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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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お人よしか愚者か

 時刻は少しだけ遡る。

 隼翔たちは15階層での戦闘を終え、探索とついでに捜索を再開していた。


「ハヤト様、これからどうしますか?」


 従者のように一歩引いた位置を歩くフィオナとフィオネ。彼女たちの尻尾はすっかり元気を取り戻し、右に左に元気よく揺れ、その声にも喜びが混じるほどである。

 ようやく再び元気を取り戻した姉妹に安堵の息を静かに漏らしつつ、隼翔は黄金に変化した右目――衛星眼の情報を基にしながら予定を口にする。


「まずは崩落現場を見に行く。そのあとは状況次第だが鍛冶師風の冒険者の捜索か賞金首デスポート討伐のどちらかを遂行する」


 しゃべりつつ、右に左に一切迷いなく進む隼翔。彼の神眼を持ってすれば地下迷宮内のどこに大穴があるかなど容易に分かり、迷うことなどあり得ない。

 姉妹も隼翔のその能力を知っているからこそ、一切疑うことなく付いて行ける。ただ、表情は若干だが曇った。別に方針に不満があるわけではない。ただ、向かう先に縦穴があるということに非常に嫌な予感を覚えている。


「ふむ……そんなに嫌か?というか慣れないか?」

「いや、普通は慣れないと思いますよ……」

「というか、慣れたら慣れたで悲しくなりそうです」


 言外に慣れたら人ではありません、と言っているようなものだが隼翔は嫌な表情は浮かべず、そんなもんかねと肩を竦めて見せる。


「どちらにしても……今から覚悟を決めておけば大丈夫だろ?」

「「せめて……せめて怖くない速度でお願いします」」


 そんな気の抜けた会話をしながら岩で隆起した通路を歩く三人。

 流石に初心者でも比較的容易に探索できる岩窟層スーテランであっても後半に差し掛かるにつれ、険しさはより一層増し始める。

 天井には氷柱のように鋭い鍾乳石が並び、行く手を阻むように地面の隆起は鋭さを増し剣山を思わせる光景を作り出している。

 隼翔の前世の知識と照らし合わせるなら、今眼前に広がっているのは鍾乳洞のような神秘の光景なのだが、ここが地下迷宮ダンジョンと言うことと照らし合わせると魔窟という言葉の方が相応しいかもしれない。

 そのような状況なため今までと違いかなり足場が悪く、姉妹は足元を注視しながら隼翔の後を追っている。視線を落とし続ける姉妹に隼翔は前を見たまま話しかける。



「流石に歩きづらくなってきたな、と。二人とも足元ばかりじゃなく頭上も注意しておけよ」

「え?どういうこと――――」


 フィオナが続きを口にする前に、隼翔は振り返るといつの間にか抜いていた瑞紅牙をヒュンと軽く振るう。

 一瞬フィオナだけでなくフィオネも何が起きたのか分からず目を見開き動きを止めてしまう。なぜ自分たちが敬愛する人はこちらに向けて刃を振るったのかと困惑と恐怖を顔に浮かび上がらせる。

 だがそれも一瞬のことで、次の瞬間彼女たちの思考はとある事象により停止する。


 フィオナの視界の端を凄まじい速度で何かが通過したのである。同時にズシンと重たい音とともに地面が鋭く穿たれる。


「これ……は?」

「恐らく天井の鍾乳石が落ちてきたんだろう……ここからは周囲にも目を向けないとな」


 地面に刺さる見事に真っ二つにされた鍾乳石を茫然と見つめる姉妹の頭をポンと軽く撫でる隼翔。

 突き刺さる鍾乳石の大きさは1mほど。落下の衝撃で砕けるどころか、地面を穿つということはこの物体は相当の硬度を持っていることは容易に想像できる。もしも隼翔が刀で切断してくれなければどうなっていたことか、と想像するだけで背筋がぞっとしてしまう。


「まあ最初から周囲にまで注意を向けるのは難しいからな。当分は俺が護ってやるから練習だけしてみな」


 隼翔は任せなとばかりに姉妹の背中を摩りながら、力強く宣言して見せる。

 その瞬間姉妹の思考はようやく復旧し、悟った。想い人は自分のことを護ってくれたのだ、と。


(助けたことを一切誇ろうとしない……それどころか当たり前のように振る舞って下さる)

(それに私たちが落ち着けるように気遣って頂ける……本当にハヤト様(この方)は……)


