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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第1章 果てなくも遠く険しき道
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骸の蜥蜴

 亜熱帯を思わせるじっとりとした暑さを誇る原生林のような森。この森の中に一見すれば場違いなような人工物がある。

 遠目に見れば巨大な城。しかしそれは過去の遺物であり、外壁は崩れ落ち、そこから苔や蔦、それに木すらも生えている。城の外装はほこりや汚れ、老朽化が目立ち、あちらこちらで外壁が剝がれ落ち窓は割れ、風の通りが良くなっている。内装に至ってはかつての面影が何も見えない。


 ここは何千年も前に魔帝と呼ばれた人間族の男が住んでいたとされる古城、名をヴァルシング城。


 このような旧世代の遺物とも言える場所、特に魔帝とまで畏怖され、今でも人々の間では恐怖の代名詞として語り草にまでなっている男のかつての城。そこには多くの墓標が立てられておりとてもではないが自ら近づきたいと思えない場所。そんな場所に人の気配がある、それも大人数の。

 城門を通過し、十字架を象った墓標の林を抜け、崩れ落ちた階段がある玄関ホールを横切り、謎の骨が散乱した雨ざらしの廊下をひたすら歩き、かつては巨大な扉があったであろう場所を潜り抜けると人の気配が強くなる。

 そこはかつて魔帝が配下の者たちを座りながら見ていたであろう部屋、玉座の間。当時の面影はないその部屋から男の怒気の籠った低い声が聞こえてくる。


「おい、てめぇら。その報告は本当なのか?」


 声の主は身の丈が2mはある巨漢。浅黒い肌に剃り上げられた頭、身体を覆う逞しい筋肉はその男の存在感をより大きく際立たせている。この男こそ、盗賊"骸の蜥蜴"の頭目、ズルドフである。

 ズルドフの前には三人の男たちが行儀よく座っており、ズルドフはワニをも思わせる獰猛な目付きで眼前に座る三人組の男たちを睨む。一方で睨まれた男たちは額に汗を掻き、ブルブルとまるで生まれたての小鹿のように震えている。威圧的なズルドフの手には無骨な巨剣が握られている。ほとんど手入れされていないのか、ところどころ刃が欠けており、斬れ味は最悪と言っていい。


「す、すいません、頭」

「ふざけんなっ!」


 ズルドフのドスの利いた声に地面に額を擦り付けながら謝る三人組。三人組の口からは悲鳴すらも漏れない、それほど恐怖に囚われてしまっている。


「折角捕えた商品を逃がしちまった挙句に、その行方すら分からねーとは本当に使えねーな。ルチャルドの奴は何してやがる。おいルチャルドはどうした?」

「に、逃げられた商品を追って森に行ったまんまです……」


 完全に蛇に睨まれた蛙状態で頭を上げることすらできない三人。そんな三人の様子には興味も示さないように、足を揺すりながら苛立っているズルドフ。


(ったく、あの野郎。俺の右腕でありながら情けない)


 手に握られた巨剣を肩に担ぎながら、自らの片腕とも言える男の失態に苛立ちを隠せずにいるズルドフ。そんな様子にさらに恐怖して、どんどん縮こまっていく三人組を酒の肴にして周囲からは下賤な笑い声が上がる。

 今笑っている者たちに共通しているのが右肩に"骨の蜥蜴"の入れ墨が入っていることである。これは幹部であることを示しているとともに、ズルドフにとっては血は繋がっていないが家族の証とも言える。


「まあまあ、頭落ち着いてくださいよ。ルチャルドさんなら問題なく帰ってきますよ」

「そうっすよ、なんせナンバー2なんっすから。きっといつも通り何事もなかったように戻りますって!……っと、噂をすれば」


 苛立つズルドフを落ち着かせるように諭す幹部の男たち。そんな会話をしていると、廊下が慌ただしくなり足音が木霊し始める。

 誰もが今噂をしていた人物が戻ってきたのだと思い込み、軽口をたたき合いながら酒を煽っていた。確かに噂の男が戻ってきた。だが――――。


「か、か、かしら~、大変ですっ!!ルチャルドさんを含むほとんどが殺されました」

「……おい、それはなんの冗談だ?」


 ズドルフたちがいる空間に飛び込むようにやってきた男は怪我の類はしていないようだが、服は血に染まっていた。それの出所は男が大事そうに抱えている布に包まれたバスケットボールほどの大きさの何かからである。

