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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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幕間 白鼠の冒険 1

主人公は一切登場しません。

ただいつか、そのうち、きっと、将来、本編に関係すると思うハク少年の話です。

 少年は憧れていた。強く大切な人を護れる男の姿に。

 少年は心躍らせていた。神話に出てくる英雄たちの冒険譚に。

 少年は夢見ていた。自分が大切な存在と歩む姿を。


――――だから少年は少女共に魑魅魍魎が跋扈する人外の魔境に足を踏み出した。




 地下迷宮ダンジョン第一の関門――岩窟層スーテラン

 ゴツゴツとした岩肌が行く手を阻み、不気味な音と共に割れる壁からは侵入者を喰らうように魔窟の住人たちが生まれ落ちる。

 地下迷宮は全てにおいて平等で、全てに対し残酷な、弱肉強食の世界。


「はぁ、はぁ……んぐっ!?」


 途切れ途切れの息。肺が空気を寄越せと叫ぶが、迷宮の住人たちがそれをさせじと前だけでなく左右、剰え上からも襲い掛かり、哀れな獲物を喰らわんと襲い掛かる。

 間一髪のところで粗雑な棒が頭を掠めたかと思えば、横やりのように短い角が腹部を浅く切り裂く。

 僅かな鮮血と共にバランスを崩す身体。その動きは出来の悪い操り人形(マリオネット)のよう。


 処女雪を思わせる白髪が汗で額にぴったりと張り付いた様子はまるで冠雪した山のようで、琥珀色の瞳には大粒の涙がへばり付く。それでも泣き言を許されない少年――ハクはトンファーの棒部分が刃に変化したブレードトンファーを駆使して、魔物たちの注意を懸命に引く。

 

「レベッカッ!?まだ、かなっ!?」


 縦横無尽に襲い掛かる魔物の群れ。

 その間を怪我を負いながらもスルスルッとまるで小鼠のごとく駆け回るハクは、少し離れたところで構える相棒の少女に縋るように叫ぶ。


『清らかなる水よ、凍れ、氷の刃となりて、切り刻め――――』

「うっ、分かってたよ。分かってたけど……せめて何か返してほしいよっ」


 凛とした佇まいで構えられる長杖。纏うローブは高まる魔力の波動に呼応するように裾を翻し、背中まで伸びる癖のない赤い髪は陽炎のように静かに宙を舞う。

 厳かに紡がれるのは、水氷の中級魔法。一言一言聖句を紡ぐたびに、魔法使いの少女――レベッカの周囲では空気が凍てつき、霜が降りる。

 初級とは比べ物にならない魔力の活性化が彼女の身体の中で暴れ狂い、じわじわと身を引き裂こうとする。 

 額から玉雫のような汗が彼女の朱に染まる頬を通り抜け、氷のかけらとなり地面に落ちる。


 少しでも気を抜けばため込んだ魔力が暴れ狂いそうな状況。

 当然言葉による返事ができるはずもないし、視線やハンドサインの一つを返す余裕もない。

 もちろんそのことは相棒であるハクもよく分かっている。分かっているのだが、自分も切迫した状況だし、返事の一つも欲しいと思ってしまうのが人のさが

 悲壮溢れる白鼠は声高らかに泣き言を漏らしながら、ひたすらにトンファーブレードを振るうのだった。





「とりあえず治療は終わりっ、と!……それでハク、本当に前衛でいいの?」

「あぐっ!!痛いよっ、レベッカ。……うん……まあ、これが一番僕たちに合った戦術だし」


 苦々しい色と臭いを放つ液体がハクの血に濡れた横っ腹を染め上げる。液体と血が混ざり合い、形容しがたい暗黒物質が出来上がるが、それを隠すように純白無垢なカーゼが隠し、清潔な包帯が完全に覆う。

 新人看護師のようにどこかぎこちなさを感じさせながらもしっかりと手当をしたレベッカはもう問題ない、とばかりに手当てした部分を平手で叩く。

 ビシッと快音が岩壁に覆われた通路に響く。傷の痛みとは別の意味で喘ぎ声をあげるハク。

 だがレベッカの真面目な問いかけに、ハクは表情を一転させ影を落とし、言葉を続ける。


「ほら、だってレベッカは優秀な魔法使いでしょ?その点僕はあまり魔法が得意じゃないし……だからこうして僕が前衛を務めて、レベッカが後衛で魔法を使うっていうのが一番現実的でしょ?」

