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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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化物の産声

「さて、早速で悪いがなんでお前が崩落に巻き込まれたか教えてくれないか?別に偶然ってわけでもないんだろ?」


 静謐な空気が空間を支配する。周囲には大小まばらな岩が重なり合うようにして小高い山を作り、地面は蜘蛛の巣上にひび割れている。目を惹くのは天井と蜘蛛の巣の中心にできた巨大な縦穴。どちらも視線を向ければ星のない夜の闇を思わせるその光景だが、感じる雰囲気としては果てのない深淵の不気味さを抱かせる。

 地下迷宮ダンジョン第一の関門――――岩窟層スーテラン。冒険初心者たちはこの層で何年も経験を積み、ようやく次の層に進むことが出来た時初めて一人前と言われる。

 

 そのような基準で計るなら隼翔は紛れもなく半人前。現に冒険者としての知識はお世辞にも足りているとは言えないし、そもそもこの世界(・・・・)の常識に疎い。

 だが、こと戦闘面および冷静さと言う冒険者にとって必須の側面を見るなら一人前を軽く飛び越え、上級冒険者を容易に凌駕する、一言でいえば非常にアンバランスな存在。

 だからこそ、クロードは目の前で質問を投げかけてくる隼翔と言う男の真意を図りかねていた。


(魔物を一掃した動きを見る限り、かなりの実力者。それもアイリスをはるかに凌駕するほどのな。だがそれほどの実力を持ちながら冒険者としての常識がズレているというか足りていない?)


 裏付けされた実力があるから救援を安請け合いしているようにも思えるが、真の実力者なら決して慢心はしない。それこそこのような不確定な要素が多い状況でお荷物になる可能性が高い奴らを助けようとするなど非常識もいいとこ。薄情な考え方と思われるかもしれないが、ソレがこの世界の常識で大多数意見マジョリティー


(初めて会った時もそうだ。先の実力があればマレウスを知っていても可笑しくない。なのに本当に知らないような態度だった……いったい何が目的だ?)


 目の前で頤に指を這わせ思案気な表情の隼翔を見て、クロードは内心で首を傾げてしまう。

 正直アイリスを捜索し助けてくれるというのは彼にとって非常に好都合であり、その点に関して非常に感謝しているので頭も下げた。

 だが、やはり見えない。頭を働かせても目的が分からない。果たして何を望んでいるのか、クロードは悩んだ。


(恩を売るため?何を求める……親父達の紹介ではないし、かと言ってあれほどの実力があれば俺なんかを専属鍛冶師として欲しがるとも思えない……)


 すっかり思考の海に溺れてしまうクロード。彼がもし、隼翔の現在の冒険者としてのランクを知っていたならこんなことにはならなかっただろうが、なまじけた外れの戦闘力を間近で見てしまったが故に大きな勘違いをしてしまった。……答えは彼の考えの中にあった簡単シンプルなモノものだったに関わらず、だ。


「おい、聞いてるのか?」

「ん……ああ、わりぃ。聞いていなかったわ」

「連れが心配なのは分かるが、今はお前の情報が無いと俺としてもどこに行くか迷うから頼むぞ」


 困ったように頭を掻きながら決して咎めようとはしない隼翔。

 隼翔は人の心を決して読めるわけではないのでクロードが思いつめすぎているのかと勝手に勘違いしたわけだが、クロードとしても幼馴染の救援に早く向かいたいので訂正して話の腰を折るような真似はしなかった。


「すまん……それで何を聞きたいんだ?」

「だからお前が崩落に巻き込まれた原因、だ。何か覚えてないのか?」


 思考の片隅では相変わらず目の前の男の真意を考えようとしてしまうが、今は考えても仕方ないと隼翔の質問の通り、あの時に起きたことを思い出そうとする。

 しかし、やはり記憶に蓋がされているかのように思い出せない。無理やり思い出そうとすれば頭が拒絶するように痛みを発する。


「確か……15層を探索していた……それで……ぐっ!?」

「どうしましたか?」

「まさか傷口が開いてしまいましたか?」


 頭を押さえ、うずくまるクロードを心配するように隼翔の後ろで控えていた姉妹が慌てて駆け寄り、お手製の回復薬を渡そうとするが隼翔がそれを手で制す。


「傷が開いたわけじゃない、だから回復薬ソレを渡しても仕方ない」

「えっ、それじゃあどうしたのでしょうか?」

「……恐らくだが、こいつが崩落に巻き込まれた時何かあったんだろうな。それがトラウマとなり、記憶が戻ることを阻害している……と言うか思い出すのを拒絶しているというのが正しいかな」


 そうだろ?と問いかけられてもクロードとしては分からないというのが本音なのだが、恐らくその推測が正しいだろうということで頭を両手で押さえながら小さくうなずいて見せる。