 ズドルフはその男の言っていることが信じられず、殺気を籠めて睨みつける。思わず男は尻込みしそうになったがそれでも自分でも手に抱えているモノが信じられないという思いが勝り、布を広げて見せる。


「こ、これが証拠です……」


 そこから現れたのはルチャルドと呼ばれていた男の生首であった。その切断面は見事なまでに綺麗である。

 しかし、ここにいる者はそんなところに注目している余裕などなかった。ただ一人を除いて全員が全員信じられないと言った表情を浮かべている。そして後の一人はと言うと――――。


「……誰だ」


 先ほどまでの怒気が一切感じさせないほど静かな声でズルドフは尋ねる。別に生首が誰なんだ、と死を受け入れられずに聞いているわけではない。これをやったのはどこの誰なんだ、と尋ねいている。


「わ、わかりま……せ……ん」

「んだとっ!?」


 生首を持ってきた男はズルドフの殺気に当てられ、完全に怯えきってしまっている。そしてズルドフはその答えを聞き、手に持っていた巨剣を思わず振りかぶってしまう。


「ちょ、頭っ!落ち着いてくださいっ」

「そうですよ、彼を殺しても何も起きませんっ!」

「それにほかにも聞かないといけないとこがあるんですからっ!」


 周囲で見守っていた幹部たちは怒り狂ったズルドフを必死に抑えている。もしここで暴れられてはそれこそ敵討ちどころの騒ぎではなくなってしまう。


「フーッ、フーッ、フーッ……」


 ズルドフは怒りを鎮めようと短く息を吐き出す。だが、それでも収まらないようでギリッギリッ、と強く噛み締めた歯から音が漏れる。


「とりあえず、頭。俺がこいつから情報とか場所とかを聞いてきますんで、それまでどうか暴れないでください」

「……分かった」


 未だに怒りで目が血走り、まるで肉食獣のような目をしているズルドフ。そんな男をしり目に幹部の男はズルドフの殺気に当てられた男を連れて別の場所に移動していった。





 あくる日そんなことが起きているなどとは露知らず、隼翔はフィオナとフィオネを引き連れ森の中にいた。三人は現在拠点の川を辿り、川の源流点にまでたどり着いていた。

 そこはこのじっとりとした暑さを誇る森の中では珍しく涼しく感じる場所である。


「ふーん、やはり狐人族というだけあって狐の性質が強いんだな」

「まあそうなりますね。……お役に立てず申し訳ありません」

「すいません」

「いや、別に責めていないんだが」


 隼翔は刀に付いた魔物の血を払いながら興味なさげに狐人族について簡単に考察する。それを見てフィオナとフィオネは尻尾と連動してガクっと項垂れる。


「しかしハヤト様のお力にもなれず……」

「別に俺は戦力面では現在不足してないからな。それに夜なら二人の特性は活きるだろ?」

「はい必ずやお力になります」


 ガッツポーズのような恰好で目をキラキラさせる姉妹。そんな二人の装いだが、捕まっていた時のみずぼらしい服装とは違い、黒を基調とした簡素な長袖長ズボンに身を包んでいる。

 これは隼翔がペルセポネにもらった外套を万物創生ユニ・クレアの能力で簡単に加工したものである。そのため、縫い目などは見当たらないのだが、逆に恐ろしいほど簡素でまさに着るためだけにあるようなモノとなっている。そんなものなのだが、姉妹は不満を言うどころか、むしろ恐縮しながら嬉しそうに着ている。その理由はやはり隼翔が自分の服を犠牲にしてまで作ってくれたからだということは容易に想像がつく。


 閑話休題、彼女たち(ウルペス)は基本的に索敵能力に長けている。だが、それは隼翔も同様で、むしろ殺気や視線に気が付ける分隼翔のが高いとも言える。

 だが、狐は本来夜行性。二人もその特性を持っているようで夜は彼女たちの独壇場とまではいかないが、サポートは十分できる。

 

「さて、と。それじゃあ処理は頼んだ」

「はい。お任せください!」

「お任せください!」


 納刀するとオークの死体から一歩下がり、代わりにフィオナとフィオネが前に出てくる。二人はそのまま慣れた手つきでオークの死体を解体し始める。隼翔はそれを後ろから観察している。