――――どこまでも私たちを虜にしますっ


 心の中で言葉を重ね合わせながら、姉妹は互いに視線を交じらせ、クスッと笑みを漏らす。


「何がそんなに嬉しいんだ?」

「いえ、なんでもありませんっ」

「ハヤト様には秘密、です!」

「……まあいいけどさ。ちゃんと周囲に目を向ける練習はしろよ?」

「「もちろんです」」


 秘密と言われ少し寂しそうにしつつも、姉妹が喜んでいるならいいかとすぐに引き下がる。


(さて、それじゃあ俺は周囲を警戒しますかね。と言っても、すぐにとは言わないけど二人は獣人で、筋が良いからそのうち習得できるだろ)


 隼翔の視界には天井から吊るされる巨大な鍾乳石と剣山のような地面の両方が適度に映る。常人からすれば広めにとられた視野だが、特別広いという訳でもなく、また聴覚も獣人ほど優れているわけでもない。

 それでも隼翔は時には止まり、時には進路を少しズラし、落下してくる鍾乳石を躱し、歩きやすいルートを選択する。

 まるで未来予知の能力があると言われても信じてしまいそうな光景。フィオナとフィオネも、ぐぬぬと苦戦しながら疑問を呈する。


「ハヤト様、なぜそのように簡単に避けられるのですか?」

「未来予知……なんて能力持っていると言われても信じてしまいそうですが、違いますもんね。何かコツとかあるのでしょうか?」

「生憎とそんな能力は俺の眼にはないな。別に特殊な力を行使しているわけじゃないさ、あくまでも人としての感覚を使っているに過ぎない」


 気軽に会話を交わえつつ、隼翔は練習のため真横を歩く姉妹の肩に手を掛け抱き寄せる。抱き寄せられ、思わず頬が緩みそうになった姉妹だが、その表情が次の瞬間凍り付いた。


――――ドスンッ


 ブワッと長い金色の髪が乱れ、頬を冷たい汗が伝う。ゆっくりと視線を音の聞こえた方へと向ける姉妹。そこには巨大な氷柱のように鋭い岩が地面に突き刺さっている。


「コツとしては必要以上に感覚を尖らせる必要はない。どちらかと言えば鈍くてもいいから感覚を広げるようなイメージだな。そうすれば普段ほかとは違う部分がおぼろげに分かる」


 一対一の闘いの場合は、相手の一挙手一投足それこそ皮膚や筋線維の些細な動きを知覚し、先を読むべしと隼翔はフィオナとフィオネに教え込んできたが、今教えていることはそれとはちょうど真逆の考え方。要するに一点に集中する"深く狭く"ではなく、大局に目を向ける"浅く広く"感覚器を使う方法。


「他とは違う部分、ですか……」

「むむむ……分かりませんね……」

「何事も練習と経験だ。幸いにもここは魔物がいないから丁度いいだろ」 


 隼翔の腕から離れ、再び苦心するように唸り声を上げ始めるフィオナとフィオネ。

 何度も目を瞑ったり、逆に視線を巡らせ耳をピクピクと動かしたりと試行錯誤を繰り返す姉妹を目を細めながら眺める隼翔。その姿は伴侶と言うよりも成長を喜ぶ親のような印象を受ける。


(それにしても……ここは本当に魔物の気配も、生まれる(湧く)気配すらないな)


 姉妹に教える"浅く広い"感覚の使い方ではなく、"深く広く"という高等技術を駆使しながら周囲の状況を把握する隼翔。

 

 成長したフィオナとフィオネにとってこの層で魔物の奇襲を受けることはほとんどない。それこそ獣人特有の鋭い感覚器によって魔物を察知することは十分可能だし、隼翔との特訓もあり並みの冒険者よりも魔物への対応力も高い。

 それでも普段と違う感覚の使い方を練習している今はその可能性が無きにしも非ずなので、隼翔はいつもより警戒の色を強めているのだが、感知するのは落下してくる可能性がある鍾乳石の場所や歩くのが困難な場所だけで、魔物の気配が一切ない。それどころか魔物が壁から這い出る気配すらないという異常な状況。

 

 流石におかしいと感じる隼翔だが、その理由が分からない。

 崩落の影響か、はたまた賞金首デスポートが何らかの影響を与えているのかと色々と勘ぐるがどれも推測の域を脱しないものばかり。


(まあ今の場合は悪いことがあるわけでもないし、深く考える必要もないか)