「なら無理に思い出そうとしなくても良い」

「「「えっ!?」」」

「……クロード(こいつ)が言うならまだ分かるが、なんでフィオナとフィオネ(お前たち)まで驚いているんだ?」


 あっさりと引き下がった隼翔にクロードだけでなく、フィオナとフィオネまで驚いたように声を上げる。まるで痛みに耐えて思い出せと強要するのが当たり前なのではないか、とでも言いたげである。

 交友関係がほぼ皆無のクロードにソレを言われるなら隼翔も別に気にはしなかっただろうが、深い関係のある姉妹に言われたとあっては心外だったようで半眼で睨めつける。

 怒っているではないにせよ、その責めるような視線を向けられ、姉妹は、あははは~と空笑いを浮かべ逃れるように視線を所狭しと泳がす。

 逃げる視線と追い責める視線。どこかいたちごっこのような下らない応酬が数分の間続き……結局は隼翔がため息とともに折れた。


「確かにらしくないことを言っている自覚はあるさ。だが別に身を案じて思い出さなくて良いと言ったわけじゃない」


 それを聞いて姉妹はどこか安堵に似た息を漏らし、クロードは何とも言えない表情を浮かべる。もちろんここでも隼翔はしっかりと姉妹にじっとりとした視線を向けたのだが、結局いたちごっこは隼翔が折れる結果となり、隼翔はしぶしぶ話を続ける。


「ったく……。この状況とお前の状態を見ればおのずと答えは見えてくる。恐らくお前は15階層探索中に話題の賞金首デスポートに襲われたんだろうな」

「話題の賞金首?」


 どういうことだ、と痛みを訴える頭を押さえながら聞いてくるクロード。

 隼翔は少しばかり思案顔を浮かべた後、簡潔にだが賞金首が討伐隊を壊滅させたこと、そしてクロードの身に起こったであろう推測を口にした。


「……つまり、その過去に例を見ないほど狂暴になった賞金首に俺たちも探索中に襲われた可能性があるってことか?」

「ああ、そしてお前はその姿と狂暴性を目の当たりにしたんだろうな。そのせいで今は一時的にだが記憶を封じているんだ、お前自身を守るために」

「それならっ!!それならアイリスっ、俺の幼馴染はどうなったっていうんだっ!?」


 隼翔の胸倉を掴み、捲し立てるように声を荒げ揺するクロード。普段の隼翔なら恐らくそのようなことされれば切り伏せるか殴るなどするだろうし、そもそも掴ませることすらさせないかもしれない。

 だが今は顔をしかめてはいるものの、振りほどこうとはせず落ち着かせるように声をかけている。


「とりあえず落ち着いたらどうだ?そもそも俺はその現場を見ていないから状況からの推測しか話せないんだから」

「っ!そうだった……つい熱くなってしまった。すまん」

「気にするな。察するにその幼馴染とやらはお前にとってその言葉(・・)以上の存在なんだろ?なら焦って当然だ」

「あ、いや、別に……そんなんじゃ……」

「そうなのか?まあ、そこは置いておくとしてもだ、恐らくだがお前の連れはここでは死んでいないだろうな」

「っ、本当かっ!?」


 隼翔に問われ歯切れの悪い回答をしてるクロードだが、ここでは死んでいないという見解に声を弾ませる。


「ああ。だがあくまでもここでは、という話だ。と言うかここには争った形跡はほとんどない……生きているとするならここより下の階層だろうな」


 だが残酷なことにあくまでもここで死んでいないというだけで、実際はほかの場所ですでに地下迷宮ダンジョンの餌食となっているかもしれない。それを隼翔に突き付けられ、一転して沈痛な表情を浮かべるクロードだが、隼翔は彼のそんな様子を気にした様子もなく、状況を冷静に分析し推測を重ねていく。

 彼がなぜ下の階層だと可能性を示したのか。それにはいくつか理由がある。


 一つは彼の持つ神眼――衛星眼の能力によるもの。

 衛星眼は隼翔のいる階層の情報しか得ることが出来ないが、その分情報を取捨選択することによりその階層のどこに何があるか、ひいては敵か味方か、人か魔物かまで判別することが出来る。ここに来るまでの間、隼翔は魔力消費を無視して衛星眼を発動し監視を続けてきた。当然縦穴を落ちている最中も、である。

 

 二つ目はクロードが15階層から現在位置である18階層にまで落ちているということ。襲撃者は隼翔の見解では下から上へと登ってきたのに彼が下に落ちてきているということは、上でクロードたちは何かしらの抵抗を示し、襲撃者とともにここまで落ちてきたと考えるのが妥当。


(恐らくクロードがここにいるのは連れがどうにかこいつだけでも逃がそうとしたんだろうな)


 19階層に続いているであろう縦穴を覗き込みながらそんなことを考える隼翔。

 互いが互いのために命を張り、助け合おうとする姿勢。当たり前のように思うかもしれないが、心の底から互いを想い合っていないと本当に死に直面したときに動くことは出来ない。そう考えるなら二人の間には幼馴染以上の深い関係もしくは想いがあるというのは容易く思いつくのだが、隼翔はそれを追求しようとは思わない。