「うん、それはそうなんだけど……でもそれだとハクばかり傷を負うことになるわよ?」

「あ、あははは……。まあそれは前衛の務めだから仕方ないでしょ。それに僕が頑張って強くなればいいわけだし……」

「…………全く、あんたって奴は」


 遥か高み――それこそ決して届かないであろう場所を夢見て、常に諦めようとしない姿勢。果たしてそれが誰の、どんな背中を追っているのかレベッカには分からないが、俯きながらも幼子(少年)のように瞳を輝かせる横顔を見てしまえば、彼女としても彼の決意を無下にすることは出来ず観念したように息を吐く。


「まあ、それは置いておくとしても……ハク。あなたが頑張ってくれないと私も魔法の詠唱をおちおちできないのよ?」

「う、ぐっ。い、いや……努力はするけどさ……」


 分かる?と茶目っ気たっぷりの猫のような笑みとともに首を傾げるレベッカに、白鼠は言葉を詰まらせ、ガクンッと首をもたげる。

 実際二人のパーティーの肝は後衛のレベッカと言える。彼女がより安全に、より迅速に詠唱を終えることが出来るか、それが二人がこの都市で駆け上がれるかに掛かっていると言える。


(正直言ってレベッカの魔法の腕は僕と釣り合っていない……それは一番僕が分かっている(・・・・・・)


 確かにレベッカの魔法・・の腕はFランクにしてはとても優秀だし、年齢でも15と言う歳にして上級魔法まで修めているというのは誇って良いことであり、それこそ引く手数多の将来有望株の一人。

 それに対して、ハクの評価と言えば良くて新人相応、悪く言えば抜きん出たモノがない有象無象。とてもではないが、レベッカと釣り合う前衛ではない。


(……もっと、もっと強くなりたいっ)


 小さい頃に読んだ神話の絵本。その中に登場した、全てを護ることが出来る英雄たち。

 伝え聞く勇猛果敢な冒険譚。それを今でも紡ぎしたためる冒険者たち。

 ハクはその雄大でどこまでも力強い背中に憧れていた。彼もなりたいと思っていた、物語に登場する英傑に、勇者に、自分だけの冒険譚の主人公に。

 

 しかし、誰にでも英雄譚を紡げるわけはない。すべての人が勇者になれるわけじゃない。

 自分に紡ぎ、したためることが出来る冒険譚はせいぜい人並みの、子鬼や角兎と必死に戦い、日銭を稼ぐどこにでもある物語だけだ。


 それがどうしようもなく悔しい。

 大切な少女に護られるだけの、格好の悪い少年の物語。

 誰も護れない、格好の悪い少年の物語。

 誰も望まないような、冒険譚。


 だからこそ、ハクは一人の男に憧憬を抱いた。

 

(あの人……ハヤトさんは間違いなく英傑と呼ばれるにふさわしい人だ)


 決して戦っている姿をちゃんと見たわけではない。

 ギルドの訓練場でも、そして地下迷宮内で出会った時も戦っている姿は見ていない。

 ただ泰然自若に佇む、決して恐れを見せない姿に、ハクは物語の英雄たちの背中を重ねた。そこにいるだけで周囲に安心感を与えることのできる存在感に頼もしい背中。

 

――――僕はなりたい、あんなすべてを護ることを可能としそうな男に


 グッと拳を握り、天にかざす。

 その道はまだまだ遠く見えない。追い付くことが出来るのかも分からない遠い背中。

 しかし、少年は諦めない。どこまで遠くても追いすがって見せる。


「さあ、行こうっ!レベッカ」

「ええ、私のことを約束・・の通りしっかり護ってよね……勇者様?」


 ハクは決意を胸に立ち上がると、無垢な笑みを相棒である少女に向ける。

 その笑みに朗らかに答える少女ヒロイン





 白鼠の冒険譚はまだ紡がれたばかり。

 そしてその物語がどのような結末を迎えるか、それは誰にも分からない。

 ただ言えるのは、これは少年にしか紡ぐことのできない冒険譚の序章である。

次からは第三章です。

主人公の圧倒的物語再開です。

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