 何かしらの不都合があるなら隼翔も深く考えただろうが、今の状況は姉妹の訓練になるという益はあれど特段不利益は無い。だからこそ深い追及はやめ、指導に熱を入れ始める。

 ちなみにだが、なぜここに魔物が出現しないかと言えば隼翔の推測通り……という訳ではない。

 彼らの通過している地点がとある名所として有名だからである。


 岩降る回廊(ロックオラージュ)――それが三人がいる場所の名称である。

 分かると思うが、決して夜景がきれいなわけでも、観光名所なわけでも、当然ロマンチックなデートスポットでもない。

 どちらかと言えば、冒険者たちが近寄ることのない場所として語り継がれる場所。


 ロックオラージュではその名の通り、岩が降る。もちろん小石程度のものではなく、隼翔たちが体験していたような巨大で強固で鋭利な岩が。

 そのような環境のため、仮に魔物が生まれたり迷い込んだりしても数分も持たずに絶命してしまう。だから冒険者としても危険でうま味もない場所で踏み入れる者などほぼ皆無。それこそ、今の隼翔たちのような初心者が何も知らず踏み入れるという事態以外にはないと断言できるレベル。

 そもそも地下迷宮ダンジョンは危険な場所とは言え、岩窟層は初級者向けの層。それなのに当たり前の如く岩の雨が降ること自体おかしいと思い至っても不思議ではないのだが……常識知らずで情報不足の隼翔にとってはコレが当たり前のレベルだと勘違いしてしまっている。

 だが、それを正してくれる存在もまたいないため隼翔は一切の不信感を抱くことはなく、当たり前のように岩の雨を避け突き進むのだった。




「お、すっかり止んだみたいだな」


 まるでにわか雨が止んだかのような物言いで天井を見上げる隼翔。だが視界に入るのは当然どんよりとした空に浮かぶ灰色の雲の海ではない。先ほどよりも鍾乳石の大きさも量も減ったが、未だに天井は刺々(とげとげ)しい光景が広がる。

 正に人外魔窟の領域――地下迷宮ダンジョンという光景。だがそこを行く隼翔は散歩をしているかのような気軽さがある。


「ハヤト様、その言い方はさすがに……」

「そうですよ、雨上りの空を眺めているのではないのですから……」

「雨より鍾乳石アレのがデカい分避けやすいんだけどな」


 そんな冗談とも本気だとも言えない隼翔の言葉にフィオナとフィオネは流石に苦い笑いを浮かべてしまう。

 そんな風に和気藹々と岩窟層スーテラン15階層を探索していると、次第に空気に砂が混じり始め、視野が少しばかり黄色みがかる。


「……土煙がすごいな。二人とも大丈夫か?」

「少し煙いですが、問題はありません」

「私も大丈夫です……ただ、なんでこんなに土煙がすごいのでしょうか?」


 外套コートの襟で口元を覆い隠す隼翔を真似て、フィオナとフィオネもケープで口元を覆い、口に砂が入るのを防ぐ。

 本来なら岩窟層に土煙が舞うことはない。なぜならここは砂地ではなく、地面も壁も全てが岩と石で形成されている。もちろん採掘などすれば多少の土煙が舞うが、現代ほどの機械任せの大規模採掘と比べれば人力などたかが知れている。

 そして今隼翔たちがいる場所で舞う土煙の量は、人力の程度レベルを遥かに超えている。つまりそれ程の何か、がこの近辺で起こったという確かな証拠。

 そしてそれは隼翔たちの目的地に近づいた証拠でもあり、隼翔の右眼が得た情報とも合致している。


「俺たちの目的地が近い、ということだ。ただこの規模は少しばかり予想外だ……二人とも、ここからは魔物が出ても俺からなるべく離れるな」


 土煙を嫌うようにゴホッと咳を吐き出し、気を引き締める隼翔。いつもの姉妹なら嬉々として隼翔の逞しい腕に抱き付く場面だが、雰囲気の変化を察してか戦いの邪魔にならずかつ離れすぎない絶妙の距離感に歩み寄り、慎重に後を追う。