「へぇ。さすがに慣れているんだな」

「まあ小さい頃より魔物の解体はしていましたので」

「ハヤトさま、コレが魔石です」

「へぇー、コレが魔石か」


 隼翔がフィオナと軽く話していると、フィオネがオークの心臓に部分から小さく丸い石を取り出し、差し出してきた。

 この石こそ魔石と呼ばれるものであり、隼翔は魔石を受け取ると食い入るようにそれを眺める。魔石は3㎝弱の大きさで色は灰色をしている。

 

「こんなのが魔物を動かしてるのか」


 魔石とは言わば魔物の心臓に当たるもの。魔物には心臓がない代わりに、魔石がその役割を担っている。生物学の知識がある分、隼翔にしてみれば不思議な感覚だった。血液の循環をどう担っているのかとか、オークの体長の割には小さいなとか、頭の中には多くの疑問が渦巻いていた。

 そんな様子を二人は手を動かしながらも訝しげに見ていた。


「ん?どうした?」

「え、いや。何でもありません……」


 姉妹の視線に気が付いた隼翔が声を掛けると、フィオナは尻すぼみに声が小さくなりながらも何でもないと言い切り、作業に集中する。

 しかし二人が何を考えていたのかある程度予想は出来ている。


(恐らく変なんだろうな)


 戦闘能力が恐ろしく高い割に、世間の知識が圧倒的に欠乏していることが相当疑問なのだろう。そもそも魔石は魔物の素材の中ではかなり高額に売れる部分である。それを知らないと言うのはいくら田舎出だからと言っても可笑しい。

 恐らくフィオナとフィオネもそんなことを思ったのだろう、だがそれを聞くことは躊躇われた。なぜなら隼翔の機嫌を損ねるわけにはいかないからである。時には優しい一面も見せてくれるのだが、基本は興味なさげにしてることが多い。隼翔の奴隷になりたいと考えている二人にとって今、ご機嫌を損ねるわけにはいかない。だからこそ深い事情に踏み込まないように心掛けている。

 そんな姉妹の心の内を察しながらも隼翔は至って自然体のまま二人の解体作業を観察している。なぜならそのようなことには興味がないからである。


「ふーん。魔石以外は人体と構造はほぼ同じ、か」


 刀の柄に肘を掛けて頤を触りながら興味深そうに呟く。脳裏には人体の構造を浮かべており、それと現在行われている解体の様子を比較している。


「そうですね。基本はこのような構造です。もちろんトレントなどは違いますが……」

「それと魔物にもよりますが、食用部位もありますね。例えばこのオークならココなど」


 そして魔物の特徴を補足するように姉妹は次々と情報を提示していく。これが今できる彼女たちの唯一の仕事だからこそ熱の入りかたも一入ひとしおと言える。

 その熱心さを有り難く思いながら隼翔はフィオネの掌にあるオークの肉をこれまた興味深げに観察する。


「……豚の割には赤いな。見た目は牛肉に近いな」


 前世の知識と照らし合わせながら独り言をブツブツと呟く。もちろんその間にも右目の神眼を使ってオークの肉を鑑定している。


『オークの肉:希少度D』


 それを見て再び頭を捻る。


(うーん、この希少度と以前の脅威度はイコールじゃない?確かオークを鑑定した時は脅威度Fだったし)


 隼翔が悩んでいる理由、それは希少度と脅威度が一致していないことに対してである。予想ではこの2者は同じであると推測していた。なぜならオークの肉はオーク固有ものもであり、オークを倒さないと手に入れることができない。ならばこの2つは同じランクであり、それは世界が決めた万人共通の基準値、そう考えるのが普通。

 しかし、コレが不一致したことにより別の仮説と同時に新たな疑問が生まれた。それは――――。


(脅威度とは俺に対する脅威、か。それなら希少度は誰に対する……)


 確かに現状ではコボルドもオークも脅威には成り得ていない、それこそ赤子同然とも言える。つまり隼翔に対して脅威ではないと結論づけることができる。

 だがそうすると希少度とは何が基準になっているのか、ということになる。現状の隼翔には確かに眼下にある肉しかないので、希少とも言える。しかしその肉の量は一人の人間に対しては過剰とも言える量がある。オークはそれこそ2mを超える生物であり、体重も200㎏は優に超える。そこから可食部だけを考えても一人に対する量は多すぎる、それこそ希少性はかなり低い。

 また流通面でも問題を孕む。仮に価格を希少度で決めているなら個人によって値段が変化するという無秩序な状態になりかねない。


(うーん……希少度は共通なの、か?)


