

 その二人の静かな寝息に嬉しそうに前髪の下で頬を緩めながら、幽霊少女はふぅと再度息を整えるように息を吐き出し、隼翔に向かって頭を勢いよく下げた。地面に額を擦り付けるような勢いで頭を下げる姿に、若干苦笑いを浮かべつつ、隼翔はさっそくとばかりに本題を切り出す。


「気にするな、善行じゃないんだから。きっちり礼として俺の質問に答えてもらうぞ」

「その程度、で良ければいくらでもお答えしますが……」


 まだ多少息を乱しつつも、命を助けてもらった対価としてはあまりにも安すぎませんか、と首をかしげて見せる幽霊少女だが、隼翔はそれを無視して質問をする。


「まずは名前と出身を聞きたい」

「はっ!そういえば、まだ名乗っていませんでした。もうしわけありません。自分は瑞穂出身で、名を菊理くくりひさめと申します。菊理くくりが姓で、ひさめが名になります」

「ふーん……それは瑞穂出身者特有の名乗りなのか?」

「そうですね……瑞穂は辺境ゆえ独自の文化が根付いていますので」


 瑞穂という以前、フィオナとフィオネに効いたことのある国名が出てきて、隼翔は内心で納得する。

 姉妹も隼翔のことを知らないときは瑞穂出身者だと勘違いしていた。それなら自分(隼翔)と三人組の顔の作りが何となく似ているのに説明がつき、同時に三人が転生あるいは転移者でないという可能性がほぼ確信に変わった。

 だからこそ、当たり障りない程度に気になることを聞いておさらばしようと思っていた隼翔だが、次の質問により幽霊少女――ひさめの雰囲気が突如変化した。


「じゃあ、瑞穂の者は基本黒目黒髪なのか?お前のように?」

「っ、……えっと、その……」


 びくっと身体を固くし、動きを止めるひさめ。先ほどまで打って変わり歯切れの悪い回答しかしないし、心なしか雰囲気が重い。


「答えづらいなら別に答えなくてもいいが?」

「あ、いえ……その、ですね。答えるのは問題、ありません」


 隼翔としては気遣いの上で答えなくていいと言ったのだが、ひさめとしてはいくらでもと言った手前質問には答える義務があるし、何よりもそのぶっきらぼうな言い方が隼翔の機嫌を悪くしてしまったと勘違いさせ、望まない形で強要してしまったのである。

 だからこそ、ひさめはふーっと息を吐き出して、決意したようにポツポツと重い内容を語り始める。


「瑞穂の男児は黒目黒髪なのですが、女性だと黒髪に茶色の目が普通です」

「ん?だが……」

「はい、私はその、黒目です……申し訳ありません」

「いや、なにが申し訳ないかさっぱりなんだが……」


 黒目であることを謝罪され、完全に当惑してしまう隼翔。その言い草に、ひさめは下げていた頭を上げ、隼翔同様に当惑する。


「え、あの……ご不快じゃありませんか?それに失礼ですが、同郷の方では……」

「生憎と瑞穂出身じゃないし、そもその瞳の何が悪いかさっぱりわからん」

「そう、ですか……。普通同郷でなくともこの容姿では嫌厭されてしまいますので……」


 前髪の隙間から隼翔の表情を伺うが、確かに不快さを示していないし、何が悪いのかもわかっていない様子。それを俯きながら見て安どしたように息を漏らすが、何かに気が付いたように再び表情を硬くする。


(……今は大丈夫かもしれませんが、説明したら……)


 この世界において黒目黒髪の女性は差別の対象。それはある意味では亜人差別と同じくらい根の深い問題であり、隼翔も大いに関係している。

 もちろんひさめは隼翔が関係していることを知らないが、ここまで友好的とは言えないが、決して差別も嫌厭も不快感も示さない人出会えたのは喜ばしいことであり、それが反転してしまうのはつらいことである。


(それでも……もしかしたら、お二人のように……)


 目元を前髪で隠しながら、ちらっと隼翔から安らかに眠る二人に視線を向ける。

 この二人は差別対象であるひさめを決して蔑んだりはせず、仲間として扱ってくれた数少ない人たち。もしかしたら二人のように、目の前の人物も受け入れてくれるかもしれない。何よりも恩人に報いたい、その気持ちが彼女を後押しし、口を開かせた。


「実は黒目黒髪の女性というのは……その冥界の女神の特徴と言われてまして、それゆえに不幸の象徴とされているのです」

「ああ、なるほど……」


 沈痛なひさめの前で、隼翔はポンと手を打って見せる。完全に二人の間で流れる空気が真逆のものになった。


(何かに似てるかと思えば、あのお人よし(ぺルセポネ)か)


 透き通るほど白い肌に、夜空のように暗い瞳と髪。隼翔の命の恩人ともいえる女神と目の前の少女が似ていることにようやく気が付き、つっかえが取れてすっきりしたとばかりに納得顔を浮かべる。

 そんな隼翔の胸をズキッと何かが抗議するように襲う。胸に埋まるのは心臓代わりに女神に頂いた魔結晶。それは女神と繋がる唯一の手段でもあり、そこまで思い至ると思わず苦い笑いが浮かんでしまった。


(……忘れてたわけじゃないぞ?)