 幸いにして、魔物の襲撃は無かったものの目的地である崩落現場は彼らの予想を遥かに超えるモノだった。


 大小不揃い岩が山のように積み重なり、せき込むほどの土煙が未だ舞う。

 地面には放射状に無数の罅が入り、いつ足場が崩れても可笑しくない。その罅の中心地には今まで降りてきた縦穴が可愛く見えるほど巨大な穴があり、空気が流れ込む度にゴーッと遠雷のような響く音が聞こえてくる。

 何よりも目を引くのが、縦穴のちょうど真上に存在する巨大な穴。それはまるで何かがここをぶち抜いた(・・・・・)ようにも見える。


「おいおい……これは崩落というよりは崩壊が正しいんじゃないか」

「えっ!?ということはこれは自然的に起きた事態ではない、ということですか?」

「そんな無茶苦茶なことができる生物がいるんですかっ!?」

「いるいないを議論しても仕方ないな……現にこうしてぶち抜いた何かが存在するんだから。しかも上からじゃなく下から、な」


 層と層を区切る分厚い岩盤を何層もぶち抜いたというだけでも姉妹にとっては驚愕モノなのに、加えて下から破壊したとなっては驚きを通り越して言葉を失ってしまう。

 姉妹ほどではないが、隼翔もまた自分の見解に軽い戦慄を覚え微かに身を震わせる。


(……姉妹に強者との闘いを学ぶ機会にしようと思ったが、これは計画変更だな。ただ嬉しい誤算ではあるな)


 口元に淡い笑みを浮かべる隼翔。彼が身を震わせる理由は恐怖ではなく歓喜による震え。隼翔を本気にさせるほどの力は無いにしても深層域に挑戦しなくてもある程度骨のある相手と戦えるのが彼には嬉しくて仕方ないのである。

 決して戦闘狂というわけではないが、それでもその半生はんせいの大部分を戦場で過ごし、命を懸けた殺し合いを幾多も経験してきた男としては本人のいかんを問わずして血が騒ぎ出してしまう。

 久しぶりに刹那を、血を、生と死の狭間を、と歓喜に震えそうになる血と魂を自制しながら冷静に周囲を観察する。


「うーん、何か手がかりになるものはなさそ……――ん?」


 心は熱く、頭は冷静クールにという言葉を体現しながら探索する隼翔だが、崩落現場は今まで通ってきた剣山のような通路と比較しても引けを取らないほど歩きづらく、かついつ足場が崩れてもおかしくない状況のため隼翔をもってしても難航しているのが現状。

 せめて何がいたのかを特定するために瓦礫を慎重にどかし、歩き回る隼翔だが、いくら退かしても出てくるのは岩のみ。

 時間だけが無駄に過ぎ、隼翔もさすがにこれ以上は無駄かと諦めようとした時、それは出てきた。


「これは剣、か?いやなんか筒みたいのもついてるな……」


 どかした岩のから出てきたのは一見すれば剣のようなもの。だが、持ち手は曲がってるし、刀身に沿うようにして筒状の物体が付いている。剣として使おうとすれば使えないでもないが、切断には筒が不向きだし、かといって鈍器のように使うには細すぎる。

 いろいろな武術を収めてきた隼翔をもってしても過去に見たことも使ったこともない形状。手がかりとなりそうなものを見つけ喜ぶはずなのに、思わず言った感じで首を傾げてしまう。


「あっ!!ハヤト様見てください」

「このような物があちらに落ちていました」

「ん?これは……眼鏡ゴーグルか?」


 隼翔の近くで離れないように探索をしていたフィオナとフィオネが手に握っているのは大きめのスモークレンズがはめ込まれたゴーグル。スキーやスノボーで使うようなタイプではなく、どちらかといえばバイク乗りが使っていそうな印象を受ける独特のモノ。

 冒険者都市に来てそれなりに冒険者を観察してきたが、このような独特の装備を付けていた男を隼翔は一人しか知らない。

 隼翔は少しだけ悩む素振りを見せた後、唐突に立ち上がり縦穴のヘリに近づき、眼下に広がる暗闇をじっと睨む。


「……次の方針が決まったな。フィオナ、フィオネ!こっちに来い」

「「はいっ」」


 どこまで続いているかわからないほど深く、闇が濃い縦穴。

 人より多少すぐれた程度の視力しか持たない隼翔では当然何が見えるわけもなく、また暗視ができるような丁度良い神眼魔眼は目覚めていない。

 それでも聴覚が不吉な物音を穴の底から拾った。そして長年の剣客としての勘が急げと隼翔に告げている。この二つの要素が揃えば、隼翔に躊躇う理由は何もない。謎の武器とゴーグルを無造作にフィオネの持つ魔法の鞄に仕舞い込むと、隼翔は姉妹の細い腰に腕を回し、抱きしめる。