 頭を捻っても一向に答えは出ない。なぜなら情報が少なすぎるからである。よって分からなければ聞く、と言うことにした。


「なあ、どっちかでいいから少しいいか?」

「「はい、なんでしょうか!?」」


 オークの解体に精を出している二人のうちどちらかに聞こうと話しかけたのだが、隼翔の声にフィオナとフィオネはシンクロしながらすぐさま反応した。よほど嬉しかったのか、二人は目をキラキラと輝かせている。しかし――――。


「フィオネ、あなたはオークの解体をしていて。ハヤト様の話は私が聞いておくから……」

「それを言うならフィオナが解体をしてよ。私がハヤト様のお話を聞くから……」


 すぐさま睨み合う両者。せめてもの矜持か、隼翔への印象を少しでも良くしようと互いに引き攣りながらも笑顔を絶やしていない。だが、二人の間には確実に火花が飛び交っている。

 隼翔はどうしてそうなったのか理解できず、かと言って仲裁するのも面倒だし、そもそもそうなった理由にすら興味ないと言わんばかりに前言撤回した。


「いや、この際二人でいいから話を進めるぞ」

「「はい!ハヤト様」」


 すぐさま睨み合いを止めて心からの笑顔を隼翔に向ける。フィオナとフィオネはともに金髪碧眼の美少女で獣耳と容姿は整っており、それこそ現代の転生モノの小説を愛好している人間なら誰もが切望し、妄想するようなまさに理想像とも言える存在。

 そんな二人からキラキラとした笑顔を向けられれば普通はキュンとしてしまうのが健全な男子なのだが、隼翔は違った。一切そんなことにはならずに、淡々とかつ冷静に話を進める。


「まず魔物についてだが、俺の故郷ではランク分けされていたのだが、それはここでも共通なのか?」


 あくまでも不振に思われないように慎重に言葉を選びながら二人に訪ねる。


「そうですね。基本は冒険者ランクと対応しています」

「なるほど。だが、生憎俺の住んでいたとこに冒険者はいなくてな。悪いが簡単に説明してもらえないか?」

「冒険者がいなかったのですか?でしたら……いや、ハヤト様ほどの方がいるならいなくても問題ありませんよね」


 魔物の管理をどうするのかと、フィオナは訪ねたかったらしいのだが、隼翔という存在のせいで疑問は解決したらしい。それは大きな勘違いなのだが、わざわざ指摘するようなことを隼翔はしない。


「あ、すいません。それでランク分けについてですよね。私も詳しくはないですが、とりあえず知っている範囲で説明させていただきます」


 そう言いながらフィオナが説明し始める。


「冒険者ランクはF~Sに分かれております。一般的にEまでが初心者、Cまでが中級、そしてAまで上級と認知されています」

「それならその上のSは?」

「S級は特例的な存在とでもいえば良いのでしょうか。単体で一国の騎士団よりも勝るとまで言われ、世界でも数人しかいません」


 ふーん、と気の抜けた返事を返す。実際、冒険者自体には興味が無く、ある意味お約束だなとしか思っていない。それでも――――。


(これからどのように生きるにしても、S級とやらには気を付けないとな)


 警戒するべき存在が女神ペルセポネに聞いた五傑以外にもいることを脳内のメモに書きとめることを忘れない隼翔。そんな様子を観察しつつ、話を続けるフィオナ。


「そして魔物についてですが、魔物のランクはE~SSSとなっています。例えばコボルドやゴブリンなどはランクE相当で、オークとなるとランクDになります。そしてこのランクは冒険者ランクに基づいているそうです」