(今は二人の関係なんて気にしている暇はないもんな……。ここまで鋭い殺気を放つ何かに遭うのは久しぶりだな)


 地の底から肌がひり付くような殺気を感じ、思わず血が沸き立つ。常人では到底感じることは出来ないだろうが、数多の戦場を刀一本と身一つで潜り抜けていた男が嗅ぎ取らないはずがない。

 隼翔のいる階層の下と言えば19か20層。20層には確かに階層門番ゲートキーパーと呼ばれる一種の化物が存在する。

 だが、今は隼翔が感じる殺気は悠然と佇み侵略者(冒険者)を阻む守護者の静かな殺気と言うよりも、本能の赴くまま暴れ・喰らい・満たす暴虐者の狂った殺気。


(恐らくこの殺気の主がクロードを襲った者の正体だろうな)


 下層にいるであろう最たる理由がコレ。

 先の二つではまだ隼翔に確信を与えなかったが、肌がひり付くような殺気を下から感じるのであれば隼翔としては疑うことはしない。


「よし……とりあえずクロード、動けそうか?」

「あ、ああ。問題ない」

「それならすぐに19階層に向かうぞ」

「っ!!ってことは、アイリスは……?」

「絶対、とは言えないが恐らくまだ生きてる」

「ほんとうかっ!?」


 生きてる、その言葉を聞き喜色を浮かべるクロードに対し、隼翔の表情はどこか重い。だが隼翔はその感情を悟らせないようにフィオナとフィオネに指示を出しながら移動の準備を整える。


「フィオネ、その三日月斧を袋に仕舞ってやれ。ついでに拾ったアレも出してやれ。フィオナ、ここからは時間との勝負になる。だからフィオネとともにここからはクロードの護衛に回れ」

「クロード様。そちらの武器をお貸しください。それでこれは上で拾ったものです」

「これは俺の……拾ってくれたのか。助かった」


 クロードは魔法の小袋に2mはある三日月斧が消えるのに驚きを見せつつも、代わりに手渡された魔導銃剣とゴーグルを受け取ると、重さを懐かしむようにソレを身に着け満足そうに頷く。


「よし。じゃあ俺が先行するから後に続いてきてくれ」

「おうっ。頼む」

「「了解しました」」


 内心では単身で縦穴を降りた方が早いのだがと思いつつも、三人をここに置いてはいけないという葛藤ジレンマをもどかしく思う隼翔。

 しかし、すぐにその思考を取り払い神眼を頼りに最寄りの下層へ続く階段を目指し駆け出すのだった。





 その頃――――19階層では一つの生命が生まれた。いや、正確には生まれ変わった(・・・・・・・)


 ズルリ、ズルリと背筋が凍るような這いずり音が反響する。

  周囲にはいくつもの斬撃痕と穿たれたクレーター。壁や地面は一様にひび割れ、パラパラと音を立てながら崩れ行く。

 その空間の中心には巨大な影が横たわる。純白無垢だった毛皮はどす黒く変わり果て、頭部からは鋭利な双角が顔をのぞかせる。大きさは頭から凶悪な尻尾まで大凡おおよそ5mは超えている。

 這いずり音が聞こえるのは確かのこの影の近辺から。だが動いているのはこれではない。なぜならこれは背中がぱっくりと裂け、まるで蝉の抜け殻のように中身が無い(・・)


――――ガルルルルッ


 低い唸り声とともに抜け殻の傍で何かが立ち上がる。

 おおそよ7mはある体躯。頭側から生える剛角はヤギの角のように曲がり、瞳は鮮血のように赤い。純黒の毛皮は針のように鋭く、柔らかさを一切感じさせないまるで鉄のようで、四肢はオーガにも引けを取らないほど発達している。

 まさに化物と表現するのが正しい魔物だが、何よりも目につくのはその体表を覆う赤い文様。まるで他の木を締め付けるように生育するガジュマルの根を連想させるソレは、この化物をより不気味な生物へと昇華させている。

 




「ふむ……大体良い感じに成長したな」

「ええ、逃げられはしましたが上級冒険者をも凌駕する力には満足ですね。それにまだ進化の途中ですから今後の成長が楽しみです」


 化物を観察する複数の人影。頭からローブをすっぽり被り、顔どころか男女の区別すらつかない。声もひび割れ、まるで変声器を使っているのではと思わせるほど不快感を与える。


「"混沌の雫"は成功のようだな……これでわれらが悲願、邪神様の復活に一歩近づいたな」


 大気をも震わすほどの声で空腹を訴える化物。化物はひとしきり鳴くとギラギラと眼光を輝かせ、猛然とどこかへ走り去る。その姿を見て、観察者たちは意味深長な言葉を残し、闇に溶けるように姿を消すのだった。

5月中ににはこの章を完結させる予定です。(予定と言う名の願望)


感想をいただけたら幸いです。

また誤字・脱字等がありましたらご報告お願いします。一応見直してはいるのですが……

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