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幸せな人生を異世界に求めるのは難しすぎる  作者: 二月 愁
第2章 冒険者の都と風変わりな鍛冶師
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命題

「う、うぅぅぅ……」 


 弱々しく亡者を思わせる男の呻き声が、岩壁で包まれた通路に静かに響く。

 辺りは相変わらず硬い岩と地面に覆われているが、男が横たわっている場所はいつもの岩窟層スーテランとは少しばかり異なる。

 大小不揃いの鋭利な岩が山積みになり、土砂が通路を塞ぐ。黄砂のような小さな砂粒が濛々と立ち込めているが、視界が極端に悪いわけではない。それでも岩窟層は通常視界が悪いことはないので、かなりの異常事態ともいえる。

 それだけでも十二分に異常が重なっている現場なのだが、一番不自然なのは天井に大穴が空いていること。


「痛っ……何が起きたんだ、っけ?」


 そのような現場で突如ボコッと地面が盛り上がる。その様はまるでB級映画のゾンビの出現シーンとも思える。だが、生憎とここは整然と墓石が並ぶ墓地ではない。故に登場するのは腐った死体ではなく、生きた人間。……衣類はボロボロで体中に赤黒い傷がある時点で、見ようによってはゾンビとも思えなくないが、一応は人間。

 その地面から這い出てきた男は身体を押さえつけていた土砂や小さい岩を退かしながら、ゆっくりと起き上がる。

 ズキズキッと体中が痛み、悲鳴が口から漏れる。とりあえず骨折などはしていないようだが、視界の端が赤く染まる辺り額か瞼を切っているらしい。


(うぐっ……腕の骨にヒビが入ったらしいな)


 上半身だけ起こして自分の身体のどこが動き、どこが動かないかをゆっくりと確認して、一番ひどい怪我だと思われる左腕の処置を始める。と言っても包帯や添え木のようなものがあるわけではない。

 だからこそ男は二の腕に巻いてある赤いバンダナを包帯代わりに罅が入っているであろう左腕に巻き付け、簡易的に固定する。

 そこで一度息を大きく吐き出し、崩落の影響で飛んできた記憶の糸をたどり始める。


「えーっと……俺、は……」


 視界を赤く染める血を右腕で粗雑に拭いながら、ツナギのような服を身に纏った男――クロード・マレウスはここで何があったかを、頭痛に抗いながらぼんやりと思い出し始める。


(確か……俺は15階層で探索していたんだ……。それで何、していたんだっけ?)


 混濁する思考。まるで何か思い出したくない恐怖トラウマがあるかのように少し前の記憶に蓋がかかる。

 無理に蓋を開けようとすればズキズキッと脳の奥が痛みを訴え、たまらず頭を押さえてしまう。どうしても思い出せないクロードはとりあえずとばかりにかぶりを振り、周囲に視線を向け現在位置を把握することを務める。


「ここは……何階層だ?というか……俺は落ちてきた、のか?」


 右も左も、後ろも前も、みな土砂と岩で塞がれた閉鎖的空間。唯一分かるのは天井に大穴が空いているということか。

 それを見てようやく自分が何らかの理由によって崩落に巻き込まれ、落ちてきたのだと察する。

 パラパラと降り注ぐ砂粒。このままだと二次的な崩落に巻き込まれる危険性を考え、クロードは立ち上がりかけ、ふらりと足をもつれさせる。


「うおっ、と。くそっ、ふらつく……ん?」


 ドサッと瓦礫の山に身体を埋めるクロード。ただ倒れたのが柔らかいベッドではなく、岩や土砂で形成された瓦礫の山のせいで全身を強烈な痛みを襲う。

 もぞもぞと芋虫のように這い回ることしかできない。それでも無様に動いていると、瓦礫の中に埋まる何かに手が触れる。

 硬く細長い何か。クロードはそれを右手で力強く握ると、グイッと引き上げる。

 

 2mを超える長大な金属棒。先端には三日月型の刃が付いており、見た目通りその重量もかなりもの。現にクロードはその重みに思わず身体を持っていかれそうになる。

 だが、この三日月斧バルディッシュに見覚えがあったためか身体の痛みを忘れ、グッと踏みとどまった。


「これはアイリスの……って、アイリスっ!!おい、アイリス!!いたら返事しろっ」


 笑みを浮かべ軽々しく三日月斧バルデッシュを振り回す幼馴染の姿が脳裏に写り、そこでようやく同行者の姿が無いことに気が付き、思わずと名前を叫ぶ。

 しかし、返ってくるのは焦りを孕む己の声。その虚しい木霊に、クロードは大怪我していることをすっかり忘れ、暴れるように瓦礫の山を駆け出す。


「アイリスっ、アイリスッ!!」


 だが、クロードがいくら焦り早く動こうとも身体は心に付いて行くことが出来ず、何度もよろけ、身体を殴打し、芋虫のように這いずる。


「くそっ、どこにいるんだよっ!!ってかなんでこんな状況になってんだよっ」


 冷静さを欠き、ただ子供のように喚き散らす。

 動けぬいら立ちと安否の分からぬ焦りだけが募る。


 突然だが、地下迷宮ダンジョンに挑戦する冒険者たちに、古来より投げかけられる一つの命題がある。”仲間の命”か”己の命”どちらを優先するか、である。

 これが見ず知らずの冒険者ならばどちらを取るかなど、余程のお人よしでない限り後者を選ぶだろう。

 だが長年連れ添った仲間なら話は別。その仲間と死地に立たされた時、果たしてどちらを選ぶか。前者かあるいは後者か。

 どちらを選ぶにしても辛い選択には違いない。

 