 何となく胸の中で、そんな風に言い訳を述べてみると、案の定もう一度鈍い痛みが襲い、何となく嘘はつかないのっ、と可愛げに怒られた気がして、隼翔はばれたかと肩をすくめる。

 その様子をじーっと期待と不安が混じった視線で見てくるひさめ。傍から見れば、そんなことかと一蹴したようにも思えるが、やはり言葉がないと不安なのだろう。

 もちろん隼翔としても裏事情を知って、また女神の使徒という立場もあるため、差別する気もないし、そもそも慣れているし、少しばかりの同情も覚える。かといって気休めのような言葉を掛けて元気づけるというのは違う気がするし、何よりも隼翔にそんな器用な真似はできない。

 ゆえに――――。


「そんな迷信信じる気もないし、はっきり言ってくだらない。そんなんで不幸になるはずもないし、お前がいたからこそ俺と出会えてこの二人は命を拾った。むしろ幸福を運んだというのが正しいな」

「自分、が幸福を運んだ……そんな、こと、初めて言われました……」

「何泣いているんだ?事実だろ、謙遜は美徳だが、お前のそれは自分を貶めているだけだぞ?」

「あっ……」


 あろうことか、まるで口説くかのように言葉を並べ始める。もちろん隼翔としてはそんな意味はなかったし、そもそもすべて本音。だからこそ、質が悪いとも言える。

 現に涙をポタポタと流し始めるひさめ。その姿が隼翔としてはどこかの女神と余計に重なり、知らぬ間に少女の幽霊を思わせる長い前髪をかき揚げ、優しく目元を拭っていた。

 前髪をかき揚げられたことにより、ひさめの顔は完全に露出する。その顔は女神にこそ及ばないものの、整っており何度見ても和風美人という言葉しか出てこないし、それ以外の形容詞は不要であり、むしろ損なうと隼翔に思わせる。

 ただひさめとしては、瞳を見られるのが嫌なのか、或いは顔も見られたくないのか視線を合わせず、顔を背けようとする。


「俺から言わせてもらえば、女神に似てるんだから誇っても良いことだと思うんだけどな?」


 だが隼翔はひさめを逃がそうとはせず、むしろ自分と視線が合うようにクイッとひさめの顎を持ち上げる。

 再び漏れる息。だがそれは嫌がるというよりもどこか艶めかしい静かな吐息。ばっちりと合う視線。ひさめはもう逃げようとはせず、むしろ隼翔の漆黒の瞳に吸い込まれるように見つめる。


「……誇って良い、のですか?」


 唇を振るわせながら、言葉を発する。女神と似ていることを誇っても良いなどと初めて言われ、どうしていいか分からず、しかし胸は物凄く温かい。

 

「ああ、女神は美人だろ?それと似ているんだから誇るべきだ。それに俺のような他人に言われても嬉しくはないだろうが、お前は間違いなく美人だ。だから前髪で隠すなどもったいないと思うがね」


 初めてそんなこと言われ、初めて嫌悪ではなく気のせいかもしれないが好意的な視線を向けられ、初めて胸の奥底まで温かい気持ちになった。

 頬を触るごつごつとした手の感触も、ぬくもりも、温かい眼差しも、かけられた言葉も絶対に忘れない。ひさめはそう決意し、大切なことを聞かなくてはと思い至った。


(な、名前を聞かなくては……)


 だが、なぜか聞こうとしても口が開かない。声が出ない。代わりに自分の心臓の鼓動が煩わしいほどに耳の奥で響いている。爆発してしまうのでは、と思ってしまう。

 静まれ、静まれ、とひさめは願うが、反抗するように高まるばかり。


「っと。時間がやばいな。悪いが俺はいかせてもらう」

「え、あの……」


 必死なひさめをよそに、隼翔は時計を確認すると慌てたように人工的な階段を駆け上がっていく。

 茫然とその背中を見送ることになったひさめ。結局彼女は名を聞くことはできず、その後ろ姿見えなくなった頃、ようやく口が開いたのだった。

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