「えっ!?」

「これは……まさかっ!?」

「悪いが心の準備をさせている暇はない。行くぞ」


 流石の二人もこの状況で頬を朱に染め照れなどしない。むしろ顔を青白くさせてしまっている。

 隼翔は二人の顔色を見て悪いと思いつつも、一切の逡巡もなく縦穴に勢いよく身を投じた。


「「コ、コーーーーーーーンッ」」


 ……そのせいか、かわいらしい狐の鳴き声が悲しくも残響するのだった。






「――――と、まあ俺たちがここに来た理由はそんな感じだ」


 時間軸は戻る。

 隼翔の前には衣服をボロボロにしたクロードが神妙な表情を浮かべ胡坐をかいている。

 周囲には大小不揃の岩がゴロゴロと転がり、積み重なっているが、そこに魔物の姿はない。いるのは隼翔と座り込むクロード、そしてせっせと魔石片を回収する姉妹だけ。


「なるほど。お前たちが半分は偶然で救援に来たというのは理解した。なら仮に崩落に巻き込まれたのが俺じゃなかったら助けなかったのか?」

「ん~、そうとも言えるしそうとも言えないってのが答えだな。お前だから急いで降りてきたっていうのはあるが、ほかの奴でも俺が来た時に生きていれば結果としては助けただろうからな」


 クロードの打算はあるのか、という問いに対して隼翔は隠そうともせず正直に言葉を紡ぐ。

 その隼翔の隠そうともしない本音を聞いてクロードはそうかと小さく頷くと考え込むように目を閉じる。そして、ガバッと勢いよく頭を下げた。


「俺はあんたのことを勘違いしていた、申し訳ない」

「気にしないでくれ、勘違いされるのは慣れている。それよりも連れがいるという情報があったが……救援はお前ひとりでいいのか?」

「っ!?そうだった!!アイリスを探しに行かなくちゃっ!?」


 隼翔の言葉に急に立ち上がり、走りだそうとしたクロードだが足を縺れさせ岩山に倒れこむ。

 彼の身体は隼翔特製の回復薬ですっかり傷は無くなり、一見すれば衣類がボロボロなだけに見えるがソレは見かけだけで実際は失われた血や疲労のすべてが良くなったわけではない。

 それを理解しているが冷静さをすっかり欠いているクロードは無理やりにでも立ち上がり、動こうとして隼翔に肩を掴まれる。


「おい、少し落ち着け」

「落ち着いてられるかよっ!?俺の幼馴染が死にかけてるかもしれないんだぞっ、流暢なこと言ってられねーよっ」

「お前ともう一人の奴の関係は理解した。だが、いくらお前がここで慌てても見つからないぞ?現にこの周囲には人の気配がしないからな。それよりもお前がなんでここにいるのかを思い出した方がいい、その方が発見の可能性が高まる」

「お前……捜索に協力してくれるのか?」

「ああ、ここまで来たら一人も二人も変わらない……それにお前の連れなら助けた方が良いからな」


 後半は冗談っぽく片目を瞑って見せる隼翔の姿に、クロードは冷静さを取り戻したのか少しばかり破顔する。それもすぐ真面目な顔に戻ると、先ほどと同じようにもう一度大きく頭を下げた。

 隼翔としては、本当に一人助けるのも二人助けるのも対して変わらない労力なのだが、ソレは日本人的感覚に過ぎない。


 ここは人外魔窟の領域――地下迷宮。人の命など羽虫の如く軽い領域だが、ソレはあくまでも失う場合で、助ける場合はどこまでも重く足枷となる。

 それも仕方ないだろう。周囲はどこまでも敵だらけ、血に飢えた魔物蔓延る領域。自分の命を守るだけでも一苦労なのに、手負いの者など気にかけていたら命がいくつあっても足りないだろう。ましてやどこにいるかもわからず誰かも知らない者を助けようとするなど、底抜けのお人よしか愚か者ぐらい。

 それを当然のように助けると言い放つ隼翔は果たしてどちらなのか判断できないが、フィオナとフィオネが隼翔を見て嬉しそうに微笑んでいるのを鑑みれば……おのずと分かるだろう。

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