「ん?ランクFの魔物はいないのか?」


 思わず頭を捻る。冒険者ランクに基づいて決めているというなら当然Fが存在してもいいのでは、と思いフィオナに疑問をぶつける。


「はい。Fランク冒険者はそれこそ登録したての右も左も分からない状態ですので、まずは討伐ではなく街の中でのお手伝いなどをさせているようです」

「そういうことか。分かった、ありがとな」

「いえ、お役に立てたならよかったです!」


 簡単にお礼を述べると、フィオナはキラキラした目で嬉しそうに笑顔を爆発させてた。

 一方でその隣ではしょんぼりと耳と尻尾を項垂れさせているフィオネ。そんな姿を不憫に思ったわけではないが、隼翔は今度はフィオネに視線を向ける。


「フィオネ、こっちでは素材とかに格付けはあるのか?」

「はい!もちろんあります」


 一転して耳と背筋をピーンと伸ばし、元気よく答えるフィオネ。普通ならここで気後れしそうな気もするが、隼翔はいつも通りの冷静な表情をしている。


「先ほどフィオナが説明してましたが、素材の希少度は魔物のランクに準じて決められています。高ランクの魔物ほど高く買い取っていただけると聞いていますね」

「つまりオークはDランク素材、か」

「その通りです」

「そうか、ありがとな」


 今度も簡単にお礼を済ませる隼翔。フィオネはフィオナ同様に笑顔を綻ばせている。さすが姉妹だな、とどうでもいい感想を抱きつつ、刀の柄に肘置き代わりにしながら考え込む。


(ある程度は推測通りだったか。それにしても……)


 推測通りだったことに対して、一切の喜びを見せず冷静なまま姉妹の奥で放置されている肉の塊に目を向ける。


(俺にとってランクDの魔物は脅威にすらならない。つまり俺は最低でも中級レベルは備えているのか)


 現状を冷静に判断する隼翔。普通、このように中堅レベルの魔物を羽虫を払うが如く屠れたら調子に乗る輩のが多い。そんな理由があるからこそ中級に成り立ての冒険者は意外と死亡率が高い。だが、隼翔はここで過大評価せず、きちんと自分を見定めている点が彼の激動の人生を物語っていると言える。


「ハヤト様!解体作業終わりました」

「ん?ああ、ご苦労さま」

「いえ、とんでもないです!お役に立ててなによりです」


 物思いに更けていると、いつの間にか解体作業が終わったようでフィオナに声を掛けられた。隼翔は成果を確認して簡単に謝辞を述べ、満足そうに頷く。二人はお礼を言われて尻尾を嬉しそうに振り回し笑顔を綻ばせる。もちろん隼翔はそれを気にする様子もなく、オークだったモノを眺める。


「持ち歩ける量だけ持って、あとは放置でいいか」

「あ、ハヤト様!そのままにしない方が良いです。するなら燃やしてしまわないと、不死化や病の原因、加えて魔物たちが集まってきてしまいます」

「そうなのか。だが……」


 そこで再び思案する。火を起こせるには起こせるが、時間が掛かるうえにこれだけの巨体を燃やせるほどの火力を出すのが難しい。かと言って万物創生ユニ・クレアの能力でも解決できそうなアイディアは浮かんでこない。


(……いっそ埋めるか?)


 火で燃やしきるよりは現実的だが、それでもやはり時間はかなり食うと容易に想像がつく。


「あれ?ハヤト様は魔法がお使いになれないのですか?」


 隼翔が思案する素振りを見せたことを不思議に思ったのか、フィオネが質問してくる。


「ああ、使い方が分からない。というか、お前たちは使えるのか?」

「はい、下級の火属性でしたらどちらも使えますが……」


 二人が使えるという事に驚きを隠せない隼翔。

 なんせこの世界に来てからまだ数日、しかも魔法を使っている者など見たことすらない。しかし、隼翔の魔法を使えないという発言に姉妹は隼翔以上に驚いたと言った表情を浮かべている。

 だが、隼翔はその態度に不快感を示さない。それどころか喜んでいるようにも見える。


(これは思わぬ拾い物だったかもな)


 助けた甲斐があったと内心で喜ぶ。これでこれまで以上に活動の幅が広がる可能性が出てきたと色々とこれからの展望を広げていく。

 しかし隼翔は知らなかったのだが、この世界では誰もが最低限の魔法を使えるのである。そんな理由もあるからこそ、姉妹は驚いているのである。

 だが、そんなことは一切知る由もない隼翔は二人にある提案をする。


「それじゃあ後処理頼むな。それとこれから簡単にでいいから魔法について教えてくれ」

「は、はぁ……」


 いつもは隼翔に頼まれれば嬉しそうに返事する二人だったが、この時ばかりは困惑気味の返事となってしまっていた。

 もちろん隼翔はそんな事気にすることなく次の得物を探し始めていた。するとすぐに隼翔は眉を顰める。


「……なんか森が騒がしいな」


 この世界に転生して初めて感じる騒がしさが生まれたことに気が付く。だが、隼翔のそんな独り言は木々を撫でる風の音によって掻き消され、姉妹に聞こえることは無かった。

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