 その命題の答えはともかくとして、クロードは生きているか分からない仲間の選択をした。故に地下迷宮ダンジョンは研ぎ澄ました牙を喉元へと突き刺すのだった。


――――カサカサ


 力なく横たわるクロードの耳が嫌な足音を拾う。


――――バキバキ


 追い打ちをかけるように岩壁が割れる。 


 地下迷宮ダンジョンはどこまでも冒険者と言う名の獲物を逃そうとはしない。

 時には数の暴力で、時には圧倒的な個の力で、そして時には今のように狡猾に弱った冒険者を無慈悲に喰らう。


「くそっ……最悪だ……」


 無理をしすぎたせいか、四肢に感覚が鈍く力が入らない。意識は遠のき、視界が霞む。

 こうなってしまっては後は魔物たちに引き裂かれ、食われ、無残な姿となるしかない。


「「グギャギャ」」


 嬉しそうに喚き散らす子鬼ゴブリンに、毒々しい鱗粉を舞わせる巨大蛾、醜悪な豚顔。クロードの霞む視界に写っただけでもそれだけの数がいる。しかし取り囲んでいる魔物の気配明らかにそれ以上いるというのを、感覚の鈍った身体でもひしひしと感じてしまう。

 絶望に屈しても仕方のない状況。現にクロードはもう逃げることも、立ち上がることも諦めたように身体から力を抜いている。

 だが、力が入らず感覚の鈍いの右手から確かな熱を感じる。クロードは虚ろな視線を魔物から右手へと向ける。そこにあるのはクロードでは到底扱えないであろう巨大な三日月斧。

 まるで持ち主が未だ死に抗っているのにお前はなぜ諦めているのだ、とばかりに訴えているようにも思える。


 もちろんソレはクロードの幻想であり錯覚でもある。

 だが彼としては想いの込められた武具は絶対に存在すると考え、今まで鍛冶に精を出し追求してきた。だからこそ、クロードはその熱量を否定することは出来ないし、ここで諦めるという選択肢もあり得ない。それは彼の鍛冶師としての理想の追求を否定してしまうことになるから。


「うぐっ……」


 食い縛った歯の隙間から声が漏れる。口腔内は錆鉄味が広がり、ぼやける視界は赤く染まる。ガクガクと足は振るえるし、腕は上がらない。

 まさに満身創痍。それでもクロードは立ち上がり、瞳と心の炉に炎をべる。すべては生き残り、幼馴染を助けるため。何よりも自分の理想を証明するために。


「う、うおぉぉぉおおおおおっ!!」


 三日月斧を杖代わりに身体を支え、鼓舞するように腹の底から叫ぶ。

 咆哮と同時にクロードの口から血が溢れだす。

 その咆哮か、あるいはその姿にかは分からないが魔物たちは怖気づいたように動きを止め、身体を震わす。

 

 だが何度も言うがクロードは立ってるのも不思議なほど満身創痍である。それ故に魔物たちがたじろいだのは本当に数秒の出来事で、次の瞬間にはクロードの咆哮に負けじと喉を鳴らす。

 魔物の大合唱が空間をビリビリと震わす。

 それでもクロードは決して弱気は見せず、立ち向かう姿勢を見せる。

 睨み合う両雄。殺戮前の緊迫した空気が、一瞬世界から音を奪う。

 魔物たちの先頭を行くゴブリンの一匹が牙をむき出しにし――――飛びかかろうととした、その瞬間。


――――ズドンッ


 対峙する両雄のちょうど中間が突如として爆発した。舞い上がる大量の砂煙。周囲には細かい小石が飛び散り、クロードの顔をチクチクと叩く。

 

「な、なんだっ!?」


 思わず目をまん丸く見開き、すっとんきょんな声が漏れ、高まっていた殺気が悲しく霧散する。それは魔物たちも同様だったようで明らかに狼狽し、完全に動きを止めている。

 魔物もクロードも何が起きたのかを確かめるべく、ただ立ち尽くし、視界を遮る土煙が収まるのを待つ。

 少しばかりすると徐々に土煙は収まりを見せる。そしてその薄れゆく土煙の中に、男は立っていた。


 濡れ羽色の頭髪に、暗赤色の外套。

 なぜか両腕の小脇にはぐったりと覇気を失った狐人族の少女たちが抱えられており、見ようによっては人攫いと誤解されても可笑しくない。

 クロードはそれを見て、一瞬訳が分からなくなった。それも当然だろう。なぜ地下迷宮ダンジョン内に人攫いが出没して、しかも空から降ってくるなど到底ありえない光景なのだから。


