クロード・マレウス
思い切って内容を増量したのでいつも以上に誤字・脱字あるかもしれません。
見つけたらご報告してくれるとうれしいです。
長くなって分割しました。後編は22時頃更新予定。
天然の石階段を異様な速度で駆け降りる4人。
先頭を行くのはもちろん隼翔。足元からは音が一切聞こえず、凸凹が酷い石階段を降っているとは思えないほど滑らかな足運び。
それに続くのはボロボロの衣服を身に付け、息を少しばかり荒げているクロード。一応副業は冒険者のため地下迷宮に潜り慣れているし、そこそこ鍛えてはいるのだが、病み上がりのせいか、はたまた速度が速すぎるせいか疲れが如実に伺える。
だがクロードは決して弱音は吐かず、歯を食い縛り必死に後を追う。大切な幼なじみともう一度再会するために。
そして最後尾――――息を切らさず殿を務めるのはフィオナとフィオネの双子姉妹。普段なら隼翔の後ろを従者のように追走するのだが、今回はクロードがいるということで変則的ながらこの隊列となった。
彼の守りかつ背後の警戒(という名の訓練)するために彼女たちは最後尾を走っている。
「クロード、大丈夫か?辛いなら多少速度を落とすが……」
耳朶を擽るとまではいかないまでも、無視することが出来ないほど荒げられた息遣いが通路で煩わしいほどに反響する。
これが姉妹なら問答無用で休ませるところだが、生憎と息を切らしているのはクロードだけ。それなりに会話を交わしはしたが、お互いよく知らないだけに隼翔は少しの逡巡を見せた後、遠慮がちに声をかけた。
「い、いや……問題ない。そ、それよりも先を急いでくれ……」
「……そうか。なら速度は落とさないからしっかりついて来いよ」
返答は力強いかぶりと途切れ途切れの言葉。
意志としてまだ問題あるいは急ごうと告げてくるが、身体はそれを否定している。
本来地下迷宮では意志の力よりも体の状態を優先するべきであり、今の場合であれば無理にでもクロードを休ませるべきだろう。
だが隼翔はあえてクロードの身体の悲鳴よりも意志の声を優先し、先を急ぐことを優先した。そのこえが、その表情が、大切な人を助けたいと雄弁に語りかけてくるからである。
「す、すま……ない……」
「謝らなくていい。それよりもその選択をしたからには泣き言は許さないからな」
冗談っぽく不敵に笑って見せる隼翔。
クロードもそれ以上言葉を発しなかったものの、意志を優先してくれた隼翔に報いるべく、ひたすらに走り続ける。
二人の通じ合っているかのようなやり取りを後ろから黙って眺めていた姉妹はともに羨ましそうに、しかしとても嬉しそうな表情を浮かべると互いの顔を見合って、思わず笑みを溢すのだった。
硬く隆起の激しい悪路を走り続けること十数分。
クロードは呼吸困難手前になるほど息を切らし、その後ろを走っていた姉妹も肩を大きく上下させている。
クロードは仕方ないとしても、獣人である姉妹までも息を切らすほどなのだからその行軍速度がどれほど過酷だったか分かるだろうが、それでも足を止めることは許されない。
「開けた場所に出たな……――――っ、これはまた随分と荒れているな」
先頭でその速度を維持しつつ道を塞ごうとする魔物を一刀の元に切り伏せ続ける隼翔は広い空間に出たことにより足を止める。
魔力の消費が流石に無視できなくなった隼翔は現在神眼を発動させていない。それでも脳内には19階層の地図が保管されているため、迷うことはないのだが探している目標が場所ではなく人もしくは魔物のためどうしても発動させていないときは分岐点で足を止めてしまうのも仕方ない。
だが、足を止めてしまった理由はそれではない。
壁一面には鋭い無数の斬撃痕。それは隼翔が刀を振るったときに出来るような一本筋ではなく、等間隔に刻まれた5本筋。まるで野生動物が木などに爪砥ぎしたかのような痕だが、規模や威力はその比ではない。
また地面には巨大なクレーター。そこを中心として蜘蛛の巣状に罅が広がり、今にも崩落しそうな雰囲気がある。
「こ、これは……?」
「もしかして……?」
「ああ、おそらく今回の原因を造った魔物の仕業だろうな。ご丁寧にこんなものまで残してるし……。随分と化け物染みた抜け殻だな」
崩落を起こさないように慎重に歩みを進める四人。
クロード、フィオナとフィオネは歩く速度が緩やかになったこの機会にと、大きく深呼吸を繰り返しながら息を整える。
息を整えながら惨状を静かに、しかし今にも走りだしてしまいそうな気持を押さえつけるクロード。その後ろではおっかなびっくりといった感じで姉妹がこの場所を観察する。
自分たちの呼吸音と歩く音だけが嫌に反響する。地下迷宮特有の魔物の呻き声も冒険者たちの断末魔も、何も聞こえない不自然な静寂。
まるで嵐が過ぎ去ったかのような静けさだなと内心で感想を漏らす隼翔。そのまま一言二言程度の会話を交えつつ、この場でも特に異彩を放つソレに歩み寄る。
静かに横たわるソレ。黒い毛皮は鉄のように硬く、頭部には鋭い双角と可愛らしさを完全に失った長い耳。瞳は生気を失っているが、別に死んでいるわけでない。それを示すように背中は綺麗にパックリと割れ、中から何かが這い出たような粘液の跡がある。