「五体満足そうで何よりだ……とりあえず救援という目的は達したか」


 振り返り、助けに来たと声をかける男の顔を見てクロードの混乱は瞬間的に霧散した。


「お前……あの時の冒険者……。なんで?」

「なんでって……この状況で救援以外の何があるんだよ?」


 頭でも打って可笑しくなったのか、と爆音とともに現れた男――隼翔は怪訝そうな表情を浮かべる。

 確かにクロードはボロボロだし、額から血を流している。それなら真面目に思考が混濁している可能性があるか、と隼翔は問答は後にした方が良さそうだと考え、ぐったりとするフィオナとフィオネに声をかける。


「とりあえず問答は後にしよう……フィオナ、フィオナ。悪いがあそこにいる奴に簡単にでいいから治療してくれないか?」


 普段なら嬉々として隼翔の声に返事をするのだが、今の二人にはその余裕がない。しかし隼翔に反抗しているという訳ではなく、ソレを示すように姉妹は無言のまま隼翔の腕からノソノソと降りる。

 硬い地面にゆったりと足を着ける。その瞬間、確かに姉妹の瞳に生気が戻った。


「うぅ……じめん、じめんですぅ」

「……母なる大地は偉大だったね」

「痛っ!!」


 地面を歩くたびに感涙するフィオナとフィオネ。涙を流しながらふらふらと迫りくる二人の様に思わずクロードは身じろぎ、盛大に尻餅をつく。


「大丈夫ですよ……すぐに良くなりますから」

「ふふっ。じっとしていてくださいね……」


 フィオナの覇気のない声。その背後ではフィオネが不敵な笑みを浮かべ試験管を握る。


「く、くるなっ」


 治療してもらえる筈なのに、クロードは声を上ずらせ這いずるように下がろうとする。だが、クロードが一歩下がれば、双子は二歩間合いを詰める。

 じりじりと両者の距離は縮まる。するとフィオネが、きゅぽんと軽快な音を立て試験管の蓋を取る。

 ツンっと鼻を突く甘酸っぱい匂い。普通なら良い香りとまではいかないまでも警戒するようなものではない。だが、クロードの表情かおには明らかな警戒と恐怖が浮かぶ。

 それもそうだろう。大抵の回復薬ポーションはその性質上、苦く薬品臭い。仮にフィオネが握っている試験管から苦い香りがしたなら顔を歪めるに留まっただろう。

 だが、明らかに漂う匂いは薬品臭ではない。加えて色も普通じゃない。それを呑ませようと迫る二人も不敵に笑っている。

 これだけの要素が集まって警戒しない方がおかしいというもの。……ただフィオネのために一応弁明するなら彼女は決してマッドサイエンティストな性格はしているわけではなく、ただ地面に足が着いているのが嬉しいだけである。


「逃がしませんよ……」

「ハヤト様のご命令ですから諦めてください」


 ふふふふふ……と酷薄な笑み(もちろん気のせい)とともに近寄る姉妹。すでに後ずさる力もなくクロードは茫然と座っている。


「……何やってるんだ、あいつら?まあいいけどさ、にしても――――」


 傍から見てもとてもではないが、治療行為をする側とされる側のやり取りではない、まるでコントのノリのようなことを展開している三人を見て思わずと言った感じに呟く隼翔。

 そんな彼だが、今魔物たちと戦っている……という訳ではなく、瑞紅牙の柄に手を添えて立っているだけ。


「お前たちはかかってこないのか?それとも勝てない(・・・・)と理解してるのか?」


 つまらなそうにつぶやく隼翔。聞くだけなら挑発にも思えるが、魔物たちはそれを理解できないし、仮に理解できたとしてもきっと変わらないだろう。

 なにせ蛇に睨まれた蛙の如く、魔物たちは一様に何かに怯え微動だにできない。

 そしてそれらの視線はただ一人、いつも通り泰然自若とした隼翔にだけ注がれる。ただいつもと違うのは纏う雰囲気。

 殺気を放っているわけでも、威圧をしてるわけでもない。だが、とは違う何かが隼翔から意図的・・・に漏れている。それらが魔物たちを押さえつける不可視の力となっている。


「まあ来るにしても、逃げるにしても……お前らがいると色々と邪魔だから片付けるが、な」


 柄を握ると同時に深紅の鞘からスーッと流麗な刀身が露わになる。浮かび上がる美しい濤瀾刃どうらんば

 刀を知らない者でもその美しさに目を奪われてしまいそうなほどだが、ソレを向けられた魔物ものたちは別の感情を抱くだろう。すなわち――――純然たる恐怖。


「行くぞ」


 半身に構え、剣閃を少し下げる。そして静かに死を告げると、隼翔の姿は消えた。

 そして魔物たちは何が起きたのか理解できぬまま、その姿を黒煙へと変えるのだった。

もしかしたら内容を後日変更するかもしれません。そのときはご連絡します。

現状はこのままです

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