「蝉でもこんな気持ち悪い抜け殻残さないぞ。本当に魔物って予想を超え存在だな」
「いえ、ハヤト様。このような魔物私たちも聞いたことがありません」
「獣型の魔物が脱皮するなど……過去に例がないと思います」
「そうなのか?……じゃあこれが特殊なのか?」
ゲシッとまるで金属の塊のような抜け殻を足蹴にする隼翔。そこそこ力を入れて蹴ったつもりだったのだが、ソレは崩れるどころかビクともしない。
若干眉を顰める隼翔だが、癇癪を起して何度も蹴りを入れるような真似はしない。決して足が痛かったわけではない。
「特殊……というか異質というべきかもしれません」
「私たちも魔物や地下迷宮に詳しいわけではないので詳しくはわかりませんが……」
「そうか。なら、クロードは……って、大丈夫か?」
常識が大幅に欠如した隼翔が頼りにする姉妹に問いかけるが、二人も魔物はともかくとしてやはりこの都市に、ひいては地下迷宮に関しては大した知識がないらしく、申し訳なさそう項垂れる。
隼翔は二人に気にするな、と声をかけながら、今いる中で一番地下迷宮に詳しいであろう人物に視線で問いかけた。
だが返ってきたのは質問の答えではなく、唸り声。
頭を押さえ、何かに怯え抵抗するように蹲るクロードに、隼翔は狼狽しないまでも何事かと声をかける。
「ぐっ……」
「「ど、どうしましょうっ、ハヤト様!?」」
奇声を発するクロードにさしも姉妹はどうしていいか分からず目に見えて狼狽える。
「もしかして、崩落前後の記憶が戻ってきそうなのか?」
「……」
抜け殻の前でソレを睨むようにしながら苦しむクロード。その状況から隼翔は冷静に分析し、推測を口にする。つまり恐怖により閉ざされていた記憶が戻りそうなのでないか、と。
対する返答は言葉ではなく、小さい首肯。小さいながらも力強い意志を感じた隼翔はそれ以上何も言うことはなく、静かに見守ることにした。
「そうだ……。俺はあの時……15層で採掘をしていた。そして――――」
痛みが多少和らいだのか、顔を上げるクロード。その顔は真っ青で、どれほどの激痛だったか、あるいは恐怖だったのかを如実に語っている。
だが不思議とその表情に困惑は浮かんでいない。あるのは恐怖に立ち向かおうとする決意した男の顔だけ。
「――――ヤツが突如遭われたんだ」
「ちっ!?急に走り出すなっ」
ぽつりと言葉を漏らすと、まるでゼンマイ仕掛けの玩具のように急に走り出すクロード。
慌てて追いかけようとする隼翔だが、クロードが急に動き出したことにより地面が突然揺れだした。
グラグラと微かな崩落の旋律を奏でる地面と天井。完全な崩落はまだ無いまでも、いつ崩れてもおかしくない状況。
「フィオナっ!フィオネっ!悪いが耐えてくれよっ」
「「は、はいっ」」
舌打ちとともに反転すると、フィオナとフィオネを抱き抱え跳躍する。同時に加速し始める崩落の波。
それらは容赦なく隼翔たちを飲み込もうとするが、隼翔は崩れる岩盤から岩盤へ華麗に飛び移りながら突破口を探す。
「っ!!あちらに塞がっていない通路がありますっ」
「よしっ、二人とも舌を噛まないように口を閉じておけよっ」
フィオナの指さす方角にはまだ潰れていない通路。隼翔は通路から漏れだす淡い光を土煙の中に捉えると、先ほど以上の速度で跳躍を繰り返す。
時には落ちてきた岩が体を掠めそうになり、時には足場に選んだ岩が崩れたりと危機的状況。
普通なら生還など不可能な事態だが、隼翔の人外めいた身体能力と剣客として鍛え抜かれた感覚がそれを見事に覆す。
「久方ぶりに冷や汗を搔いたな……二人とも怪我は無いか?」
ズザァーーーーッと靴底のスパイクで火花を散らしながら通路に滑り込む隼翔。
振り返ると入り口はすっかり岩盤と土砂で埋まり、本当にギリギリだったことが伺える。
だが言葉とは裏腹にその表情には笑みが浮かんでいる。死にかけたことによりテンションがハイになっているという感じではなく、ギリギリの刹那を味わえたことが嬉しかったからこその笑み、といった印象を覚える。
「はい……私たちは問題ありません。ですが――――」
「流石に今回のことは看過できませんね」
「確かにな。だが、奴の心情も何となくだから察せてしまうからな……厳しくは追求できないな」
柳眉を釣り上げ、怒り心頭を顕わにするフィオナとフィオネに隼翔は同調しつつも、攻めきれなさが伝わる。
おそらく隼翔としても、姉妹が強敵を前に孤立しているという状況になってしまえばクロードのように我を忘れ、直情的になってしまうという想像が容易につく。
「「しかし、ハヤト様を危険に晒すなど許せませんっ」」
恩人の、という言葉が抜けている気がしないでもない隼翔だが、それは藪蛇だと口にせず苦笑いを浮かべる。
「文句を言うにしてもクロードが生きていないと言えないからな。さっさと救援して家に帰ろう」
右目を金色に染めあげ、隼翔はなだめるように姉妹の背中を軽く撫でるのだった。
話の順番って結構悩みますよね。現在→過去という構成が最近多い。
時間軸に沿って話が流れる方が読者的には読みやすいのでしょうか?




